週5正社員と議員は両立できる。山口順平さんに聞く、兼業議員という働き方の魅力

複業も当たり前の選択肢になっている現在。しかし、そんな今でも意外に思える働き方をしている人と取材中に出会いました。
それが茅ヶ崎市議会議員として働く山口順平さん。実は都内の人材会社で週5日正社員として働きながら、現役の議員としても活動されているんです。
正社員と議員の両立はどのように行っているのでしょうか? そもそも議員さんって兼業OKなの? なぜこのような働き方になったのか、そして見えてきたものは?

山口順平(やまぐち・じゅんぺい)さん
1977年、東京都生まれ。パーソルデジタルベンチャーズ株式会社 事業統括部 コミュニケーション室所属。学生時代からサーフィンが好きで、2013年から茅ヶ崎市へ。2016年に、5分100円の御用聞きなどを行う茅ヶ崎市市民活動団体「らしくる」を立ち上げ。2023年4月の茅ヶ崎市市議会議員選挙に無所属で立候補し、初当選を果たす。現在は会社員を続けながら、議員活動を行っている。
正社員と議員、どっちが本業?
先日は茅ヶ崎の「まちのBAR」でお話を聞かせてくださり、ありがとうございました!
前回はイベントで少し話を伺っただけだったのですが、山口さんの会社員と議員を両立というキャリアがすごく気になって。さらに詳しく聞きたくて、会社の方へお邪魔しました。


山口
こちらこそ、先日はありがとうございました。
前回は議員の姿だったので、今回は会社員バージョンということで(笑)。

ありがとうございます! 正社員と議員の兼業はとてもハードルが高く感じるのですが……。
山口さんの現在の働き方について教えてください。


山口
会社員として週5日勤務しながら、茅ヶ崎市の市議会議員としても働いています。
基本的に、自治体と関わりのない仕事であれば法律的にも兼業は可能です。実は、全国の市議会議員の半数近くは、農家や個人事業主さんなど兼業で議員をしているんですよ。
なるほど。もともと兼業の人って多いんですね。


山口
茅ヶ崎市の場合、年4回、3カ月に一度「議会」が開催されます。議会中の1カ月、およそ20営業日のうち15営業日は議会に出席しなければなりません。
そんなとき、会社は半休をとって、午前は議会、午後は会社の仕事をするような働き方をしています。
議会の実施回数って、そんなに多かったんですね!
具体的にどんなことをしているのですか?


山口
行政が予算の承認を得る場、というのがわかりやすいかもしれませんね。本当にこの予算が適切なのか、市議会議員と行政で議論を行います。
議会の定例会では議案審査する「委員会」以外にも「一般質問」といって市民のお困りごとなど議員個人が着目した内容に対して市の考えを問う機会もありますよ。いずれにしても議会に参加するだけで終わるものではないので、事前準備が必須です。


山口
次の議会が始まるまでに議案内容や予算金額について関係各位に事前確認したり、市民の皆さんから情報収集したり、議会の場以外にも仕事があります。
兼業だと、時間が足りないのでは……?


山口
正直、会社・議員の仕事をわけてしまうと時間が足りません(笑)。
でも、僕としては会社員と議員それぞれのプロジェクトを同時進行に進めているイメージ。どちらが本業と決めずに進めています。
二足の草鞋を履き替えるのではない、と!

どちらの仕事も「エンパワーメント」することは変わらない
かなりイレギュラーな働き方のように思うのですが、会社ではどんな業務を担当されているのでしょうか?


山口
現在は、パーソルグループの新規事業ユニットに所属しており、ユニット内にあるコミュニケーション室という部署で新規事業の成長を促進するカルチャー作りを行っています。
10ほどの新規事業の中で働く社員に対して、どう成長・進化を促せるか。直属の上司部下の関係ではないところからエンパワーメントする……。そんな役割を担っています。
今はフルリモートもOKなので、自宅がある茅ヶ崎市で働くことが多いですが、社員の話を伺いに都内にも行きます。
会社の仕事と議員の役割、なんだか似ているような気がしますね。


山口
おっしゃる通りです。以前、「議員の仕事は地域の人をエンパワーメントすることだ」と、教えてもらいました。地域の方々から相談を受けて、地域の「やりたい」をともに叶えていくのが議員の仕事だと考えています。
コミュニケーション室の仕事も同じ。「どうやったら社員の頑張りが事業に反映されて、その事業が世の中に必要とされるようになるか?」を考え、それを下支えしていく役割だと思っていて。会社の上司からも「両方の役割が似ているから相乗効果が生まれたらいいね」と言われました。
これは意図的に同じにしたのでしょうか? それとも自然と?


