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27歳で東京にビルを購入! 会社員とビルオーナーを両立してきた弦本卓也さんに聞く「複数の自分を持つ」方法

複業にチャレンジすることは、働き方の選択肢の一つになりました。しかし、複数のことを同時に進めながら、どちらも自分が望む形にしていくのは大変なこと。

今回はそんな両立について考えていきたいと思います。お話を伺ったのは、27歳会社員の時に東京・神保町にある中古ビルを購入し「弦本ビル」と名付け、20代の起業家が集まるビルとして運営してきた弦本卓也さん。

20代で、一体なぜそんなに大きな買い物をしたのか? そして、会社員とビルオーナーの仕事をどうやって両立させたのでしょうか。

弦本さんは、2022年末に35歳で会社員を卒業。2023年3月末にビルを売却し、次のフェーズへと進んでいくことを決めたそう。

今回は「複数の自分を持つ」ための第一歩の踏み出し方、続けていくコツについて、売却前の弦本ビルで弦本さんにお話を伺いました。

―弦本卓也(つるもと・たくや)
1987年、埼玉県生まれ。2011年に大手広告会社「リクルート」に入社。不動産メディア「SUUMO(スーモ)」の運営に従事。2015年、東京都千代田区・神保町にある中古ビルを購入し、「弦本ビル」のオーナーになる。会社員として働く一方で、ビルオーナーとして20代を中心とした若手社会人や学生のやりたいことを応援する場づくりに注力する。2022年に「リクルート」退社。2023年3月に「弦本ビル」売却予定。

突然のビル購入!100人に声をかけて入居者探し

そもそも、弦本さんがビルオーナーになったきっかけを教えてください。

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弦本

リクルートに新卒入社後、「1番イケてる部署にお願いします!」と言って、配属されたのが不動産メディアの「SUUMO(スーモ)」を企画・運営する部署でした。

配属後、いい企画を考えるには自分自身が不動産売買を体験することが大切だと思い、戸建住宅の購入や売却をしてみたんです。この経験で不動産売買をする当事者の気持ちがわかるようになり、いい企画を考えるヒントになりました

しばらくして、その売買を仲介してくださった不動産会社の営業さんから「弦本さん、面白いビルがあるんですけど、買いませんか?」と急に電話があって(笑)

それで、そのビルを買って、「弦本ビル」の運営をはじめました。それが2015年、私が27歳の時です。

東京・神保町エリアにある「弦本ビル」。5階建てで、もともとは前の持ち主が一家で暮らしていたという。

急展開……! なぜビルを買おうと思ったんでしょうか?

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弦本

内見に行ったとき、立地も良いのに、うまく活用されておらず、「もったいないビルだな」と感じたんです。

その時、ちょうど「新しい暮らし方や住まい方、働き方」について模索していて。このビルを、「食べる・住む・働く」をテーマ20代が集まる場所にできたら面白いんじゃないかな、と思ったんです。

正直、かなり大きな決断だと思うのですが……。ビルを購入するのに不安はありませんでしたか?

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弦本

いっぱいありましたね(笑)。ちゃんと入居者が集まるのか、災害が起きたらどうするか、50歳になってもローンが残るだろうし、途中で収益がなくなったらどうしよう……などなど。

不動産を買う時にはよくいわれることですが、契約書にハンコを押す時にはやっぱり手が震えましたね(笑)。

そりゃそうですよね……。

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弦本

でも、「ビルを買った!」と聞くと、凄そうに聞こえるんですけど、借地権という形式をとっていて、土地は買わずに建物だけを買っています。費用は7,400万円でした。

この金額なら、タワーマンションの一室を買うのと同じくらいのローンです。失敗しても一生頑張って働けば、会社員でもなんとか返済できるかな、というイメージでした。

なので、失敗しても誰かに迷惑をかける訳でもない。「最悪、自分が一生かければ、なんとかなる」と思えたことが、購入を決める最後のひと押しになりましたね。

なるほど……。ビルは入居してくれるテナントや住人がいてこそ、成り立つものです。購入前に入居者のあてはあったんですか?

