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推し活のプロ・ライターの横川良明さんが考える、お仕事と推しごとのちょうどいい関係性

モチベーションを上げたり、日々の生活を潤わせたりしてくれる、「推し」の存在。日々仕事に励むビジネスパーソンが誰かを推すことで、どんな良いことがあるのでしょうか?

推す行為がキャパシティオーバーになって「推し疲れ」を防ぐ方法は? 「お仕事」と「推しごと」の理想的な関係性はあるの? 『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版)の著者であり、「推し活のプロ」こと横川良明さんに綴っていただきます。


横川良明(よこがわ・よしあき)
演劇、テレビドラマ、映画などのジャンルで取材・執筆を行なっているフリーライター。著書に『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版)、『役者たちの現在地』(KADOKAWA)。

仕事漬けの人生を変えた、推しとの出会い

30代を迎えた頃、僕はとにかく毎日ヘトヘトだった。

フリーランスに転じて数年、ありがたいことに仕事のオファーは絶えずあった。スケジュールは毎日びっしりと取材で埋まり、その間隙を縫って原稿を書く日々。電池が切れたら倒れるように布団にダイブし、目が覚めた瞬間から次に書く原稿の構成を頭で組みはじめる。もはや睡眠なのか気絶なのかわからない。完全にひとりブラック企業。心の中のワンマン社長が「もっと働け〜」と鞭を振るうような生活だった。

それをそこまで嫌がっていた記憶が、実はない。むしろ仕事があるのはありがたいこと、なんてちょっとした優越感に浸っていた気すらする。でも、本当はとっくに音を上げていたのだろう。

僕の仕事漬けの人生は、ある日突然一変する。きっかけは、推しとの出会いだった。

僕の初めての推しは、俳優の松田凌さん。ライターという仕事柄、もともと取材などで接点はあった。だけど、「顔美しすぎない? 二重幅が完璧すぎ」と見とれる気持ちはあれど、強く推したいという情熱はなかった。

ところが、彼が主演を務めるとある舞台を観劇したことから、僕のオタク人生は幕を開ける。干からびた大地に雨が染み込むように、パッサパサに乾ききっていた僕の心に潤いが蘇ってきた。以来、Googleの検索履歴は「松田凌 インタビュー」「松田凌 舞台」「松田凌 写真集」「松田凌 高校」と松田凌の名前でびっしり。

例えるなら、『ONE PIECE』に登場する海賊王のゴール・D・ロジャーに「探せ! この世のすべてをそこに置いてきた!」と言われた海賊たちの気分。この世界に散らばる松田凌の情報を求めて、グランドラインを目指す旅に出た。ウィーアー!

働くオタクにとって、推しは最も有効なビジネス書である

あれから早いものでもう8年。仕事一色だった僕の人生は、すっかり推しを中心に回るようになった。

推しが仕事に与える影響は、そこそこでかい。第一に、確固たるモチベーションになる。正直、仕事なんて辛いことの方が多い。「なぜ人は働くのか」と迷うこともしょっちゅうです。

だけど、推しがいれば答えは明白。働く理由はすべて推しのため。この原稿料が、次の舞台のチケット代になる。そう思えば、苦手な取引先の顔も福沢諭吉に見えてくるし、推しの舞台の次の日なら、たとえ誰かにモヤモヤしたとしても「どうも〜。昨日、推しと会ってきた者なんで〜」と謎のマウントで自己解決できる。

働く目的さえ明確になれば、あとはもう前に進むだけ。ヘトヘトになっていた僕はどこにもいません。推しのチケット代を稼ぐためとあらば、自然とエネルギーがみなぎってくるし、迷うこともない。推しは、LEDより長持ちする人生の灯台です。

第二に、タイムマネジメントが劇的にうまくなる。正直、推しができるまでは、忙しい忙しいと言っても、ダラダラしている時間も多かったように思う。独身のフリーランスなんて、やろうと思えば24時間を仕事にあてられるわけで。

昼過ぎから原稿に取りかかったものの、やる気スイッチが行方をくらまし、最初の1行目を書き出したのは結局深夜の0時をまわってから。そして、夜中の3時くらいに埋まらないWordファイルを眺めながら、「なぜ俺はあんな無駄な時間を……」と『SLAM DUNK』の三井寿になるまでが定番の流れだった。

しかし、推しができると無駄な時間を過ごしている余裕など一切ない。まずは現場に行かなければ話が始まらないので、カレンダーに舞台の予定をゴリゴリと入れていく。ゴール地点が決まると、人は自然とやる気が出るもので。夜中までダラダラと原稿を書くことなんて滅多になくなったし、当たり前だった長時間労働は劇的に改善された。

さらに、時間内に仕事を終わらせていくためのテクニックも身についてくる。書きもののような仕事は、集中力が命。でも昔は漫然と仕事をしていたから、新着メールが届くたびに内容を確認し返事をして原稿に戻る、ということを繰り返していた。

けれど、一度切れた集中力を取り戻すのは簡単じゃない。結局、メールを確認するついでにニュースサイトを開いて、くだらない芸能ニュースを流し読みし、気づいたらWikipediaで気になるワードを延々と調べていく……という魔のコースに陥りがち。

でも今は最短で仕事を終わらせることがマストなので、この原稿を書き切ると決めたら、まずそれに集中する。メールの返信など複雑な思考を伴わない作業に関しては、移動の電車で一斉に片づけるなど、適切なタスクの振り分けができるようになった。

ビジネススキルで言うと、資料作成能力も相当磨かれた。オタクになると、隙あらば友人を沼に引きずり込もうとする。未見の新規に、いかにわかりやすく、インパクトをもって沼の魅力を伝えられるか。

そこで役に立つのが、布教シート。特に「タイBL」というジャンルにハマっていた頃は、作品の魅力から、タイ語で書かれた通販サイトから推しのグッズを買う方法まで、1枚で伝わるように布教シートをパワポでいそいそとつくっていた。営業マン時代、十何枚にも及ぶ企画書をつくって、「もっと簡潔に」とダメ出しされていた人と同一人物とは思えない。働くオタクにとって、推し活は最も有効なスキルアップ研修だと思う。

推しから学ぶ、人生を豊かにするための生き方・働き方

第三に、推し活はスキルアップ研修であると同時に、推しは人としてどうありたいかを学ぶ人生の教科書でもあると思う。今までいろんな推しに出会ってきたけれど、推しの言動や価値観に影響されたケースは数限りない。

ある推しが「ずっと自分がどう見られたいかばかり気にしていたけど、今はシンプルに人を元気づけられるような作品に出たいと思うようになった」と話せば、「そうだよな、仕事ってセルフブランディングのためにやっているんじゃなくて、他者を幸せにするためにやっているんだよな」と働く意義を見直すことができた。

別の推しが「今まではずっと生活をぞんざいに扱っていたけれど、30歳を過ぎて役者以外の自分の人生を大切にするようになった」と言えば、あんなに苦手だった「ワークライフバランス」という言葉もすんなりと受け入れられるようになった。

最近は、俳優の坂口健太郎さんを推している。坂口さんの圧のない振る舞いから学ぶことは多い。年齢を重ねると、こちらが意識せずとも自分の発言が威圧的に感じられたり、ただ普通にしているだけで年下の仕事相手から過剰に気を遣われたりするもの。なるべくエラソーな中年男性になりたくないとビクビクしている僕にとって、坂口さんの柔らかなコミュニケーション術はまさしくロールモデル。

この人のようにありたいなんておこがましくて言えませんが、推しのいいところを少しずついただいて、ひとかどの人物になれたらと思う次第です。

結局、物事の多くは「何を言うか」より「誰が言うか」が大事なわけで。上司の朝礼のスピーチは2分と聞いていられないけど、推しのインスタライブなら300時間でも視聴していられるのがオタク。そこから得る学びや気づきが、自分のキャリアを、ひいては人生そのものを豊かにしてくれるのです。

とは言え、推しがすべての解決策ではない

一方、時には推しへの熱意があり余りすぎて、自分の生活が息苦しく感じることもあった。推しができると、どうしてもドラマや舞台を観る時間でスケジュールが埋まる。他のことがまるでできない暮らしに、「自分は義務で推しを推しているんじゃないだろうか」「『オタクとはこうあるべき』という規範にがんじがらめになっているのではないだろうか」と不安に思うことも少なくなかった。

そこで、全部をコンプリートすることをやめてみた。どんなに推していても、興味の湧かない作品はあるし、気分的に燃え上がらない時期もある。そんなときに無理してまで追う必要はない。

そう決めたら、ずいぶん推し活も楽になった。

結局のところ、推しも仕事も同じことだ。仕事のために人生があるわけでもないし、推しのために人生があるわけでもない。とことんハードワークに打ち込んだ時期や、週5で劇場に通っていた時期を経て、ようやくそう思えるようになった。

仕事との関係も、推しとの関係も、正しいなんてものはなくて。大事なのは、そのときそのときの自分にとってより良いものであるかどうか。その最適解は自分で決めるしかない。

重要なのは、犠牲的にならないこと。お仕事も、推しごとも、自分の人生をより楽しむためにあるのです。

編集:桒田萌(ノオト)