山口
結果論として今の働き方になった、という感覚です。
私は新卒でパーソルグループに入社して、しばらくは人材派遣営業をしていました。転機になったのは2012年頃、神奈川・千葉・埼玉の就労支援受託事業の責任者になったことです。
若い人たちの“想い”に触れ、すごくやりがいを感じたんです。それで、「社会起業家になりたい!」と考えるようになりました。
政治家ではなかったんですね。


山口
当時は、政治に関わるなんて考えてもいませんでしたね。その時は、会社を週4勤務に変えて、2016年には市民団体を立ち上げました。
「5分100円でなんでもやります!」ってチラシを2000枚作って、ゴールデンウィークに自分でポスティングして……(笑)。少しずつ活動を広げていきました。
いきなり2000枚ですか? すごい行動力!


山口
でも、問い合わせは1件だけでした。80歳くらいのおじいちゃんから「iPadとiMacのメールを同期してくれ」ってお願いされたものの、ちょっとわからない。それで、「ごめんなさい、Appleに問い合わせます!」と答えて(笑)。
お役に立つことができませんでしたが、おじいちゃんは「一緒に悩んでくれてありがとう」って500円を渡してくれたんです。
素敵です!


山口
今も、その時の喜びや感動は忘れられませんね。そういう地域活動を続けていく中で、まちのBARを含めいろんな茅ヶ崎の人と出会い、対話をしてきました。
それで、もっと行政と市民をつなげられたらいいな、市民の代表として選挙に関わってみたいな、と考えるようになって。
それで、政党に入らず、立候補に至りました。怒られちゃうんですが、そのときはノリで「選挙に出てみるか!」と思ったんです。
キャリアは会社の中だけじゃない。世に出る「出世」もある
選挙というと「どうしても当選したい!」という気持ちが強かったり、地域の中で大きな影響力がある人が多かったりする印象です。
気軽に選挙に出ていいの? と思ってしまいます。


山口
僕の中では、議員になるのは地域活動の地続きでという選択肢。不安よりも「やってみよう」という気持ちが強かったですね。
以前、キャリアカウンセラーの方に、「出世しなさい」と言われたことがあって、それが心の中に残っていたこともあります。
出世ですか?


山口
一般的には、「会社の中でキャリアを重ねること」を「出世」と呼びますよね。でも、その方は「個人として世に出ること」も出世だと教えてくれたんです。
なるほど。


山口
出世は仕事だけじゃない。趣味や特技、地域活動など個人として世に出る方法はいくらでもある。会社の仕事だけで出世を叶えようとしなくてもいい。
選挙の時も、どんな結果になったとしても今の仕事は続けていくつもりでした。なので、「素人なので教えてください!」という姿勢で、無所属でチャレンジしました。

選挙期間はわずか7日間! 仕事はどうする?
実際、選挙活動中はかなり忙しいと思うのですが、会社のお仕事はどうしていたのですか?


山口
市議会議員選挙の場合、選挙期間は土日も含めて、たったの7日間なんです。
平日の5日分は公職休暇を利用し、選挙活動を行いました。
そんなに短かったんですね。公職休暇とはどういうお休みですか?


山口
公職休暇は、裁判員制度など公民としての活動時に与えられる休暇です。有給休暇とは別のものです。
ちなみに、選挙期間中はあまり街頭演説はしていなくて。茅ヶ崎駅前に立って市民の方々とひたすら対話を行いました。
対話?


山口
はい。街頭インタビューのようにホワイトボードを持って「茅ヶ崎のどこが好きですか?」と声をかけて、シールを貼ってもらったんです。それで、その後、「実は選挙に出ていて……」と話したり。
これは営業職時代のスキルが存分に発揮できましたね。すごく楽しかったです。

車で回ったり、演説したりよくある「選挙活動」とは違うんですね。
選挙には当落があるわけで、結果が見えない限りその先の働き方も見えませんよね……。会社とはどのように話を進めていたのですか?


