人生を楽しむ背中を、子どもに見せるための場所をーーおやこの世界を広げる「PORTO」を運営する佳山奈央さん
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子どもを育てていると、思いっきり仕事をすることができなくなるのでは? 自分の楽しみを後回しにしないといけないのでは?
ライフプランについて考え結婚や育児を想像するときに、なぜこうしたマイナスのイメージが出てきてしまうのでしょうか。
佳山奈央さんも、そんな疑問を抱いた一人。「子どもに一番身近な大人である、親の幸せがあってこそ子どもも幸せになれる」という考えから、親子向けの複合サービス施設「おやこの世界をひろげるサードプレイスPORTO」(兵庫県神戸市)を2020年にオープンしました。
佳山さんは、大学時代に出産を経験したシングルマザー。子どもを育てながら20代で起業した佳山さんに、そのエネルギーの原点や、PORTOがめざす未来についてお話を伺いました。
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―佳山奈央(かやま・なお)
大阪府生まれの兵庫県育ち。神戸市外国語大学卒業後、株式会社リクルートへ就職。3年後に退職し、lavieestbelle,Inc.を創業。「こどもにとって一番身近な大人である親が、人生を楽しむ背中を見せることを応援する」をビジョンに掲げ、2020年、神戸市中央区・三宮に親子向けの複合サービス施設「おやこの世界をひろげるサードプレイスPORTO」を開設する。2021年より神戸市の「神戸2025ビジョン推進会議」委員。プライベートでは、小学6年生の男児を育てる母。
子どもの場所ではなく、親と子のための場所
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お子さん達のにぎやかな声と、ゆっくりくつろぐお母さんやお父さんの姿が印象的です。PORTOではどのようなサービスを提供しているのですか?
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WORK MILL
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佳山
保育士常駐で大人もくつろげる「室内遊び場」と、大人がリフレッシュや用事を済ませるために子どもを預けられる「一時保育」を提供しています。
そのほか、親子向けのイベントやバーなども不定期に行っています。
子どもの室内遊び場としては、自治体などが運営する児童館を利用される方も多いと思いますが、そうした施設との違いは何でしょうか。
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WORK MILL
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佳山
多くの児童館などでは、親のための場所はベンチがちょこっとあるくらいで、ほとんどが子どものためのスペースとなっています。
というのも、いま展開されている親子支援というのは、「親子支援」といいながら子どもだけにフォーカスした「子ども支援」であることがほとんどなのです。
私は、子どもが幸せになるためには、その子どもに毎日向き合う大人である、親が幸せであることが重要と考えていて、親もひとりの人間として大事にされるような過ごし方や体験の選択肢をつくりたいと思っています。そこでPORTOでは、スペースの約半分を親がくつろげる場所にしました。
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確かに、こちらのようにテーブルや椅子が複数ある親子向けのスペースはあまり見かけません。
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WORK MILL
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佳山
あと、既存の親子向けの施設では、子どもだけに名前シールを貼るところも多いですよね。
PORTOはご利用の際に、お子さんだけではなく親御さんにもお名前を書いたシールを貼ってもらうようにしています。
親子向けスペースのはずなのに、パパやママは「ただ子どもに付いてきただけの人」という感じで、急に人格がなくなる感じがおかしいなと思って、あえてそうしています。
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親が人生を楽しむ背中を見せる
PORTOの「こどもにとって一番身近な大人である親が、人生を楽しむ背中を見せることを応援する」というビジョンにとても共感します。なぜこのようなビジョンを掲げられたのですか。
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WORK MILL
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佳山
PORTOの開設には、私自身の2つの原体験が影響しています。
1つ目は、幼少期にさかのぼります。私は4人姉妹の長女で、それぞれ年子。下2人は双子で、その1人には生まれつき障害があり車椅子生活でした。
父は多忙であまり家にいない人だったので、母はほぼワンオペの状態で子育てをしていて、私が小学3年生のときに離婚しました。それからは、母が働きながら私たち4人を育ててくれたんです。
お母さまの大変さ、想像を絶します……。
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佳山
本当に大変だったと思います。うつで動けなくなった時期もありましたし、子ども心に母が常にしんどそうにしていることがつらかったです。
無意識もしくは悪気なくだとは思うのですが「あなたたちのために、私はいろんなこと我慢している」という言葉が母から出たこともあって。
当時は、「私たちのせいで母がこんなにもしんどい思いをするのなら、自分たちはいないほうがよかったのではないか」とまで思っていました。
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親が疲弊していると、子どもの心をそこまで追い詰めてしまうのですね。
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佳山
そのとき、「子どものためを思っての選択であっても、親が自分のことを後回しにして身を削ることは、子どもが育つ環境としてはマイナスなのかもしれない」と感じるようになりました。
もう1つの原体験は何ですか?
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佳山
大学1年生のとき、予期せず子どもを授かったことです。人生で一番悩み、考えに考えて未婚での出産を決意しました。
ただ、自身の子ども時代の経験から、自分の子どもには「あなたを若くして産んだから私はやりたいことができなかった」と絶対に言わないようにしようと自分に誓いました。
それで大学を休学して出産し、保育園に預けて復学しました。
子どもを育てながら、やりたいことをやるという選択をされたんですね。
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佳山
はい。やりたいことは全部やろうと思って、学校ではビジネスコンテストの運営に携わったり、あえてハードなゼミを選択したりもしました。
そのため、保育園に預けはじめる時期も生後3カ月と早かったですし、学費のためにアルバイトもしていたので、預ける時間も長かったんです。
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佳山
そうすると、周りから「長い時間預けてかわいそう。でもシングルだし、若くして産んでいるから仕方ないよね」というふうに言われることがあって、強烈な違和感を覚えました。
「ちょっと待って。かわいそうって何?」と。
0歳から預けていると、そういう空気を感じることが確かにあります。
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佳山
私自身は、忙しくても母親が自分のやりたいことを諦めずに、自分の人生に向き合う背中を子どもに見せたいという考えがあってのことでした。
それをなんで「かわいそう」って言われないといけないのか、すごく疑問に感じたんです。私としてはむしろ、保育園に預け出したときに、とてもホッとした感覚がありました。
その気持ちは保育園に預けている多くの人が実感していると思います。
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佳山
シングルでしたし、気を張った状態で赤ちゃんを育てていたので、預けたときにはすごく力が抜けて。
「あ、自分一人で頑張って育てようって思わなくてもいいんだ。頼れるところ、ちゃんとあるやん」と思いました。
保育士さんは保育の勉強をして、経験を積まれているプロです。プロの先生方に預けられるって素晴らしいことだなと実感しました。
子育ての大変さや面白さを分け合える人がいるって心強いことです。
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佳山
そうですよね。それなのに、「子どもがかわいそう」という、それを言われたら誰も否定できないような呪いの言葉が子育てにはつきまといます。
母親らしくすべき、親は自分のことは後回しにして子どもを優先すべき、といった「べき」も多く、子どもを預けてリフレッシュに出かけることに罪悪感をもってしまう親は今も多いと思います。
そうした空気を変えたいという思いがPORTOの開設につながったのですね。
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親も楽しんでいいというカルチャーをつくりたい
大学卒業後、すぐにPORTOを開設されたのですか。
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佳山
いえ、卒業後は株式会社リクルートに就職し、住宅・不動産の情報サイト「SUUMO(スーモ)」の企画制作に携わりました。
大手デベロッパーのお客様に、大規模マンションの開発にあたってのプロモーションを提案する仕事が主でした。
プロモーション提案の一環で、例えばマンションの共用部にキッズスペースや大学のラーニングスペースをつくり、地域との交流の場づくりを行う提案などを行いました。これは、今の仕事にもつながっていると思います。
ということは、当時から起業したいという思いをおもちだったのですか。
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佳山
はい。起業というかたちへのこだわりはなかったですが、大学時代に子育てをして本当にいろいろなことを感じていたので、その解決に向けて何か世に送り出すことができればと考えていました。
そのため、就職の面接試験のときにも、「ゆくゆくは起業したい」という話はしていて。リクルートを選んだのは、社会課題とビジネスをつなげる事業を展開していること、短期間で鍛えられる環境、というイメージがあったからです。
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お子さんを育てながら、新入社員として働くというのは両立が大変そうです……。
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佳山
入社後はハードワークではありましたが、子どもがいるからといって同期に遅れを取りたくない、早く吸収したいという思いがあり、認可の保育園と、遅い時間帯にも預けられる認可外の保育園とを組み合わせて利用していました。
もう本当に保育園にはめちゃくちゃお世話になりました。保育士さんのことは「神」と呼んでもいいくらい(笑)。
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それにしても、シングルでお子さんを育てながら起業されるというのはすごい行動力です。怖さはなかったですか。
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佳山
本気でやってみてダメだったらまた就職しよう、と思っていました。
会社の仕事も順調で楽しかったのですが、同世代で自分がやりたいことに近い領域で活躍されている方の記事を読んだときに、「私だったらこうするのにな」と斜に構えて思ってしまう自分がすごく嫌になって。
「モヤモヤするくらいなら、自分でやったらいいやん! できるときにやってみよう!」という感じで決めました。
起業にあたっては、どのようなことが大変でしたか。
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佳山
起業に向けてとにかく走っていた感じで、苦労はそれほど感じませんでした。むしろオープンしてからのほうが、向き合いたい課題に対して、一施設でできることが限られていることや、このHOWが本当に正しいのか?など、日々葛藤しながら向き合っています。
そのため、現在はハード面の充実だけでなく、コンセプトの発信につながる活動にも力を入れており、その一環として企業さんとのコラボ企画なども少しずつ機会をいただき、積極的に行っています。
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どのようなことをされているのですか。
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佳山
最近では、映画館との協働企画で、映画のチケット代とPORTOの一時保育の料金がそれぞれお得になるプランを提供しています。
この企画は、利用者にメリットがあるだけでなく、「子どもを預けて映画を観に行ったって、いいんだよ」というメッセージを発することに意味があると思っています。 実際に、このプランをSNSでお知らせすると、「子育て中も、映画に行ってもいいと言ってくれた感じがした」と投稿をシェアしてくださる方がたくさんおられました。
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「親も自分がしたいことを楽しんでいい」という、カルチャーをつくろうとされている感じがします。
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佳山
まさにそれが私のやりたいことなんです。
「子育てはこうあるべき」をなくしたい。子育て中の大人が自分のことを大事にできるように、考え方を変えていきたいと思っています。
頼る、休むも仕事のうち
ご自身の子育てとお仕事の両立方法についてはいかがでしょう。
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佳山
常にドタバタしているので、息子にはごめんねという感じですね(笑)。ただ、頼れるところをたくさん持っておくことは大切だと思っています。
もともとは人に頼ることがとても苦手な性格で、今もまだまだ苦手だなあと思うことは多いですが、頼らざるを得ない状況になったことで、少しずつ変わってこられた部分はあるかなと思います。
あとは、体が思うように動かないときには無理せず休むこと。昔は休むことやしんどいと感じること自体に罪悪感がありましたが、今はしんどいときには、「休みたい」という体からのサインだと考えて、「正直にちょっと疲れていたので休んでいました」と伝えられるようにになってきました。
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めざす社会の実現に向けて突き進む佳山さんのお仕事について、息子さんは何か言われたりしますか。
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佳山
もう小学6年生なので、「ふ~ん」って感じですね。どうでしょう、何か感じてくれているのかな。
息子は仮想空間の世界で冒険やものづくりが楽しめる「マインクラフト」というゲームが好きなのですが、ゲームのなかで会社をつくっていますね。
最近は、「定款をつくった」と言っていて、「マイクラの世界に定款とかあるん?」って聞いてしまいました。私にはよくわからないですけど(笑)。
お母さんの背中をしっかり見ているんだと思います。本日はありがとうございました!
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2023年8月取材
取材・執筆:前田みやこ
写真:水垣恵理
編集:桒田萌(ノオト)