「現代の長屋」に見る持続可能な「緩やかにつながる暮らし」とは?
この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE07 EDOlogy Thinking 江戸×令和の『持続可能な働き方』」(2022/06)からの転載です。
現代に残る長屋の再生活動を行う栗生はるかと、コレクティブハウジングの運営支援を行う宮本諭の話から浮かび上がる、長屋とコレクティブハウスの共通点とは。
テクノロジーの進化で、世界中の人々の間でモノや能力、場所などの貸し借りや売買が手軽になり「シェアリングエコノミー」という新たな経済活動が生まれた。「必要なものを必要なときにシェアする」というライフスタイルが注目され、さまざまなサービスが生まれている。ライフスタイルの変化や多様性が増すなかで注目されているのが、江戸時代の長屋の暮らしだ。江戸時代は、自然の力を利用して物資やエネルギーを賄うなど、衣食住それぞれの場面でリサイクルやリユース、共助文化があり、サステナブルな暮らしの営みがあった。
東京・根津で約7年間、地域に開かれたコミュニティスペース兼住居「アイソメ」の運営をしている栗生はるかに、長屋暮らしの魅力や可能性を聞いた。文京区の魅力を発掘する集団「文京建築会ユース」の代表も務める栗生は、多様な人々が集まる「銭湯」が地域コミュニティとなっていることに着目し、地域文化を引き継いでいくため住民が自由に活動できる場の存在が必要と考え、2015年に築115年以上の長屋を活用した「アイソメ」をオープンさせた。住居機能に加え、地域サロンとして近隣住民も利用できるよう、貸し出しも行っている。
江戸時代の長屋は、表通りに面して商店になっている「表店(おもてだな)」から引き込まれた路地に面して建てられた「裏店(うらだな)」で構成され、井戸やトイレ、ゴミ捨て場、洗濯場など生活機能の大部分を共有化した、職住一体型の暮らしが特徴だ。得たものを分け合う習慣もあり、住人同士に自然と家族のような付き合いが生まれていた。また、長屋空間の一角では住人以外の人が商売をしたり、ふらっと立ち寄る人もいたりと出入りが許容され、住人に限定しない共有スペースが、地域やまちとの接続のしやすさをつくり出していた。
「アイソメ」には地方から上京した学生、一人暮らしの社会人などが住み、地域住民たちとのコミュニケーションを楽しんでいる。長屋の暮らしを通じて、地域活動をする人も育っているという。栗生は「アイソメ」のような長屋を介した集まる場を「社交場」と言う。「地域や社会活動を体感し、人との出会いの中で許容する文化が育まれる。長屋の暮らしは他者や周辺環境とつながることの豊かさや尊さに気づきます。住人や地域の気配を感じられることが安心につながっています」と栗生はその価値を強調する。
「許容し合うこと」が暮らしやすさにつながる
“現代版長屋”と称される住宅に、コレクティブハウスがある。1990年代にスウェーデンから日本に持ち込まれた賃貸集合住宅で、キッチンやトイレなどが完備された住戸を個々に持ち、住戸の延長に共用スペースがある。一般的なシェアハウスに比べて各住戸の独立度が高く、シングルマザーやファミリーの入居も多い。家族と共にコレクティブハウスで暮らして16年目の特定非営利活動法人コレクティブハウジング社の代表理事・宮本諭に、暮らしぶりや特徴を聞いた。
2007年から展開する同社のコレクティブハウスには、学生から70代の高齢者まで多世代が暮らし、住人同士で共用部を管理・運営する仕組みを導入しているのが特徴的だ。大きなキッチン、キッズスペース、ランドリールーム、菜園テラスなどの「コモンスペース(共用スペース)」は、住人がいつでも利用できる。月に数回、住人が交代で食事づくりを担当する「コモンミール」という時間があるほか、コモンスペースの手入れや定例会などが住人自身の手で実施されている。コモンスペースに対して、世帯単位ではなく一人ひとりがお金を納め、役割を割り振り、自分たちで安心できる生活空間をつくりあげていく。
「皆で管理するなかで、考え方ややり方の違いに気づく。『違うこと』を許容すると暮らしも楽になる」(宮本)
自分たちで決めたルールのもと、日常的に住人のコミュニケーションがあり、コミュニティ形成が図られる。空間と時間の一部のシェアが、住人同士の緩やかなつながりを生み、結果的に安心・安全な暮らしにつながっているようだ。
COVID-19の世界的流行で人と接することに制限や配慮を求められた際も「住人のつながりが消えることはなかった」と宮本は言う。住人による住人のためのラジオの自主放送が始まるなど、人がいる安心感やつながりを感じられる時間が生まれた。こうした出来事を通して「物理的に近いことは豊かさにつながっているのかもしれない」と宮本は話す。
生活機能を共用する長屋と、コモンスペースや時間の共有をするコレクティブハウスは共用部の扱い方に違いはあるが、どちらも住人同士の状況を理解し、補い合っている。栗生も宮本も「人を許容し、緩やかにつながること」を自然と行う暮らし方に共通点を見いだしている。「シェアリングエコノミー」は地域や人の相互扶助や共助の文化が原点であり、日本の文化とも親和性が高いといえる。ベースにあるのは「お互いさま」という考え方だ。人を介さずとも多くのことを解決できる時代にあえて人とのつながりをもつ暮らしは、変化の激しい世の中でブレずに豊かさを維持できる暮らし方なのかもしれない。
ー 栗生はるか(くりゅう・はるか)
アイソメ運営、文京建築会ユース代表、一般社団法人せんとうとまち代表理事。早稲田大学在学中にヴェネツィア建築大学留学、2007年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程修了。NHKアートを経て大学教育に関わりながら、法政大学江戸東京センター客員研究員として、都市空間とコミュニティについて研究。地域の魅力を発信し、銭湯や長屋などの古い建物の再生活動にも尽力している。
ー 宮本諭(みやもと・さとし)
特定非営利活動法人コレクティブハウジング社の代表理事。北欧発祥のコレクティブハウジングを手本に、日本ならではの自主運営型コレクティブハウスの立ち上げ・運営を支援。住人主体となった住まいとまちづくりをサポートし、コレクティブハウジングを広く普及啓発する活動を行っている。自身も家族とコレクティブハウスに居住し、16年目を迎えている。
テキスト:草野明日香
イラスト:川上貴士
編集:本間香奈
2022年5月取材