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米国企業のラマダン対応事例 ー 宗教や価値観が尊重される職場へのヒント

グローバル化が進む中注目される「多様性」。特に米国などでは聞かない日は無いほど大切なコンセプトになっている。人種的・文化的均質性が失われつつあり、異なるバックグラウンドを持つ者同士が関わり合う現代社会において、お互いの違いを認め尊重し合うことの重要性を強調する言葉だ。

喜ばしいことにジェンダーや人種における多様性を促進する動きは多く見られる。しかし人種以外でのマイノリティーは未だ取り残されている傾向にある。その筆頭とも言えるのが、イスラム教徒(ムスリム)だ。世界のイスラム教徒人口は年々増加しており、近くキリスト教徒を上回るとも言われている。そんな中、欧米社会、特に9.11が起こった米国では未だイスラム系に対して差別意識が根強く、イスラム教徒は積極的に自分の宗教を表現することを躊躇してしまう人も多い。

メンタルヘルスに影響する差別体験

2021年に米国イスラム関係評議会(CAIR)に寄せられたイスラム教徒の差別体験報告約7,000件のうち約10%が職場や公共施設での差別に関するものだった。CAIRは、昨年から苦情の数が全体的に9%増加し、職場における差別は13%増加したとしている。

どのような形であれ、差別体験は心身ともに大きなダメージを与える。米国におけるアラブ系および中東系のイスラム教徒に関する数多くの研究では、差別体験と精神的健康は深く関わり合っていることを示している。差別の経験は、心理的苦痛や抑鬱症状の高いレベルと強く関連していた。また、差別されることへの恐怖やパラノイアが、不安障害や鬱病に直接的に繋がることも証明されている。

また、ストレスによる物理的な健康被害も多くあり、過食や拒食、自傷行為などがそれに当たる。自身の文化や信じるものを受け入れてもらえないという悲しみ、そして自分がイスラム教徒であることが知られてはいけないという恐怖が心と体に与える影響は計り知れない。

ラマダンとはどのような儀式なのか

今年はちょうど4月1日に始まったラマダン。ラマダンとはイスラム教の1ヶ月間の断食のことで、期間内、日照時間内は何も口にしてはいけない。特に初めの一週間は体が新しい食生活に慣れるまでは非常に苦労するそうだ。イスラム教では利他主義が最も重要な価値観の一つであり、寄付や事前活動とともに、ラマダンでは断食を通じて世の中の恵まれない人々の苦しみを分かち合う。イスラム教徒にとってラマダンとは、自分達の信仰を象徴する非常に大切な儀式なのだ。この記事ではそんなラマダン中のイスラム教徒を米国企業がどの様にサポートしているかについて取り上げる。

勤務時間やMTGの柔軟化 ― Pluralsight

IT系人材育成企業、Pluralsightでは、誰でも好きな時に休息と充電のための時間を取れるように無制限の有給休暇制度が設計されている。社員全体が対象であるが、特にラマダン期間中の世界中のイスラム教徒の社員に利用されているそうだ。また、あるインタビューでは、日の出から日没まで行われる断食に配慮し、ミーティングやタスクの期限設定などを柔軟に対応するよう全体に呼びかけている。

同社のプロダクトマネージャーでイスラム教徒のオマールさんのブログによれば、2019年の入社当時、オフィスにイスラム教徒は彼ひとりだった。にもかかわらず、1日5回のお祈りが出来るプライベートスペースをオフィス内に確保するなど、労力を惜しまずオマールさんをサポートする会社の姿勢に感動したと綴られている。

現在では、同社の従業員では彼のようなアラブ人を含む人種的マイノリティーの比率が15.4%(同社HPより)となっており、会社のあるユタ州の人種構成を考えると、比較的高い水準にあると言える。このことから会社の取り組みが社内の多様性の向上に繋がっていることが分かる。

ラマダンチャレンジで理解拡大 ― Pepsi

Pepsiでは、従業員が昨年から自主的に始めたラマダンチャレンジが大きな反響を集めた。「イスラム教徒では無いけど、今日1日断食中」と書かれた紙とともに自撮りをLinkedin投稿したカトリン・ウェスターウェルさんは、チャレンジを通して発見したことが多かったそうだ。

例えば、ラマダンは断食だけでなく慈善活動、人助けやコミュニティとしての団結など様々な意味をもつということ。ラマダン期間の日中、集中力を求められる様な複雑な作業をこなす事がいかに大変か、イスラム教徒でない我々が十分に理解できていないことなどが同じ投稿内に書かれている。また、食事を抜くことで単純作業までもが苦痛に感じられたとも告白。ラマダンチャレンジは年々参加者が増え続けているそうで、ラマダンへの理解や認識が広がることで、イスラム教徒の過ごしやすい職場が確立されつつあるようだ。

コロナでオンライン化した人気社内レクチャー ― Google

Googleで働くイスラム教徒たちによって構成されている「Muslims@Google」チームはイスラム教徒の社内での地位向上に取り組んでいる。月1で行われるミーティングでは社内から希望者を募り、レクチャー形式でイスラム教のカルチャーや教えについてプレゼンすることでイスラム教徒に対する理解を広めている。初期の頃から、毎回40〜60人ほどの参加者が集まったそうで、ミーティングに参加するには予約が必要なまでになった。

コロナを受け、それまでベイエリアのみに留まっていた活動はオンラインに移行された。これにより、参加人数や地理的な制限がなくなりMuslims@Googleの取り組みは一層活性化。2020年から2021年までの1年間で600人以上もの社員がオンラインミーティングに参加。ラマダン時期にはイスラム教徒とともに断食にトライするなど、グループの活動は社内全体にポジティブな変化をもたらし続けている。

更に、Googleのウェブサイト内でもラマダンに参加する人たちにとって便利な機能が満載だ。例えば、検索すると現在地に合わせたラマダン中のお祈りの時間をすぐ表示される仕様 。

また、ARカメラを利用して直接キブラ(メッカの方角)を示してくれるウェブアプリもあり、わざわざコンパスで方角を調べる必要がなくなるのでとても便利だ。 ラマダン中はお祈りのタイミングも位置情報に合わせて表示してくれるため、毎回特定のウェブサイトなどを開いて確認するなどの作業を省くことができる。

多様な信仰や価値観が尊重される職場、そして社会へ

イスラム教徒の居場所づくりに力を入れている企業は、今回取り上げた例以外にも存在する。日本は未だ宗教的にも民族的にも均質な国であるが、外国人人口が確実に増えている現在、イスラム教徒を含む様々な信仰や価値観を持つ人が安心して働ける場所を提供することを考える必要がある。多様性とはジェンダーや人種だけではない。本稿で宗教的差別の実態について知り、グローバル化した日本の職場の将来像について考えるきっかけになれば幸いである。

2022年7月14日更新

テキスト:松尾舞姫