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必要なのは「迷子の動物を見つけたい」という強い気持ち。ペット探偵という職業に就くまで(ペットレスキュー・遠山敦子さん)

迷子の犬や猫を探して車の下や家のすき間を見てまわる。「ペット探偵」と聞くと物語の中に出てくる職業のように感じますが、実在する仕事です。

神奈川県藤沢市にあるペット専門の探偵社「ペットレスキュー」で働く遠山敦子さんは、求人募集がない中で「困っている動物を助けたい!」と熱い思いをぶつけて採用されたペット探偵の1人。

ペット探偵とはどんな仕事で、どんな力が必要なのか。動物と触れ合ってきた遠山さんの経験から紐解きます。

遠山敦子(とおやま・あつこ)
1996年生まれ。大阪府出身。山や川を駆け、亀やイモリ、犬などに触れて育つ。高校で音楽に出会い、卒業後はメジャーデビューを目指すも24歳で挫折。テレビ番組『情熱大陸』(TBS)でペット探偵という職業を知り、当時求人募集がなかったペット探偵社「ペットレスキュー」へメールを送り入社した。

迷子の依頼は95%が猫

ペット探偵って、どんなことをしているんですか?

遠山

依頼があった迷子の動物を探しています。警戒心が強い動物は早朝や夜中に行動するので、その時間帯が仕事時間ですね。時には、深夜に目撃情報が届いて、就寝中に駆け付けることもあります。

依頼は全国から来ますが、会社の所在地が神奈川県にあるため関東圏が多め。遠山さんは岡山県や四国まで行ったことがあるそう。

遠山

捜索依頼は多い時で1日に20件ほど。スタッフ1人につき引き受ける量は異なるんですが、私の場合は多くても3件まで。会社にいるペット探偵は6人なので、空き状況によっては依頼が受けられないこともあって。

ペットを探している方がそんなにたくさんいるんですね……!

遠山

はい。そういう場合や遠方にお住まいのケースでは、オンラインで捜索方法をアドバイスすることもあります。

飼い主さんができることを考えたり、地図を見て探す場所を助言したり、チラシ作成のお手伝いや特殊なカメラのレンタルもしています。

捜索で使う特殊なカメラ。写真中央と右は、動く生き物を察知して録画・撮影するカメラ。管が付いた写真左のカメラは、人の入れないすき間を撮影する時に使う。

遠山

犬やフェレット、ミーアキャット、ウサギなどの捜索依頼があります。インコなどの鳥類も連絡が来るのですが空を飛ぶので捕獲は難しいですね。依頼を受けるか受けないかは、ペットレスキュー代表の藤原博史さんが判断します。

ただ、全体の中で猫の捜索依頼が95%を占めています。

ほとんどが猫なんですね。

遠山

そうですね。私が携わった約300件の依頼のうち、3件が犬で、それ以外はすべて猫でした。家猫って人の出入りの隙をついて脱走したり、外猫と網戸越しにケンカをして、その拍子に飛び出したりするんです。

発見率は85%くらいでしょうか。残念ながら、生きているうちに見つけられなかったり、依頼者が気持ちの整理をして捜索打ち切りになったりするケースもあります。

悲しい結末を迎えるときもあるんですね……。猫探しでは何から着手するんですか?

遠山

猫の性格や年齢、生活環境をヒアリングして、まずは家の近くにいるタイプか、離れた場所に移動するタイプかを考えます。

ある程度、探す場所を絞ったら周辺の家を1件ずつ伺って、許可をいただければ敷地内で隠れ場所を探し、難しい場合は猫の写真を見せて、見かけたら連絡をいただけるよう頼みます。

マンションも訪ねるんですか?

遠山

オートロックだと難しい場合もありますが、もしベランダに潜んでいそうなケースであればお願いすることもあります。

地道な作業ですね……。

遠山

担当のタイプもいろいろで。動物の性格からプロファイリングするスタッフもいるんですが、私は全部の可能性を考えて、1つひとつ潰していくタイプなんです。

猫って、頭が入ればどんなすき間でも入っていくんですよ。その上、1~2日は動かずにじっと耐える。だから日が明るいうちに隠れ場所や通り道を探して、暗くなり始めたら鉢合わせするのを待つんです。

犬の捜索は情報発信がメイン

犬の捜索ではどんなことをするんですか?

