“伝える”のプロ「紙芝居屋のガンチャン」がこだわる仕事への姿勢
子どもの頃、学校や図書館などで目にした紙芝居。公園やイベント会場、学校などで紙芝居屋さんを見たという人もいるのではないでしょうか。
紙芝居の可能性を広めようと奮闘し、さまざまなイベントや企業研修などへ引っ張りだこになっている人がいます。その名は、「紙芝居屋のガンチャン」。オリジナルの作品を次々と生み出し、紙芝居の楽しさを広めています。
笑いの要素を盛り込みながら、メッセージ性を込めたパフォーマンスが特徴的。「伝えるプロ」であるガンチャンは、ビジネスパーソンが行うプレゼンテーションや、あらゆるアウトプットなどにもリンクする大きなヒントを持っているはず。
紙芝居のお仕事や姿勢、想いをあわせて、ガンチャンに伺いました。
―紙芝居屋のガンチャン
2009年、全国で紙芝居公演を行う「ヤッサン一座」に入門。2010年に独立し、海外での公演も行うなど、活動の場を広げる。2019年、一般社団法人「社会の窓社」を設立。テレビやWebなどで各種メディアで紙芝居の魅力を伝え、紙芝居の国際大会や紙芝居師のオーディションを主催するなど、後進の育成にも務めている。
脚本家志望から紙芝居の世界に
今日はよろしくお願いします。親しみをこめて、今回はガンチャンと呼ばせていただきますね。
紙芝居一本でお仕事をされているんですよね。まず、ガンチャンのこれまでのご経歴について教えてください。
WORK MILL
ガンチャン
はい。僕は学生の頃から、多くの人に楽しんでもらうのが好きなタイプで。物語をつくるのも好きで、高校生の頃から脚本家を目指して、映像コースのある大学に進みました。
とはいえ、すぐに紙芝居の仕事を始めたわけではありません。大学卒業後は東京でフリーターをしたり、金沢でピザ屋の店長をしたりしていたのですが、大阪に帰郷。やはり脚本の仕事がしたいと思い、ハローワークで仕事を探した時に見つけたのが紙芝居屋の仕事でした。
ハローワークに紙芝居屋さんの求人が出ることなんてあるんですか……!?
WORK MILL
ガンチャン
はい。それで、興味を持ってオーディションに応募してみたのですが、落ちてしまって。しかし、後からその会社にお声がけいただき、紙芝居の養成校で勉強しながら、運転手や雑用などのお手伝いをするようになりました。
ガンチャン
そうするうちに、「紙芝居の世界をもうちょっと突き詰めたい」と思うようになって。きちんと養成校の師匠のもとにつき、住み込みの内弟子になりました。半年後に独立し、最初の頃はアルバイトをしながらでしたが、少しずつ仕事を広げていきました。
まだオリジナル作品をつくる前だったので、紙芝居の定番である『黄金バット』(※)という演目を自分なりにアレンジして、独学で演じ方を模索しました。
(※)『黄金バット』:1930年代に紙芝居作者の鈴木一郎によって生み出されたヒーロー。子どもたちに人気を博したことから、黄金バットを主人公とした紙芝居が多く製作された。
紙芝居って、どうやったら「仕事」になるのでしょうか。公園で子どもたちを集めて行う……という姿を想像してしまいます。
WORK MILL
ガンチャン
公園で演じている方は、ボランティアとして文化の継承を目的とされているケースが大半ですね。
僕も最初は公園でやっていましたが、今は依頼を受けて施設やイベントに赴くのがメインとなっています。企業の研修や防災や交通安全の啓発など、目的はさまざまですね。
定番の「ずらし」で新しい価値を生む
仕事でも、普段から人前でプレゼンをしたり、誰かに物事を伝えたりして、何かをアウトプットしなければならない場面はたくさんあります。
その点、ガンチャンは「アウトプットのプロ」ですよね。普段、紙芝居を行う上で心がけていることを教えてください。
WORK MILL
ガンチャン
お客さんと自分が向き合うライブの場なので、自己満足になってはいけないと思っています。技術的にうまく演じようとすると、こちらの都合になってしまいます。それよりも、内容を正確に伝えることが重要です。
100人のお客さんの前で演じて、2〜3人だけが面白がっても意味がありません。8割の人が喜んだり、リアクションしてもらったりするにはどうするべきか、常に意識しています。
具体的に、何をしているんですか?
WORK MILL
ガンチャン
例えば、人が笑う時って、想像していたことがひっくり返ったり裏切られたりした時なんですね。
普遍的で固定観念が強いテーマほど、その価値観をずらすことで、裏切りが発生しやすくなる。その瞬間を狙うことが、僕にとって伝え方の肝になっています。
さらに心がけているのが、笑ってもらう相手を広げること。例えば、子どもがメインターゲットの紙芝居でも、そばにいる大人も楽しめる要素を入れることも大切だと思っていて。
お父さんやお母さんが笑っていない会場は、やっぱりあまり盛り上がりません。大人も笑うことで子どものテンションも上がって、相乗効果が生まれる。そうした会場づくりにも気を配っています。
それは作品づくりにも表れているのでしょうか。
WORK MILL
ガンチャン
そうですね。定番や普遍的なテーマを一度、解体したり、作り直したりして工夫しています。
例えば、「交通安全」という大きなテーマで紙芝居をつくるにしても、伝えるべきことは押さえ、自分が影響を受けたもののエッセンスも盛り込みます。そうやって、ただの子ども向けだけではない独自性を生み出します。
超定番の『桃太郎』も、大抵の人が「あぁ、あの話ね」と想像がつくと思います。でも、あえて『もりもりマッチョ ムキムキたろう』というお話にアレンジしてみる。
定番や土台をもとに、紙芝居をやる相手が求めていることに合わせて、自分なりに展開していく。それを意識しています。
それ紙芝居の絵は、どれもガンチャンの味が出ていますね。これらの紙芝居を通して、何を伝えたいですか?
WORK MILL
ガンチャン
実は僕、自分の主義主張などで伝えたいことは特にないんです。それよりも「今、これを世の中に伝えるべきだ」という需要を探すほうが作品をつくる上でのモチベーションになっていますね。
相手の目線に立って、喜んでもらえるテーマを探す。これが、この仕事をする上での一貫したこだわりです。
そして普段の物事の見方を逆にしてみると、本来伝えたいことに新しい価値が生まれてくるかもしれない。
演じているときも、本当に伝えたいことがどこまで伝わっているのか確かめながら、盛り上げ方や見せ方を変えています。
そういう意味で僕の仕事は、自分なりの表現を主張するアーティストというよりも、お客さんとともに現場にしかない熱気を作り上げるアイドルに近いのかもしれないですね。
アナログだからこそ見えるニーズ
紙芝居の世界において、ガンチャンがどのような心構えで新しい仕事やアプローチを広げてきたのか、教えてください。
WORK MILL
ガンチャン
今思うと、独立してやっていこうなんて、よく決断できたなと思います(笑)。しかし、当時は「紙芝居をやっていく!」という熱意が先走っていたし、「まあ、なんとかなる」と思ってやってきたんですよね。
車の運転と同じで、あまり遠くを見すぎると逆に危なくて、まずは目の前の道をしっかり見ることが大切なのかなと。
紙芝居屋の仕事は、いまだ世の中にはっきり浸透していません。そのため、ガツガツ営業をかけるよりも、人との縁を大切にする。そこで繋がったところから、少しでも興味を持ってもらうのが大事かなと思っています。
職場で新たな仕事に取り組みたい、まだ見ぬ仕事を生み出したい。そう考えているビジネスパーソンにとっても、大切な心構えですね。
WORK MILL
ガンチャン
自分のやりたいことばかりに重きを置きすぎず、その人だからできることや伸びやすいトピックを活かす。そのバランス感覚が大事ですよね。
世の中に求められているものと、自分が得意なもののちょうどいいバランスを取ったところに、自分らしい働き方や仕事を見つけるヒントが見えてくるのではないかと思います。
ガンチャン
あと、違う立場に立ってものを考えることも大切ですね。僕の場合、やはり観客がどう考えているのかをよく考えて仕事をする必要があるわけですが、これは別の場所でも当てはまることだと思います。
例えば、上司の仕事ぶりを見たら、その人だけのしんどさが見えてきて、今の自分の苦労が、実は大したことなかったと思えたりするかもしれません。
最後に、ガンチャンの今後の展望を教えてください。
WORK MILL
ガンチャン
この仕事を始めて13年の間に、世の中ではデジタルなものの存在感が増してきました。その一方、ライブなどアナログなものが求められる傾向も強くなり、そこに紙芝居の可能性が秘められていると感じています。
紙芝居はどんな分野やテーマでも作品に変換できるのですが、その魅力がまだあまり伝わっていない。落語家の方々のように、もっとフレキシブルに、さまざまな場所で活動して先入観を打破したいですね。
5/18:「伝わる」極意を学ぶ紙芝居ワークショップ 開催!
紙芝居屋のガンチャンをお招きし、紙芝居を通じて「伝わる」技術を学びます! あなたも大事なプレゼンテーションに、紙芝居の要素を加えてみませんか?
2023年3月取材
取材・執筆:伊東孝晃
写真:三好沙季
編集:桒田萌(ノオト)