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今を問い直すことは、自分を問い直すこと。不確実な世界でも進み続けるための「問い」とは? ━ 今を問い直し、新たな未来を創るデザイン #5

3年にわたって世界を大きく翻弄してきたパンデミックが落ち着きを見せ、世界が少しずつ動き始めています。

コロナウイルスと共にあった3年間は、多くの人にとって変化に直面した時間でした。職場環境がリモート中心へと変化し、あらゆる分野のデジタル化が一気に加速しました。簡単に移動できない状況に置かれた中で、「自分はこれからどうしようか?」「これからどうなりたいのか?」と考え直した方も多かったのではないでしょうか。

突然起きる変化を体感すると、私たちの世界は予想以上に不確実であることを痛感します。未来がさらに予想しにくくなる中で、私たちに必要なのは「今」を問い直すことではないかと思います。

2023年3月8日(水)、産総研デザインスクール主催で「Designing for alternative futures~今を問い直し、新たな未来を創る」を開催しました。最終回となる今回のテーマは「問いのデザイン」です。

ゲストに京都大学学際融合教育研究推進センター准教授の宮野公樹氏、株式会社MIMIGURIのデザインストラテジストである小田裕和氏をゲストにお迎えしました。産総研デザインスクール事務局長の小島一浩氏を交え、産総研デザインスクール事務局・Laere共同代表の大本綾氏がモデレーターとして進行。

対話を通して、現代において自分を徹底的に問う重要性と、問いへの向き合い方などについて考えを深めていきました。本レポートでは、シンポジウムの様子をお伝えします。

宮野公樹 (みやの・なおき)
京都大学学際融合教育研究推進センター准教授。学問論、大学論(かつては金属組織学、ナノテクノロジー)。総長学事補佐、文部科学省学術調査官の業務経験も。国際高等研究所客員研究員も兼任する他、2021年5月一般社団法人STEAM Associationを設立し代表理事に。2008年日本金属学会論文賞等の学術系の他、2019年内閣府主催第一回日本イノベーション大賞の受賞も。前著「学問からの手紙—時代に流されない思考—」(小学館)は2019年京大生協にて一般書売上第一位。近著「問いの立て方」(ちくま新書)。「世界が広がる学問図鑑」2023年2月(Gakken)の監修も。

小田裕和 (おだ・ひろかず)
株式会社MIMIGURI デザインストラテジスト/リサーチャー。千葉工業大学工学部デザイン科学科卒。千葉工業大学大学院工学研究科工学専攻博士課程修了。博士(工学)。デザインにまつわる知を起点に、新たな価値を創り出すための方法論や、そのための教育や組織のあり方について研究を行っている。特定の領域の専門知よりも、横断的な複合知を扱う必要があるようなプロジェクトを得意とし、事業開発から組織開発まで、幅広い案件のコンサルテーション、ファシリテーションを担当する。主な著書に『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)がある。

小島一浩 (こじま・かずひろ)
産総研デザインスクール事務局長。1972年埼玉県飯能市生まれ。東京工業大学総合理工学研究科知能システム科学専攻博士課程修了博士(工学)。2001年独立行政法人産業技術研究所入所。2011年産総研気仙沼プロジェクトに従事し、一般社団法人気仙沼市住みよさ創造機構設立メンバーを務める。2020年現在、国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 共創場デザイン研究チーム チーム長兼同産総研デザインスクール事務局所属。現在、共創デザイン研究に従事。

自分の想いは「見つける」のではなく「やってくる」

「技術者、研究者が未来社会をデザインするための問い」。本シンポジウムのテーマに対して、未来社会を考える前に自分自身を問うことが重要なのではないか。そんな問題提起から対話がはじまりました。 デザインスクール事務局長の小島氏は、不確実な状況で生きていくためには答えを外に探すのではなく内に見出す必要があると話します。

何かを始めたり未来をよりよくしていくためには、まずは自分の想いが不可欠です。産総研デザインスクールではそれを「志」と呼び、内省や対話を通して志を明らかにするプロセスを大事にしているそうです。

自分の内なる想いを明らかにするために必要なことは何か?と小島氏は2人に問いかけます。

小田「最近感じているのは、見つけようとして見つけたものは、あまりためにならないということ。それよりも、大事なことは自分のほうに『やってくる』感覚のほうが近いんです。

問いを立てるうえで、『何になるかは分からないけど、何か面白いものが見えてくるはずだ』という信念を持つことが重要なのではないかと思います」

宮野「私は自分の内にある想いや本質を『本分』という言葉で表現しています。たしかにそれは気づかれるものであり、向こうからやってくるものです。でもどこからやってくるのでしょうかね。それは、私の先の著書で探求した内容でここでは省きますが、大事なことは、本分や志に正解はないから、絶えず疑わなければならないことだと思います。別の道があったのではないか?と常に問う。自分とは常に疑われるものなんです。一流、本物と言われる人が謙虚なのは、常に自分を疑っているからだと思います」

モデレーターの大本氏は、英語で天職を指す「Calling」を引き合いに、3人が抱く感覚を共有しました。自分が望むよりも、自分が何かに「呼ばれる」感覚。その感覚に従いながらも、自分を常に疑い問い続けることが自分、ひいては社会に向き合う一歩なのかもしれません。

問いが導く「答え」とどう向き合うのか?

自分を問い続けることは、正解や終わりのないプロセスです。しかしながら、企業や組織において明確な答えを出さなくてはいけない場面もあります。ここでは、人が問う姿勢に話がおよびます。

小田「ビジネスでは特に、最短距離で正解を導ける問いが求められていると感じます。しかし、最短距離の問いから本当にオリジナルなアイデアは生まれるのでしょうか。

本質的な問いを考えるには時間がかかることを、本当は皆わかっています。それでも時間的制限の中でアイデアを求められてしまう。そんな中で、わかりやすい正解にすがろうとしてしまうのだと思います。ただそれでは解決できることも限られていて、そのスタンスでは限界があると感じはじめていますね」

宮野「私も『いい問いの立て方』についてよく聞かれますが、問いだけでなく答えのほうにも意識をむけることが必要だと思います。つまり、何を得たら『答えを得た』と思うのかをしっかり考えておくことです。そして、『答えがある』という前提に立っている問いは、『どのように〜するのか?』というHOWの問いになりがちです。このHowの問いには、何かしら答えはあるでしょう。まあ、答え=正解ではないですけどね。

一方で、『自分とは何か?』や『なぜ今これをするのか?』といった、WHYやWHATにあたる問いには答えがありません。答えがないので、永遠と問い続ける勇気がいるんです」

問いの根底にある感情の揺れ

テストや受験勉強など、常に正解がある問題を解いてきた人たちにとって、正解を求めず絶えず問い続けることは難しく感じます。問いを立てるきっかけはどこにあるのでしょうか?

登壇者の3名は感情の揺れに注目するといいのではないかと話します。

小島「産総研デザインスクールでは自分の想いを見つけるために、時間をかけて人生を振り返ります。そのとき、自分が楽しいと思ったことを思い出してもらうことが多いのですが、怒りや憤りは見過ごされがちなんですよね。

でも怒りは意外と大事だと思います。日本社会に対する大きな怒りから、日常の些細なことに対する怒りまで、その感情をとっかかりにすると、勝手に問いが出てくるような気がします」

宮野氏は怒りも大きなパワーであるとしたうえで、感動や驚きも同じではないかと指摘します。

宮野「怒りといっても、わざわざ怒る必要はないですよね。穏やかな日常を過ごすことも全然いいと思います。そして、パワーになる怒りとは、恨みとかでなく、理想があるからこそ沸き起こる感情、不満のことです。

でも、僕は、本当は驚きや感動から問いに入りたいと思っています。『この人は本当にすごいな!』という感動から研究が始まることに憧れますね」

では、怒りや感動といった感情の揺れをどう問いや行動に移せるのでしょうか?小田氏は怒っている自分を少し俯瞰してみることで問いのヒントが見つかるのではないかと話します。

小田「怒ってしまっている自分を面白がってみることが大事だと思います。なぜ自分は怒っているのか、冷静に捉えてメタ認知し、言葉にしてみることはあまりできていないと思います。怒りを感じてしまう自分はどこからきているのか。そこから自分の本分が見えてくるのではないでしょうか」

技術を扱う上で忘れてはいけない認識と問い

ここまでの対話で、現代における問いは正解を簡単に導き出せるものではなく、答えを問い続けるものだという共通認識が生まれてきました。

一方で、小田氏はテクノロジー分野になると問いを探求する姿勢が許容されない雰囲気があり、そこにはテクノロジーへの過度な期待があるのではないかと指摘します。

小田「私たちはテクノロジーにあまりにも期待しすぎている部分があると思います。『私たちにとって何が良いのか?』という人間の物差し自体が不完全な訳ですから、人間の期待に完璧に答えてくれるテクノロジーというものはないはずなのです。それでもテクノロジーは完璧に期待に答えてくれるものだという期待を抱き、わかりやすく得られる成果や、ミスなく答えてくれるであろうものばかりを評価してしまいがちです。

しかし、よくよく考えてみれば、アニメの世界で描かれるテクノロジーに、そんな完璧なものはなく、むしろ不完全さの中に、人間との豊かな関係が描かれていくものが多い。テクノロジーが世に出た時に起きたことを楽しんで、もっと対話をした方がいいと思います。製品の仕様だけではなく、それを実際に使ってみたときにどう思ったのか、その製品で社会はどう変化したのかをもっと観察した方がいいと思います」

宮野氏はこの話に対して、すべての物事には両側面あることを認知することが必要ではないかと話します。

宮野「僕はすべてのものには表と裏があると言い続けています。例えば、学生に記憶力を高める方法を知りたいと言われた時、記憶力を高めるのはテストでは有利かもしれないけど、忘れたいことを忘れられなくなる辛さもあるんじゃないかな、と。人々があらゆるものに光と影があるのだと認知していたら、世の中はもう少しマイルドになるのではと思っています」

何事も様々な側面を持ち、時には矛盾も孕みます。そのうえで技術開発を行う研究者、技術を使うユーザーは技術やテクノロジーに対してどのような問いや認識をもてばいいのでしょうか?

小島「人間とは何か?ではないでしょうか。どんなテクノロジーや技術も最終的には人間が使いますよね。人間が持つ性質や特性を考えて技術を作ることが大切だと思います。どんな分野を研究していても、最終的には人間につながっていることを忘れてはいけないですね」

小田「完璧なものをデザインするということは、人間が完璧であるという前提に成り立ちます。でも完全な人間ばかりの世界は面白くないし、不完全さが世界を面白くしていると思います」

宮野「技術者は、自分が何を『しているのか』は常に知っていると思います。加えて自分は何を『していることになっているのか』を問う。自分を少し客観視して問うことが重要だと思います」

技術やテクノロジーはあくまで人間が使う「道具」であり、最終的には人間の使い方によって技術も大きく変化します。自分が今関わっていることに対する近い目線の問いと、それが他者に渡った時にどうなるのかという遠い目線の2つの問いを持ち続けることが技術を使う私たちには求められます。

自分の問いを簡単に手放さない

イベント終盤では「自分が正しいかは分からないし、自分で考えるほかないのでアドバイスは避けているのですが……」と前置きをしながらも、宮野氏が問いと向き合う際に気をつけているポイントを紹介しました。

宮野「今日的な時代において、問いや学びには3つの姿勢が大事だと考えています。1つ目は、分けない。分けて考え、分かった気になってしまうのは、今の科学至上主義や物質文明の考え方に基づいています。分けずに感受するというのは大事です。

2つ目は、決めつけない。すぐにジャッジを下さないことです。3つ目は、求めない。答えやヒントを求めずに、むしろ出会うまで待つ。

学びにおいて大切なことや何を学ぶかという対象については、時代によって変わるでしょう。今日もおいても、未だ暗記力が重視されたり、対象については情報リテラシーなどが大切とされたり。しかし、どのような時代においても不変な学びもあります。それは、内省する心。自分や時代について一歩引いて眺める精神です。これは流れる川のなかの岩のように決して動きません」

分けない。決めつけない。求めない。この3つの視点は、問いに対する答えを安易に外に見つけることはできないことを示唆しています。最初に宮野氏が示したように、答えらしきものが出たとしても、それを常に問い続けていく。つまり、常に明確にはわからない状態にいることになります。

わからないことを楽しむコツは?という参加者からの質問に対して、宮野氏は自分の問いをもっと大事にしてほしいと話します。

宮野「自分の問いを大切にしてほしいです。自分の問いと自分の中でもっと大事に付き合ってほしい。

自分の問いを抱えて離さないでください。いろんな人の意見を参考にしたくなるかもしれないけど、結局最後は自分で考えるしかないんです。じっと耐えて、我慢しきれず自ずと動くまで考えてみてほしいと思いますね。

本当の『考える』は、言葉で考えることではないと思っています。『考える』の源には『感受』があることをみんな忘れているんじゃないですか? 歌や芸術は感受から出てきていて、そのあとに理論がついてきますよね。だからもっと、感じないと」

問いと向き合うのはもっと身体的なものなのかもしれません。言葉にできない何かを感じとり、それを抱えながら生きていく。その後に言葉にできる瞬間がくる。それが自然な考える順番なのかもしれません。

頭だけでなく身体全体で考えてみる。そう捉えると、考えるという行為がずっと広いもので、問いの向き合い方もぐっと広がるのではないでしょうか?

今を見つめて、自分から始める

最後に、モデレーターの大本氏から登壇した3人へ「どんな未来ををつくりたいですか?そのために何をデザインしたいですか?」と問いかけます。

小島「私も『感受』は大事だと思います。私たちのようにテクノロジー分野に関わる人やビジネスパーソンはロジックで動く訓練を受けていているから、自分の内側から湧いてくることを見過ごしがちです。でも、自分の中に湧いてくるものを見過ごさないでほしいと思います。

自分の内側から沸き起こるものを大事にする未来にしたいし、そのために問うのだと思います」

小田「結局自分のことを理解することからしか始められないと思うんですよね。そこから他者を理解することにつながっていくのだと思います。

自分を見つめ直す日々をデザインすることが最終的にはとても大事で、それがものすごく難しい。でもそれを続けている先に、自分でも思っても見なかったような景色が見えてくると思います」

宮野「自分から始めるというのはとてもいいですね。かつて、ヴィトゲンシュタインという哲学者は『世界は言葉が見てる夢』といいました。自分は自分が見たいようにしか世界を見られないのです。 だから、世界を変えるなら自分を変えるしかない。そういう観点から見ると、未来は存在しないと見ることもできるのです。今しかないと思った時に、どうなるのか考えたいですね」


今年のシンポジウムのテーマ「Desining X for alternative future〜今を問い直し、新たな未来を創る〜」は、大きく変化したこの数年間と現在を問い直すことが、次の未来をつくるのではないか?という想いから始まりました。

今回のシンポジウムで見えてきたのは、今を問い直すというのは、自分を問い直すことと同じであることです。自分の中に見えている「今」を問い直していくことで、自分が変化する。自分が変化することで自分が見えている世界は変化し、社会は少しずつ変化していくのかもしれません。

5回にわたりお送りしてきた「今を問い直し、新たな未来を創るデザイン」も今回が最終回となります。シンポジウムを通して、様々な分野の実践者のゲストと今を問い直すうえで必要な視点を探求してきました。読んでくださっている皆さんにとって、生活やお仕事においての良いインスピレーションや自分を問い直す機会となれば嬉しいです。読んでいただき、ありがとうございました!

第5回シンポジウムの様子はYoutubeにてアーカイブをご覧いただけます。

Designing X – 今を問い直し、新たな未来を創る とは?

産業技術総合研究所が企画運営する産総研デザインスクール主催で開催しているシンポジウム。今年は「Desining X for alternative future〜今を問い直し、新たな未来を創る〜」と題し、今起きている状況を様々な視点から問い直し、新たな未来を創るデザインに必要な視点を探求していきます。シンポジウムでは毎回異なる領域「X(エックス)」で既存の分野に新たな軸を加えることで概念を変える活動をしているゲストをお招きし、今の世界を見るうえで必要となる視点や実践知をご講演いただいています。

2023年3月取材

テキスト:外村祐理子
グラフィックレコーディング:仲沢実桜