全員副業のユニクルが実践する起業の形。健康・家庭・本業を優先する働き方とは(高野俊行さん)

スキルの見える化と自律学習支援サービスを提供している、ユニクル株式会社。この会社がユニークなのは、スタッフ全員が「副業」で働いていることです。
全員が本業を持ちつつ、週2〜3日、1日3時間ほど勤務。社内では常時20以上のプロジェクトが動いていて、スタッフ間で連携しながら進行しているといいます。
いったいどのように組織を運営しているのか? 会社への帰属意識やモチベーションはどう育んでいるのか? 実際に副業で起業をした経緯も含めて、ユニクル株式会社 代表取締役の高野俊行さんに伺いました。

高野俊行(たかの・としゆき)
ユニクル株式会社 代表取締役。2006年に慶應義塾大学大学院理工学研究科を卒業した後、日揮ホールディングス株式会社でプロジェクトエンジニアや、プロジェクトマネジメント、人事部 兼 DX推進室室長を歴任。グロービス経営大学院卒業後、副業人材だけでユニクル株式会社を設立する。2024年、日揮ホールディングスを退職し、ユニクル株式会社で日本の未来の為に生きる事を決意。
社員の「やる気」を引き出すカードと、「学び」につなげるアプリ
ユニクル株式会社は、どのような事業を行っているのでしょうか?


高野
働く人の「やる気を上げる」「やる気を維持する」「それを学びに繋げる」の3つをミッションとしてサービスを展開しています。
具体的に、どんなサービスがあるのでしょうか?


高野
1つめが、「ユニクルカード」の作成サービスです。
まずは「ヒーローインタビュー」という2時間のオンラインインタビューを通してスキルや強みを洗い出した上で、得意なことや大切にしたいこと、将来の夢など、その人の特徴をぎゅっと一枚に集めた、自己紹介カードを作るサービスです。



高野
インタビューでは、ユニクル社でトレーニングを受けたプロのインタビュアーが「高校や大学の頃、どんな困難がありましたか?」「それをどう乗り越えてきましたか?」などと聞き、その人の人生をひたすら肯定しながら特長を引き出していきます。
カードの完成自体もわくわくしますが、インタビューする過程にも効果があるんですね。


高野
そうですね。過去の事実は変えられませんが、解釈は変えられます。本人にとっては良くない出来事でも、その経験や学びが10年後のピンチを乗り越える助けになったかもしれません。
「あなたの人生、無駄なんて1つもなかった」「だから、今の自分も間違っていない」とつなげていくんです。
考え方や解釈まで見直すことができるんですね。


高野
東京大学経済学部の大木清弘准教授との共同研究では、ヒーローインタビューの効果として「離職対策に効果がある」「自己肯定感が上がって、やる気が出る」という検証結果も得られています。
実際に、経営者や事業部長から「会社の雰囲気をガラッと変えたい」「社員のやる気を上げたい」という趣旨で依頼されることが多いですね。
そして、ユニクルカードが完成するわけですね。


高野
そうです。カードを名刺として配ると、「野球部だったんですか?」「出身は栃木?」といった、普段の仕事では話さない会話が生まれ、クライアントとの関係性作りや、社内のチームビルディングに役立ちます。


高野

副業人材を募ると優秀な人が集まってきた
こういったサービスをやりたいと考えたきっかけは?


高野
前職の日揮の後半では、人事やDXに関わる中で多くの方と意見交換させて頂いたのですが、圧倒的に多かった声が「研修を全然受けてくれない」「DXをやろうとしても、反対意見ばかり出て進まない」というものでした。
要は、今の日本には「自分も働き方も変えたくない」という気持ちが蔓延している事に気づきました。

それはなぜでしょうか?


高野
そこのカギが自己肯定感だと思っているのです。マズローの欲求5段階の最上位が、「成長欲求」と言われる自己実現欲求です。
しかし、その下にある欠乏欲求と言われる承認欲求・自己肯定感が満たされておらず、いつまでも成長欲求のステージにたどりつけないケースがあるのかなと思っています。
なるほど。


高野
だから、まずは自己肯定感を上げ、それがやる気につながり、やがて学ぶ力へと変わるサービスを作りたいと思ったんです。
そういった会社員時代の経験に原体験があるんですね。


高野
あとは、僕のマネジメントスタイルとして、すごく雑談をするんです。現場に行って雑談しながら人間関係をつくると、仕事がうまくいく。
そこは肌感覚として分かっていたので、雑談がもっとできるツールがあればいいな、と思っていました。
そこで、グロービス経営大学院で事業の作り方を学び、卒業した後すぐに会社を立ち上げました。
日揮ホールディングスで働きながら、副業として始めた、と。


高野
そうですね。僕だけでなく社員も全員副業という形で、8人でスタートしました。
社員も副業人材にした理由は?


