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「廃校宿 × 障がい者の就労支援」で限界集落に光を。日本初・障がい者のワーケーションも

和歌山県の廃校になった小学校を改装した宿泊施設「Neast Side(ニースト・サイド)」・カフェ「はぴらぶ」を運営する一般社団法人み・ゆーじ。代表の末永将大さんはもともと障がい児の支援に関わる仕事をしており、障がい者の「働き方の選択肢」の狭さに課題感を抱くようになった。

限られた選択肢の中から仕事を選ぶのではなく、もっと自分らしく働ける場所を作れないだろうかーー。そんな思いから、み・ゆーじは誕生した。

「Neast Side」には、地域の方々、スポーツ団体、障がい者などさまざまな人が訪れる。宿泊施設としてではなく、普段は障がい者の就労訓練も提供。学校の裏に畑を作り、校舎内ではエビの養殖を行う。障がい者を対象としたワーケーションの話も聞いた。新鮮で、衝撃的だった。

「Neast Side」が位置する市鹿野はいわゆる限界集落。彼らの試みから生まれた地域とのつながりには、心震わせるものがある。障がい者の方々の働き方とその支援方法、ワーケーション、限界集落の再興…み・ゆーじが描く絵図とは?

末永将大(すえなが・しょうた)
1988年大阪出身。家業である株式会社キューオーエルに入社後、2018年に一般社団法人み・ゆーじの代表理事、キューオーエルの専務取締役に就任。2017年に廃校になった市鹿野小学校を改装し宿泊施設「Neast Side」「はぴらぶカフェ」をオープン。施設内では障がいを持つ人々の就労支援や一次産業事業も展開。

山々に囲まれた素朴な廃校ホテル「Neast Side」

新大阪駅から「特急くろしお」に乗って約2時間の場所にある紀伊田辺駅。大きな川や一部切り落とされた山を越え、車で40分ほど走ると小さな集落が見えてくる。町の中心にあるのが廃校宿「Neast Side」だ。

駅から距離はあるが送迎有り。宿に向かう途中の山道はかなりワイルドで面白い。こんな場所をこえた先に、本当に人が住んでいるのか?と疑いたくなる。旧校舎自体も、大きな山に囲まれており、窓から見える山々は壮観だ。定員39名、教室を改装した2部屋と、洋室を改装した1部屋を提供する。施設のなかの空気は、素朴でどこか懐かしい。

障がい児のデイケアに従事するうち、就労支援の立ち上げを決意

一般社団法人み・ゆーじ代表の末永将大さんは、もともと家業が福祉関係で、障がい児の放課後支援に携わってきた。サービスを利用する障がい児の保護者の方々と話すうち、子どもの将来に不安を抱く現状を知った。

「障がいに関わる仕事をする以上、彼らの就労支援は避けて通れない道」と末永さんは語る。

ある時「宿泊を伴う学校体験に参加しにくい」という保護者の声をきっかけにキャンプを企画。いつも以上に楽しそうに過ごす子どもの顔が印象的だった。

障がい者に限らず、健常者の子どもの中にも釣りの経験がなく、自分たちが食べる物がどのような経緯を辿ってテーブルに着くのか知らない子どもが多い。知らないから、一次産業に就く人が減っているのでは?と、児童を対象にした体験型の学習サービスをやりたいとも考えていた。

み・ゆーじの近くにある川辺。キャンプやバーベキュー、子どもの自然体験に最適。透き通った水のなかに、鮎やカニがいた

末永さん「もともとは障がいを持つ子どもの保護者の声から着想しましたが、自然と関わるアクティビティは、健常者の方々にもぜひ体験してほしい。私が最終的に目指したいのは共生社会なんです。このアイデアに、障がい者の方々の就労支援を組み合わせました」

事業アイデアを練り上げる中で、和歌山県白浜町が廃校した市鹿野小学校を民間企業に貸付する公募を知った。公募に応募し、廃校を宿泊施設や農業など一次産業の場にしようと考えた。

全国でも数少ない、校舎に宿泊できる施設

こういった経緯もあり、事業の軸は「障がい者就労支援」「体験宿泊事業」「第一次産業」の三本だ。

体験宿泊事業では、廃校をリノベーションした施設に宿泊可能。廃校をリノベーションしたサービスはあるが、校舎に宿泊できる場所は全国でもほとんどない。

宿泊プランは1泊5,500円、3食付きで8,800円。体育館も施設から歩いて1分のところにあるため、合宿にも利用される。団体利用の場合は3食付きで5,500円だ。

職員室だった教室はカフェにリノベーション。筆者は滞在期間中ここでワーケーションをした。学校の中にはゆるやかな時間が流れ、窓の外にある大きな山を眺めながらの仕事は最高だ。自然豊かな土地柄を生かすことで、国内・海外問わず自然の中で過ごしたい観光客・企業の受け入れを狙えるだろう。

障がい者就労支援と地域の雇用創出を両立

み・ゆーじのユニークな点は、施設内で障がい者の就労支援と地元の雇用創出を両立している点だ。

例えば、元「理科室」では神棚に祀る榊(さかき)の制作が行われている。榊を作るのは障がい者たちだ。完成した榊の卸先も現在開拓中だという。榊作りの他、学校の裏にある畑でも就労訓練を行う。外部組織から仕事を委託され、みんなで仕事に出かけることもあるそうだ。

