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【クジラの眼 – 字引編】第9話 HRM(Human Resource Management)

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

今月のキーワード:HRM

はじめに

ヒト、モノ、カネ、情報。一般に言われる経営の4要素。もちろんいずれもが重要です。でも、この中のモノ、カネ、情報を生かすも殺すもヒト次第。企業の業績を左右するのはヒトであることに異論を唱える人はいないでしょう。

経営の神様、松下幸之助は「松下電器は人をつくるところです。あわせて電気器具を作っております」と語ったとか。経営論の神様、ドラッカーも「企業とは人であり、その知識、能力、絆である」というメッセージを残しています。建物や設備が、ましてや財力や知的財産がその企業を示すのではなく、そこで働く「人」がどのような考えで仕事をし、どのような能力を発揮し、どのような想いでつながっているのかが企業。まさに「企業は人なり」なのです。

なのになぜか、近代社会になってからずっと、他の三つの要素に比べ、「人」はおざなりに管理されてきたように思えます。そんな「人」という大切な資源に目を向ける管理手法がようやく現れたのです。それが今回のテーマ「HRM」。どんなものか一緒に見ていきましょう。

HRMとは         

HRM【エイチ アール エム】

Human Resource Managementの略称で、人的資源管理と訳される。

働く人たちを経営資源として捉え、組織全体で戦略的かつ計画的に育み、最大限に活用していく人事管理手法のこと。

HRMの概要

1980年代、不況に苦しめられていた米国の企業は、業績を向上させるためにはかかえている働き手の力をもっと引き出すことが必要と考え、人が持っている能力を積極的に経営戦略に活用していこうとする管理手法を体系化しました。HRMと名付けられたこの管理手法は、それ以降ヨーロッパや日本に広がっていきました。

それまでの主流であった、働く人たちをコストや労働力と捉える「人事労務管理」から脱却し、HRMでは従業員を人的資源(人財)として扱います。長期的な視点に立って人財を戦略的に育成、活用することにより、企業戦略の実現を目指す管理手法です。HRMを正しく活用することによって、企業の長期ビジョンや経営戦略が実現されるだけでなく、従業員の組織に対するコミットメントやエンゲージメントを高め、一人ひとりが思い描く理想の自分を実現させることができると考えられています。

『ビジネス基礎シリーズ ヒューマン・リソース・マネジメント』より

人事労務管理からHRM(人的資源管理)へ

人事労務管理とHRM(人的資源管理)との違いをまとめると次のようになります。

1.企業戦略と人事とのリンク
人事労務管理と比べてHRMは、経営戦略と強く結びついています。策定された戦略を達成するために、中長期にわたる人員採用計画をたてるなど、経営層と人事担当部門は緊密に連携をとりながら動かなければなりません。

2.能動的・主体的な活動
人事労務管理では、給与計算などの定型業務や職場で起きたトラブルを解決するといった後追い仕事に多くの時間が割かれていました。これに対しHRMでは、能動的・主体的に戦略的な管理を行うことが特徴だと言えます。

3.心理的契約
HRMでは、企業と個人が結ぶ雇用契約には記されていない「心理的契約」を重視します。心理的契約とは、「彼(彼女)は、このくらい働いてくれるはず」「会社はこうしてくれるはず」というように企業と個人が相互に期待感を持つことで両者が結びつくことを言います。

4.職場学習
HRMでは、職場における学習の重要性が認識されています。教育・訓練への投資を十分にすることで、働き手は成長し、結果的に企業に大きな利益をもたらすという考え方に立っているのです。従業員は、企業にとってコスト要因ではなく、競争優位の源泉として捉えるのがHRMなのです。

5.集団全体よりも個人
HRMでは集団ではなく、個人を中心にマネジメントが行われます。一人ひとりに動機づけすることを通じて組織目標の達成を目指すのです。人事労務管理の時代にあった経営者と従業員全員との対立関係といった集団抗争的側面は今では影が薄くなっています。企業戦略と人事管理が整合しているHRMでは、企業と個人は基本的に協調関係にあるのです。