高野
とあるアメリカのデータによると、起業して新規事業を作る際に最も成功確率が高い年齢は40代だそうです。これはおそらく、若手と違って人脈や経験が積み重なっているからだと思うんですね。
ところが、一番起業が難しいのも40代なんです。「子どもが10歳くらい」「家を建ててローンがある」「部下ができた」など、一番会社を辞めづらい時期なので。
最も成功しやすい年齢なのに起業できない、というジレンマが生じているわけですね。


高野
それを解決する方法が、副業です。ライスワークとしての本業をやりつつ40代で動くには、「副業起業」が一番良い。そのロールモデルを作ってみたいという思いがありました。
メンバーはそれぞれ本業がありながら、自由時間になったら集まってオンライン会議をする。そんな感じでスタートしました。
メンバーは知り合いから集めたのでしょうか?


高野
そうですね。地元横浜の仲間や、グロービスで出会った人など。営業ができる人、デザイナーやプログラマー、法務経験者など、専門性の高い人が集まり、ほとんど僕が声をかける形で30人にまで増えました。
副業として働いてくれる人材を見つけるのは、難しいのでは?


高野
平日毎日8時間働けて、かつ優秀なフルタイム人材となると、かなり難しいですね。でも「副業で1日3時間、週に3日でいいよ」といえば、びっくりするぐらい優秀な人が来てくれるんです。
それはやはり、本業ではできない経験ができるからでしょうか。


高野
そうですね。ある時、本業で苦しんでいた人がユニクルに参加してきました。彼は仕事がルーティン的になっており、少し落ち込んでいたんです。
そこでユニクルでは、好きな仕事をどんどんやってもらいました。そうすると、だんだんモチベーションが回復して本業でも好きなことをやり始めて、会社からも認められて出世した、というケースもありました。
すごいですね!


議論と1on1、優先順位……組織運営で大事にしていること
とはいえ、普段は本業にコミットしているため、コミュニケーションが難しいシーンもありそうです。その点、工夫していることはありますか?


高野
「この類の連絡は○○時に行う」「ファイルはここに保存する」といったレギュレーションや決まりごとをしっかり揃えました。
やはり、基本的なルールは必須なんですね。


高野
あと、ユニクルでは「議論をしよう」というバリューを設けています。
相手を傷つけまいと厳しい意見を言わない場面をよく見てきましたが、それだと良いものが生まれないんですよね。 「To the person」ではなく「To the point」を心がけて、違和感を覚えたら言葉を出す。だからユニクルでは、議論がすごく白熱します。
「熱」があるんですね。


高野
また、オンラインの1on1も大事にしています。全体発信を投げた上で、個別に「何か意見や困ったことはある?」「30分話そう」とメッセージを送っています。
とはいえ、メンバーが30人もいると、それだけで時間が取られますよね?


高野
1on1って、時間がかかるように見えて、実は一番の近道なんです。
1人が落ち込んでしまったり、何か間違ったことをやっていたりしたら、最終的に全体をリカバリーする必要が出てきます。結局、一人ひとりにちゃんと向き合う方が、組織としてはいい方向に向かうのではないでしょうか。
なるほど。ただ、働いている人によってモチベーションや帰属意識に差があるのでは?


高野
そうですね。そのためメンバーには、「自分の健康>家族>本業>ユニクル」という優先順位を必ず守ってください、と伝えています。
たとえば「本業が忙しくなった」「子どもの受験があって……」など、メンバーそれぞれにいろんな事情があります。
時期によってコミット度は変わるので、「一旦、お休みにしましょう」「また戻れるようになったら、仕事を作って提示しますよ」という形で運営しています。
実際の業務は、どう進めているのでしょうか?


