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忙しいときこそ、時間旅行へ。自分の時間を見直したいときに読みたい本3選(タイムトラベル専門書店 utouto・藤岡みなみさん)

仕事に追われて、あっという間に1日が終わってしまう。なんとなく、有意義な時間の過ごし方がわからない。24時間をうまく使えている気がしない。――毎日懸命に働いていると、どうしても時間に関する悩みは尽きません。

そんなときこそ、自分の時間の使い方をじっくり見直したいもの。今回は、そんなきっかけになる時間をテーマにした本3冊を、タイムトラベル専門書店 utoutoの藤岡みなみさんに選んでいただきました。

自分が本当に大切な時間とは何なのか、それぞれ等しく与えられた「時間」の長さを自在に操り、納得できる過ごし方をするにはどうすればいいのか、綴っていただきます。

藤岡みなみ(ふじおか・みなみ)
1988年8月9日火曜日生まれのタイムトラベラー/文筆家。時間SFと縄文時代が好きで、読書や遺跡巡りって現実にある時間旅行では?と思い、2019年にタイムトラベル専門書店utoutoを開始。移動書店形式で各地で出店する他、イベントやライブ、ワークショップなども手がける。現実の時間旅行をテーマにしたZINE『超個人的時間旅行』シリーズを制作。主な著書に『パンダのうんこはいい匂い』(左右社)などがある。

現実世界でも、タイムトラベルはできる

時間の不思議は、SFの世界だけのものではないのでは?

そんな想いから、2019年にタイムトラベル専門書店 utoutoを始めました。移動書店形式で各地へ出店のほか、イベントやZINEの制作などをおこなっています。

このプロジェクトを通して私が叶えたいのは、現実世界でのタイムトラベルの実現です。タイムマシンに乗って旅するのではなく、本の扉を開くことで実践できる時間旅行があります。

タイムトラベル専門書店が用意している時間旅行は3つ。

1つは、過去への旅。歴史を学ぶべきだとわかっているけれど、どうしても頭に入ってこない。でも、たとえば戦時中の人びとの日記を読むと、自分がそこにいたかのような手触りで当時の生活を感じることができます。数字や記録ではなく個人の記憶に触れることで、過去と自分が実感を持ってつながる。それはどんな時代でも可能で、私は縄文人と仲良くなれそうだと思ったときから、縄文時代と現代を自由に行き来できるようになりました。

2つめは未来への旅。SFの父ジュール・ベルヌは「人間が想像できることは、必ず人間が実現できる」と言いました。奇想天外なサイエンス・フィクションだと思って楽しんでいたら、実はそこに描かれているのは私たちの未来の姿かもしれません。SF作品はいつも未来の可能性を広げてくれます。SFの想像力が現実を牽引する側面があると言っても過言ではありません。

そして3つめは現在の旅です。多くの人が実感していると思いますが、時間とは均一なものではなく、変化自在で常に伸び縮みします。一瞬で過ぎ去った1日もあれば、永遠のような1時間もある。科学の世界だけでなく、暮らしの中には種々の相対性理論が隠れています。

そんな時間の不思議や時間の哲学に触れることで、いま生きているこの時を変化させることができると考えています。

人生の時間は限られているから、仕事に追われるばかりではなくできるだけ体感時間を長くして充実した時を過ごしたいものです。今回はその手助けとなる本を3冊ご紹介します。

おすすめ本 1 ミヒャエル・エンデ『モモ』

言わずと知れた児童文学の名作ですが、実は大人にこそ読んでもらいたい作品です。

最近「コストパフォーマンス」だけでなく「タイムパフォーマンス」という言葉をよく耳にするようになりました。時短という言葉も流行っています。時間対効果が常に意識される社会。働いていると、効率を優先させなければいけない瞬間も多いですよね。そんなタイパと時短の現代に真っ向から疑問を投げかけるのが、およそ50年前に書かれた『モモ』(ミヒャエル・エンデ)という物語です。

ミヒャエル・エンデ/作、大島かおり/訳『モモ』(岩波少年文庫)

人の話を聞くことが得意な少女モモの日常を、灰色の男たちと呼ばれる時間どろぼうが一変させます。灰色の男たちは人びとに「時間を節約せよ」とそそのかして回りました。その結果、誰かとおしゃべりする時間や窓辺で物思いに耽る時間など、かつてあったあらゆる豊かな時が奪われてしまったのでした。

時間とは、生きるということ、そのものなのです。そして人のいのちは心を住みかとしているのです。人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです
『モモ』(ミヒャエル・エンデ/作 大島かおり/訳 岩波少年文庫)P106

