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屋台に学ぶ、スモールスタートのコツ。アウトプットとインプットの循環を実践しよう(カモメ・ラボ 今村謙人さん)

通りの向こうから、屋台を押してくる楽しげな人――彼の名前は、カモメ・ラボの今村謙人さん。屋台づくりのプロフェッショナルであり、自らも屋台の実践者です。

「屋台を作って街に出す」を実践する学びのコミュニティ「屋台の学校」を行ったり、日本の各地で屋台づくりワークショップを開催したり……。日本中を飛び回り、人々のチャレンジを加速するツールとして屋台の可能性を発信しています。

「新しく何かを始める際には屋台がもってこい」と話す今村さん。新たにチャレンジしたい人の背中を押すメッセージが、今村さんから次々と飛び出してきました。

今村謙人(いまむら・けんと)
新卒で入社した設計事務所を1年でクビになり、その後内装や工務店、飲食店やホテルの住み込みの仕事を経験。世界一周の新婚旅行をきっかけに屋台を始め、カモメ・ラボを設立。2023年に編著『日本のまちで屋台が踊る』を刊行。

原体験となった、メキシコでの初・屋台体験

屋台を始められたのはいつでしょうか?

今村

最初のきっかけは2015年。夫婦で世界一周旅行をしたときのことでした。メキシコの路上で屋台のゲリラ営業を始めたんです。

世界一周旅行! メキシコの路上!?

今村

新卒で入社した設計事務所をクビになってしまって、その後内装や飲食店、工務店などでの勤務を経て、しばらくして世界一周の旅に出たんです。

建築の設計って、家など動かないものを作るのが基本。そもそも僕は建築の設計ができなかったということもあるのですが、どちらかというと動くものや人が作り出す風景に魅力を感じていていました。

動くもの……。まさに、屋台のことですね。

でも、どうして突然メキシコ屋台を始めたんでしょうか?

今村

新しいものを見たり、食べたり……。旅ってインプットの連続なんです。でも1、2カ月すると飽きてしまったんですよね。

人間にはご飯を食べたら、排泄するという循環があるじゃないですか? それは情報も同じだと思ったんです。それで、インプットしたものをアウトプットするために、屋台で路上に出よう、と。

なるほど、面白い考え方ですね。

今村

具体的な理由はなく、「何か」がしたかった。そこでちょうど泊まっていたメキシコのゲストハウスのオーナーに話してみたら、「この街はルールも厳しくないし、やればいいじゃん」と言ってくれたんです。その言葉に背中を押されましたね。

屋根もなく、座卓を使って地面に正座する販売スタイルで。七輪を持ってきて、焼き鳥を売ることから始めましたね。

(提供写真)

きっと最初のお客さんは思い出深いでしょうね。

今村

今も覚えています。スーツを着た女性でした。

ドキドキの営業でしたが、一度売れると自分自身の顔もゆるんでナチュラルに接客できるようになっていきました。僕の屋台の原体験は、ここにあります。

屋台越しにインタビューを受ける今村さん

今村

でも、いざ屋台をまちなかに出してみたら、ものの2〜3分で警察が来て、止められたこともありましたね(笑)。

でも、続けていくうちに街を見る目が変わって。公園やお土産物屋が並ぶ繁華街……。法的に屋台を出していい場所を探すのはもちろん、どこでやると面白いかなという目線で街を見るようになりました。

路上の「橋ノ上ノ屋台」でまちなかの屋台実践をスタート

帰国して、日本でも屋台営業を始められたんですか?

今村

主にイベントへの屋台の出店や企画をしていたのですが、メキシコで経験したように、「路上で屋台営業をしたいなぁ」という想いがずっとありました。

屋台で日本の路上に出たのは、2021年頃。友人の笹尾和宏さんと2人で大阪の大正区と浪速区をつなぐ橋の上で始めた「橋ノ上ノ屋台」です。2024年4月で、3年目に入ります。

笹尾さんは、『PUBLIC HACK:私的に自由にまちを使う』(学芸出版社)の著者で、ご自身も路上での実践経験者ですね。

今村

はい。加えてご近所の仲間でもあり、ある橋の上で一緒にお酒を飲んでいたことがきっかけで、「一緒に屋台をやらない?」と声をかけたんです。

「橋ノ上ノ屋台」は、大阪・大正区にある大浪橋の上で、2人がそれぞれ屋台を出すスタイル。19〜22時ごろ、串焼きとお酒を出している。(提供写真)

今村

今でも月に一度、出没中です。屋台でイメージする縁日的なお祭りではなく、屋台を日常の風景にしていきたいと思っています。

屋台の形状はもちろん、「こうすればお客さんの居心地がいいかな」「この場所だと通行人の迷惑にならないな」など、毎回勉強ですね。営業をするたびに、アップデートを繰り返しています。

屋台のある風景、いいですね。

今村

「橋ノ上ノ屋台」は、笹尾さんと2人だったからスタートが切れました。

仲間がそばにいるから、緊張せずに始められたんです。一人でやるより誰かと一緒にやるほうが、何かを始めるときのハードルが低いんだなと改めて思いました。

そこで、誰かと一緒に屋台をやるといいのではないかという考えから、2023年に立ち上げたのが「屋台の学校」です。

どんな学校なのですか?

今村

屋台を1人1台ワークショップで作り、屋台だけのマーケットで小さく始めてみて、売るものを考えたり屋台をアップデートしたりしていき、地域の大きなイベントに出店する、という流れを体験できるプロジェクトです。

ただ、作って終わりではなく、実際に使ってもらえる場も用意する。一人だけで出店するのではなくて、隣に仲間もいる。

使ってみて改善したい部分をアップデートしていくところまでの流れを体感してもらいたくて。

これまで、どんな方が参加されましたか?

今村

自分で焙煎したコーヒーを提供したい人や、育てたハーブを販売したい人、自分の作ったものをマルシェで販売してみたい人など、いろんな「やってみたい」というモチベーションを持つ人が参加してくれました。

仮設のままでもいいから、まずやってみる。それぞれの「やりたい」を大切にしながら進めていきました。

屋台ならではの魅力って、どんなところにあるんでしょう?

今村

ものやサービスを販売するときって、見られ方や距離感が重要なんです。「店を始めよう」と思ってテーブルだけを置いてもお店らしくならないし、お客さんも少し不安になりますよね。

でも、屋台という媒介があることで、「この人はこういうことをやっているんだ」とお客さん側も認識しやすくなる。そうして出店者とお客さんとの関係性や距離が定まり、互いにコミュニケーションしやすくなるんです。

そういう意味で、屋台というフレームそのものが魅力だと思います。

「橋ノ上ノ屋台」で実際に使用している屋台

なるほど。

今村

あとは、気軽に始められること。いきなり店舗を作るとなると費用がかかりますから。

屋台はお試し感覚でスタートできるのが、一番の魅力かな。まずは屋台を出してみて、そこからブラッシュアップすることもできるので。

屋台はそういう気軽に、ハードルを下げて実践するための考え方でもあると思います。

屋台の学校では、出店を通した横同士の交流も生まれたみたいですね。

今村

はい。ただ、僕としてはコミュニティを作るために屋台があるのではないと思っていて。コミュニティはあくまでも手段に過ぎず、それがあるとなお屋台が続けやすい、というふうに考えています。

屋台をいかに日常的に継続させられるのか。それを常に意識しています。

口に出してみて、ポッと置いてみる

新しいチャレンジと屋台はすごく相性が良いとわかってきました。

屋台を通してスモールチャレンジを繰り返してきた今村さんが、何かはじめたいけれどできなくてモヤモヤしている人にアドバイスするなら?

今村

まずは、想いを口に出すことかな。自分の中だけに留めておくと、イメージだけで終わってしまうから。

否定されたら嫌だなという不安から、なかなか口に出せない人も多そうです。

今村

無理にカッコつけたり、他人と比較したりすると良くないです。誰かにダサいと言われても、関係ない。自分の中でやってみたいと思ったら、それでいいんです。

今村さんの事務所には、屋台で使用するメニューの小物がたくさん

今村

大人になると、恥ずかしい経験を避けちゃいがちですよね。結局、恥ずかしいという気持ちは、誰かと比べるから生まれる。

僕、この歳になって初めてDJに挑戦したんです。人のために流す音楽について考えるきっかけになったし、ポンコツながら「デビュー」できたことは、自分としては大きいことでした。

人にあれこれ言われることは、大人になると減ってくる。だからこそ、新しい経験って大切。やってみて気づくことも大きいですよ。

まずは家族や友達、信頼できる人にやってみたいことを話してみるのをおすすめします。

それなら、ハードルが低そうです!

今村

あとは、いきなりちゃんとしたものを見てもらおうとせずに、ポッと軽く出す感じがいい。バーン!と登場!ではなく、ポッと(笑)。屋台と一緒ですね。

そこで友達の意見を聞きながらでもいいし、置いてみると自分で客観的に見えてくるものもあるから。

ポッと置く、ですね。気張らず、未完成でもいいんですね。

今村

僕自身、面倒くさがりなんですよ。だから、最初から完成を目指さずに、やりながら100%に近づけていけばいいと思っていて。それが屋台という考え方で、今の生き方にもつながっている感覚があります。

たとえば、社内企画書は60%の出来でも、途中段階からこまめに上司に見せて相談するとか。小さく小さく、リアクションを見ながら進めていく方が、結果として早いことも多いと思うから。

ちゃんと見てくれない場合? それは上司が悪い!(笑)

今村

やっぱり、いきなり優れたアイデアを出すのではなく、その手前が大切だなと。考えや物事をアウトプットしやすい環境があると、結果的に長く続きやすい。

会社ではチームで一緒に仕事をすることもあるかと思いますが、複数人で何かをやるときもそうですよね。

チーム内で意見が言いやすかったり、自分の背景も吐き出せたりするような、たとえば屋台のような環境があることによって結果的にメンバー内でプロジェクトが動き出すきっかけになると感じています。

一緒にご飯を食べたり、会議室じゃなくて街中で話してみたりして、場所や環境を変えてみるのも有効です。

一歩踏み出したり、興味を増やしたりするためには、例えば実践者のトークイベントなどに参加したり、本を読んだりするのはいかがでしょうか?

今村

大事なのは、アウトプット→インプットの循環ですね。個人的におすすめしたいのは、アウトプットを先にやってみて、足りなかった部分をインプットしていくという順序。

その繰り返しは、「好きなことをやり続ける」ということにもつながります。インプットばかりで動けなくなってしまうのは、もったいないです。

ふむふむ。まずは口に出してみて、ポッと置いてみて、俯瞰して見てみる。

今村

そうそう。置いたものに対して自分がどう思ったか、それが好きかどうかを考えればいいと思う。自分を深ぼる機会にもなります。

これからは屋台に限らず、新しいことを実践できる人が増えると、社会が良くなっていくはずだと思います。

だからどんどんチャレンジして、実践者になってほしい。たくさんの人が第一歩を踏み出せるよう、屋台というツールと、屋台という考え方で応援できたらいいなと思っています。

2024年3月取材

取材・執筆=小倉ちあき
写真=三好沙季
編集=桒田萌(ノオト)