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WORK MILL

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働きたくない店主が語る「働く」の意味とは(梅田羊肉串・尾儀洋平さん)

「入店要件として当店のInstagramかTwitterのフォローを必須とします」

「お通し代1,000円で、30分おきぐらいで料理が永久に出てきます」

店のドアに貼られた、目を引く注意書き。店主の興が乗ったタイミングで店が開き、やる気が出なくなったら休む。そんな「日本一のホワイト企業」を謳う飲食店が大阪にあります。

その店の名は、梅田羊肉串。「働きたくない店主」と名乗る尾儀洋平さんは、どうしてこのお店をつくったのか。働きたくないのに働いている理由は? 「働きたくない」という気持ちとの向き合い方と、尾儀さんにとっての「働く意味」を伺いました。

働きたくない店主がいる店

最初に確認しますが、こちらは最初にInstagramかX(旧Twitter)でフォローしたお客さんしか入店できないんですね。

尾儀

そうです。何しろお客さんに「いらっしゃいませ」も言わないし、オーダーも取らない。固定のメニューはなく、延々と店主から料理が出され、ドリンクも自分たちで取りに行くというスタイルの店です。

そのため、「ここはこういう店だけど、それでもいいか」とはじめに合意を取ります。その方が、お互いやりやすいですからね。

カウンターに置かれたメニューは架空のもので実際は提供されない

尾儀

それでも、きちんと守っていることがあります。それは、僕がお客さんの存在をきちんと認識することです。

うちは常連のお客さんが多いのですが、初めて来店された方でも、当たり前ですがきちんと挨拶したり、名前で呼んだりします。

するとすでに店にいるお客さんも、「Aさんなんだ」と認識できて、そこから交流が始まることもありますから。

お店自体のコンパクトさも相まって、仲間入りできた気分で落ち着きます。

ところで尾儀さんは「働きたくない店主」と公言しています。本当でしょうか?

尾儀

はい。僕は1ミリも働きません。

でも、この店は串焼きのお店のはず……。

尾儀

そうです。この店を始めて6年ほどになりますが、僕はほとんど串を打ったことがありません。

ある時、「串焼きを食べたい」と訴えてきたお客さんもいたんですよ。でも、僕はお肉を串に打つのが嫌だから断って。

お客さんの頼みを……!?

尾儀

代わりに串の打ち方を教えたら、そのお客さんが自分で打ってくれたんです。

どちらが店員なのか、わからなくなっていますね……(笑)。

尾儀

考えてみてください。注文が入るかどうかも分からない串焼きを100本、200本と打つのは大変じゃないですか?

だから、お客さんに串打ちのやり方を教えて、僕は焼きます。焼くのは面倒じゃないので。

店内を見渡すと、壁に貼ってある大量のイベント告知が気になります。これは、お店のメニューとは関係のないものですよね。

尾儀

そうですね。ここではお客さんが発案したり、雑談から形になったりしたイベントがたくさんあります。

たとえば、釣り好きのお客さんがサワラを釣るって話を聞きつけた僕がササッとメモする。そのメモを壁に貼って、「じゃあ、次回はサワラを食べる会をしましょう」とイベント化しているんです。

お客さんが串打ちを行うスタイルも、「串打ちしてくれる人は羊肉串食べ放題」というイベントから発展したものなんですよ。

楽しそうですね……!

尾儀

初めての人は「なんやこの店、店主が全然働かんやん」「家で飲むのと変わらんやん」と思うかもしれませんが、まさにそう。

この店は、「友達がたくさんいる家主の家でのホームパーティー」だと思ってもらっていいと思います。

僕のスタンスは、「ようこそ! お構いできませんが、楽しんでってくださいね」という感じ。ただし、SNSをフォローしていて、この店のサービスを理解できる人限定です。

猛烈に働いていた頃の話をしよう

尾儀さんは、最初から働かない人だったのですか?

尾儀

いえ。7年ほど前は別の中華料理店を経営していて、当時は朝7時前に家を出て、夜中の0時まで働いていました。

猛烈に働いておられたのですね!?

尾儀

それはもう、必死でした。当時は「真面目に働くべき」と思っていました。が、だんだん疲れて、どうしてもだらけてしまって、自己嫌悪に陥っていました。

従業員は辞め、売り上げも多少落ちました。ところが、人件費をはじめ経費が抑えられたおかげで、しばらくは困らなかったんです。それで、「意外と大丈夫だな」「もっとだらけても大丈夫かも」と。

ちなみに、どういう風にだらけていたのですか?

尾儀

まずランチを休みがちになり、メニューに欠品が増え……。

当時もキッチンの食材で適当に一品作って格安で常連さんに出す、という今のスタイルに近いことをやっていて。すると「案外お客さんに怒られへんな」と。

でも、さすがに家賃が払えなくなり閉店しました。

そうだったのですね。

尾儀

でも、お客さんに怒られない程度で店を維持できるラインをここで見つけることができた。閉店したのは、このラインを良くない方に超えたからでした。

その頃「経営、向いてないな」と思ったのですが、応援してくれる人がいたので「梅田羊肉串」をオープンしました。そこで、スタイルを変えて、「働きたくない店主」と名乗るようになったのです。

自分にとっての「働く」とは、「しんどい」「やりたくない」をやること

尾儀さんにとって「働く」とは何ですか?

