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WORK MILL

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スターバックスの店舗運営から学ぶ、ダイバーシティマネジメントの実践

職場の多様性を確保するダイバーシティマネジメントは、「働き方改革」を推進していく上で、大きなテーマのひとつとして位置づけられています。さまざまな個性を包括し、誰もがいきいきと働ける環境づくりのために、私達はどのようなことを考え、実行していくべきなのでしょうか。
今回は、ダイバーシティに富んだ現場のマネジメントの実践例として、スターバックスコーヒージャパンで働く山田哲嘉さんと藤田友樹さんにお話をうかがいました。企業理念にフォーカスした前編に引き続き、中編ではそれに基づいて実際の店舗でどのようなマネジメントをしているのか、具体例を挙げながら語ってもらいました。
 

マニュアル要らずの接客、原則は「察する・つながる・応える」

左から松本なぎさライフサイト店 ストアマネジャー※の藤田友樹さん、組織人材開発部の山田哲嘉さん。今回、現場と組織運営とそれぞれの視点からお話をうかがうべく、おふたりにインタビューさせていただきました。
※ストアマネジャー=店長

WORK MILL:ここまでのお話で、スターバックスが「誰もにとって働きがいのある職場」を維持できている背景には、企業の行動指針である「Our Mission and Values」が大きく影響していることが見えてきました。ところで、「スターバックスの店舗では、接客マニュアルがない」という話を伺ったことがあるのですが、本当なのでしょうか?

山田:細かく行動を規定するような接客マニュアルがないことは事実です。その代わりに「サービスコミットメント」という原則を定めて、共有しています。原則と言っても「『察する・つながる・応える』の3つの行為を繰り返していこう」というシンプルなものです。

藤田:たとえば、レジで接客をしている時に、脱いだジャケットを手に持ち、袖まくりをしているお客様が来たとします。そのお客様に「コーヒーください」と言われたら、相手の様子を観察し「アイスコーヒーでよろしいですか?」と相手のニーズを察し確認する。また、お一人で来店されたお客様が34つのドリンクを注文したら「お持ち帰りですか?」と聞いてみる……このような考え方が「察する」の基本です。
ほかの「つながる」「応える」も同様ですが、サービスコミットメントは、接客上の明確な答えを示しているわけではありません。パートナーにも最初に「こういう場合はこう考えてみよう」といったケーススタディはいくつか教えますが、基本的には現場での経験を通して、自分なりに考えながら「察する・つながる・応える」を実践してもらいます。

WORK MILL:あえて細かいルールを設けないことで、自立的な思考と行動を促していると。

山田:マニュアルは「Aという事象が起きたら、Bという行動をとれ」といったように、皆が同じ行動をとるための規則です。これがあると現場での統率は取りやすくなると思いますが、頼りすぎるとマニュアル外の対応が柔軟にできなくなるリスクがあります。そして何より、一人ひとりの自発的な行動への意識が弱くなってしまいます。
スターバックスのトレーニングは、マニュアルで行動を統一するのではなく、行動の元となる考え方を共有していきます。こうすることでパートナーの自主性を尊重し、それぞれが想像力を働かせたサービスを提供できる環境をつくっています。これもOur Mission and Valuesの「人間らしさ≒一人ひとりのその人らしさ」を大事にする思想にひもづいた文化ですね。

ハンディキャップがあっても、長所を活かして働ければ問題ない

WORK MILL:先ほど「多様なお客様の気持ちに寄り添うために、現場ではさまざまな背景を持った方を採用する」( ※前編参照 )といったお話が出ていました。ダイバーシティに富んだ職場を実現させるにあたって、採用上で注視されているポイントなどはありますか。

藤田:「その人の考え方が、どれくらいスターバックスの価値観と一致するか」という部分は、念入りに確認するようにしています。その中でまず私が必ず聞くのは「自分の好きなこと、熱中できることは何ですか?」という質問です。好きなことを語っていただくことで、その方の大切にしている価値観の一端を知ることができます。また、自分のやっていることについて情熱を持って人に伝えようとしてくれる方は、仕事でも自分なりに打ち込める要素を見つけ、熱心に働いてくれる人が多いです。