高野
いま約25個のプロジェクトを定義していて、「このプロジェクトはAさんとBさんで回してください」「人数がいないので、このプロジェクトは一旦ストップしよう」みたいな形で進めています。
副業で会社をつくる「副業起業」を増やしたい
高野さん自身は、いまユニクルが本業になっているそうですね。それはいつ頃、どんな経緯で?


高野
2024年8月に日揮ホールディングスを退職しました。
会社は先輩も同期も後輩も素晴らしい人ばかりで大好きな会社だったのですが、「今しかできないことは?」「僕にしかできないことは?」と考えたときに、「もっとたくさんの方のやる気をアップさせて、日本を元気な国にしたい」と考えたんです。
それができるのはきっと僕だけだと思い、独立を決意しました。
そうなんですね。


高野
ただ、2年間という縛りをつけていて、もし駄目ならまた戻ればいいと思っています。前職からも「何かあれば帰ってこい」と言われているので。
懐が深いですね。


高野
日揮はアルムナイ制度(※)がしっかりしているので。
いまユニクルで副業として働いているメンバーも、それでいいと思っています。何かチャレンジしたいなら、本業を辞めてユニクルでフルコミットの仕事をする。違うなと思ったらまた本業に戻る、など。
副業人材でありながら売上をつくれることは、起業してからの3年間で証明できたので、ここから先はフルコミットの人材も増やすつもりです。
※アルムナイ制度:一度退職した元社員とのつながりを維持し、再雇用や協力関係を構築する仕組み
副業人材のみで組織運営してきた中で、苦労した点はありますか?


高野
やはり、会社として信頼されない場面が多かったですね。たとえば、ベンチャーキャピタルに相談して「実はメンバー全員副業で……」と話すと、びっくりするくらい態度が変わるんです。資金集めにも苦労しましたね。
なんと……。


高野
一方で、日本政策金融公庫や、ベンチャー企業の成長促進拠点「SHINみなとみらい」や「YOXO BOX」など、支援してくれるところも増えています。
社会がちょっとずつ変わっている、と。


高野
副業が認められてきたな、というのは感じます。
ただ実際には、副業と聞いてイメージする職業は農業や食品配達、事務作業などが多い。僕の希望としては、自分で事業を作る「副業起業」がもっと増えていけばいいな、と思っています。

副業起業によって、人生の充実度は高まる
高野さんご自身の経験も踏まえて、副業起業のメリットをどう捉えていますか?


高野
副業起業によって、人脈や知見が広がったり、本業のストレスが減ったり、場合によっては収入が増えたりするかもしれない。
でも何より、人生が豊かになると感じています。 本業ではできないことにチャレンジできる、人生をかけてやりたかったことに取り組めるなど、一度しかない人生の充実度を高める方法だと思います。
逆に、デメリットはありますか?


高野
生活における取捨選択が発生することでしょうか。1日は24時間しかないため、通常の生活を保ったまま副業起業はできません。
僕の場合は、時間の断捨離をしました。具体的には、ゴルフ、テレビ、ダラダラ残業、楽しいだけの飲み会も行かないと決めました。生活を見直すと、案外時間は作れるものです。
今後の目標を教えてください。


高野
初対面の挨拶ではユニクルカードを交換して雑談が盛り上がり、良い人間関係がつくられるのが当たり前。そんな世界を作っていきたいですね。
あとは、学びの面白さや喜びをもっと知ってほしいな、と思っています。
副業を含め、新しい働き方や新しい組織のあり方を模索している人が増えているようです。何かアドバイスやメッセージがあればお聞かせください。


高野
僕の座右の銘は、「ベストの選択肢を探すより、選んだ選択肢をベストにする」です。 ベストの道を探し続けて、結局動かない人がすごく多いなと感じていて。
ベストな選択なんてすぐには見つからないし、社会状況によって変わるかもしれないじゃないですか。
おっしゃる通りですね。


高野
じゃあどうするかというと、とりあえず選択肢の中から選んで動くことです。あとから見た時に「あれはベストだったな」と思えるように努力をする。
もしかすると、うまくいかないケースもあるかもしれません。でも、それは失敗ではなく、「これはうまくいかないんだな」「自分に合わないな」と学べる一つのイベントにすぎません。
ぜひチャレンジしてください。
ありがとうございました!


2025年5月取材
取材・執筆=村中貴士
写真=吉田一之
編集=桒田萌(ノオト)