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弦本

いえ、それが白紙の状態からのスタートでした。しかも、すぐに入ってもらわないと、資金が回らなくなりそうで。

なので、1カ月で100人ぐらいに「入居しませんか?」と聞いてまわりました。

1カ月で100人!? 1人1時間と考えても、どうやって……?

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弦本

当時は、東京駅のすぐ近くのオフィスで働いていて。弦本ビルまでは、電車やタクシーで5分くらいの距離だったんです。

だから、平日は昼休みに会社を抜け出して、ビルの中を案内していました。各階を見てもらい、1階の中華料理屋で活用のアイデアを話しながらご飯を食べて、終わったらまた会社に戻る。

そして、仕事が終わった後や休日にも、また別の人を連れていく……。それをひたすら繰り返しました。

すごいエネルギー! それで、興味を持ってくれる人にはすぐに出会えたんですか?

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弦本

話をすると大体の人は「面白いね」と言ってはくれました。でも、実際にお金を払って入居するかというと、断られてしまうんですよ。

そんな時は、「同じように興味を持てくれて、借りてくれそうな人、周りにいたりしませんか?」と聞いて、別の人に繋いでもらっていました。

その結果、知り合いから3人を挟んで紹介された人たちが、入居してくれることになったんです。

知り合いの紹介の紹介の紹介で出会ったという最初の入居者の2人と弦本さん。この出会いがあり、2階はコワーキングスペース兼イベントスペースの「TOKYO PRODUCERS HOUSE」(通称:プロハ)としてスタートした。(提供写真)

ああ、良かった! どんな方に入ってもらったんですか?

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弦本

本当に最高の出会いでした。弦本ビルのコンセプトを面白がってくれて。最初に入ってくれた2人自身も起業家で、同世代や年下の起業家たちを応援しながら、共に成長してきました。

彼らのおかげで、その後もビル全体にコミュニティが広がり、弦本ビルは単なる建物以上に価値がある場所にできたんです。

「右手にロマン、左手にそろばん、心に冗談」を意識

ビルの購入後、具体的にどんな場所になったんでしょうか?

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弦本

1階は元々入っていた中華料理店に継続して使ってもらい、2階はコワーキングスペース、3階はオフィス、4・5階をシェアハウスにしました。まさに、「食べる・住む・働く」が、一体化した場所です。

2階のコワーキングスペース「TOKYO PRODUCERS HOUSE」は、若手社会人と学生の秘密基地として、交流会や読書会、入居者やその知り合いが事業を試す場所としても運営していた。(提供写真)

弦本

このビルは個人が住むには大きいけれど、オフィスとして企業が使うにはちょっと小さい、中途半端なサイズの物件なんです。

でも逆に、コンパクトさのおかげで自然に交流が生まれる。たとえば、このビルにはエレベーターがありません。だから、入居者は全員、細い階段を通って行き来する。すると、上のシェアハウスの住人が、家に帰ってきた時に自然と2階に立ち寄るんです。

他にも、フロアが壁で区切るほどの広さではないので、イベントや打ち合わせをしていても近くの席に声が届いて。自然とお互いに顔を合わせて会話が生まれたり、その場で人の紹介をしあったりするんです。

シェアハウスの入居者は若手の起業家が多くて。それぞれの頑張っている姿が見えるので、お互いに刺激になっていたと思います。

「弦本ビル」という場所ができてから、弦本さん自身の生活に変化はありましたか?

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弦本

たくさんありましたね。その中でも、いろんな方の人生を追体験できたのは良かったなと思います。

ビルオーナーは普通、テナントとは全然交流をしないものです。ですが、このビルでは私と入居者の年齢が近いこともあって、テナントに出入りする人たちと同じ時間を過ごす機会が多かったんです。

新しいチャレンジをする人たちが多く集まる場所なので、特に副業を始めた会社員や独立したばかりの起業家、大学から企業に就職した人などの人生に触れることができました。

楽しいときも大変なときも、隣で様々な局面を一緒に過ごしてきた感覚です。

会社の仕事もお忙しいですよね。ビルオーナーとの両立は大変ではなかったですか?

