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荒唐無稽な物語にイノベーションの種が宿る。空想からビジネスを生み出す方法(ショートショート作家・田丸雅智さん)

ロボットが部屋を掃除し、テレビ電話で会議ができ、スマホでいろんな手続きができる……。今ではすっかり普通のことですが、数十年前なら空想や妄想の中の出来事だったかもしれません。

そんな空想や妄想の中に「イノベーションにつながるアイデアがある」と話すのが、ショートショート作家の田丸雅智さんです。

ショートショートとは、簡単にいうと「短くて不思議な小説」のこと。田丸さんは執筆活動と並行して、ショートショートの書き方講座を全国で行うほか、新しい商品やサービスを考える「ショートショート発想法」というワークショップを企業向けに開催しています。

ビジネスのアイデアとショートショートには、どのような関係があるのでしょうか。そしてそもそも、ショートショートは誰でも書けるものなのでしょうか。田丸さんにビジネスと空想の関係について伺いました。

田丸 雅智(たまる・まさとも)
1987年、愛媛県松山市生まれ。東京大学工学部卒、同大学院工学系研究科修了。現代ショートショートの旗手として執筆活動に加え、坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務める。また、全国各地で創作講座を開催するなど幅広く活動している。
ショートショートの書き方講座の内容は、2020年度から小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。2021年度からは中学1年生の国語教科書(教育出版)に小説作品が掲載。
2017年から同内容を企業向けに発展させたワークショップ「ショートショート発想法」を開催。
著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』『ビジネスと空想』など多数。メディア出演に「情熱大陸」「SWITCHインタビュー達人達」など多数。
田丸雅智 公式サイト:https://masatomotamaru.com/

2万人以上が体験した、誰でもショートショートが書けるようになる方法

まず、ビジネスシーンで開催している「ショートショート発想法」がどのようなものか、教えてください。

田丸

参加者の方々に、自社や業務領域にまつわるショートショートを書いていただき、それをもとに新しい商品やサービスを考えるという発想法です。

・90分ほどの「執筆パート」
・60分ほどの「読み解きパート」

の2部構成になっています。

2017年ごろにこのワークショップを始め、これまで自動車会社や日用品メーカー、コンサルティング企業など、さまざまな企業で開催しています。

ショートショートを実際に書いてもらうんですね。小説を書いたことがない人も多そうですが……?

田丸

大丈夫です! このワークショップは、僕が全国各地で開催しているショートショートの書き方講座がベースになっています。

やり方に沿って一緒に進めれば、誰でも90分間でショートショートが書ける仕組みになっています。2013年に開始して11年間やっていまして、これまで、子どもからシニアまで、のべ2万人以上に参加してもらいました。

小学校で実施した講座の様子(提供写真)

2万人以上……! いったいどのような仕組みで、誰でもショートショートが書けるようになるんですか?

田丸

言葉と言葉を組み合わせて「不思議な言葉」を作り、そこから想像を広げて、お話を考えてもらう、というのが基本的な流れです。

通常の講座ではテーマフリーなのですが、企業向けの場合はまず、次の2つをそれぞれ列挙してもらいます。

・自社や業務領域から連想する名詞
(例:「自動車会社」の方ならタイヤ、エンジン、ETC……)

・自分が好きな名詞から思いつくこと
(例:「ゴルフ好き」ならドライバー、キャディーさん、お金がかかる……)

田丸

これら出てきた言葉をあべこべに組み合わせて、聞いたことのないような「不思議な言葉」を作るんですね。例をあげると、「お金がかかるタイヤ」「キャディーさんのいるETC」といったような感じです。

確かに、聞いたことのない言葉ですね。

田丸

この不思議な言葉が、発想の起点になります。

「消せるボールペン」や「羽根のない扇風機」だって、昔は不思議な言葉でしたけど、今は当たり前のようにありますよね。

言われてみればそうですね!

となると、「お金がかかるタイヤ」ってどんな商品なんでしょう?

田丸

たとえば、500円玉を入れないと走れない、みたいな。走るとジャラジャラうるさそうですが(笑)。こうした発想を膨らませて、ワークシートに沿ってお話にしていきます。

ここではどんな荒唐無稽な発想でもOK。むしろ、荒唐無稽なほうがいいくらいです。お話が完成したら、グループや全体で発表していただきます。

キーワードがあると考えやすいですね。

田丸

そうなんです。通常の書き方講座はここで終了なのですが、企業向けの「ショートショート発想法」では、ここまでを「執筆パート」として、このあと1時間ほどの「読み解きパート」を設けています。

荒唐無稽なお話を読み解いて、実際にどんな未来の商品やサービス、あるいは切り口がありそうかを、一緒に考えるんですね。

「ドリブルするATM」からどんなビジネスアイデアを導ける?

読み解きパートが、どうやってビジネスアイデアにつながるのでしょうか?