み・ゆーじの障がい者支援サービス(就労継続支援B型)を受ける障がい者の人々は、知的障害や精神障害を持つ。み・ゆーじで就労訓練を行い、最終的には就職を目指している

施設内には榊の「内職」、「農作業」、カフェの「ホール」や「キッチン」業務、宿泊施設の「清掃」などさまざまな仕事がある。通常、障がい者の方々の仕事は、内職なら内職のみだが、この施設では興味関心や得意分野から選ぶことができる

末永さん「福祉の仕事には長く携わっていましたが、就労支援は未経験でした。しかし、親の亡き後の子どもの面倒は誰が見るのか、人生の意義を見つけてあげたいなど、親御さんの声を聞くうち、この事業に取り組んでいこうと意思が固まりました」

現在、み・ゆーじで働く健常者のスタッフは8人。事業部は「畑部」「喫茶部」「就労部」「福祉部」「施設部」「営業部」にわかれ、障がい者の就労を補佐しながら、部署の垣根をこえて働いている。

マネージャーを務める竹本さんは元大工。30年、大工として働いてきたが、み・ゆーじの求人を見つけ働くことになった。施設内で使われているテーブルや小屋は竹本さんが作っている。

竹本さん「テーブルやカウンター作りの他、カフェでコーヒーを淹れることもあります。もともと福祉関係の仕事に携わりたいと思っていたこともあり、いまここで働けてとても充実しています。休みの日も顔を出したいくらいです(笑)」

30年以上福祉の仕事に携わってきたスタッフの宮脇さんも、み・ゆーじの事業に惚れ込んで転職。

宮脇さん「ただの福祉施設だけではなく、地域に雇用を生んでいる点がこの事業の素晴らしいところだと思います。この辺りはいわゆる限界集落。そんななかで、地域の雇用が生まれるのは本当にありがたいですね」

もともとは、福祉に焦点を当てて始めた事業だったが、末永さんと地域の人々との関係性が育つなかで、一番やりたいことは地域の活性化になってきたという。町の人口は200人ほどで高齢者が多い。「宿泊施設やカフェを作ることで新たに雇用を生み出し、人を呼び込むことで、みんなにもっと幸せになってほしい」と末永さんは語る。

外部から人が入ってくることに抵抗があるのではないか?と最初は思ったが、この静かな地域の中で、学校に明かりがついて、人々の笑い声が聞こえることは、地域にとって柔らかくて温かい、光みたいなものなのかもしれない。

取材の1日目には「庭の手入れの約束があるから」と、末永さんは地元の方の家に向かった。高齢の方のお庭の木をチェンソーで切っていた。そのご家族からは、畑にする土地を借りているという。

育てているものは、無農薬の農作物。玉ねぎ、ジャガイモ、大根、とうもろこし、トマト、なすび、きゅうり、ニンニク、里芋など多様だ。収穫した野菜は出荷したり、宿泊客の食事として提供している。今後は、宿泊する人たちに畑作業や稲作などのアクティビティ提供も行う予定だ。

障がい者のワーケーションが、本人も家族も癒す

特筆したいのは、まだ手探りながら障がい者のワーケーションにも取り組もうとしている点だ。

筆者が施設に到着すると、一人の青年が出迎えて荷物を持ってくれた。彼もこの施設を利用する障がい者で、施設内で清掃や榊づくりの仕事をしている。

障がいを持つ人々の家族のなかには、関係性を良好に保つことが難しくなってしまうケースもあるという。そんな時に、家族から離れた場所で複数の仕事の中からやりたいこと、できることを選び、自然のなかで暮らし、週末だけ家に帰るといった生活をすると、本人も家族も心休まるそうだ。

筆者自身も、カフェの窓から山を眺め、ゆるやかな時間の中での仕事にとても癒された。きっと、どんな人でもリフレッシュできる場所なんだと思う。

企業ワーケーションも歓迎。みんなで地域を明るくしたい

今後の展望についてもうかがった。

末永さん「事業が本格的に動き出したのは今年の4月。まだまだやることはたくさんありますが、まずは障がい者向けの仕事の種類を増やし、一般就労に就ける人を輩出することが目標です。マネージャーの竹中さんが元大工なので、木工作業などを考えています。

地域向けには、喫茶店のメニュー拡大とお祭りの企画。カフェに来てくれるお客さんを増やして、地域の憩いの場にしたいですね。次の春には、地域向けのお祭りを企画するので、みんなに楽しんでほしいです」

現在、宿泊施設を利用しているのはスポーツ団体が中心だ。これは、末永さんご夫婦が剣道のトップ選手であることが大きい。末永さん自身も過去に大阪代表選手に選ばれたことがあるが、パートナーの真理さんは全日本選手権で三度優勝世界大会では日本チームのキャプテンを務めた経験もある。

筆者も剣道経験者だが、学校の入り口に全日本選手権の優勝旗が飾られていて本当に驚いた。生きているうちに、この旗を間近で見る機会が訪れようとは…。地域のご婦人達がその旗を眺めて名前を読み上げている姿が微笑ましかった。

今後は、企業のワーケーションにも活用してほしいそうだ。きっと、都心の企業のアイデアや活力は、町の力になる。個人的には、滞在する中で障がい者の就労に関する話を聞けてとても勉強になった。なんと剣道の稽古もつけていただいた。

ワーケーションをしながら農業体験、自然の中でのアクティビティ、バーベキュー、剣道体験も可能だ。

「色々な方とこれからもコラボレーションして、この地域を元気にしていきたい」と、妻の真理さんと共に末永さんは朗らかに笑った。

2022年12月9日更新
取材月:2022年11月

テキスト:佐藤まり子