人的資源の特徴

人という資源が持つ第一の特徴は、経営資源を構成する4要素の中で最も重要な要素であることでしょう。モノ・カネ・情報という他の3要素はどれも人が活用することで意味をなすもの、本来の役割を果たすものです。人がいてこその3要素だと言うことができるのです。

二つ目の特徴は、他の3要素と違い、当たり前のことではありますが、ヒトだけが生きている要素だということです。自らの意志で思考し、喜怒哀楽という感情を持つ。自律的な行動を求める点が他の資源にはない大きな特徴なのです。それだけに管理するのが難しい存在だと言えるでしょう。

第三の特徴は、HRMには、真に革新的で「これが正解」という管理手法がないことかもしれません。主体性があり感情を持った人間を組織として統合し調和を求めていくことはきわめて難しいことだと言えます。モノに対する生産管理、カネに対する財務管理、情報に対する情報管理、それぞれの分野では革新的な管理論・管理手法が生み出されていますが、HRMの世界にそれを求めるのは酷というものかもしれません。

HRMの制度

HRMにおける具体的な活動としてまず挙げられるのは、人材の採用、部署への配置・異動、昇進などに関わる「雇用管理制度」です。終身雇用制度の崩壊に伴い、新卒者の一括採用に代わって経営戦略の達成を睨んで中途採用を行う企業が増えてきています。採用後は、個人の能力や適性に応じた配置を行いますが、長期的な人材開発という視点を持つことも必要になります。

「人材育成制度」は雇用した人材を企業にとってより有為な人材へと育て上げるために教育・訓練を行う制度で、OJT(職務を通じた教育・訓練)やOff-JT(職務を離れた教育・訓練)だけでなく、よりトータルなCDP(キャリア・デベロップ・プラン)などの制度設計も考えていかなければなりません。

※下の写真は、上司が部下と一対一で面談してOJTを行う「1 on 1」ブースです。

一人ひとりがどれだけ組織に貢献したかを見るのが「評価制度」です。多くの企業で採用されてきた職能資格制度は各自が持っている能力を評価するものでしたが、近年では各自が組織に貢献した業績を評価する仕組みへと軸足を移す動きが見られます。

評価が決まれば、それに応じた賃金が支払われなくてはなりません。いわゆる「報酬制度」です。年功賃金制は日本的経営の代名詞でしたが、成果主義人事管理の進展とともに、どのような賃金制度を設計すべきかなのかはHRM(人的資源管理)の大きな課題だと言えそうです。

おわりに

前述したように、HRMは米国で構築された管理手法です。そのとき彼らが参考にしたのが日本の企業で行われていた人事管理だったという話があります。確かに我が国ではもともと個人に寄り添った管理がなされてきたようですし、人間関係づくりも米国などよりはずっとウエットにやっているように思えます。日本のそうしたやり方を参考にしたのだとすれば、HRMは今になって逆輸入した管理手法だと言えなくもありません。

ただし仮にそうだったとしても、我が国のこれまでのやり方のままでいいわけではありません。HRMを勉強して最も見直さなければならないのは、個人が請け負う仕事の範囲を明確にすることでしょう。一人ひとりの職務範囲が曖昧で、周囲にいる同僚と重なっている部分が多いのが日本の職場の特徴です。全体でカバーし合っていけるので柔軟に対応できるという利点はあるものの、機能がだぶっているため効率は当然悪くなりますし、個人の将来の目標も曖昧なものになってしまって目指す先の姿がぶれてしまう可能性もあります。これはHRMとしてうまくありません。

「阿吽の呼吸」を良しとする日本人。業務マニュアルが無くたって「つう・かあ」の仲間がいれば問題なく仕事を進められる日本の企業。もちろんそれって素晴らしいことです。この伝統的なやり方にHRMの考え方を掛け合わせた日本版HRMが考案されれば、低迷している一人当たりのGDPを押し上げることができるに違いありません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!

■著者プロフィール

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

2019年12月19日更新

テキスト:鯨井 康志
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI
参考文献:「ビジネス基礎シリーズ ヒューマン・リソース・マネジメント」
     「通勤大学MBA6 ヒューマンリソース」
     「人的資源管理論」
     「組織における心理的契約」