働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

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個人もチームも幸せにするtonariのテクノロジー

新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの企業が在宅勤務やシェアオフィス利用など新たなワークプレイスのあり方を検討しています。

 ワーカーがより柔軟に働ける仕組みや環境が求められている中、これらを実現するためにデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の導入が重要となるのではないでしょうか。

WORK MILLでは、働き方や働く環境のDXを推進するテクノロジーを「Work Tech」と称し、これらをテーマに先駆者たちのお話を数回にわたりお届けします。

第一弾の株式会社ビットキーに続き第二弾としてご紹介するのは、離れた場所にいてもまるで「となり」にいるかのような自然なコミュニケーションの実現をミッションに掲げる株式会社tonariです。

同社が提供するのは、大きなスクリーンに映し出された等身大の相手とリアルタイムで繋がることができるコミュニケーションサービス。

今回は同社創業メンバーの福垣アリスンさんと後尾志郎さんにWork Techと共につくる働く場の未来について語っていただきました。

「自分が本当にいたい場所」と「いなくてはならない場所」が乖離する暮らし

ー後尾志郎(ごのお・しろう、左)
2009年に大学卒業後、起業。大手通信会社やアパレルSPAをクライアントとしてモバイルアプリやキャンペーンサイトを開発する傍ら、自社サービスをプロダクトマネージャーとして開発に従事する。2014年から東南アジア市場向けアパレル小売のスタートアップ を設立し、COOとして資金調達・現地店舗及びECの店舗開発・マーケティングなど幅広く担当する。

ー福垣アリスン(ふくがき・ありすん、右)
これまで様々なコミュニティのたちあげに携わり、「Straylight」の共同創業者でもある。東京で生まれ育ち、日本とアメリカの文化を領域を横断する。外資系証券会社で日本株の営業として10年以上のキャリアを積みつつ、独自でテクノイベントのオーガナイズもしてきた。テクノロジー、音楽、アートを通じてサンフランシスコと東京の企業家を繋ぐカンファレンスStartup the Partyを2014年に主催。東京を離れ、自然豊かな環境での新しい生活とコミュニティの立ち上げを探索している。

WORK MILL:tonariさんのサービスは実際に目の前に相手がいるような感覚で、既存のツールとは異なるユーザーエクスペリエンスを提供されていますよね。まずはサービス立ち上げの経緯を教えていただけますか?

福垣:ありがとうございます。2017年に日本財団さんのソーシャルイノベーションフォーラムに参加したのですが、その時に提出していたコンセプトがtonariの大元のアイデアになっています。

人は誰しもが、誰かの親、子供、同僚あるいはクラスメイトといった多様なペルソナを持っている中で、「自分が本当にいたい場所」と「いなくてはならない場所」がどれくらいの頻度で乖離しているのかを考えていました。実際この二つは大きく乖離しているケースが多く、解決すべき課題と認識していました。

WORK MILL:tonariさんは元Googleのスタッフたちが中心となって2017年にソーシャルベンチャーとしたと聞きましたが、Googleの中ではなくソーシャルベンチャーとして創業された経緯、メンバーたちが集まったきっかけを教えていただけますか?

後尾:実は弊社のオフィスはもともとtonariのものではなく、弊社代表の川口とTaj Campbellが立ち上げたStraylightというコミュニティで使われていたものなのです。これはエンジニア、建築士やアーティストの方が集まって、いろんなプロトタイプを作って面白がれる好奇心が強い人たちの集まりで、tonariの源流となったコミュニティです。

Straylightオフィスのビジョンウォール(TokyoDexとメンバーであるMariya Suzukiが作成)

WORK MILL:アイデアを具現化するにあたり、何か実体験となるような経験があったのでしょうか?

福垣:個人的なエピソードですが、私の母は沖縄出身でシングルマザーとして私を育ててくれました。沖縄に住んでいれば近所の祖父母や親戚が子育ての手伝いをできましたが、母は自分自身のキャリアや私の教育のことを考え、沖縄ではなく東京に住むことを決意したのです。

ただ、母のその決断は数多くの妥協を伴うことになりました。例えば、私が風邪を引いた時、すぐに駆け付けられるような親戚が近くにいませんでしたし、仕事と私の送り迎えばかりで近所付き合いや、仕事の同僚とのアフターファイブの飲み会などに参加できず、母自身すごく辛い思いをしたと思います。もちろん私も寂しい思いをすることがたくさんありました。

WORK MILL:ありたい姿と場所の制約のあいだで二者択一を迫られ、妥協の選択をしてきた方は多いでしょうね。

福垣:その通りだと思います。事実、現在東京圏に住んでいる55%の方が1日平均で2時間かけて通勤していたり、3分の1の収入を家賃に使っています。65%の女性が子供の出産を機に退職しているという統計もあります。これは誰もがこうなるべきと思い起きたことではなく、私の母のように「妥協の連続」によって生まれた現実だと認識しています。

しかし、私たちが本当に欲しい生活はこういうものではないはずです。実は、私は子供の出産を機に10年以上の証券会社でのキャリアを見直し、本当に欲しかった生活を求め葉山に移住してきました。今はやりがいのあるキャリアを保ちながら家族や友達が近くにしっかりいる生活を送ることができています。

リモートワークで露呈した「一緒にいること」の重要性

WORK MILL:本当に欲しい生活という点に関して、今回、緊急事態宣言が発表されたことで働き方が変化したと思います。通勤がなくなってリモートワークが普及したことによって、自分の時間や家族との時間が増えたというメリットがありました。こうした変化についてどのようにお考えですか?

福垣:確かにリモートワークによる恩恵はありましたが、一方で改めて「一緒にいること」の重要性に気づいた方も多いのではないでしょうか。

リモートワークだとどんなに頑張っても、ビデオ会議の中で自分が意図していることが相手に伝わらなかったり、小さなミスが発生することが多かったはずです。それによって関係性もどんどん薄れていきますし、モチベーションも低下していく。こうした点が今のリモートワーク技術がカバーしきれない部分だと感じています。

私たちが目指す未来の仕事のあり方は、空間をハックすることによってどこにいてもあたかも同じ場所で働いているような感覚を得られるようにすること。様々な環境を繋げることで、仕事をする場所や学ぶ場所が柔軟に決められるような未来が訪れれば、多様な人が多様なまま共存できる豊かな生活が可能になる。私たちはそう信じてtonariというシステムを作ってみました。

WORK MILL:「空間をハックする」という点が御社のプロダクトのコアにあると感じました。ただ、空間をハックするというのは具体的にどのようなことを指すのでしょうか?

後尾:システムを作るにあたって「自然なコミュニケーション」について考えてきました。私たちは動物なので、人が等身大に目の前にいて目線が合うことが非常に重要で、ちょっとした表情の変化や 仕草といったノンバーバルな部分が理解できるシステムでなければなりません。

福垣:例えば、今子供が帰ってきたからしばらく声をかけられないとか、目の前に後尾さんがいるから「あれっていつまでだっけ?もうやった?」といった何気ない会話がストレスなくできる状況を作り出すことに力を入れてきました。

さらに付け加えると、すでにお気づきだと思うのですが、弊社のシステムは遅延がほとんどありません。これはソフトウェアを自社でゼロから作っているからなんです。一般的なウェブ会議システムはWebRTCをベースにしていますが、これを使うと様々なデバイスからアクセスできるなど利便性が高い一方で、遅延がどうしても発生してしまいます。

例えばzoomだと平均して300〜500ミリ秒の遅延が常に発生しているのですが、私たちが遅延を感知できるのが150ミリ秒以上。つまり、遅延を感じさせないためには、150ミリ秒を切る必要があります。そうした点を踏まえて弊社では120ミリ秒以下の遅延に抑えられるよう設計しています。頷くタイミングや盛り上がるタイミングを作る上で、遅延を起こさないことは最も重要な課題だと認識しているからです。

WORK MILL:御社が掲げる空間ハックに多拠点接続は含まれているのでしょうか?