山口
前例がないことなので、あらかじめ決めておくことが難しくて。人事部の人とも連携はしていたんです。でも、最終的には「当選してから考えて決めよう」とだけ話していました。なので、会社もどうなるかわからない状態で開票日を迎えたんですよね。
当選後に会社に報告したところ、人事部の方が「兼業できるように制度を整えよう」と言ってくださって。私だけでなくて、今後も社内から選挙に出る人がいても対応できる人事制度を一緒に作っていきました。本当にありがたいです。
懐が深い! 一人のために新たな人事制度を作るって大変なことですよね。ちなみに、その後、山口さんのように立候補する人は……。


山口
まだ出ていないです(笑)。
でも、それくらいカジュアルというか、自然体で取り組める人を増やしたいなと思うようになりました。
ここまで、両立の魅力を沢山聞いてきました。でも……、ぶっちゃけ大変ではないですか? タスクは倍以上になっているわけですし。


山口
それがね、楽しいんですよ。
議員をやったことで、会社の仕事もめっちゃくちゃ楽しくなりました。
おお……! ちなみに、会社の他の社員さんとはどういうふうに仕事の調整をつけているんですか?


山口
一緒に働いているメンバーとは、タスクを分業するというより、一緒に案件を進められる体制を整えています。
現状を共有しながら、お互いができる時にできることをやる。これはお互いの信頼関係があってこそできることです。僕もお願いばかりしていてはいられないので、やるべきことは責任をもって完結させることは意識しています。
企業さんとしても「こんな社員が、こんな風に働いているよ」を堂々と発信できるのは素敵なことですよね。


山口
そう思ってもらえると嬉しいです。
まちをもっと良くしたい。議員は市民と行政の橋渡し役
もし「正社員として働きながら、市議会議員に立候補したい」という方がいたらどんな声をかけますか?


山口
「立候補したいです! 何から始めたらいいですか?」って相談をもらうこと、すごく多いんですよ。
いきなり選挙に出るよりも、「まちを良くしたい」という気持ちの根本を探ってみることが大事だと考えています。
根本?


山口
市議会議員は、市民と行政を結ぶ役だと思うんです。何かを掲げて市民をリードするのではなく、議員はあくまで市民の代表。
だから、「まちを良くしたい」という気持ちがなくては、当選したとしても「何」をやるか不明瞭になってしまう。


山口
まずは、まちの声を聞く。そして、市民として住む町をどうしていきたいのか?を考えてみるのはどうでしょうか。
当選がゴールではないですもんね。


山口
そうなんです。まずは「まちを良くしたい」という気持ちを分解する。そして、行動の階段を小さくして、一歩ずつ進んでいく。最初は本を読む、セミナーに参加する、地域活動に参加する……。なんでもいいんです。
進んでいった先にあるのが地域活動かもしれないし、議員かもしれないし、地元企業で働くことかもしれません。これは人によって変わってくる部分だと思います。僕が議員だった、というだけなので。
なるほど。ちなみに、議員と正社員、相乗効果を感じる部分はありますか?


山口
自分にとって大きかったのは、どこか他人事のようだった行政の仕事の解像度が大きく上がったことです。
そうすると、民間企業と行政が協力して新たな仕組みをつくれる可能性も上がりますよね。
なるほど。企業人としてどういう姿勢でいれば行政といい協働ができるのか。大きなヒントになりますね。


山口
はい。今まで政治家=「一か八かの勝負」と考えている人も多かったと思います。最初から兼業を前提にしていれば選挙結果にかかわらず、職を失わずにチャレンジができます。
自分のまちがもっと住みやすく、働きやすくなったらいいな。そんな想いから、「議員をやってみようかな?」と自然体でチャレンジする人が増えたらうれしいですね。
議員になってからの2年はあっという間に過ぎていきました。私自身、まだまだやりたいことがたくさんあるので挑戦を続けたいと思います。

2025年1月取材
取材・執筆=つるたちかこ
写真=小野奈那子
編集=鬼頭佳代/ノオト