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ありえないフィクションから、自分の未来を描き出す。虚構学者の宮本道人さんに聞く、SF思考でキャリアを作る方法

仕事をしていると、ふと「このままでいいのだろうか」と思い悩むことがあります。

なんとなく停滞している気はするけれど、新しくやりたいことがあるわけではない。ここからどう脱却すればいいのか分からない。上司から「5年後にどうなっていたい?」と聞かれても、うまく答えられない。

そんな悩みを抱える人たちは、どうすれば未来をポジティブに考えることができるのでしょうか。虚構学者、可能世界小説家、奇想科学コンサルタントなどのユニークな肩書きで活動しながら「SF思考」を推し進める宮本道人さんに、ヒントを伺いました。

宮本道人(みやもと・どうじん)
虚構学者、可能世界小説家、奇想科学コンサルタント。北海道大学CoSTEP特任助教、東京大学VRセンター客員研究員。科学技術とフィクションを組み合わせ、ビジネスにおいてイノベーションを生む手法を研究。著書『古びた未来をどう壊す?』、編著『SF思考』『SFプロトタイピング』。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。

SF作家の想像力が、ビジネスの領域でも活かされている

「自分らしく働きたい」「自分なりのキャリアを見つけたい」と思いながらも、やりたいことが見つけられずモヤモヤしているビジネスパーソンは少なくありません。

そのような人たちが現状を脱却するために、どんなことをすればいいのでしょうか?

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宮本

なるほど、それはドキドキする未来像を描けていないことが理由かもしれません。

そんなとき僕なら、自分のキャリアを考えるときに「SF」の力を借りてみることをおすすめします

「SF」というと、「サイエンス・フィクション」のことですよね。

科学技術がすごく発展した未来の物語のようなイメージがあります。それが個人のキャリアを考えるうえで役に立つんですか……?

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宮本

重たく構えず、ふんわり気軽に考えてみてほしいので、まずは「SF」の話からしましょうか。

僕はSFを「現実とはちょっとだけ異なる現実、別の可能性を描く作品群のこと」と考えています。その中で「サイエンス」は分かりやすい例で、「何らかの科学技術が発展した未来」というのは、この世界にありうるかもしれない可能性のひとつですよね。

それなら遠い話ではなさそうです。

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宮本

そう考えると、世の中はSF作品に溢れていると思いませんか?

例えば、スタジオ・ジブリの作品はSFが多いです。『風の谷のナウシカ』は一見、ファンタジー作品に見えますが、何かしらの災害によってとんでもない状況になってしまった未来社会が描かれているわけです。

災害だらけの今、これを非現実的と言い切れるかって話です。

確かにそのように解釈すると、SFには「未来を考えるときのヒント」がありそうですね。

とはいえ、フィクションをビジネスに活用するというのは、まだ少し突飛な気がしてしまいます。

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宮本

ところが、そうでもありません。アメリカではすでに、様々な将来の可能性について考える「未来学」が発展し、大手企業でも普通に「フューチャリスト」が働いています。

この未来学の領域では、たくさんのSF作家が活躍してきたんですよ。

2009年ごろには、ブライアン・デイビッド・ジョンソンというインテルのフューチャリストが、未来をSF形式で想像して議論する方法「SFプロトタイピング」を提唱しました。ここからビジネスの領域にSFを活用することが世界的に注目され始めたんです。

知らないうちに、世界ではSFが注目されていたとは……。

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宮本

実は日本でも、50年以上前からSFはビジネスに活用されてきたんですよ。

例えば『日本沈没』を書いた小松左京は、SF作家であると同時に未来学者の先駆けでもありました。1968年には民俗学者の梅棹忠夫(うめさお・ただお)らとともに「日本未来学会」を設立し、1970年開催の大阪万博では基本理念の草案づくりに関わっていたんです。

SF作家ならではのアイデアが、実際に大きなプロジェクトで活用されているのですね!

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宮本

当時は未来ブームが起こり、小松のもとには「トイレットペーパーの未来」や「味噌の未来」を考えてくれという依頼が殺到したそうです。

同様にたくさんのSFクリエイターたちが企業や政府、研究者と協力して未来像を作り上げていた時代が、日本にもあったんです。

斬新で新しい未来を描くために、SFの力を借りる

SFにおける創造力が、ビジネスの世界にも有用であることは理解できました。

個人のキャリアを考えるうえでも、このSFの力が活きるということなんですね。

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宮本

僕はSFの力を使って、これまで考えてこられなかった新しい未来像を考え、さらにそれをフィクションから現実に落とし込むための思考法を「SF思考」と呼んでいます。

すごくワクワクする思考法ですね!

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宮本

誰でもできるので、ぜひ皆さまも活用してほしいですね。

企業の人と未来の話をしていると、「でも、そんなことはさすがにありえなくないですか?」と言われることがあります。確かに「タイムマシンがすぐに完成します」といった極端な事例は僕もありえないと思いますよ。

未来について議論するといつも「できるか・できないか」の話になって、結局は「できる」「できない」のどちらかで結論づけてしまう。これは、その真ん中にあるはずの「どうすればできるか」「どこまでできるか」の話が抜けていると思いませんか?

確かに、実現可能性だけで考えると「そんなのありえないでしょ」と思ってしまう気がします。でも、「ありえない」だけで片付けるのもナンセンスですよね……。

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宮本

そうなんです。だからこそ、SF思考では先に未来を発想して、未来から現在までの道のりまで考えていきますです。

一見あり得ないことに、具体性を伴わせていくんですね。

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宮本

はい。今、「夢を持て」と言われたり、未来について考えることを強制されたりして、疲れてしまっている人がたくさんいますよね。すごく窮屈だなと思います。

実際、「未来なんて考えられません。難しいです」と言われることもあって。でも、そんなとき「フィクションで別の可能性を考えてみましょうよ」と提案すると、結構みんなアイデアを出してくれるようになるんですよね。

未来を未来として考えるのではなく、開き直ってフィクションとして考える。すると、今まで思いつかなかった可能性が生まれる。それが、SFを活用する大きなメリットです。

「SF思考」は、未来を楽しく考えるための方法なんですね。

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宮本

それに、未来の自分の可能性を複数持っておくことは大事だと思うんですね。

人生って絶対どこかで壁にぶつかるんです。そんなとき別の可能性を持っていたら、すぐに横展開して別のことを始められるじゃないですか。

何かに失敗しても、また違う道に挑戦できる。

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宮本

そうです。それに、今ついている職業がこの先ずっと存在しているとは限らないですよね。働き方も、時代によって大きく変わっていく。

「自分にはこれしかない」と思わずに、他にも複数の可能性があると知っていることに救われるときがいつか訪れるのではと思います。

「夢」というと一本道のように思えてしまいますが、「可能性」という言葉なら複数の道があるような印象でポジティブになれますね。

新しい肩書きを作ると、未来が見えてくる

未来の可能性をたくさん持つことの重要性は理解できました。では具体的には、どうやって未来を描いていけばいいのでしょうか?

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宮本

SF思考は2つのアプローチから構成される、と僕は整理しています。

ゼロから新しい未来を描く「SFプロトタイピング」と、未来を起点に逆算して今何をすべきか考える「SFバックキャスティング」です。

今回は、これを組み合わせた方法を紹介しますね。

ぜひ、教えてください!

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宮本

一番簡単なものは、「架空の肩書きを適当に作って名刺にすること」。

架空の肩書き……?

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宮本

SF作品の中には、現実にはない架空の職業がたくさん出てきますよね。その世界の中の架空のニーズに即した職業だから登場するわけです。

現実世界でも同じように職業として成立するかは考えずに、まず言葉だけを先に作ってしまう。これが発想のジャンプには必要です。

「適当に」と言っても、とっかかりはどこから見つければいいのでしょう?

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宮本

本当に何でもいいんです。「自分が未来でやってみたいこと」と「自分の趣味や好きな物」を掛け合わせて職業名にするのでもいいと思います。

例えば、「アナウンサー」になりたいなぁって考えたことがある人がいるとします。その人が「のど飴」が好きなら「のど飴アナウンサー」を目指せ、みたいな。

「のど飴」じゃなくて「ガムアナウンサー」や「グミアナウンサー」でもいいですよ。

確かに、現実世界ではなかなか見つけづらい職業ですね……(笑)。

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宮本

そんなふうに、新しい職業名をたくさん考えてみてください。クオリティは気にせず、とにかく数を出すことが大切です。

それくらい適当でいいなら、ハードルはかなり低そうです。

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宮本

面白い肩書きが見つかったら、次はプロフィールを考えます。Wikipediaのようなものをイメージすると分かりやすいですね。

例えば、
・のど飴アナウンサーになるために、最初はYouTubeをやっていたけど、全然売れなかった
・あるとき、のど飴業界の企業アカウントにシェアされて、すごいバズった
・それを見たアナウンサーの〇〇さんがコラボを申し込んできて、それが〇万回再生された
というように。

ストーリーを作るんですね。これにどんな意味があるのでしょうか?

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宮本

パパっと書いてみると、突拍子のないように見える肩書きでも、意外と「きっかけをどう作るか」「どんな挫折がありそうか」「成功するために何が必要なのか」が見えてきませんか?

なるほど! YouTubeを始めてみようとか、シェアされるにはどうすればいいかとか、いろんな発想が思い浮かんでくる気がします。

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宮本

繰り返しますが、「適当に考えること」が肝です。考えすぎてはいけません。

ふだんは現実的に考えていて思い付かないようなアイデアが、フィクションならではの「ありえない」から生まれる。

すると、思いがけず自分のやりたかったことや、気になっていたことが見つかります。

この方法なら、今までの自分にはなかったような新しいキャリアの道が見つかる気がしませんか?

「SF思考」を使えば、誰でも新しい未来を描ける

取材前、「SF思考」は想像力のいるクリエイティブな発想法かと思っていました。

でも、実際は思考のジャンプのためにSFの力を活用することで、むしろクリエイティブのハードルを下げるものなのですね。

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宮本

先ほど紹介したのはあくまでも一例ですが、SF思考を身につければ、誰でもドキドキする未来を描くことはできると思います。

それに、自分で漠然と「これは実現できない」と思ってしまうもののほとんどが、その対象が大きすぎるだけなんです。だったら分解すればいいんですよ。

どういうことですか?

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宮本

「ドラえもん」を作るのは難しいですけど、「ドラえもん」を「コミュニケーションロボット」として切り出すと、一部は再現できると思いませんか?

ああ、確かに。

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宮本

「ここだけならできる」「ここからはできない」といったラインを自分で分解しながら考えていく。

できない理由は社会的要因なのか、技術的な要因なのか?これとこれを掛け合わせたらできるのでは?

……と、問題を分解して柔軟に考えていくと、実現できる範囲がどんどん広がっていくと思いますよ。

課題を分解していく中で、現実につながる問題提起ができそうです。

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宮本

企業などで取り入れられつつあるSF思考ですが、個人のキャリアを考えるときにも効果的です。

「自分らしく働きたい」「自分なりのキャリアを見つけたい」と考え、新しい道を探しているとき、ぜひSF思考を使って未来を描いてみてください。

SF思考がビジネスにもたらす可能性や、新しいアイデアを生み出す発想法など、勉強になりました。本日は、ありがとうございました!

2023年10月取材

取材・執筆:早川大輝
アイキャッチ制作:サンノ
編集:桒田萌(ノオト)