人類は弱いから、戦うのではなく受け流す。ビジネスパーソンは山を歩いて弱さを知ろう(YAMAP・春山慶彦さん)
日々の仕事に追われていると、都市の巨大なシステムへと飲み込まれていくような感覚に陥ることがありませんか?
自然経験が、私たちをそうした感覚から解放してくれるかもしれません。携帯電話の電波が届かない山でも使える登山アプリ「YAMAP」を提供する春山慶彦さんに、ビジネスパーソンが自然とのつながりを取り戻し、より良い仕事をするためのヒントを伺いました。
春山 慶彦 (はるやま よしひこ)
株式会社ヤマップ代表取締役CEO。1980年、福岡県春日市出身。同志社大学法学部 卒業。アラスカ 大学フェアバンクス校野生動物学部 中退。株式会社ユーラシア旅行社『風の旅人』編集部勤務後、独立。 ITやスマートフォンを活用して、自然や風土の豊かさを再発見する仕組みをつくりたいと思い、2013年3月にヤマップをサービスリリース。アプリのダウンロード数は2024年4月時点で430万ダウンロードを超え、国内最大の登山・アウトドアプラットフォームとなっている。
人類は、機械ではなく生きもの
まず、ヤマップの事業について教えてください。
春山
私たちは、電波の届かない山の中でも現在地がわかる登山地図GPSアプリ「YAMAP」を提供しています。
2013年に起業してYAMAPをリリースし、現在では430万ダウンロードを超えました。日本の登山人口が600〜700万人と言われている中、多くの方が使ってくださっています。
なぜYAMAPを開発したのでしょうか?
春山
起業したのは、人類の自然観に危機感を抱いたからです。東日本大震災で原発事故が起きたとき、僕も大人の一人として責任があると感じました。
春山
養老孟司さんは、都市を脳で考えた人工物であふれる「脳化社会」と表現しています。脳化社会では自然を捉えきれませんし、その行き着く先に原発事故があるのではないか。
あの負の経験を自分なりにポジティブに変換し、社会に届けないと、悔いが残ると思いました。その手段として、都市と自然をつなぐ事業を作っています。
都市と自然をつなぐ、とは?
春山
考えてみれば当たり前のことですが、僕ら人類は機械ではなくて生きものです。生きものであるとは、自然の一部であること。この感覚は、都市にいると薄れがちです。
最近、コンサルティング会社の方に社内研修の講師として呼ばれたんです。「サステナブル経営、SDGs、ESGの話をしてほしい」と。
それで会場に伺うと、大手町の超高層ビルにある窓のない部屋で……。そこで自然を語ることに、大きな違和感がありました。「冗談かな?」とさえ。
あぁ……。
春山
自分たちは何も変わらないまま、「サステナブル」「SDGs」「ESG」といった言葉だけを使う。都市の人たち、ビジネスの人たちが自然や地方を収奪している構図ですよね。
もちろん、その方々はご自身の仕事を全うしているので、否定したいわけではありません。
ただ、その場では「山を歩く、農業をするなど自然経験を通して、自分たち自身も生きものであるという感覚から、社会やビジネスを作り直すのが本筋なのではないか? サスティナブル経営のヒントも自然経験にあるのではないか?」と僕から問いを投げかけました。
たしかに、私たちは考える順序を何か間違えているのかもしれません。
春山
深刻な気候変動で、さまざまな災害も起きてきています。たとえば、ヤマップ本社のある九州では、大きな水害が毎年起きています。私たち人類はどう生きるのかが切実に問われている。
振り返れば、噴火、地震、台風、水害……と、昔からこれだけ自然災害を経験して文化を作ってきた国ってないんですよね。
春山
気候変動のただ中、しかも石油や鉱物などの資源が減っていく時代に、ビジネスパーソンが経済成長だけを見ていても良い仕事はできないと僕は思っています。
ビジネスや暮らしを「流域」で捉える
普段の生活では、自然とのつながりを感じにくいなと思っています。日常の中で、自然をどう捉え、どうやってビジネスと絡めていけばいいのでしょうか?
春山
まず、「地域」や「ローカル」について、いま一度考えた方がいいと思っています。それは自治体間で引かれた線のような概念ではなく、水の流れをベースとした「流域」で物理的に地域を捉えるということです。
流域?
