働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

テキストコミュニケーションの悩みは、今も昔も変わらない。解消のヒントは「シンプルに書く」こと(文章教師 阿部紘久)

コロナ禍では、リモートワークの増加に伴い、文章を通じて自分の意見を伝えるスキルがより大切になりました。しかし、自分の意見を上手くまとめられず、誤解が生じたり、対面に比べて冷たい印象を与えたりと、文章を書くことに苦手意識を抱く人は少なくありません。

そうした課題を解決するヒントは「文章を飾らず、シンプルに書くこと」と言えるようです。今回はロングセラー『文章力の基本』(日本実業出版社)の著者で、18年以上にわたり社会人の文章指導をしている阿部 紘久さんに、コロナ禍でのテキストコミュニケーションとの向き合い方について、寄稿していただきました。

悩みの本質は変わらない

私はかつて大手メーカーの社員として、海外3カ国で、計10年仕事をしました。それは日本から技術や経営資源を持ち込み、現地のパートナーと共同し、現地の人材を活かして生産、販売活動をする仕事でした。

当然ながら日本の関連部署との緊密な連携が必要でしたが、会って話す訳にはゆかず、国際電話はまだ贅沢で滅多に利用できず、もちろんZoomなどもありませんでしたから、文章だけが頼りでした。

日本にいて海外駐在の人と連携したり、海外パートナーと英語で折衝する仕事も10年以上やりました。そこでも文章だけが頼りでした。

その日本語や英語が冗長であったり、適切でなかったりすると、さまざま誤解が生じ、感情問題になってしまうこともありました。その間、「事実関係や自分の考えを、簡潔明瞭に表現し、相手の理解と共感を得る」ことに連日腐心していました。

昨今、新型コロナウイルスの影響で、オンラインでテキストのみで効率よく的確にコミュニケーションを図る重要性が増しています。ネット上で、「テキストコミュニケーション」「テレワーク 文章」などで検索すると、次のような困難が指摘されています。

「事実関係や自分の意見が、相手にうまく伝わらないことがある」
「丁寧に書こうとしたりいろいろ考えていると、文章を書くのに時間がかかってしまう」
「テキストでのやり取りは、冷たい印象を与えてしまうことがある」
「相手の反応が返って来るまで時間がある。そのため『相手を怒らせてしまったのだろうか』と不安になる」
「間違いの指摘や、反対意見などの耳の痛い話、込み入った話を伝えることが難しい」

これを読むと、在宅勤務やチャットなどの手段の登場で、新たな悩みがいろいろ生まれていることが分かります。しかし、少し落ち着いて考えると、その多くは文章によるコミュニケーションで昔から多かれ少なかれ直面していた問題で、格別新しいものではないように思います。

その悩みを解消するにはどうしたらいいかと言うと、これから紹介する「文章力の基本」に帰るのが結局のところベストだと思います。

シンプルに書く

文章を巡っては、いくつかの誤解があります。

ある企業から、「新入社員に対して、基本的な文章の書き方を指導してください」と依頼されました。そこで、正に基本の基本を指導しようとしたところ、それを聞いたその会社のある役員の方から、「そんな研修はやめろ。仕事もロクにできないうちに、鼻持ちならない文章を書くようになってしまう」という異論がさしはさまれました。表現に凝った、技巧的な文章がいい文章なのだという誤解がまだ一部には根強くあるようです。

かつて、ある社会人が私に「『朝日新聞』の『天声人語』を書き写して、文章修業をしています」と言いました。「天声人語」は、昔から文章の書き方の手本のように言われて来ましたが、社会人や学生が真似るには、やや凝り過ぎた表現が多いように思います。次のようにです。

弁舌は安カマボコのように、板には付いているが味気ない。(2011.10.1)

彼岸に合わせてぴたりとやって来た今年の秋は、律儀者らしく衣替えの週明けにはいっそう深まるそうだ。天気図の曲線は、早くも「冬の胎児」を宿らせたかのような、ふくらみとへこみを描いている。(2011.10.2)