福垣:実際に名古屋、福岡、札幌の3拠点をワイプ表示で同時接続できないかと質問されることが多いですし、技術的には可能です。しかし、多拠点と繋げてしまうと、思い立った時の会話ができなかったり、そこに誰かがいるという安心感がなくなってしまうと思うのです。

一見便利そうに思えて、「今どこと繋がっているんだっけ?」と実は空間ハックの一番大切なところを無くしてしまうことになると我々は考えています。だからこそ、tonariはこのシステムに関しては「1対1」のコネクションを作ることに徹しています。そうすることによって、本社と支社といった格差がなくなって一つの空間を作ることができると考えていますし、それこそが今のウェブ会議システムができないことだと認識しています。

一般社団法人としてのtonari、株式会社としてのtonari

WORK MILL:多くの人が共感するような独自のプロダクトがあるわけですから、最初から株式を扱うスタートアップとして創業してもおかしくないと思うのですが、ソーシャルベンチャーとして発足したというお話を伺って普通のスタートアップ企業ではないのだなと感じました。そこにはどのような理由があったのでしょうか?

後尾:これまでお話したようなコンセプトは、アイデアとしてあったものの最初の時点では等身大で映し出したり、通信や音響など、解決しなければならない技術的課題を数多く抱えていました。そういったところに関して一般社団法人として、日本財団さんから5000万円を3年間、合計1.5億円いただいて、そこで研究開発と「分散化した社会はどうなるのか」をリサーチして、土台を作ったのです。

福垣:土台づくりの観点以外にも、株式会社だとどうしても1年ごとの成果で評価されがちです。株式会社としてのニーズだけで引っ張られてしまうと、私たちが信じる価値よりも、短期的なマネタイズという点に焦点を当てられてしまうと感じたのです。私たちは一般社団法人を置くことによって、例えば、学校での利用だとか医療だとか社会的インフラとしてのtonariの開発にじっくりと時間を使うことができるようになります。

後尾:長期的な視点で研究開発を行う役割は引き続き一般社団法人が継続して、同時平行で株式会社としてはBtoB向けのものを作ってマーケットが顕在化しているところにどんどん販売して、社会の分散化に貢献していきます。

つまり一般社団法人で長期的に研究開発をして、それを株式会社の方でマネタイズする。株式会社に渡し終えたら、また次のチャレンジや長期的なものに対して研究を進めていくというところで二つの組織は分けています。企業のR&Dの部署や研究所のような役割を担っているんです。

WORK MILL:ソーシャルベンチャーとしてリサーチされている中で、分散化した社会や多様な働き方について日々思いを馳せていらっしゃると思うのですが、人と人の繋がりや場所と場所の繋がりという点に関して、今後どのような未来が訪れるとお考えですか?

後尾:アフターコロナの話題は様々なメディアで取り上げられていますが、アフターコロナは存在しないと思っています。今後もこういったことは発生しうると思いますし、仮にコロナのワクチンが完成したとしても、全員が出社することにはならないと思います。かと言って、全員がリモートワークという状況にもならないと思います。

人が集まることは必ず必要で、インフォーマルコミュニケーションによってチームの一体感やイノベーティブなプロダクトが生まれることを考えれば、人や情報が集まりやすいメディアとしての東京は今後も必要とされると思います。ただ、自分の幸せなライフスタイルを考えた時に、田舎に移住することがその人の正解かもしれない。その時に、各地域のコミュニティと東京とが繋がることで、コミュニティの半径は今後大きくなっていくと思います。

福垣:これは創業者の川口が言っていたことなのですが、彼は自分の家の玄関と自分の親の玄関を繋いで、子供たちが学校から帰ってくるときにおじいちゃんおばあちゃんから「おかえり」と言ってもらえるような繋がりが欲しいですよね。

こうした技術があることで改めて「何を大事にするか」が見えてくると思います。その「何か」を大切にできる自由をtonariでは提供していきたいと思います。

更新日:2021年2月2日
取材月:2020年12月

テキスト:夏目力
写真:原幹和