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弦本

ビルオーナーは趣味みたいな感じで。仕事として両立したというよりは、遊びの延長線のような気持ちでやっていたので、あんまり苦にはなりませんでした(笑)。

ビルオーナーは、本来は物件に不具合やトラブルがあった時に登場するぐらいで、そこまで大変ではないんですよね。それ以上の活動は、あくまで個人的な取り組みとしてやってきました。やらされではない、好きでやっている感覚が大事だなと思います。

なるほど。ビルのオーナーとしては、収益よりも、楽しさ重視だったのでしょうか?

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弦本

両方大事です。リクルートで14の情報誌を創刊したくらたまなぶさんが言った「右手にロマン、左手にそろばん、心に冗談」という言葉があって。

ロマンは「やりたい思いや大切にしたい価値観」、そろばんは「お金やロジック」、冗談は「それを楽しむ心を忘れない」という考え方です。

素敵な言葉ですね。

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弦本

実際、弦本ビルは『食べる・住む・働くが、一体化したビルをつくる』というロマンで始めた場所なんですけど、そろばんのこともちゃんと考えています。

たとえば、一般的なビルと違って、弦本ビルには仲介・管理会社さんが入っておらず、その分の費用が抑えられているんです。

その代わり、ビルオーナーの私や入居者に協力してもらい、退去者が出る時には次の入居者を自分たちで集める。家賃を安くする分、電球交換などの管理業務は住人の方に手伝ってもらう。ロマンとそろばん、両方を見ながらやっていましたね。

内装も自分たちでDIYしながら整えていった。(提供写真)

弦本

ロマンだけだと継続できないですし、そろばんだけだと人は集まりません。

でも、ロマンがあって世の中のためになることをしていたら、巡り巡ってお金も入ってくるはず。だからこそ、最初はロマン重視で、継続するためにそろばんを重視するみたいな順番で考えていましたね。

DIYで完成した2階のコワーキングスペース。天井や床を剥がし、壁は黒塗りにしてオシャレな空間に生まれ変わった。(提供写真)

会社で学んだことが生かされているんですね。反対に、ビルオーナーの経験が会社の仕事にも生きたなと感じたことはありますか?

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弦本

ビルを買ったことで、不動産の企画を考えるヒントがたくさん見つかりました。あと、ビルを買った人は社内でもなかなかいないので、「ビルの人」として面白がって声をかけてもらうことが増えましたね。

そもそも「SUUMO」で働いていなければ、ビルを買うこともなかったと思うんですが……(笑)。

弦本

それから、ビルオーナーの活動がきっかけで、組織開発やコミュニティ作りにも興味を持つようになりました

それで、会社に部署異動の希望を出し、組織開発や人材育成の仕事に関わるようになって。シナジーが生まれていきましたね。

本業×趣味=複数の自分への第一歩

3階はシェアオフィスとして貸し出した。この部屋を使っていたメンバーの中には、大手企業に事業を売却した起業家も。弦本さんいわく、「出世部屋」だそう。(提供写真)

今、複業にチャレンジしている方もたくさんいますが、複数のことを両立して、並行してうまく進めるのは大変だと思います。

会社員とビルオーナーを両立してきた弦本さんは、複数の自分をうまく保ちつづける秘訣はなんだと思いますか?

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弦本

これから何か始めたいんだとしたら、最初のステップとして、もともと自分がやっている仕事をベースに、趣味や興味を持っていることに「応用できないか」と考えてはどうでしょうか?

僕の場合、不動産の仕事がベース。戸建やビルの購入は、「当事者の気持ち」を知りたいという純粋な興味から動き出したものでした。

本業で培ったスキル、そして自分の好きなことから得た経験は、両方にうまく生かせられると思います。

とはいえ、実際の行動に移すのにハードルの高さを感じる人もいそうです。

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弦本

確かに「いきなりビルを買え!」とは言えないですよね(笑)。

そんな時は、ちょっと先を行く先輩に話を聞きに行くのがいいかなと思います。本を読むのもいいですが、実際にやりはじめたばかりの、半歩先ぐらいにいる人に会って話を聞いていくと、熱意や思いが伝わってきて、刺激になりますよ。

弦本さんもビルを購入する前に、話を聞きに行ったんですか?

