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ゴールが見えない時代こそ「物語」が必要だ(戦略デザイナー・佐宗邦威)

戦略デザインファームBIOTOPEを経営し、「戦略デザイナー」として働いている佐宗邦威さん。戦略デザイナーの目線には、世界がどのように映っているのでしょうか。佐宗さんが仕事や普段の暮らしの中で見えたこと、考えていることを手帖を見せてもらうようにカジュアルに公開していくビジネスエッセー連載です。

英雄の「行きて帰りし物語」というフレームワーク

2024年7月、NHK教育テレビの『100分de名著』という番組に出演する機会をいただいた。『スター・ウォーズ』シリーズの元ネタとなったことでも有名な神話学の名著『千の顔をもつ英雄』(著・ジョーゼフ・キャンベル)の解説をすることになったのだ。

この本は、映画のシナリオや物語の創作に関わる人にとってはとても有名な本で、未熟な人が旅を経て、英雄になっていく英雄譚の物語の基本的なパターンとして「英雄の旅」というフレームワークが紹介されている。

すごくざっくりいうと、英雄譚の構造は「出立→試練→帰還」という3つのフェーズで成り立つ「行きて帰りし物語」だということだ。

引用元:NHKテキスト 100分de名著 キャンベル『千の顔をもつ英雄』 2024年7月(NHK出版)

今回の『100分de名著』では、これを人生100年時代ともいわれる時代の人の生き方に当てはめ、一人ひとりの人生の物語を書くときの参考にしてほしいなという切り口で紹介した。

『100分de名著』は1冊の名著を25分×4️回の合計100分で紹介する番組だ。放送1回分の25分のためにスタジオのトークだけでも1時間は収録する。さらに、放送される番組は朗読やアニメーションパートが全体の半分以上を占めるため、1時間話したうちで使われるのは10分くらいのものだ。

今回は、私自身が英雄の旅になぞらえて自分の人生の物語を語ったことで、伊集院光さんやNHKの安倍みちこアナも、今までにないレベルでの深い自己開示をしたトークが繰り広げられた。

プロデューサー的には、伊集院さんや安倍アナの自己開示の話が面白く、それをメインで採用されたために、悲しいことに私自身の物語や、ビジネスの現場で物語をどう使うかという話はほぼカットされてしまった。そこで、今回は、この場を借りて、少しだけビジネスの現場における物語を作る上で英雄の旅をどう使えるかについて一例を書いてみようと思う。

「出立・帰還・試練」を見つめる3つの問いかけ

戦略デザイナーの視点で見たとき、物語作りは非常に重要なスキルだ。僕らが未来のビジョンを描くとき、世界観をデザインで可視化し、それを理解可能にするために物語というフォーマットに落とし込むことが多い。

未来のビジョンというと、「現在(=AS IS)に対しての未来(=TO BE)」の理想状態として語られることが多い。しかし、実際には現在から未来に至るまでの紆余曲折を経て進んでいく道のり全体がイメージできて、初めて人を動かすビジョンになるのではないかと思っている。

そういう意味で未来のビジョンを考える上では、以下のような問いを考えながら進んでいくと、ビジョンは最小単位の物語になっていく。

【1】現在(出立):現在の世界においてはどのような課題があるか?

【2】未来(帰還):未来の世界において、どんなワクワクする景色が見えているか?
その世界で、自分たちはどのように成長を遂げているか?

【3】壁(試練):理想の未来に向かうために、自分たちが壁にぶつかるとしたらどのようなことか?それをどのように乗り越えうるだろうか?

心理学の研究によると、未来の事をポジティブに語りすぎた場合、受け取った人は逆に不安になるそうだ。つまり、ある程度ネガティブな要素も語ってもらった方が、逆に信頼ができて安心できる。

「イデア(=理想郷)としての未来」を描くのはとても大事だ。しかし、それと同じくらい、「イデアへの道筋としてどんな試練が起こりうるか?」に目を向けることで、自分たちが描いたビジョンが一人ひとりにとってのリアリティのある物語に変わっていくのだ。

ビジネスシーンでの「物語」の活かし方

それでは、このような物語を特にどんな場面で使ったらいいのだろうか? このような物語を使って語ることは、会社の理念の共有や、ビジョンや長期経営計画の共有の場面で使うと非常に効果がある。

ケース1:会社の理念を共有する

一つ目は、会社の理念の共有の場面だ。理念の共有というと、典型的には、会社の理念の代表的なフレームワークであるミッション・ビジョン・バリュー(MVV)のピラミッドチャートがあり、そのチャートを共有されることが多い。

しかし、一般的には、ピラミッドチャートでMVVを共有されても、文言を理解することに頭がいってしまい、感情移入することは非常に難しい。

そこで、僕が推奨しているのは、

・私たちはどこから来たのか?
・私たちはどこに向かうのか?
・私たちは何者か?

という順番で語ることだ。

会社の歴史=過去からはじめ、自分たちの原点を確認する。次に、会社のビジョン=未来を語り、自分たちの向かいたい方向を指し示す。最後に、現在=未来を通じて変わらない、自分たちの価値観(=バリュー)と自分たちの社会的な役割(=ミッション)を語ることで、自分たちが時間軸の中でどんな役割を果たすのか、をわかりやすく伝えることができる。

過去=出立、現在=試練、そして、未来=帰還、にあたると思えばいい。

ケース2:会社のビジョンや長期経営計画を共有する

二つ目は、会社のビジョンや長期経営計画の共有の場面だ。会社は、10年に一度ほどキリのいいタイミングで長期ビジョンを立案することがある。そういう時に、10年後の未来を語ろうとしても、今とのギャップが大きいとなかなか実感を持って伝えることができない。

そこで、現在の自分たちの置かれた環境から話を始め、未来のビジョンを伝え、そして未来のビジョンを達成するために乗り越えなければいけないチャレンジを3〜4個抽出して伝えていくのだ。この何個かのチャレンジは、会社の長期的な経営課題とほぼイコールになることが多い。

そして、その課題、すなわち試練を乗り越えるために必要なアクションが何か、のイメージを湧かせることができれば、ビジョンは物語として感情に訴えかけて伝わるものになる。

ゴールが見えない時代こそ物語が必要だ

現在は、ゴールが見えない中で、方向性を決めて動いていかないといけない時代だ。だからこそ、経営にはもっと物語が必要になるし、物語を作っていくことが、経営戦略そのものになっていくのではないかと思っている。

BIOTOPEのミッションでもある、「意思ある道をつくり、希望の物語を巡らせる」。デザインファームにとって、「未来はより良くなる。だから、未来のために頑張ろう」と思える人を増やしていくというのは根幹の価値である。物語は人の心を動かす上で、そして戦略デザインファームで働く上でコアのスキルになるのではないかと思う今日この頃である。

アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト