ビジネスの場でも、自分の言葉で語る。書評家の三宅香帆さんに聞く、好きを言語化して仕事に生かすヒント
「考えを言葉にして、いいプレゼンや企画立案をしたい」「いつもまわりと同じような内容になる……」
自分のなかにある感情や想いを言葉にして、相手に伝えることは難しいもの。
そこに悩みを抱えるビジネスパーソンにおすすめの一冊が、書評家・三宅香帆さんの著書『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』です。
三宅さんはこの書の中で、長年培ってきた文章術を基盤に「好きを言葉にするプロセス」について具体的に解説されています。
「好き」を言語化する力は、ビジネスの場でどのように活用していけばいいのか。自分のなかにある想いや好きを言葉にまとめ、アウトプットにつなげるためのヒントを三宅さんに聞きました。
三宅香帆(みやけ・かほ)
書評家/作家/大学講師。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程を中途退学。2017年大学院在学中に作家デビューを果たす。会社員を経て、2022年に独立。著書に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』(サンクチュアリ出版)、『妄想とツッコミでよむ万葉集』(だいわ文庫)など。2023年6月、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版。
自分のなかにあるモヤっとを言語化するプロセス
『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』は、ピンポイントな悩みに答える書籍ですね。何がきっかけでこのテーマを発案されたのですか?
三宅
「推しについて語りたいけど、うまくいきません。好きなものについて語るコツはありますか?」「語彙力がなくて言葉にできないんです……」といった相談をよく受けていたことがヒントになりました。
三宅さんは書評家や作家として活動されており、常に言葉にすることと向き合っていらっしゃいますよね。
三宅
そうですね。ただ、実は私もすぐに自分の想いや好きの気持ちを言葉にできているわけではなくて。
いろいろな過程を経て言葉にしているので、そのプロセスを伝えることがお悩み解決につながるのでは、と考えたんです。
だから、書籍では推しの魅力の言語化にフォーカスしたんですね。
「好き」を言語化する方法は、実は推し活だけでなく、ビジネスの場にも活用できるのでは……?
三宅
もちろんです! 今日は「下準備」「基本」「応用」に分けて、その活用方法とプロセスをお伝えしますね。
下準備――まずは自分の感情を自分に問いかけることから
三宅
プレゼンや企画立案などでも、自分のなかにある想いや気持ちを言語化して、相手に伝えるのはとても難しいですよね。つい一般論ばかり語ってしまったり。
でも、そんな時こそ書籍でも紹介している「細分化」を取り入れてほしいです。
細分化?
三宅
自分のなかの感情に対して、自分で問いかけつづけることです。
たとえば、プレゼン資料をつくる時、自分の言葉で語りたいのに「すごい」「難しい」などのありきたりな言葉しか出てこないことってありますよね。
そこで、「何がすごいのか」「なぜ難しいのか」を自分に問いかけて、メモに書き出してみるんです。
映画のとあるシーンに感動した時は、その感情をメモに書き出して、「なぜ感動したのか」「どこに惹かれたのか」と深掘りするといった感じですね。
いきなり言語化しようとがんばるのではなく、自分のなかにある感情や言葉にならないフワッとしたものを整理する時間を一旦持つということですね。
三宅
はい。言語化の前に細分化することで、「感動した」「すごい」でとまっていた言葉が、少しずつ自分なりの表現に変わってくるはずです。
資料やメール作成をする際も、いきなり文字にするよりも、まずは頭のなかにあるものを書き出して、整理してからのほうが取り掛かりやすくなりますよね。それと同じなんです。
下準備 Point
「すごい」「感動した」というぼんやりした言葉を書き出して、細分化してみる。
基本――相手が求めているものを理解して、伝え方を工夫する
考えや想いを細分化して、整理して、自分の言葉を見つける。その次はアウトプットするフェーズに入ります。
相手に自分の言葉を齟齬なく伝えるために、三宅さんは何を意識していますか?