遠山

犬が逃げた場合は情報発信がメインですね。SNSを使った情報拡散やチラシのポスティングで呼びかけます。

現場に向かうのはイレギュラーな場合のみですね。目撃情報を集めるのが難しい山で迷った老犬や、2頭の犬のリードがつながったままで竹藪から出てこないという現場には向かいました。

捜索中は不審者に間違われたりしないんですか?

遠山

間違われたこともありますよ。たいていは事情を説明すると納得いただけるのですが……。

懐中電灯を持って車の下や塀のすき間を覗いていた時は、車の泥棒と間違われて説明に30分ほどかかったことがあります。ペット探偵だと説明しても、「そんなウソは信じない」と言われてしまって……。

迷子の動物のためとはいえ、大変な仕事ですね……! 捕獲作業は1人で向かうんですか?

遠山

1人ですね。捜査と捕獲にかかる期間はまちまちで、1案件につき2~3日間、長くて3カ月ほどかかったこともあります。

休みの日や、ほかのメンバーと会う機会はあるんですか?

遠山

捜索が落ち着けば、休むようにしています。

出社はせず家から直接現場へ向かう生活ですが、ほかのメンバーとは月に1度のミーティングで顔を合わせる機会があるんです。その時に、どんな案件だったか報告したり、捕獲方法などを相談したりしています。同じ仕事をしていて相談できる仲間がいるのは心強いですね。

動物の観察が好きだった子ども時代

遠山さんはなぜペット探偵を目指したんですか?

遠山

代表の藤原さんが出演するテレビ番組『情熱大陸』(TBS)を見たのがきっかけです。番組を見たのは本当に偶然で。放置していたDVDレコーダーを組み立てて、試しに録画したのがその番組でした。「なんだ、この仕事は」と衝撃を受けましたね。

当時の私はフリーターで、高校卒業後にバンドマンを目指して上京したものの、見切りをつけて脱退したところだったんです。

それで藤原さんの運営するペット探偵社「ペットレスキュー」へ連絡したんですか?

遠山

そうです。でも、1カ月くらいは悩みました。録画した番組を見直して、藤原さんの著書やYouTubeを見て自分にもできそうか考えたんです。

それでもやりたい気持ちは変わらなくて、「この人のもとで教わりたい」とメールを送りました。自己紹介と「こういう動物を飼っていた」という話、動物が好きという熱意、それに困っている動物を助けたいという思いを書きました。

たくさん問い合わせがあったのでは……!

遠山

放送終了後は、入社希望の連絡が100件くらいはあったそうです。でも、会ってくれたのは私だけでした。

自分では特別なことを書いたつもりはないんですけど、藤原さんからは「ほかの方と違うものを文章から感じた」と言われました。

藤原さんの書籍を読んで「求人募集はない」と知りながらも、熱意を持ってメールしたそう。

遠山

直接お会いする機会をいただいて、3時間ほどお話しました。そうしたら、「やってみないとわからないから、空いている日に始めてみよう」と現場に参加できることになったんです。

熱意が伝わった瞬間ですね。遠山さんはもともと動物が好きだったんですか?

遠山

好きです。幼い頃から山や川、畑がある地域で育ち、週末は父に連れられて兄と一緒に自然の中で遊びまわって、亀やアカハライモリを捕まえていました。卵がふ化する様子を見守ったりもしましたね。

私は動物の顔や目の色を観察して、触ったり臭いをかいだりするのが好きなので、捕まえた動物は連れて帰るんです。一時期、家に亀が80匹、アカハライモリは50匹くらいいたんですよ。

すごい数ですね……! 両親は嫌がらなかったんですか?

遠山

父は私たちよりも真剣に捕まえていましたから(笑)。嫌がりませんでした。

七色に光るタマムシが出た時は、「俺が捕まえる!」と私たちを押しのけて向き合うほどです。触ってはいけないヘビの種類を教えてくれたのも父。そういうのを見ているうちに自然と父に似てきたんですよね。

母は動物の餌にする赤虫が冷凍庫に鎮座するのを嫌がっていましたけど……、怒ったりはしませんでした。

離島留学の経験があるそうですが、そこでも自然を楽しんだのですか?

遠山

中2で鹿児島県の離島へ留学しました。当時、私はあまり勉強しなくて態度が悪かったんです。それで親に離島留学へ行かされて。なので、自然を楽しむ余裕はあまりなかったですね。

とはいえ、野生のヤギを捕まえて、ホームステイ先の玄関で飼ったりはしましたけど。

ワイルドですね。

遠山

留学が終わった後は親の仕事の都合で長崎県や鹿児島県で育ちました。

「困っている動物を助けたい」と思うようになったのはいつですか?

遠山

17歳の時に鹿児島県の保健所を見学したことがきっかけです。

バイト前の空き時間に立ち寄ったんですが、山の中にあるコンクリート造りの保健所には檻の中に犬たちがいて、壁に5段ほど詰まれたゲージの中に猫たちが数匹ずつ入っていたんです。

テレビで見たことがあり存在は知ってはいましたが、実際に目の当たりにした時はショックで。そこから、「困っている動物を助けたい」という気持ちを抱くようになりました。

ペット探偵に必要なのは「見つけたい」という気持ち

そこからペット探偵の仕事につながっていくんですね。見習い期間はどれくらいあったんですか?

遠山

最初は2カ月と言われていたんですが、藤原さんと一緒に現場をまわったのは2週間もなかったですね。

捕獲器の使い方などの基本的なことは教えていただいたのですが、それ以外は藤原さんが1人でさっさと行っちゃうので。邪魔にならないように、一生懸命についていきました。

迷い猫の捕獲で使う捕獲器。他の猫が誤って入ったところを捕獲対象の猫に見られると、もう使えなくなってしまう。慎重な作業が必要となる。

憧れの現場に同行して、実際にどうでしたか?

遠山

藤原さんがどこを探しているのか、彼の視線を必死に追っていましたね。本当に、私の存在が見えていないかのようなんですよ。どうしてもわからないところは質問しましたけど、聞くタイミングもないぐらいの集中力で。

2週間後にいつものように現場へ行ったら、「もうできるよね。あとは自分の思った通りにやってみて」と言われて、「はい!」と返事をしたら藤原さんは帰ってしまったんです。そして、今に至ります。

なかなかスパルタな教育方法ですね。

遠山

実際、その時の現場に合わせて判断力や感覚を培っていくしかないんですよね。捕獲対象の動物の性格や年齢や環境によって、変わってくるんです。

なるほど。ペット探偵になるには、どういう力が必要なんでしょうか。

遠山

何より大事なのは、「迷子の動物を見つけたい」という強い気持ちだと思います。その気持ちさえあれば、頑張れる。1日35キロくらい歩くこともあるんですが、体力は後からついてきます。

意外にも、「もともとは歩くのが好きではない」と話す遠山さん。仕事になると「迷子の動物を見つけたい!」という気持ちで歩き続けます。

遠山

あとは生き物を観察することですね。人間の常識が通じない相手なので、動物の気持ちになって考えることが大切です。

すごく愛情深く探しているのが伝わってきます。きっと迷子の動物を見つけた時は、うれしいんでしょうね。

遠山

大変だったことが帳消しになるくらいうれしいです。

捕獲の時だけトラップに近づかない子や、あとちょっとのところで活動域を別の場所に移してしまう子もいて、大変な案件は数えられないほどあります。それでも、飼い主さんと迷子だった動物が抱き合う瞬間は格別ですね。

これからはどんなペット探偵になっていきたいですか?

遠山

迷子の動物を一件でも多く家族のもとへ連れて帰りたいですね。

私自身も猫4匹とカメレオン、ハリセンボン、インコ、ウサギ、ハムスター、カメ3匹、金魚など、たくさんの動物と一緒に暮らしているので、「もしこの子たちがいなくなったら」と思うと、飼い主さんの気持ちが痛いほどわかります。

だから、体が続く限りは探し続けたいです!

飼育経験と熱量がすごいです……!

遠山

あとは、いろんな状況で困っている動物たちを助けられる人になりたいです。

能登半島地震では、藤原さんがペットを探すボランティアに行きました。私も帯同する予定で4日間かけて準備をしたのですが、出発の日に車が故障して廃車になってしまい……。実際に現場には向かえず、とても悔しい思いをしました。

今後は、そういう場面でも少しでも力になれるよう、経験を積んでいきたいと思っています。

2024年2月取材

取材・執筆=ゆきどっぐ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代(ノオト)