仕事のクオリティをあげるための儀式(ゲーム作家・米光一成)
業務効率化やリラックス、こだわり。仕事道具には、そんないろいろな期待が込められています。長い仕事経験を経て、絶対に欠かせなくなったまさに「相棒」。そんな「相棒」たる仕事道具との思い出を、ゲーム作家の米光一成さんに教えてもらいました。
火の粉が穴から出てくる。シャカシャカと音をたてる。薄皮が燃えながら宙に浮く。
直接的な仕事道具ではない。だが仕事のクオリティをあげ、継続するために必要な「仕事の相棒」が、焙煎器だ。
ぼくの仕事はゲーム制作だ。カードやボードなどで遊ぶアナログゲームを作っている。
代表作は『はぁって言うゲーム』(幻冬舎)。たとえば「はぁ」のお題なら、「なんで?のはぁ」「ぼうぜんのはぁ」「とぼけのはぁ」「失恋のはぁ」など8種類のシチュエーションがカードに書いてある。
そのなかの1つを声と表情だけで演じて、他の人に当ててもらうというゲームだ。「はぁ」以外にも、「好き」「がんばって」「にゃー」「すもももももももものうち」といった30種のお題カード、投票チップ、得点チップなどが入っている。現在シリーズ累計80万本のヒットだ(ありがとうございます)。
他にも100円ショップのダイソーで販売中の変顔で遊ぶカードゲーム『変顔マッチ』や、気軽に遊べる言葉の当てっこゲーム『あいうえバトル』など、楽しく愉快な場を生み出すゲームを作っている。
ゲーム制作はやっかいな仕事で、やっていることはこどもの手悪さみたいなものだ。はたから見ると遊んでいるようにしかみえない。
まあ、実際に遊んでいるとも言える。厚紙に落書きして、切ってカードを作る。自分で作って自分で遊ぶ。遊びが仕事だ。地道な努力や堅実なノウハウも必要だが、おもしろいことを考えられるかどうかに仕事の命運がかかっている。
だから、不機嫌は禁物だ。落ち込んでいたり、感情に振り回されたりしているときはうまくいかない。ご機嫌な空間を作り出すためには、自分が機嫌良くある必要がある。とはいえ、いつもいつもご機嫌でいられるとは限らない。
そこで、コーヒーの儀式が登場する。もともとは、すでに煎ってあるコーヒー豆を買って、ただ飲んでいただけだった。
美味い。だが、2週間も経つと風味が抜けていく。空気を抜いてコーヒー豆を密閉保存する容器を使ってみたりしたがダメだった。調べてみると、生豆ならある程度保存がきくが、煎った豆が経時劣化していくのはどうしようもないらしい。
じゃあ、自分で煎って、煎りたてを呑めばいいのではないか? どうやって煎るのか知らなかったので調べてみた。案外簡単そうだ。生豆を買って、ガスコンロの火で炙ればいい。
さっそく生豆と網鍋を買った。やってみた。撃沈。シャカシャカ振り続けたのにムラができる。焦げている豆もあるのに、青いままの豆もある。うぬ。そう簡単にはいかないか。何度か試行錯誤した。
転機は、網鍋をやめて「煎り上手」という焙煎器を買ったことだ。
「煎り上手」は、コーヒー豆を煎るための専用焙煎器だ。2つの筒が連結したようなアルミニウム製の箱に木の取っ手がついている。箱部分の穴から生豆を入れる。底がお尻の形になっているおかげで、軽く振るだけで生豆が混ざる。ムラができなくなった。シャカシャカやってる時間も短くなった。10分ちょっとで煎り終わる。
最初の動機は、美味しいコーヒーを呑みたいというだけだった。だが続けていくうちに、煎る時間が貴重なものになっていった。煎って、コーヒーを淹れて、熱いコーヒーを飲んで、仕事を始める。仕事の効率が上がった。
コーヒーを煎ることが、仕事を始めるための儀式となったのだ。
「煎り上手」をシャカシャカ振りながら、ガスコンロの炎で炙る。植物の青い匂いがひろがる。生豆から水分が抜けていくところをイメージする。焙煎器の高さを下げ、火に近づける。
チャフと呼ばれる薄皮がはがれて燃えながら宙に浮く。豆が立てる音が微かに変わる。香ばしい匂いに変わってくる。コーヒーの匂いが空間にひろがる。パチッと豆がハゼる音がする。「1ハゼ」だ。少し火から距離をとる。煙が昇る。ピチピチピチピチッ、さっきより勢いよくハゼる。「2ハゼ」だ。連続してハゼる音を聞く。
いつ煎るのを止めるかタイミングが大切だ。深煎りが好きなので、ギリギリまでねばって、焦げないタイミングで火をとめる。
この時間、集中力が高まる。炎にかざした焙煎器に意識を向ける。豆の匂い。豆が混ざる音。豆の色や膨らみ。繊細な変化を受け止めるために、一瞬にして、いろいろなことを頭の中から追い出せるようになる。落ち込むことがあろうが、腹立たしい思いに振り回されていようが、焙煎の儀式を開始することで、すっと気持ちの波が静まる。
コーヒーのおかげで、日々ちょっとだけ救われている。
蛇足。他のメリットも書いておく。まず安い。煎った豆と比べれば1/3ぐらいの値段だ(まあ、豆の種類にもよるのだけど)。深煎り、浅煎り、自分の好きなように調整できる。炭みたいにしてやれ、とかムチャな実験も楽しい。
あと、なにより格段に美味い。コーヒーは熱々じゃなくても美味しいということに、自分で煎るようになって気づいた。酸味の強いコーヒーの美味しさが判るようになったのも嬉しい。酸味というよりフルーティーなワインに似た味わいの面白さ。自分でやることによって、味わい方の幅がひろがった。
編集:ノオト