田丸

実際の例をご紹介したほうがわかりやすそうですね。

少し前に、みずほフィナンシャルグループの案件で、みずほ銀行の頭取をはじめとしたグループ4社の社長さんたちに、「ショートショート発想法」を受けていただきました。

その中で、サッカー好きの方が書かれたショートショートが、「ドリブルするATM」でした。全文はほかの方の作品とともにWEBで公開されていますのでぜひ読んでみていただければうれしいのですが、簡単にご紹介すると「ATMがいつでもどこでもドリブルしてやって来てくれる」というお話で、「使い過ぎるとイエローカードが出る」と。

面白いですね。(笑)

田丸

執筆は完全即興だったのですが、さすがですよね(笑)。その上で、ATMがドリブルしてくるというのは物語としては最高なわけなのですが、ビジネスアイデアとしてはそのまま実現するのはいろいろな側面から現実的ではなさそうですよね。そこで大切なのが「読み解きパート」です。

あくまで一例ですが、たとえば、ATMだけが来るのではなく、ATMを搭載した移動スーパーが自動運転でやってくるのはどうでしょう?

移動スーパーですか……?

田丸

地域の過疎化により「買い物難民」という言葉も生まれています。移動スーパーの需要は今後も増えるはず。

となれば近い将来、移動スーパーが自動運転で勝手に来てくれる、ということもありそうですよね。

ただ、高齢者はまだまだ現金派が多いといわれています。ということは、自動運転の移動スーパーだけがやってきても「肝心の現金がない」となる可能性がある。

確かに!

田丸

であれば、ATMが移動スーパーに搭載されるというのは、少なくともここ10年くらいの話でしたら需要があるかもしれません。

みなさん、そういった議論はされていますか、と。

なるほど!

そうやって荒唐無稽な物語を、現実に引き寄せていくわけですね。

田丸

そうなんです。

とはいえ、ワークショップの参加者の方がいきなり現実的な商品やサービスのアイデアを読み解くのは難しい部分もあろうかと思います。ですので、読み解きパートでは、まずは僕が率先してやらせていただいています。

「こういう方向の発想もありますよ」と、アイデアに補助線を引く役割ですね。

そこまで丁寧に読み解くとなると、最初の「不思議な言葉」ができた段階で、読み解きパートに進んでもいいような気もします。

なぜ一度、ショートショートの形にする必要があるのでしょうか。

田丸

物語というプロトタイプを作ってみることで、見えてくるものがたくさんあるからです。ショートショートにすると、一言では伝わりにくいアイデアも「こういうことをやりたかったのか」と伝わりやすくなります。

共感を得られやすくなったり、逆に「アイデアを聞いたときは面白いと思ったけど、物語にして自分事化して考えてみたら、ちょっと怖いな……」となったりする場合もあります。

ネガティブに捉えられることもあるんですね……!

田丸

物語にすると、ご都合主義をあぶり出しやすくなるんですよ。

「都合のいい展開だな」「負の側面が書かれていないな」と、気付きやすくなるんですね。

 

田丸

ただ、だからこそ「こういう懸念があるからつぶしておこう」と、事前に対策も打ちやすくなります。まさに、「物語版プロトタイプ」ですね。

コストをかけずにシミュレーションができると。

田丸

あとは、ショートショートを読んだ人が「それならこういうの、どう?」と、派生したアイデアを思いつかれることも多いですね。

ショートショートは文字数が少ないため、ストーリーに省略による「隙間」が生じます。その「隙間」になにがあるのか、読み手が想像力を膨らませるわけです。

なるほど……。

田丸

読み手の知識や経験、バックグラウンドによって、さらに新しいアイデアが生まれるのも、ショートショートのおもしろいところですね。

ちなみに、ご紹介した「ショートショート発想法」は白紙の状態からアイデアを考えるという形ですが、たとえば「この技術の未来を考えたい」などのお題がある場合にはカスタマイズ版のワークショップを開催したりもしています。

アイデアの種は「今この瞬間・この場所」にある

荒唐無稽な発想が大切なのはわかりましたが、中には「なにも思いつかない」という方もいるのではないでしょうか?

田丸

そうですね。

ワークショップは企画職や研究開発職だけでなく、営業や経理の方々と行うこともあるので、「自分にはできない」と思われる方もいらっしゃいます。

会社で変な思いつきを言うこと自体、抵抗がある方もいらっしゃいますし。

確かに……。そうしたときはどう対応されるんですか?

田丸

僕のワークショップでは、実はメソッドよりも「声かけ」を大事にしています。分かりやすくいうとコミュニケーションですね。

会場中を歩き回って、不安そうだったり、悩んでいたりする方がいたら積極的に声をかけさせてもらうようにしています。

どんな声かけを?

田丸

基本的には「いいですねぇ!」と、全肯定です。もちろん、表面的な肯定ではなく、心からの、です。作品から自分がいいなと思えるポイントを感じ取って、心から「いいな!」と伝えるようにしています。

といいますか、みなさんのアイデアに向き合うと尊さを感じ、おのずとそうなりますね……。

肯定してもらえると安心しますね。

「こんなものを発表したら笑われるのでは……」と、不安に思う方もいるでしょうから。

田丸

そうなんですよ。だから、肩の荷を下ろして、とにかく楽しんでもらうことを一番にしていますね。

一般向けの講座の様子(提供写真)

企業向けワークショップの目的は完成度の高い小説を作ることではなく、いかに新商品やサービスのアイデアを出せるか

アイデアが出やすい空気を作るようにされているんですね。

田丸

「自分は頭が固いから」とおっしゃる方もいるんですが、大人も子どもも頭の柔らかさは変わりません。空想は誰にでもできます。

ただ、空気を読んで出せなかったり、アイデアの出し方がわからなかったりするだけなんです。

アイデアの出し方、とは?

