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【クジラの眼-未来探索】 第2回「ヒトとテクノロジーの共生 〜ワークプレイスにおけるセンシングの功罪〜」

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 未来探索」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。

英国は、500万台もの監視カメラが設置されている世界有数の監視カメラ大国です。英国市民は1日に平均300回カメラで撮影されているそうで、市民は常に露出に晒されていると言ってもいいでしょう。2005年に発生したロンドン同時爆破テロでも実行犯の特定にカメラ画像が寄与したのだそうです。しかし、犯罪と無関係な一般市民を常時撮影することについて、市民団体による強い反対もあるようです。

日本ではETC利用者は90%を超え、インターネットのルート案内を利用すれば日々の行動が把握される一方で、保険会社では安全運転をするドライバーの保険料割引で優遇するサービスもあります。テクノロジーの進化は止められませんが、その中でIoTとAIは“敵”なのか“味方”なのか? このことに思いを巡らせ、テクノロジーとどうやって共生していくのかを探ってみることにします。(鯨井)

イントロダクション(株式会社オカムラ 垣屋譲治)

垣屋:皆さんに来ていただいたこのオフィスには「フロア所在情報リアルタイム共有ツール」が導入されています。ここで働いている人間はビーコンの発信機を携帯していて、そこから発信される電波をフロア内の各所に配置されたスマホで受信することで、どこに誰がいるのかを知ることができるシステムです。フリーアドレスで働いている私たちにとって、探したい人が今どこにいるのかがすぐに分かるのでとても便利に活用しています。しかしその一方で、「さぼっているのがばれてしまう」「変な管理に使われるのではないか」といった心配をする人も少なからずいるのも事実です。

今回はまず九州大学でセンサーによる行動認識と行動変容について研究をされている荒川教授から「人とテクノロジーの共生」というテーマでお話を伺い、その後皆さんとセンシングや先進のAI技術などが働く人間に与える功罪について考えていきたいと思います。

プレゼンテーション(九州大学 荒川豊)

-垣屋譲治(かきや・じょうじ、写真左)株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部 WORKMILLリサーチャー
オフィス環境の営業、プロモーション業務を経て、「はたらく」を変えていく活動「WORK MILL」に立ち上げから参画。2018年の1年間はロサンゼルスに赴任し、米国西海岸を中心とした働き方や働く環境のリサーチを行った。現在はSea を中心としたオカムラの共創空間の企画運営リーダーを務める。

-荒川豊(あらかわ・ゆたか、写真右)九州大学 大学院システム情報科学研究院 教授
センサによる行動認識から行動変容を含むヒューマノフィリックシステムの研究に従事。慶應義塾大学大学院博士課程修了、同大学院特別研究助手、九州大学大学院助教、フランス・トゥールーズ大学ENSEEIHT訪問研究員、ドイツ・人工知能研究所DFKI訪問研究員、奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科准教授,アメリカ・UCLA(2017)客員研究員を経て現職。

コンピュータがヒトを理解する時代へ

荒川:スマートフォンだけでなく腕時計や眼鏡に組み込まれたセンシングツールを私たちは当たり前に携帯するようになってきました。これによって人が行動した情報を常時システムに取り込むことが可能になります。一方でディープラーニングによって急速に発展したAIを使ってセンシングした情報を処理することで私たちの行動はパターン化されます。コンピュータが人の行動を認識する時代が到来しているのです。今後の議論のために、最近のセンシング技術を使うとどんなことができるのか、事例をいくつか紹介してみます。

例1:宅内行動認識

自宅のコンセントごとの使用電力をセンシングすれば、炊飯器でご飯を1合炊いたこともコーヒーを淹れたことも分かってしまいます。子供が「勉強していた」と言っても、その時間にゲームをして遊んでいたことをAIは暴いてしまうのです。この技術を老人介護施設などに導入すれば入所者の日々の行動を見守ることが可能になります。オフィスで用いれば、どのコンセントの先にいる人がどのくらい働いているのかが分かりますし、データのトラフィック量などと合わせて見れば、さぼってYouTubeを見ていたことを知ることもできるのです。

例2:心拍数の予想可能

私たちの心臓の動きをモデル化する研究を以前行っていました。野山を歩き回り、そのときの心拍を記録しモデル化しておくと、その人が今から歩こうとしている場所の地図情報とマッチングすることによって、どの地点でどのくらいの心拍数になるのかを予測することができます。例えば2kmのウォーキングをしようとしている人に対して、心拍数120以下で歩くことのできる歩行ルートをナビゲートする。この技術はそんなシステムへの展開が考えられます。

例3:ヒトを健康にする

スマートウオッチなどのウエラブルコンピュタを「薬」として扱おうとする動きが始まっています。私たちの不健康な行動を常に監視し、そうした行動を抑制する。その結果私たちは健康になるという仕組みです。1時間座り続けているとスマートウオッチは「立て、立て」と言ってくるし、心拍数が通常より多い状態が続くと「瞑想、瞑想」と注意を促してくれます。肥満を気にしている人がラーメン屋に入ろうとすると肥満防止のアラームが鳴る、なんてこともできるのです。

例4:AIペースメーカー

音楽を聴きながら歩く人は少なくありません。このとき音楽のテンポを変えるとそれに合わせて歩行スピードが変わることが分かっています。これを応用して、例えば健康のために分速80mで歩行したい(させたい)場合、その時のスピードがそれ以下であったなら、AIは分速80mになるように音楽のテンポを人が気づかないうちに少しずつ早めます。AIが私たちの歩行速度までコントロールしてしまうのは気持ちの悪い話かもしれませんが、結果として健康がもたらされるのですからきっと受け入れられるはずです。

コンピュータとヒトが共生する時代「オフィスはどうなる⁈」

自分の居場所、精神や身体の状態などがセンシングされ、AIが人の行動に介入してくる時代。AIからの情報によって動かされていると感じる瞬間が増えてきています。それでもコンピュータと共生せざるをえない今、オフィスや働き方はどう変えていけばいいのでしょう。

顔の温度を測定して感情を明らかにするPC用カメラ、手汗や指の圧力、心拍数を計測するマウス、腰痛を予防するための姿勢認識チェア、ストレスチェックのアンケート調査を代替するAIなど、オフィスで働く人たちを対象に考えられたセンシング技術とAI技術はすでに数多く開発されています。テクノロジーが進化している中、それらを便利になるのだから良しとするのか、監視・管理されることに疑問や恐怖を感じて慎重になるべきなのか、私たちはそろそろ真剣に考えなければなりません。

孫悟空は悪さをしたりすぐに暴走したりするキャラクター。三蔵法師が呪文を唱えると悟空の頭にはめられた輪っか(緊箍児(きんこじ)というらしい)がギュッと締まります。痛くて七転八倒、悟空はおとなしく三蔵法師に従わざるをえなくなります。

近い将来このテクノロジーを使った「スマートカチューシャ」の装着が全国民に義務付けられます。おぎゃあと生まれた直後に装着され、棺桶に入るまで外すことはできません。脳波を含めたバイタル情報を取ることのできるこのツールによって、その人の健康状態はおろか今何を考えているのかまでが筒抜けになります。国民一人ひとりにとっての“三蔵法師”は、学校の先生だったり、社長だったり、警察官だったり、奥さん(!)だったり、そのときどきに所属している組織の管理者や監督者。よからぬことはできなくなるので、学校からいじめはなくなるし、さぼれないから会社の生産性はぐっと高まります。浮気はなくなるし、犯罪者は激減するに違いありません。ついに本当のユートピアがこの世に出現するのです。そんな世界、いいわけありませんよね(笑)(鯨井)

ディベート(参加者、荒川、垣屋)

垣屋:オカムラが近未来の働き方を想定して制作した動画「Tomorrow Work 202X」を全員で視聴した後、(A)テクノロジーはヒトの生活を便利にする、(B)テクノロジーはヒトの脅威である、の2つのグループに分かれてディベート形式で議論してもらいます。

http://www.okamura.co.jp/company/tw202x/ 

B1:AIにすっかり管理されているところに脅威を感じました。仕事の場も生活の場もAIに浸食され、それに管理されることは怖いことです。いくらか便利になってもこのような世界はご免です。

A1:管理されることは果たして脅威なのでしょうか。管理されることによって利便性がもたらされることだってあると思います。センシングされAIが介入することで私たちの仕事や生活は確実に便利になります。だからこそ荒川先生も研究を進めているのです(笑)
具体的に便利になることとしては、時間の節約であったり、不得意な分野の知識や技能を補ってくれたりすることが挙げられると思います。

B2:便利になるところは我々も認めますが、便利を受け取る代わりに払う代償を考えるべきではないでしょうか。例えばプライバシーが侵害されることです。動画では朝食を食べているときも、職場にいるときも、子供といるときも、AIが常に介在していました。そうなると私たちにプライバシーは無いものとして生きていかなければなりません。便利になる代わりに自らのプライバシーを捨ててもいいのでしょうか。そんなことに私たち人間は耐えられないはずです。

更に言うと、AIからいろいろな情報を与えられることで仕事や家事をうまくこなせるようになっていました。しかし、そのようなことに慣れてしまうと自分で考えて行動することが減っていき、その結果私たちの脳は退化していくに違いありません。テクノロジーの進化を受け入れるのと引き換えに私たちは進化を手放すことになるのです。

A2:動画では人間がAIの言いなりになっているように見えてしまいましたが、実はAIは常に学習しています。AIが提供するプロポーザルを受けて人間はそれを受け入れるか否かを判断して次の行動を起こしているはずです。AIはそうした人間の評価を学習してより賢くなっていくのです。いつも言いなりになるのではなく、つど両者がコミュニケーションを取りながら共生していくのが本来あるべき姿ではないでしょうか。ですからそこには脅威など存在しないのです。

人間の脳が退化するという意見に対する反論ですが、現在AIが人よりも優れているのは、情報の記憶とパターン化する能力だと考えられます。人間にしかできない部分はまだまだありますので、その領域において今まで以上に考え、行動することで私たちは進化していけるはずです。

B3:そもそも今の意見を聞いていると、そうとうテクノロジー優越論に洗脳されてしまっているように思えます。そのこと自体に私は脅威を感じてしまいます。AIを作っている人がどこかにいて、その人の意志がいろいろなところに反映されているのだけれど、私たちはそのことに気づくことなく絡めとられているのではないでしょうか。それこそが最も怖いことだと思います。

A3:今日他の皆さんがジャケットを着用してくることを想定したAIからTPO的なアドバイスをもらっていれば、私もジャケットを着てきたと思います。そうすればこのちょっとした居心地の悪さを感じなくて済んだはずです(笑)

そんな些細なことも含め、テクノロジーは私たちの人生全般に渡って無くてはならない存在になっていくに違いありません。

垣屋:ディベートは本来なら結論を出すところまでやるものですが、今回は時間の関係もあるのでこのあたりで終了します。最後にクロージングとして、ヒトとテクノロジーがどうやってうまく付き合っていくかについて荒川先生とトークをしてみたいと思います。

クロージング(荒川、垣屋)

垣屋:オートデスク社は図面の作図ソフトを開発している会社です。同社のサンフランシスコにあるオフィスでは、ジェネレイティブデザインと呼ばれる技術の開発が進められています。これはAIにモノのデザインをさせるというもので、例えば椅子のデザインをさせるのであれば、既存のデザインや強度、用途といった椅子に関わる様々な条件をAIに学習させると、人間の先入観から外れたデザインを返してきたりします。ただ、そのデザインを採用する・しないの判断は人間がするそうで、そこでヒトとテクノロジーの役割分担をしているのです。すでに今年の4月にはAIがデザインした椅子の第一号が発表されています。AIがビジネスの中でヒトと共生し始めている事例としてご紹介しました。

荒川:テレマティス保険をご存知でしょうか。車にセンサーを付けることで、急発進、急ブレーキ、急ハンドル、平均走行速度などのデータが取られ、安全運転していることが判明した場合には、保険料が安くなるという保険のことです。逆に危険な運転をしているのがばれたときには保険料は高くなってしまいます。それどころかそのデータが警察の手に渡ったら….。心配すれば切りはありません。これとは別の保険で、スマートウオッチでバイタルデータを取り、その人の健康状態が良好であれば保険料が安くなるというものも商品化されています。健康を気にかけて生きている人にはお勧めの保険です。

いずれの保険でも保険料が安くなる以外にメリットがあると言われています。それはデータが外部に知られることが抑止効果を生み、安全運転や健康な生活を心がけるよう人の行動を変容させることです。その意味でもテクノロジーを利用した保険の仕組みは私たちにとって有益なものだと言えそうです。ですが、データが本来の目的以外で利用されたり、悪用されたりする可能性があることは否定できません。先ほど観た近未来の働き方を示した動画に出てきたAIの域に達するには少しの月日が必要ですが、紹介した保険のようにテクノロジーを使った仕組みはすでに私たちのまわりに数多く進出してきているのです。自分の運転データやバイタルデータをどこまで外部に社会に晒すべきなのか、私たちはその線引きを真剣にしていかなければなりません。

幸福とは何か。有史以来ずっと議論されてきた深遠なテーマです。比較的最近耳にした考え方は「幸福だと感じるのは、その人が自分の考えたとおりに行動できる状況にあるとき」というもの。なるほど、そうかもしれないなあ、と納得してしまいました。人間誰しも自分意思に反して言いつけられたことをやり続けるのは嫌なもの。どんな時代においても私たち一人ひとりの自由意志は尊重されるべきなのです。

性善説をとってAIの開発者がすべていい人だとするならの話ですが、そのとき提供してもらいたいサービスとは、AIに従って行動しているとユーザーに思わせないようなものではないでしょうか。「センシングされた情報を処理し提案された情報を諾否するのも選択するのもあくまで自分自身なのだ」と私たちに思わせるようなサービスにしてもらいたいものです。実際にはAIが牛耳っているのだとしても一向に構いません。私をその気にさせてくれさえすればそれでいいのです。騙すなら最後まで完璧に騙しとおしていただきたい。そうすれば、AIに管理されている感はないし、脅威など感じようもありませんから。

会社を出て、一杯やって、我が家に辿り着くまでの間に私は何回監視カメラに映っているのでしょう。酔っぱらった勢いで立小便。すると家に帰りつく前に、飛んできたドローンから警察への出頭を命じられる。そんな時代が間もなく来るのでしょうか。町の治安が維持されるので来て欲しいような、息苦しくなるので来て欲しくないような….。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回までごきげんよう。さようなら。(鯨井)

2019年10月3日更新
取材月:2019年6月

テキスト:鯨井 康志