日本には、長らく美文・名文を尊ぶ伝統があったため、無意識のうちに、「気のきいた表現を使おう」としてしまう人がたくさんいます。

しかし私は、「シンプルな文章こそが、説得力がある」と思っています。仕事上で事実関係を伝える時も、自分の考えを伝える時も、真実が的確に書かれていれば、人を動かす文章になります。人柄やセンスも、自ずとそこに表れます。飾る必要はありません。

テキストコミュニケーション時代の文章術

では、「シンプルな文章」を書くためには、どんなことを意識すればいいのか。その要点を、ほぼ9冊の自著の中で最新の『文章力の基本』第57刷からいくつか抜粋しながら示してみます。

2009年に出版され、ロングセラーとなっている『文章力の基本』(日本実業出版社)。最新版の第57刷では、高校の国語教科書で推薦図書に挙がったことを機に、約40%の内容を刷新

読み手に頭を使わせない

文章は、「最後まで読んで考えれば、分かるはずだ」ではいけません。「考えなくても、読むそばからスラスラ分かる文章」が、いい文章です。

読む時には頭を使って当然だと思うかもしれませんが、頭を使ってほしいのは、書かれたことが分かった後なのです。文章を読むことは、単に他人の思想の跡をたどる受け身の作業ではありません。読むことによってあれこれ思いがふくらみ、自分の考えが展開するきっかけを与えてくれます。それが文章を読むことの楽しさです。

その段階では大いに頭(想像力、創造性)を働かせたいものですが、そこに至る以前に、つまり書かれた言葉の意味を理解するためには、頭を使いたくないものです。

「そうだ、そうだ。よく分かる」と思って、快く読んでもらえるような文章を書きましょう。この後にも、「読み手に頭を使わせない」文章を書くための具体的なテクニックをご紹介していきます。

短く言い切る勇気を持つ

不用意に、長く、長く書かないようにすること、それが明快な文章を書くために第一に留意すべき点です。思い切って句点(。)を打ち、話を一つひとつ言い切りながら、前に進めましょう。

次の例を、下線部分に注意して読んでみてください。

原文:最近、あるコンビニは、店舗内で焼き上げたパンの販売を始め、自然志向・健康志向の製品を中心とした品ぞろえは、従来のコンビニとは一線を画したものであり、20代、30代の女性をターゲットに、新機軸を打ち出している

改善:最近、あるコンビニは、店舗内で焼き上げたパンの販売を始めた。自然志向・健康志向の製品を中心とした品ぞろえは、従来のコンビニとは一線を画している。20代、30代の女性をターゲットに、新機軸を打ち出している

話し言葉では、最後まで言い切らないで、「私は、そう考えていて……」で発言を終える人がしばしばいます。私はそういう時、「そう考えています」と勇気を持って言い切ろうよ、と声をかけたくなります。少なくとも書き言葉では、そうすることが望ましいと思います。

主役を早く登場させる

書き手と読み手は、少しでも早くその文章の主役(主題)を共有すべきです。以下の文例をご覧ください。

原文:スムージーの一番人気は、100パーセント・アップルジュース、イチゴ、バナナ、アイス、ノンカロリー・フローズン・ヨーグルトをミックスした「ストロベリー・ワイルド」だ。

改善:スムージーの一番人気は、「ストロベリー・ワイルド」である。100パーセント・アップルジュース、イチゴ、バナナ、アイス、ノンカロリー・フローズン・ヨーグルトをミックスしたものだ。

この原文は、最後まで読まないと何の話か分かりません。それのみならず、読み始めた時には、「スムージーの一番人気は、100パーセント・アップルジュース」と誤解してしまいそうです。

理由の説明から入らない

「Aですか、Bですか?」と問われた時に、それには答えずいきなり理由の説明から始めると、相手はその説明を聞いている間、「答えはどちらなのか?」と、謎をかけられた形になってしまいます。「Aです。なぜなら……」と答えるのが親切です。

余計な前置きや結びは書かない

あまり内容のない前置きや結びは、読み手の気持ちを遠ざけてしまいます。いきなり核心に入り、内容のあるしっかりとしたメッセージを書き終えたところでスパッと終わると、強い印象が残ります。