山田:私が店長だった時に、パートナーの面接時に必ず聞いたのは「最近、感動したことは何ですか?」という質問ですね。「どんなことに心が動くのか」を知ることは、その人の価値観を理解する上で大きなヒントになると思います。個人的な所感ですが、日常的な小さな出来事に喜びを見出せるような人は、スターバックスのOur Mission and Valuesとの親和性が高いように感じています。

WORK MILL:おふたりとも、採用時には特に「個人と企業との価値観の相性の良さ」を気にされているのですね。これまでたくさんの方々を採用されてきたかと思いますが、ダイバーシティの文脈の中で、一緒に働いて印象的だったパートナーさんはいらっしゃいますか。

山田:私は、聴覚障がいを持ったパートナーと働けたことが印象に残っています。その方については、採用時の段階で心に響いたエピソードがあって。基本、パートナーの採用はWeb上の応募フォームで受け付けているのですが、その方は直接店舗に来て「私、ここで働けると思うんですけど、採用してもらえませんか?」と伝えてきてくれたんです。

WORK MILL:「働きたい」ではなく、「働けると思う」と?

山田:そうなんです。「働けると思う」と言えるのは、やりたいことや目指すものがあって、その延長線上で「ここでは何かしら貢献できる」という強い信念を持っているからこそなのかなと感じて。実際に面接しても、働くことへの熱意やスターバックスの価値観との相性の良さがひしと伝わってきましたので、採用させていただきました。
それまで私は、聴覚障がいを持つ方と働く機会どころか、コミュニケーションを持った経験すらありませんでした。だから「耳が不自由だと、そもそも接客業をするのは難しいのでは……」という先入観を持っていました。でも、その方が「働けると思う」と言ってくれたおかげで、認識が大きく広がったんですよね。

WORK MILL:実際に聴覚障がいの方と一緒に働くことで、どのような気付きがありましたか。

山田:当たり前ですが、その方にはできないこと、難しいことがあります。店舗でのすべての仕事に適正があるわけではありません。でも、それってほかのパートナーも、みんな同じなんですよね。そして、みんなと同様にできること、得意なことがあって。身体的なハンディキャップがあったとしても、周りのサポートがあって長所を生かすことができれば、一緒に働くことはそれほど難しいことではないのだな、と実感しました。

WORK MILL:障がいを持った方が同僚になることについて、ほかのパートナーの皆さんから何か目立ったリアクションはありましたか。山田さんが先入観を持たれていたと言ったように、なかなかすんなりと受け入れられない方もいたりしたのでしょうか。

山田:その点については、僕もびっくりするくらい、パートナー問題なく受け入れてくれました。というのも、実はその方を採用するにあたって、事前に全パートナーに意見を聞いたんですよ。
パートナーの採用は基本的にストアマネージャー(店長)に一任されていることなので、普段は新たしいパートナー採用についての意見を現パートナーに求めることはありません。ただその時は、障がいを持つ方を採用することが、現場にとってもかなりの挑戦になると感じていたので、現場の声を聞くべきだと思ったんですね。


そしたら、全員一致で「一緒に働けると思う、私たちはサポートする自信があります」と言ってくれて。だから、安心して採用に踏み切ることができましたし、その後も大きな問題が起きることはありませんでした。あの瞬間、現場で働くパートナーにOur Mission and Valuesの考え方が定着していることを強く感じられて、あらためて「素敵な職場だな」と思いました。

職場にとって、ダイバーシティに欠けている方がリスク


藤田:僕が
ストアマネージャーを務めていた店舗では、最高齢で69歳の方を採用したことがあります。パートナーの年齢層は大体2030代がメインで、高くても50代の方がまれにいるくらいなので、最初は応募フォームに記入された年齢を見て「入力間違いかな?」と思いました。
面接をしてみると、その方は海外渡航の経験が多く、さまざまな国のスターバックスを利用されていました。日本でも海外でも、スターバックスのパートナーはみんな優しいと感動してくださっていて、「私もそういう環境で働いてみたい」と思って応募をしたと話してくれて。ただ「でも、年齢的にやっぱり難しいですよね?」と、ご自身でも懸念されていました。

WORK MILL:コンピューターを用いた仕事を覚えるのが大変だったり、体力的にも立ち続ける仕事が難しかったりと、オペレーション上で懸念されることは多そうですね。

藤田:そうなんです。ストアマネージャーという立場上、採用にあたってはとても悩みました。動機やモチベーションで判断するなら即採用したい方だったのですが、ほかのパートナーはどう思うだろうかと。
そこで私も、全パートナーに「こんな方が応募してきてくれたんだけど、どう思う?」と率直に聞いてみたんです。そしたら、「一緒に働けたら楽しそうですね」「一緒に働いてみたい!」と皆が賛成してくれたので、採用させてもらいました。

WORK MILL:結果、店舗には何か変化は生まれましたか。

藤田:地域柄ご年配のお客様が多く、その方が働いているから常連になってくれた方々も増えました。また、パートナー同士フォローし合う意識がより強くなり、団結力が増したりと、お店にたくさんのいい影響をもたらしてくれましたね。ご本人も「働くのが楽しくて、シフトに入る日が待ち遠しい」と言ってくれて、すごく嬉しかったです。
もちろん、先程の聴覚障がいの方と同様、その方にも年齢ゆえに、できることには制限がありました。けれども、フロアの掃除や商品の手渡しなど、自分にできる仕事を積極的に受け持ってくれたので、制限が大きなデメリットになることはなかったです。一緒に働く前は制限ばかりに意識がいっていましたが、実際に一緒に働いてみて、人生経験が豊富だから気付けること、できることも多く店舗にとってよりよい影響が大きいと感じました。

WORK MILL:企業が新たにダイバーシティを推進しようとすると、現場から「働きづらくなる」「マネジメントが大変」といったリスクを懸念する声が上がり、なかなか導入がうまくいかない……といった事例も少なくないようです。そんな中、むしろ現場で働く方々が積極的にダイバーシティを受け入れているのは、素敵なことだなと感じます。

藤田:そのあたりは、各パートナーにOur Mission and Valuesの考え方が浸透しているから、抵抗なく導入できているのだと思います。一人ひとりの自分らしさが尊重されているからこそ、自分と違った属性や考え方を持つ人と一緒に働くことに、純粋な楽しさを感じられているのかなと。

山田:一方で「午前中は主婦、午後は学生ばかり」という風に現場の属性が偏ったりすると、「ほかの時間帯はちょっとシフト入りにくいな」「学生は学生で仲良くやってるから」と、パートナーの中で分断が生まれしまうことがあります。そうすると、パートナー間の自然な協力関係も築きにくくなる。ワークシフトとしてはそのほうが組みやすいかもしれませんが、私自身は、一緒に働く人の属性はバラバラである方が、互いに新しい発見や刺激があり、結果的に働きやすい環境になると考えています。

WORK MILL:むしろ、ダイバーシティに欠けている方がリスクに繋がりやすいと。

藤田:そうですね。私は、スターバックスの店舗は「パートナーの長所の積み重なり」でできていると捉えていて。それぞれに、主婦だから動けること、学生だから気づけること、その人だからできることがあります。一人ひとりがお互いの「自分らしさ」を大切にして、自分の長所を生かし合い、支え合う働き方をすることで、いい職場になっていくのかなと思います。


中編はここまで。後編では全社的な取り組みにフォーカスし、より俯瞰的な視点からスターバックスのインクルージョンを捉えていきます。

2018年7月17日更新
取材月:2018年5月 

テキスト: 西山 武志
写真:岩本 良介
写真提供:スターバックス コーヒー ジャパン
イラスト:野中 聡紀