三宅
自分が伝えたいことは一旦脇に置く意識を持っています。
相手と自分が持つ情報量には差があるものです。だから、最初に「相手が誰で、どの情報を求めているのか」を冷静に考える。
そのうえで、相手が知りたそうなことに、自分の伝えたいことをのせるようにしています。
つい伝えたい気持ちが先行しがちなんですが……。
三宅
わかります(笑)。でも、アウトプットする際の最初のステップは、誰に、何を伝えるべきなのかを理解することなんです。
「伝える」は、相手を理解することからはじまる。
三宅
たとえば、会社で「推し文化」についてプレゼンする機会があったとします。
- すでに推し文化に詳しくて、もっと踏み込んだ話が聞きたいと思っている若手社員
- 推し文化に馴染みはないけれど、若い世代の動向が知りたいと思っている上司
どちらにプレゼンするかによって、伝え方は大きく変わりますよね。相手が求めているものを理解することで、伝えるべき情報と伝えなくてもいい情報の判断ができるようになります。
たしかに!
三宅
私は会社員時代、まわりからプレゼンを褒めてもらう機会が多くて。なぜかというと内容はもちろんですが、相手によって「伝え方」を工夫していたからだと思うんです。
同じテーマでもそこに求めるものは人によって違います。だから、まずは相手の知りたいことを理解して、そこを基盤に自分の言いたいことを調整して伝える。
そうすると、自分の言葉がより相手に伝わりやすくなるのかなと。
相手によって、響く言葉も違いますもんね。
三宅
あと、これは会社員時代からずっと意識しているのですが、伝える内容はできるだけ短くすることです。企画書でも講義でも、内容が長いとどうしても途中で飽きちゃったりしませんか?
私は、人は基本的に短いほうが好きな生き物だと思っているので(笑)。本当に伝えたいものがしっかりと伝わるように、言葉や文章は事前にとにかく削って情報を取捨選択しています。
あれこれ詰め込まず、伝えたいことは短くまとめる。
三宅
あとは、最も伝えたいメッセージを冒頭にもってくることですね。
歴史の授業で最初に学習する旧石器時代や縄文時代の用語って、時間がたった今も結構記憶に残っている気がしていて(笑)。それって、やっぱり最初がもっとも記憶に残るところだからなんですよね。
私も文章を書く時は、すべて書き終えたら、そのなかで1番いいと思うところを導入文にもってくるようにしていて。プレゼンなら冒頭、文章なら書き出しを工夫することが大事だと思います。
基本編 Point
・伝える相手に合わせたメッセージを用意する
・伝える内容はできるだけ短く
・最も伝えたいメッセージは冒頭に!
応用――ありきたりな言葉やテーマだけに頼らない自分をつくるために
三宅さんは書籍のなかで「クリシェ(※1)はあなたの感想を奪う敵だ」と表現されています。そこに陥っているか否かを自己判断するのは難しい気が……。
※1:日本語では「ありきたり」が1番ニュアンスの近い言葉。ある言葉がいろいろな場所で乱用されたことで、その言葉の本当の意味や新しさが失われてしまったことを指す用語。(参照:『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』)
三宅
わかります。ありきたりな言葉って、普段からあまりにもたくさん使いすぎて、どれがそうなのか自分で判断しにくいですよね。
そんな時は、第三者にフィードバックをもらうと新たな発見が得られます。たとえば、企画書なら完成する前に一度同僚に見てもらう。
もし相手から「つまり、ここはどういう意味?」と質問がされて答えられないところがあれば、それっぽい言葉を使っている部分。つまり、まだ細分化できる余地があるということになります。
なるほど。
三宅
とはいえ、職場で気軽にフィードバックがもらえるかどうかは環境やまわりとの関係性にもよりますし、過程を人に見せるのが苦手な方もいますよね。
ちょっと苦手です……。
三宅
私もそうです。そんな方はぜひ、つくったものを一晩寝かせてみてください。
時間を空けるだけで、昨日は気がつかなかったそれっぽく書いている箇所や読みづらいところが見つかります。自分で自分の文章を、第三者の視点で見返せるようになるんです。
ちなみに、読み返す際に“使いがちな言葉”をリストアップしておくと、次回のチェックに役立つのでおすすめです。
私は一時期「ものすごく」を使いすぎていたので、禁止ワードに指定していました(笑)。
自分のなかで禁止ワードをつくる!