何度読んでも、いつ読んでも、身に覚えがあるなと感じます。

時短で効率よく節約したぶんの時間は、一体どこに行ってしまったのでしょう。タイパを意識すればするほど、本来の思いとは裏腹に1日の時間が短くなっていくような気がします。

光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ
『モモ』(ミヒャエル・エンデ/作 大島かおり/訳 岩波少年文庫)P236

冒険のなかでモモは「時間の国」に辿り着くのですが、そこで目の当たりにする「時間のみなもと」が息を呑むほど美しいのです。私たちが当たり前に手にしているこの1秒1秒がどんなにかけがえがなく、煌めいているか、その豊潤さが脳裏に焼きつくようなうっとりとした描写があります。時間というものの重み、その本当の価値について考えるとき、いつも『モモ』のこのシーンが頭に浮かびます。

灰色の男たちは私たちのすぐそばにもいて、常に時間と心を奪おうと狙っています。

時間をかけるということは、時間のなかに心でとどまるということ。時間を感じるための心の使い方を思い出させてくれる一冊です。

おすすめ本 2 ケン・グリムウッド『リプレイ』

タイムトラベル専門書店でダントツ、最も売れているのがこちら。アメリカのSF作家、ケン・グリムウッドが書いた『リプレイ』です。エンターテイメント性にあふれつつ、時間の哲学にも触れられる大人向けの小説です。

ケン・グリムウッド/著 、杉山高之/訳『リプレイ』(新潮文庫刊)

この物語は、同じ人生を何度も繰り返すいわゆるループもの。主人公のジェフは43歳の秋に心臓発作で死亡しますが、次の瞬間、記憶を持ったまま18歳の肉体に戻ります。

若く健康な肉体と25年分の社会の記憶があれば、株で大儲けすることも全く別の人生を歩むことも可能です。無双状態で一見羨ましい……けれど、思いのままの人生を繰り返すジェフが味わうことになるのは、深い孤独や絶望でした。

最初は「人生を何度もやり直せるなんていいなあ」と興奮し、ページをめくる手が止まらないのですが、最後まで読むと意外にも「人生が1回で本当によかった……」というしみじみした気持ちになります。

もしこの職業を選んでいなかったら……もしあのときの失敗がなかったら……誰もがそう想像したことがあるのではないでしょうか。しかし、やり直しがきかないからこそ自分の人生が特別であることや、未来に常に新しい可能性が広がっている喜びを感じさせてくれる作品です。

おすすめ本 3 茨木のり子『歳月』

茨木のり子さんの死後に出版された詩集です。先立ってしまった夫への想いを綴った39篇の詩が収録されています。

一種のラブレターのようなもので、生前に発表するのは照れくさいと長らく保管されていたようですが、ご本人に出版の意思があったそうです。没後に推敲済みの作品や目次などが見つかったことから、ご遺族らによって真摯に編まれた一冊です。

どの詩からも、どの一行からも、かつて存在した夫婦の愛おしい時間がかおり立ちます。椅子、レインコート、パンツ、梅酒……家の中にあるさりげない道具たちのなかにも、共に過ごした時間が滲んでいます。

もう二人ともこの世にはいないけれど、短い詩の中にはっきりと永遠を感じます。

過ぎ去ってしまったものは、決して消えてなくなったわけではないこと。これもひとつの、時間というものの性質ではないでしょうか。

真実を見きわめるのに
二十五年という歳月は短かったでしょうか
(中略)
けれど
歳月だけではないでしょう
たった一日っきりの
稲妻のような真実を
抱きしめて生き抜いている人もいますもの


『歳月』(茨木のり子 花神社)P126-127

目まぐるしい日々の中でもたまに立ち止まり、詩人の言葉の中にある時間の永遠性と目を合わせたいものです。

以上、時間について見直したい時に読みたい本を3冊紹介しました。でも、自分の時間を変化させてくれるような本は他にもまだまだあります。私の中のタイムトラベル本の定義はとても幅広いです。それは、時間とは人生そのものだからなのかもしれません。

慌ただしい日常の中で、多かれ少なかれ誰もが時間に追われて生きていると思います。そんなとき、本を読むという行為自体が、私たちをこの一瞬の中に豊かにとどまらせてくれます。忙しいときや、時がさらさら流れていってしまうと感じるときはぜひ、本の扉を開いて一緒に時間旅行を楽しみましょう。

執筆=藤岡みなみ
アイキャッチ制作=サンノ
編集=桒田萌/ノオト