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弦本

実際にいくつかのビルを見学しに行ったり、事業をしている会社の先輩や家を買った人など30~50人くらいに、「ビル買おうと思うんですけど……」と相談したりしました。

そういう経験がある人が周りにいなかったら、どうするといいでしょうか?

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弦本

近いことをしている人が集まる場に行って、情報収集をしてみてはどうでしょうか?

ただ、そういう場所にはいろんな人たちがいるので、どの情報を信じるかは、自分でちゃんと判断したほうがいいですね。

あとは、僕が入居者を探した時のように、人づてに紹介してもらう方法もいいかもしれません。そのためには「本当に自分がやりたい!」という気持ち、ロマンが必要です。そうじゃないと、相手も紹介したいとも思いませんから。

あと、「紹介して!」ばっかりだと良くないんで、自分自身がちゃんと紹介されるに値する人になっていかないといけないですね。

経験をもとに「Re Building」

弦本さんは、2022年末に会社をやめ、2023年3月にはビルも売却すると伺いました。

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弦本

もともと35歳になったら、会社をやめると決めていました。それで、36歳からは「Re Building(リ・ビルディング)」をテーマに、今までやってきたことの再構築をしたいなと考えています。「Building」には「ビル」という言葉もかかっています(笑)。

具体的にはどんなことを?

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弦本

「弦本ビル」よりも大きい「新・弦本ビル」を構想しています。

左が神保町の「弦本ビル」、右が構想中の「新・弦本ビル」

弦本

1・2階部分には、シェアキッチンやイベントスペース、コワーキングスペースなどを想定しています。利用者が様々な人と交流して、自分のやりたいことを見つけてもらう場所を作りたい。

3・4階には、弁護士さんや税理士さんなどの士業の人や、デザイナーやPRプランナーなどの専門性を持った人たちが入居する小さな事務所をつくる想定をしています。利用者が、1部屋ずつ訪ねて相談していくと、自分のやりたいビジネスが実現するという仕組みです。

5階はオフィスフロア、6・7階は住居スペース。起業家たちがビジネスに集中できるようになっています。

まさに拡張版ですね!

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弦本

これからの時代、一つの企業だけで長く働くというより、人生のステージに合わせて、プロジェクト単位で働く流れがくると思っていて。

大きい組織に所属するのではなく、少人数のプロフェッショナルが集まり社会に価値を生み出していく。今までの活動の集大成として、そんな時代を加速させるような環境づくりに、注力できたらいいなと思っています。

これから土地や物件を探すんですよね。いつごろまでに実現させるという目標はありますか?

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弦本

早ければ2026年には、実現させたいと思っています。実際どうなるかは分からないですけど、目標は短くないと燃えないんで(笑)。

2022年末、弦本ビルの新構想を発表する場には多くの関係者が集まった。(提供写真)

弦本

ただ、いきなり新築のビルを建てようとは思っていなくて、「弦本ビル」で得たノウハウを、一度オンライン化してみようと考えているんですよ。

オンライン化?

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弦本

弦本ビルはハード面では古い雑居ビルでしたが、そこに良質なコミュニティが生まれ、様々な機能や仕組みができ、たくさんの起業家を輩出してきました。

まずは、こういったソフト面での経験やノウハウをオンラインにまとめて、起業家を生み出す再現性を高めたい。こうすることで、小さいビルやコワーキングスペースなどに、「弦本ビル」のエッセンスを導入して、日本や世界中の様々な地域を活性化するビジネスができると考えています。

これからの働き方を支える建物や部屋は増えてきましたが、ソフト面が整備されていなかったり、コミュニティが機能していなかったりすることも多いと思うので。

そういったところで実績を積んでから、最後に都内に大きなビルを建てることを目指しているんですよ。

ビルオーナーの経験を積んだ弦本さんだからできる戦略ですね。

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弦本

実体験があると、リアリティを持って説明できるようになりますし、芯を食った企画が作りやすい。

僕自身も、これから結婚や子育てなども経験すると思いますし、いずれ高齢にもなっていきます。歳を重ねたその時々の経験をもとに、いろいろな事業を展開していきたいと思っています。

これからが楽しみですね! ありがとうございます!

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2023年2月取材

取材・執筆=西村重樹
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト