「現代版・連」を生み出す招待制コレクティブオフィス ― 北条SANCI・横石崇
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE07 EDOlogy Thinking 江戸×令和の『持続可能な働き方』」(2022/06)からの転載です。
入居者同士の雑談から複数の共同プロジェクトが立ち上がる、コレクティブオフィス「北条SANCI」。その思想や仕掛けが、“半歩先の働き方”を提示している。
ー横石崇(よこいし・たかし)
ブランド開発や組織開発を手掛ける「&Co.」代表取締役。法政大学兼任講師、コレクティブ書店「渋谷〇〇書店」の管理人など多彩な顔を持つ。
神奈川県・鎌倉にあるコレクティブオフィス「北条SANCI(ほうじょうさんち)」。デザイナー、エンジニア、コピーライターといったメンバーが利用し、「PARTY」などのクリエイティブカンパニーがサテライトオフィスを構える。
コロナ禍ではオフィスへの出社制限がかかり、コレクティブオフィスなどのフレキシブルスペースの利用が一般的になったが、北条SANCIのオープンはコロナ前の2018年。支配人の横石崇は、以前から従来型の日本のオフィスに疑問を感じていたという。
「クリエイティブ産業を中心に正社員や業務委託といった雇用形態の垣根がなくなっている。これからは組織や企業の壁がなくなるだろうし、それならオフィスの壁も必要ないだろうと考えました」
実際、「PARTY」のメンバーはプロジェクトごとに採用・広報担当、コピーライターなど複数の肩書を使い分け、多様な働き方をしている。横石自身もパラレルキャリアを実践。さまざまな肩書を持ち、国内最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」のオーガナイザーを務める。実際に入居者同士が新たなプロジェクトをともに立ち上げるなど、北条SANCIは「連」が生まれる場として機能しているのだ。
北条SANCIの大きな特徴が、招待制を採っていることと、海軍将校が建てた私邸をリデザインしたこと。カフェや他のワークプレイスのようにまったく知らない人の中で働くよりも、ゆるやかなメンバーシップがある中で働くことで心理的安全性が保たれ、鎌倉という都心から離れた場所にある落ち着いた空間のほうが、新たなアイデアが生み出されるという考えがベースにある。
オフィスは「連」づくりの場になる
今、日本の産業は市場が縮小しイノベーションも生まれず、さまざまな問題を抱えて行き詰まりを見せている。中小から大企業まで、この状況の打開を試みている。
「今の時代、社内の先輩を見習ったからといってもはや生産性が上がるわけではないし、新しい価値が生み出されるものではない。従業員個人のクリエイティビティが重要な経営資源だと認識される時代になるでしょう。そうなれば当然、クリエイティビティを高めるオフィスが求められるはずです」
だからこそ、北条SANCIではゆるやかなつながりを重視し、雑談を誘発している。
「僕の見立てでは、江戸時代の『連』は仕事より遊びに近い。目的ありきではなく、雑談して遊んでカジュアルコリジョンを起こし、その延長に面白い文化が生まれてきた。それと同じように、現代でもクリエイティビティを信じられる人は、雑談を楽しみ、そこから情報を拾う感度も上げられる。雑談に価値が宿ることを暗黙知としてすり合わせができている組織は強いと思います」
「連」が増えることで自立した社会が形成される
横石は、今後メタバースが普及しオフィス領域に入ってくるような時代になると、個人がやりたいことに応じて別々の人格をもつアバターをつくるようになるという。
「それこそ、まさに『連』と同じです。個人の中に多様な可能性やアイデンティティが生まれる時代になる。やりたいことや肩書が多くなるほどにひとつの企業・ひとつのオフィスでは足かせになる場合も。ますますオフィスの在り方が問われるでしょう」
“どう働くか”を考え、関連する多くのプロジェクトを手がける横石だが、最も重視しているテーマは“どういう社会をつくりたいか”であり、職業やオフィスという場所はその手段にしかすぎないという。
「僕がつくりたい社会は『個育て』ができる社会。組織に依存せずに個が自立できる働き方や社会を目指しています。今までの日本企業はぬるくて冷たい。ぬるい企業文化で人材を育て、いざリストラとなるとバッサリ切る。個が自立した社会は厳しくもあたたかい社会。自分の能力に見合った報酬が得られ、その分、厳しさは伴うけれども長い目で見たらあたたかいコミュニティ、共同体になる。そういった働き方をしやすいクリエイターが集まっているというのもありますが、北条SANCIはその仮説を検証する場所。北条SANCIのように『連』を誘発するような場が全国に広がれば、個育てにつながると思います」
小さな「連」のつながりが、社会を変えるきっかけになる。
2022年5月取材
テキスト:安楽由紀子
写真:尾藤能暢
編集:佐伯香織