春山
あらゆる生命にとって、また農業にとっても工業にとっても、水は何より大事です。
東京を含む関東平野はいくつかの流域圏で構成されています。流域で見ると、ひとつの流域圏になるので、栃木や群馬、神奈川の丹沢も同じ流域圏になるんですよね。
東京でビジネスをしているのなら、同じ流域圏に属する栃木や群馬の山、丹沢山のことを考える。「この水がどこから来ているのか」を考えてみる。
ビジネスを、自然と切り離さずに考えるのですね。
春山
そうです。流域を単位にして、食料自給率やエネルギー自給率はどれぐらいなのか。この流域にいる人口に対して、学校はどれぐらいあるのか。そして、ビジネスはどのように成り立っているのか。
こうしたことを流域ごとに数値化していくと、「この地域は大きな会社は少ないけど、食やエネルギーに関しては自給できているから安心だよね」など、流域ごとの豊かさがわかります。
面白いですね。春山さんは、なぜ「流域」に着目されたんですか?
春山
きっかけは2021年の夏頃に、『環境を知るとはどういうことか 流域思考のすすめ』(PHP研究所、2009年)という本で養老孟司さんと岸由二さんの対談を読んだことでした。
山・川・街・海を分断してとらえるのではなく、流域という水の流れをベースにして地域や生命圏を考えようというのが、岸先生が提唱する「流域思考」です。この考えを知ったとき、「これだ」と思いました。
ただ、流域思考を一般の方に知ってもらうにはどうしたらいいか、流域という世界のとらえ方を社会に実装するにはどうしたらいいか。流域を可視化する地図が何より効果的であると考えました。
春山
僕がこの本を読んだとき、すでに誰かが地図制作に着手しているだろうと思いました。ところが、調べてみると誰もやっていなかったんです。「だったら自分たちで作ろう」と考え、岸先生に連絡をしました。
3年ほど年かけて開発してきた「流域地図」を2024年5月にリリースしました。
おぉ、すごい。
春山
流域地図で見ると、僕らは今、東京の新橋にいます。
この黄色い範囲が流域圏であり、生命圏です。この山から、川が流れて、街に降りてきて、海に水が注ぐ。一目で流域圏がわかります。
春山
東京の都心に住む人たちにとっても、流域の上流にある山が荒れていたら、下流である都市にインパクトが出ることのイメージは、流域地図を見てもらえれば、理解できるはずです。
この森の木を伐って何も植えていなかったら、保水力が落ち、この川がどんどん濁ります。海に流れて、土砂がたまり海が荒れていく……。
流域地図があれば、都道府県や市区町村の単位とは別に、流域圏でビジネスや暮らしの課題を捉えられるんです。
今いる場所から見える山に登ってみる
ビジネスパーソンが自然観を鍛えるためには、どんなアクションができますか?
春山
難しいことは考えず、自然経験をするのがいいと思います。農業でも漁業でもいい。そういった一次産業に関わる機会がないのなら、キャンプでも山歩きでも、サーフィンでも釣りでも何でもいいと思います。
自然の中で身体を動かせば、自分なりの発見があるし、自然経験を通して、自分のいのちに宿る“野生”が目覚めるはずです。
登山に興味がある人もたくさんいますよね。
春山
山を歩くことは特におすすめです。これだけ自然豊かな場所に暮らしていながら、登山人口が600〜700万。人口の1割に満たないのはもったいないと思っています。
ビジネスパーソンが山歩きする場合、何から始めるのがおすすめですか?