尾儀

僕の場合、「しんどい」「やりたくない」「やらなきゃいけない」と少しでも思ったら、それは「働く」ことになります。

この感覚は、人によって違います。同じことでも、喜んでやる人がいるからです。

たとえば、僕は串を焼くのは好きだけど、打つのは嫌い。だから、焼くことは僕にとって仕事じゃないのですが、打つのは仕事になります。

「働く」の感覚が、とても主観的ですね。

尾儀

そうですね。でも、みんなそうじゃないですか?

僕にとっては無理だと思うことでも、ある人にとっては大好きで得意で、むしろ楽しんでやっている。

今はやりたくないことをすべてやめている、ということでしょうか?

尾儀

はい。だから僕にとっては働いていないけど、お店があるから一般的に見たら仕事だと認識され、偶然そこに何らかの対価が発生しているということになります。

自分なりにしんどいと思うことはやらない、という姿勢を徹底されているんですね。

尾儀

多分みんな、「好きなことだけして暮らしたい」と思ったことがあるはずなんです。でも、その方法が見つからなくて「やっぱり働いた方が良いか」となるわけですよね。

僕は、たまたま好きなことだけで暮らせるラインを見つけたので実行しているだけ。

なるほど。それでいて店の経営も大丈夫なのですよね。

尾儀

この通りやれています。確かに毎日たくさんの利益を出せているわけではありませんが、日々の差が大きいだけ。諸経費も抑えられているので、毎月トントンです。

お客さんに満足してもらうことをやっていたら、働かなくなった

一つ気になることがあります。本当に何もせずに食べていきたいなら、不労所得者を目指す道もあったのでは……?

尾儀

それは少し違うなと思っていて。

7年前まで経営していた中華料理屋では、汗水流して「働いて」いました。いやでも一生懸命やる、それこそが仕事だと。それで良いと思っていたんです。

多くの人は、同じように考えています。

尾儀

でも当時の僕は、そこで思考停止していたんだと思います。

だって、一生懸命やったからといって、お客さんの喜びが比例して増えるわけではない。「必死にやること=お客さんにとっての価値」ではないですからね。

この店を開くにあたり、改めて何をしようか考えるうちに「好きな人に、会い足りてないな」と気づきました。

好きな人に会い足りていない?

尾儀

ある研究によると、人は一生のうち、150人の好きな人に会えるんだそうです。

最初は「多いな」と思いましたが、飲食店でなら目指せない数ではないはずです。

サービスをするためというよりも、自分が好きな人と出会い、楽しく過ごすための場がつくりたかった……ということでしょうか。

尾儀

そうです。だから、不労所得で生きていくのを目指すのでは意味がないんです。

僕がこの店をやっているのは、好きな人に出会い、彼らを喜ばせたいから。彼らが楽しい時間を過ごしたり、人と人が繋がれたりできるような場所をつくりたい。

そこに努力や義務感はないし、自分にとって苦にならない楽しい作業です。だから「1ミリも働いていない」というわけです。

努力しなくてもできることを仕事にできる幸せ

世の中には、同じように「働きたくない」と思っている人がたくさんいると思います。

おそらく尾儀さんを見て「自分も同じようなスタイルでやりたい」と思う人もいるのでは?

尾儀

実際、相談してくる人もいますよ。

でも、僕は一貫してこう言います。働きなさい、と。

「働きなさい」!?

尾儀

はい。どうしてもその場所が厳しいなら転職しましょう。

僕に相談をする人は多分、「楽そうでいいな」と思っているんだと思います。

でも、これは自分が喜ばせたい人を喜ばせるためにどうすればいいか……を考えに考え抜いて、その結果たまたま働かなくて良くなっただけなんです。

なるほど。「働きたくない」からではなく、目的を果たすための方法として、働かなくて良くなった。

尾儀

これまで一生懸命働いた経験がなく、上司が悪い・部下が悪い・会社が悪いと責任を他者に押し付ける人だとなおさら、僕のような働き方は合わないと思います。

実際、「尾儀さんのようにやってみたい」と言われ親身に相談に乗っていたことがあったものの、「いう通りにしたのにうまくいかなかった」と逆ギレされたことがあって(笑)。

僕のアドバイスが逆効果だと分かりました。

ではどんな人だったら、尾儀さんのような働き方が合っているのでしょうか?

尾儀

必死に働いた上で、「この問題を解決したい」と具体的に課題を把握している人ですね。

そういう人は、「お客さんとのトラブルが多く疲れた。どうしたら尾儀さんのようにできますか?」「入口である程度お客を絞っているからですか?」「あれを条件にした理由は?」と、僕のやり方の意図を細かく聞いてくるんです。

そこで僕がきちんと説明すると、そういう人は自分の持っている課題に応じたやり方にアレンジして実行します。

尾儀さんのいう「努力しなくてもできることをする」とは、「好きなことを仕事にする」と同じ意味ですか?

尾儀

残念ながら違います。僕も閉店した中華料理店は、好きで選んだ仕事だったのですが、最終的に疲れてしまった。

好きなことを仕事にすると同時に、目指す地点も生まれてしまうものだと思っていて。

すると、そこには必ず周囲との競争が生まれます。ずっと勝ち続けることはできないし、ほとんどの人は負けるんです。そう考えると、好きなことを追求するということは、ある意味不幸になる努力をしているとも言える。

好きなことをやっているはずなのに、それはつらいです。

尾儀

そうなんです。だから無理して「好きなことをやろう」とがんばるのではなく、「やりたくないことはやらない」と決めて、そのためにどんな工夫ができるのかを考える方が簡単です

そうしていけば、もしかしたら僕のように「働かない」という状態になれるかもしれませんよ。

2024年5月取材

取材・執筆=國松珠実
撮影=木村華子
編集=桒田萌/ノオト