原文:私たち人間をはじめとするすべての生き物には、一人一人違った外見、性格などの個性があり、決して同じものはない。それはよく言われることだが、そんな個性を持つ生き物の一員でもある私の最大の特徴は、「寛容な心」を持っていることだと思う。

改善:私の最大の特徴は、「寛容な心」を持っていることだと思う。

私自身は普段やり取りするメールでも、「お世話になっております」のような最初の挨拶や、「今後ともよろしくお願いします」のような締めくくりは書きません。普段コミュニケーションを取っている相手であれば、簡潔に用件が伝わるので歓迎してくれていると信じています。

心の中に壁を作らせない

読み手の気持ちを逆なでしたり、警戒感を与えたりして、心の中に壁を作らせてしまっては、理解と共感を求めるという目的を果たせません。

ビジネスの場面からは離れるのですが、子どもを長期入院させているお母さんが、看護師長にいくつかの要望をまとめた文書を出しました。その中には「親がいない時に回診があった場合には、先生の診断結果を看護師さんから聞かせてほしい」という要望がありました。

この文章には「そのような仕事は、看護師にとって基本ではないか」「看護師には、その義務がある」というような詰問調の表現が含まれていました。

お母さんの切実な気持ちはよく分かりますが、大勢の子どもを長期に入院させている子どもセンターの看護師は、きっと毎日さまざまな問題に直面して、てんてこ舞いでしょう。その人たちを責めているように受け取られると、逆効果になるのではないかと感じました。

この文書の冒頭には、次のような文章もありました。

「患者や家族が精神的に安定した療養生活が送れるように改善案を検討いたしましたので、以下に詳細をご報告いたします」

恐らく多忙な看護師長は、「なるべく手短に話を聞きたい」と思っているでしょう。その人に対して、「これから詳細を報告します」と書くと、最初から「長い話を聞かされるのでは」という警戒心を持たれてしまう可能性があります。これは、次に挙げる「想像力」の問題です。

想像力が決め手

文章を書く時には、自分の考えをはっきりさせると同時に、「相手の立場に立って感じたり考えたりすることのできる想像力」を持つことが大切です。

つまり、自分の言いたいことを精一杯表現したら、その後一旦自分のことは全部忘れて、何も事情を知らない第三者になり切って、初めて読むつもりでその文章を読んでみます。そして、より分かりやすくするために、あるいはより共感してもらえるように、必要な修正を加えます。その過程では、「相手になり切ってみる」「自分自身に戻る」という、行ったり来たりを繰り返します。

「そんな難しいことは……」と思うかもしれませんが、ふと相手の側に身を置いてみる習慣が付くと、意外に簡単に気がつくこともたくさんあります。それに、文章を書く時だけでなく、仕事や社会生活をしていれば、人は絶えずその行ったり来たりを繰り返しています。

「書くのが遅い」という反省について

多くの人が、「私は文章を書くのがとても遅い」と言います。自分だけが遅いのではないかと思い、反省したり、自信をなくしたりしています。

しかし、時間をかけてあれこれ試行錯誤しているその過程に、意味があると私は思います。その間に、迷路に迷い込んでは引き返すことを繰り返していると、だんだん迷路に迷い込む回数が減ってくるはずです。

逆に、若いうちから要領よく早く仕事を片付けようとし過ぎると、いつまで経っても拙速から抜け出せないことになりかねません。最初は焦らず、これまで伝えた「シンプルに書く」ためのポイントを意識して、「時間をかけてもいいから、納得のいくものにしよう」と心がけてください。

まとめ

2021年10月にまとめた私のホームページ「文章力UP一口メモ」には、94のポイントを手短にまとめてあります。無償です。毎朝1〜2のポイントを、2〜3分で吟味してその日の仕事に臨めば、2〜3ヵ月後には文章を書くことが楽になるように設計したつもりです。

さらに意欲のある方は、『文章力の基本』(第57刷)もご覧ください。シンプルな原理原則の積み重ねによって、テキストコミュニケーションのみならず、あらゆる文章が楽に書けて、読み手の理解と共感が得られる喜びを実感していただけると願っています。

イラスト=福々ちえ 
企画・編集=野阪拓海/ノオト