田丸

アイデアの種は特別なところにある、と思われがちです。

でも、「今、この瞬間・この場所」にこそ、ヒントがたくさん転がっています。それに気づけるかどうかなんですね。

実際に田丸さんも、身近な場所から着想を得て作品を書かれているのでしょうか?

田丸

そうですね。以前、「海酒」という作品を書いたことがあります。

飲むと海の記憶が蘇ってくる不思議なお酒“海酒”を出すバーがある、というお話です。

面白そう!

田丸

そのお話の中では、ビーチグラスという、海辺に転がっているガラス片をお酒に漬け込むと、海酒ができます。

これはどこから着想を得たかというと、学生時代に自分が漬けていた果実酒なんです。

実際に果物を漬けていたんですね!

田丸

台所下で梅酒やびわ酒を漬けて、「おいしいなぁ~」って飲んでいたんですよ(笑)。

もちろん、創作のために果実酒を作っていたわけではなく、やりたくてやっていただけなんですが、それが作品に結びついた。

生活の中にアイデアの種があるわけですね。

田丸

たとえばご自分で料理をされる方なら、食材や料理の工程などにアイデアの種はいくらでも転がっているでしょうし、「自炊はせずにコンビニ弁当だけ」という人も、コンビニ弁当から広がる発想もあります。

「ぼーっとしています」という人だって、その「ぼーっ」を題材に生まれるものがあるはず。生きている限り、誰でもアイデアを生み出せる可能性があるわけです。

アイデアが出ないと悩まれる方は、まずは日々に目をこらすことから始めてみてはどうでしょうか。

誰もが空想ができるようになる、空想をしていいようになる未来に

「ショートショート発想法」によって生まれたアイデアが、実際に商品やサービスにつながった例はあるのでしょうか?

田丸

もどかしいところで、契約上、言えないことも多いのですが、さまざまなの企業でプロジェクトが進行中です。実装されたり、関わった技術が賞をとったりもしています。今後も、乞うご期待です!

それは楽しみですね!

田丸

あと、商品化とはちょっと異なるのですが、「ショートショート発想法」が社内のコミュニケーション活性化に役立った例もありますね。

あなたがそんなにクリエイティブな人だなんて知らなかった!」となることが、よくあるんですよ。

なるほど、社内でアイデアを披露する機会がない職種だと、そういうことは起きそうですね。

田丸

作品の内容面はもちろんなのですが、それ以外でも、部長クラスの偉い方が情感たっぷりに作品を朗読されて、周囲のみなさんが驚かれていたこともありましたよ。

お聞きしてみたら「実は学生時代、演劇をやっていた」と。周りの方も知らなかったようで、その方の知らない一面が見えるのも、面白いですね。

先ほど「楽しんでもらうのが一番」とおっしゃっていましたが、これまでのお話を聞いて、まさに田丸さん自身がこのワークショップを楽しんでいるように感じました。

田丸

そうですね。この活動自体、自分が幸せだから続けているところが大きいですね。

創作のプロセスの中で、それまで悩んでいた方が、パッと顔が明るくなる瞬間があるんです。アイデアが花開いて、早く書き進めたくて仕方がなくなる。どの会場でも、これが起こるんですよ。最高の瞬間ですよね。だからこそ、心から皆さんの作品を尊く感じて、「全肯定」できる面もあるわけですけれど。

そんな瞬間に毎回遭遇できるのは幸せなことですし、その方から生まれてきた作品やアイデアはどんなものであれ、とても尊いものだと心から思います。

「ショートショート発想法」の活動を続けることで、田丸さんご自身はどのような未来が来ると想像されていますか?

田丸

僕は常々、「空想で世界を彩る」ということを言っているんですね。

空想する力は、イノベーションを生み出す源として、ビジネスの最先端でも世界的に注目されています。

でも一方で、自分には「空想なんてできない」と思い込んでいる人が決して少なくないわけです。

本来はできるはずなのに……。

田丸

そうです。空想から生まれるアイデアは荒唐無稽で、玉石混交でもあるでしょう。でも、それらが積み重なっていけば、徐々に裾野が広がり、高さを増していくはず。

どんな人でも当たり前に空想するようになる、そして、周りの雰囲気的にもむしろ空想を推奨するような未来になったら、空想の頂はどんどん高くなり、イノベーションにつながるのではと思っています。

そんな未来に、自分の力が少しでも役に立てたら、こんなに幸せなことはありません。

2024年10月取材


取材・執筆:井上マサキ
サイキャッチ作成:サンノ
編集:鬼頭佳代(ノオト)