春山
最初は、オフィスや自宅から見える山に登ってみるのがおもしろいと思いますよ。
山に登って、山から自分の街を見たときに、暮らしの範囲、流域がなんとなく実感できます。
春山
山から街を見下ろした視点を持って街に戻ってくると、街が立体的に見えるんです。綺麗事でも概念的なことでもなくて、自分が住んでいる場所を立体的にイメージできることは、生きる力になります。
僕の好きな民俗学者の宮本常一さんが、お父さんから伝えられた教えが「その街に初めて行ったら、まずその地域の高い山、高い場所に登れ」だったそうです。
世界を立体的に捉えることは、ビジネスにおいても重要な営みですよね。山から街を見たことのある人とそうでない人とでは、世界のイメージって全く違うと思うんです。
山に行って街のことがわかるのはおもしろいです。
春山
都市は否定すべきものではなくて、都市を含めた生命圏をイメージできるかどうかが大事です。
そして世界の立体的なイメージを持った上で、今僕たちにとって大事になってくるのは、人類の弱さに立ち返ることだと思っています。
もともと人類は森の中では弱い動物だったから、遠くまで移動して食べ物を採りに行く必要があった。そのため、人類は直立二足歩行になったとされる説があります。そして、二足で歩けるようになったことで、道具や言葉を操るようになった。
はい。
春山
弱いからこそ、道具や言葉を作り出し、システムを作り出したと考えてみると、おかしな状況が起きていることに気がつきます。
今はシステムの方が強くなりすぎていて、「人間は強い」と僕たちは勘違いし始めています。そうすると多分、人間の力は落ちるでしょう。人類は強いと勘違いした社会には、あまり楽しい未来はないかなと僕は思います。
人間は弱いから、戦うのではなく受け流す
だからこそ、自然なのですね。
春山
都市にいると、助け合わなくても生きていけると誤解してしまうんですよね。一方で、山の中では激しい雪や雨が降ったら、紙一重で死んでしまうかもしれない。
その圧倒的な自然の中にいた場合は、自分たちの存在は弱いとお互いにわかるので、助け合おうと思える。だから教えられたわけではなくても、困っている人がいたら手を差し伸べたくなる。
そこまで厳しい自然体験をしなくても、山の中ではなぜかお互いに挨拶をし合うのがおもしろい。無意識に助け合おうとするのだと思います。
たしかに、ナチュラルに挨拶をしてしまいます。
春山
山に登ることの良さはほかにもあります。山では、常に自分で歩かないといけない。作家の池澤夏樹さんと対談した際、「山ではインチキができない」と表現されていました。
1歩1歩を積み重ねていけば、遠くまで行けることを経験できるんですよね。それは僕もいまだに教えられることがあって。
「めちゃくちゃ難しい事業だな」と思っても、山にたとえたら、それを何段階かに切って、今できることに集中し1歩1歩進んで行く。振り向いたら遠くまで来た、と思えることがわかる。
春山
自然との付き合い方に関して、日本文化にはかなりのノウハウがあると思っています。
たとえば、沈下橋(※)はその典型だと思っています。水に暴れてもらっても壊れないように作るんです。
(※)沈下橋……洪水や増水時に沈むことを前提にして作られた欄干のない橋。欄干をなくすことで、水の抵抗を受けにくくし、流木がひっかかりづらくしている。
春山
あと僕が好きなのは筑後川の山田堰(せき)です。出身地である福岡県の筑後川も暴れ川で、江戸時代に民衆が堰を作りました。それが今も残っているんです。これも、戦うのではなく受け流すという発想で作られました。
堰を川の流れに対して、直角に橋を作ると川の力に負けてしまいます。だから斜めに作り、受け流して水を分散させ、治める。日本の自然観が表れていると思います。
最後に、ビジネスパーソンに向けて一言、お願いします。
春山
地域を流域でとらえて、自分自身の足元を掘ってみてほしいです。足元を掘ることこそ、21世紀の冒険だと僕は思っているんです。
僕は星野道夫さんに影響を受けて、アメリカの先住民族の文化や民族学に興味を持ち、勉強したり、旅をしたり、アラスカに住んで先住民イヌイットとアザラシ漁やクジラ漁をしたりしていました。
春山
その中で思ったのは、「ネイティブインディアンだけがネイティブではない」ということでした。
どういうことでしょうか?
春山
僕たちは自然や風土から独立して生きてはいけない。食べものを食べる行為ひとつ取っても、それは人間の生きる原点で、植物でも動物でも、他者の生命をいただいて生きています。
その意味では、僕らはどこにいても環境や風土と直接に結びついて暮らしている。ネイティブと言うと“観察対象”のように思われがちですが、そうではない。
自分たち自身もネイティブととらえ、私は、私たちはどう生きるか。その問いを持つことが大切なんだと気づきました。
東京に住んでようが福岡に住んでいようが、足元を掘り、「ここが自分の生きている地域であり、故郷であり、ネイティブなんだ」と考えれば、生きることにもっと真摯になれて、より良い仕事ができると思います。
2024年4月取材
企画・取材・執筆=遠藤光太
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト