好きな人と、好きな場所で、好きなことをする。西濱姉妹が生み出す共感の空間、京都のホステル「NINIROOM」の場づくり
平安神宮や京都御苑といった名所へも歩いて行ける住宅街に佇む、ホステル「NINIROOM」。西濱愛乃(あいの)さん、萌根(もね)さん姉妹が運営しています。
「京都に住む友達の部屋」をコンセプトに、老若男女や外国人観光客の宿としてだけでなく、近隣住民も集まる場として機能しています。
「友達」という言葉にどんな意味を込めて、この場を作り、運営しているのか。コミュニティを広げるヒントについて、愛乃さん・萌根さん姉妹に伺いました。
ー西濱愛乃(にしはま・あいの)
京都工芸繊維大学デザイン経営工学科大学院在学中に、ヘルシンキ工科大学へ交換留学。留学生、研究員として計3年半をヘルシンキで過ごす。帰国後は、Genslerに入社しワークプレイスのデザイナー、デザインコンサルタントとしてプロジェクトに従事。2017年退職、起業。
ー西濱萌根(にしはま・もね)
神戸大学発達科学部を卒業後、2008年パナソニックに入社。某自動車メーカー向けに車室内快適商品の商品企画から開発営業までを担当。その後、宣伝広報部へ異動し、キッチン・バスルームなどの住宅設備商品の宣伝、販促プロモーション企画を担当し、2017年退職、起業。
「京都に住む友達の部屋」でどんな体験ができる?
レトロな趣とアットホームな雰囲気が魅力的な空間ですね。あらためて、NINIROOMはどういったホステルなのか、教えてください。
WORK MILL
愛乃
NINIROOMは、築40年の3階建てビルを2017年にリノベーションしてオープンした宿泊施設です。
1階が受付兼カフェラウンジになっていて、2・3階にゲストルームを備えています。1階では定期的にマルシェを開いたり、各種イベントも開催したりしています。
以前は、印刷会社の事務所兼倉庫として使われていました。当時の味わいを生かして、タイル張りの外壁などのレトロな雰囲気を残しつつ、内装には植栽や北欧のテイストの色使いやテキスタイルなども取り入れました。
萌根
コンセプトは、「京都に住む友達の部屋」です。
というと?
WORK MILL
萌根
京都は屈指の観光都市ですが、そこに住んでいる人にしか見えない景色もあるはず。観光ではなく、友達を訪ねるような気軽な気持ちで京都の町を楽しんでほしいなと。
愛乃
私たちもこれまでさまざまな旅をしてきたのですが、友達が今住んでいる町や生まれ故郷などを旅先に選んだりすることも多くて。
「観光スポットを巡るだけでなく、友達を通した地元の人たちとの交流や、一見何でもない場所が、振り返るととても鮮やかで楽しい思い出になるんだ」と実感してきました。
萌根
その場所に住んでいる人にしかわからない、魅力的でユニークな場所ってありますよね。友達がいるからこそ、そんな場所に出会えると思います。
だから、NINIROOMでは、そんなローカルな体験をしてもらいたいと思ったんです。
NINIROOMにおける「友達」とは、どんな人を指すのでしょうか?
WORK MILL
萌根
「同級生」や「何となく知り合い」「仕事仲間」という関係ではなく、「気が合う」「共感する」「共鳴する」関係だと捉えています。
そこに、年齢や性別、出身、国籍は関係ありません。そういった属性が全く違っても、「この空間が好き」とか「あの店、良いよね」と共鳴して、即座に親近感がわくことってありますよね。ここでの「友達」とは、そうした部分でつながり合う関係だと考えています。
愛乃
NINIROOMでは、そんな「共感で繋がる関係性」を「友達」という言葉に落としんでいます。
「共感」を軸に、中の場づくりや、より外に開かれたイベントにもつなげています。
具体的に、どのようなイベントでしょうか?
WORK MILL
萌根
例えば毎月開催している「NINIマルシェ」では、お野菜や、焼き菓子、加工食品、小物や雑貨類など、私たちが仲良くなったお店が出店し対面での販売を行っていて、NINIROOMという空間や場づくりに共感してくれる人たちが集まるいい機会になっています。
他にもフラワークラウン作りのワークショップや、誰かの記憶を追体験するイベント「記憶とおさんぽ」など。最初はカフェのお客さんだった方が、スタッフと仲良くなるうちに自分のスキルを生かしたイベントを開くこともあります。
姉妹の「面白そう!」が創った「NINIROOM」
ホステル「NINIROOM」をオープンした経緯を教えてください。
WORK MILL
愛乃
私はもともと設計事務所で働いたり、ヘルシンキに留学したりして、デザイナーとしてキャリアを積んできました。そのため、宿泊施設を運営した経験はありません。
萌根
私も大学卒業後、大手メーカーで9年半働いていました。車載事業や住宅設備のマーケティングに携わりました。2人とも宿泊事業やサービス業は全く未経験です。
愛乃
きっかけは、大阪で設計事務所をしている父から「京都の丸太町にあるビルを借りられることになったので宿泊施設を始められないか」と相談されたことでした。私は大阪出身ですが、大学と大学院時代を京都で過ごしたこともあり、大好きな町で仕事ができることに興味を持ちました。
また、ちょうど転職か留学かとキャリアチェンジを考えていた時期だったので、大きなチャレンジの機会だと捉え、思い切って話に乗ったんです。
萌根
宿泊施設をやると決めた愛乃と夜な夜な、「どんな宿だったら行きたい?」「これまで、どんな旅行が楽しかった?」と話が盛り上がるうちに、異なるキャリアを持つ2人が一緒にやったら、面白いことになりそうだと感じて。
せっかくなら2人でチャレンジしようと、私も退職して、NINIROOMをやることにしました。
萌根さんは大手メーカーに勤める会社員だったんですよね? いきなり未経験で、「宿泊施設の運営」という新たな世界に飛び込むことに、不安はありませんでしたか?
WORK MILL
萌根
ありませんでした。愛乃との未来が思い描けたことや、これまで培ってきたマーケティングや宣伝スキルが生かせる自信があったからです。
たしかに20~30代は、女性が将来のキャリアに迷う時期で、私もきっと、1人だったら起業しようと思わなかった。でも価値観や好きなものの嗜好が同じ姉となら、働くことそのものが楽しくなる。そう思えたから、飛び込めたんだと思います。
実際に運営を始めて、お二人のキャリアはどのように生かされていますか?
WORK MILL
愛乃
私は設計やデザインができるので、建物内の空間設計や、言葉を形に落とし込む部分を担当し、萌根はマーケティングやPRといった、思いを言語化し発信する部分を担当しました。
萌根
2人とも企画の経験があるので、コンセプト作りやイベント運営はチームで協力して行っています。
共感が共感を呼び、場が生まれる
イベントの開催など、NINIROOMにやってきた人と、実際にどんな「共創」が生まれていますか?
WORK MILL
愛乃
NINIROOMが目指しているのは「同じテーマに共感する人が集まる空間」を作ることです。
例えば、長野県から料理人が泊まりに来られた時、雑談をしながら「長野を知ってもらうイベントをやろう」と話が持ち上がり、実際に現地の食材を使った食事と交流を楽しむイベントを開催しました。
他にも、NINIROOMで出会った海外にルーツのある方たちが、「旅するNINIROOM」と名付けて、トルコやカンボジアなどの国を紹介するイベントを開いたこともあります。
萌根
こうして積極的にイベントを開催していますが、別に私たちは「場づくりをしよう」と思っているわけではなくて。
意外です。
WORK MILL
萌根
私たちは、同じテーマに共感する人出会うことを大切にしています。
私たちやNINIROOMに興味を持ってくれた人は何かしら共感・共鳴できる部分があると思っています。だから、ここに足を運び、自然と集う場になる。それが一番理想的だと思っていて。
愛乃
この考え方は、オープンした当時からあります。 この場所を好きになって「自分の場所」と感じる人が増えれば、より早く広く、同じような感性を持った人たちにNINIROOMを認知してもらえると考えていました。
だから仲良くなったら、すぐに「一緒にそれやってみよう!」とイベント開催が決まることも多いです。
萌根
何かやりたいことやスキルはあるけど場所がない……という人もいて。「じゃあNINIROOMをこういうふうに使ってみては?」と、企画のサポートをすることもよくありますね。
「共創」を生み出すために、積極的にアプローチされているのですね。
WORK MILL
萌根
本当のことを言うと、私たちは積極的に「人と人とをつなげよう」と思っていません。それよりも、「好きな人と好きな場所で、好きなことを仕事にする」ことを大切にしています。
愛乃
前職でいた設計事務所では、物理的に空間を整えることがメインの業務でした。
でもNINIROOMを立ち上げ、運営していく中で、中で働くチームメンバーや地域の人、ゲストといった「人」を通さないと伝わらない場づくりがあると、実感しています。
「住民に見える運営」こそが、地域との関係性づくりの肝に
NINIROOMは京都の住宅地に位置しますが、地元との交流も運営していく上で大切だったのではないかと思います。コミュニケーションをとる上で何か工夫はありましたか?
WORK MILL
愛乃
どの地域にもさまざまな課題があるかと思いますが、特に2017年の京都は民泊ブームで、地域外から来た私たちがNINIROOMを開くことに警戒している地元の方々もいらっしゃいました。そのため、理解を得るまで時間がかかりましたね。
でも、今ではスタッフが率先してご近所とコミュニケーションをとって、「明日はイベントで騒がしくなるけど何かあったら言ってください」とご挨拶に回っています。
萌根
そうした細やかな心遣いこそが、地元の人々との垣根を取り払うために必要だと実感しています。
地元の人は、わざわざ近所の宿泊施設に来ることはありませんよね。だからこそ、私たちは地域の人たちへの透明性を高めるため、「見える運営」を心がけています。
1階のカフェは、日中なら地元の方々にもご利用いただけますし、マルシェは地元の方々と言葉を交わす貴重な機会。会話の接点は、こちらが作っていかなければいけないと学びましたね。
愛乃
今では、地域で20年ほど廃れていた地域行事である「地蔵盆」をNINIROOMで復活させ、運営のお手伝いをさせていただくまでになりました。
その土地を理解し、リスペクトする心が、地元の人たちと良い関係を作るポイントだと思います。
2拠点目の淡路島でもつながりを育む
NINIROOMを運営してこられて6年が経った今、これからの夢を教えてください。
WORK MILL
愛乃
今、美しい夕陽が「日本の夕陽百選」にも選ばれた淡路島西海岸に、新たな宿泊施設を準備中です。そこは1日1組限定の貸別荘のスタイルで、土地の食材を使ったお料理を楽しめるんですよ。
家族や友人同士のグループ、働きながら旅をする人や、企業のワーケーションなどでも使っていただけると思います。
地元町内会から委託を受けた事業で、地域に根差したNINIROOMでの取り組みを評価していただいたからこそ実現したもの。サポートに、感謝しています。
萌根
これまでもNINIROOMには、自分に合った自由な働き方を実践するゲストが多く来てくれていました。
そんなゲストたちの軽やかな生き方を目の当たりにして、私たちも刺激を受け、自分たちもそういった自由な働き方をしてみたいと思うようになりました。
淡路島は都会と地方をつなぐ位置づけとして、ゲストにはもちろん、私たちチームにとってもより良い拠点になるのではないかと思っています。
京都と同じように淡路島でも、地域内外の人たちと接点を持ち、新たな場づくりを行っていきたいです。
2023年7月取材
取材・執筆:國松珠実
写真:古木絢也
編集:桒田萌(ノオト)
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