三宅
リストアップしたり、禁止ワードをつくったり、何でもいいんですが、とにかく「意識する」のが大切ですね。
そこまで細分化すれば、自分の伝えたいことへの独自性も増してくる気がします。
三宅
「独自性」という観点でいうと、自分の頭の中で考えるだけでなく、まわりを観察するなかで育つこともありますよね。
同期がやっている仕事を観察したり、上司の話を理解しようと努めたりするなかで、自分の得意分野や反対にできない分野がわかってくる。
自己理解を極めるより、まわりを観察する方が、自分にしか語れないものを見つけられるということですね。
三宅
そうです。私の場合、同業者の本や流行の記事を読んでいます。
まわりの人の情報をキャッチすることで、「今はこういう本がよく出版されているんだな」「こういった系統の企画や記事をよく見かけるな」と、自分のなかで“流行っているものアーカイブ”が完成するんです。
このアーカイブがあると、今どの領域が空いているのかが見えてくるので、ありきたりなテーマや言葉ばかりを使ってしまう状態を未然に防げると思います。
応用編 Point
・何度も使ってしまいがちな言葉を「禁止」してみる
・独自性を養うために、周囲を観察する
言語化することは、自分の心の健康を管理すること
自分の言葉をつくり、伝えるためのポイントがよく理解できました!
なかには、「そもそも言いたいことや伝えたいことが見つからない」という人もいるかもしれません。
三宅
そんな方は、日頃から自分しか見ないメモに感じたことなどを残しておくのがおすすめです。自分専用メモなので、きちんとした感想になっていなくてもいいし、ネガティブな気持ちを書いてもいい。
とりあえず自分のなかにあるものを残して、そのなかで伝えたいことがでてきたら伝えるようにしたらいいのではないでしょうか。
三宅さんもよくメモをとっていますか?
三宅
はい! 日記を書くのが趣味で、会社員のころからポジティブなこと以外にも、辛かったことや悲しかったことまで、まわりには言えない愚痴などを書き留めていました。
「人に伝えるための言葉」ばかりでは、人に伝えられる範囲でしか言語化できません。だから、いつの間には自分の本当の気持ちを忘れてしまうことがあるんですよね……。
私の場合は“日記”という自分の本当の気持ちを消化できる場所があったおかげで、精神的に安定した日々を送れていたように思います。
自分専用の日記やメモをつくる。いいですね。
三宅
そうやって自分のなかにある「モヤッ」としたものを見過ごさず、しっかり言語化することは、自分の健康を保つことと同じだと思っていて。
忙しい日々を過ごしていると、自分のことを自分で言語化する機会って意外と少ないですよね。みんな熱が出たら病院へ行くのに、つらくなったりモヤモヤした気持ちが生まれたりしても、放置してしまう。
本当の気持ちにフタをしてストレスを抱えないためにも、やりたいことや好きなもの、違和感があることなどは自分のなかで考慮して、無視しないようにしたいですね。
自分のなかにあるものを言語化することは、ビジネスの場だけではなく、人生そのものを豊かにしてくれそうです。
三宅
本当にそうですね。
自分が何に喜びを感じて、何に悲しみを覚えるのか。それとしっかり向き合うことで、自分の本当の気持ちとアウトプットが一致すれば、今よりもっと自分らしく生きられるようになるはずです。
まわりに伝えるか否かは関係なく、自分が感じたことはできるだけ言葉にして、みなさんだけの人生の価値観をつくりだしてみてください。
2023年9月取材
取材・執筆:おのまり
写真:水垣恵理
編集:桒田萌(ノオト)