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真の社内改革は「文脈探し」から。認知度0だったマインドフルネスを社内浸透できた理由(パナソニックインダストリー・村社智宏さん)

マインドフルネス、ウェルビーイング、SDGs……。このようなキーワードをビジネスのなかでも目にすることが増えてきた昨今。自社への導入を試みている企業も多いのではないでしょうか。

しかし、新しいものを社内全体へ浸透・定着させることは決して容易ではありません。

今回お話を伺ったのは、パナソニックインダストリー株式会社 MAKE HAPPY風土活性課 課長の村社智宏さん。「働く従業員の幸せ」を実現するための活動を行っています。

新たな改革をする際に、その活動を一時的なもので終わらせないためにはどうしたらいいのか。従業員の理解を得て、社内全体へ浸透させるためのポイントとは? 自社にも応用できる具体的な方法を聞きました。

村社智宏(むらこそ・ともひろ)
パナソニックインダストリー株式会社 企画センター 経営企画部 MAKE HAPPY風土活性課 課長。エンジニアとして部下の人財育成に悩むなか、マインドフルネスに出会う。その後、当時は認知度がほとんどなかったマインドフルネスの社内サークルを立ち上げ。2020年には「MAKE HAPPY PROJECT」に参画。現在は「MAKE HAPPY風土活性課」の課長として、従業員一人ひとりの幸せを実現するためにさまざまな風土活性化に取り組んでいる。

有志で取り組む、マインドフルネスな社内活動

村社さんはマインドフルネスを広げるべく、社内サークルを立ち上げたと伺いました。

村社

はい。2016年11月に『P-Pause』というサークルをつくり、平日のお昼休みに従業員が集まってマインドフルネスのトレーニングを実施しています。

具体的には、呼吸を数えたり、身体の細部の感覚を観察したり。いまここ、に意識を向けるためのさまざまなトレーニングを日替わりで行っています。今日もお昼にオンラインで実施してきました!

グループ登録者は50名、定期的にトレーニングに参加する人は15名ほど。これまでに2300回以上、活動をしている。(提供写真)

社内サークルにロゴやおそろいのTシャツがあるのっていいですね。

村社

ありがとうございます。いろいろな立場の従業員がいるので、一体感をつくることは大切にしていますね。

ロゴのモチーフは、Panasonicの“P”と総合エレクトロニクスメーカーらしさからコンセントを選んだ。リモコンの一時停止を指で押しているイメージで、「立ち止まってひと呼吸しよう」というメッセージを込めた。(提供写真)

素敵です。その後、活動はサークルだけではなく、組織改革にもつながっていくんですよね。

村社

はい。『MAKE HAPPY PROJECT』は、従業員に「仕事に幸せを求めてもいいんだ」と思ってもらえるような働き方への改革を目的に立ち上げたプロジェクトです。

提供画像

具体的にはどのような活動をしているのですか?

村社

テーマとして掲げているのは「パーパス発掘」「関係性の向上」「心身の健康」「自分らしさの実現」の4つ。

そのもとで、社外講師によるセミナーの実施や、経営層と従業員同士の経営幹部を含めた社内コミュニケーションを活性化するための番組の放送などをしています。

丹羽 真理さんの著書『パーパス・マネジメント ―― 社員の幸せを大切にする経営』に書かれている、「幸せな職場づくりのために必要なもの」をプロジェクトのテーマにも取り入れて活動しています。

提供画像

社内認知度0からのスタート

『P-Pause』として、社内でマインドフルネスに関する活動を始めたきっかけを教えてください。

村社

私自身が10名の部下を率いる課長となったときに、チームメンバーの人財育成やスキルアップに悩んでいて。その時に出会ったのがマインドフルネスだったんです。

保健師さんに勧めてもらって、実際に2時間のセミナーを受けてみて、科学的な根拠も証明されていたので、「今の会社に必要なものはこれだ!」と確信しましたね。すぐさま社内でも実施しようと動きはじめました。

当初から社内でマインドフルネスの認知度は高かったのですか?

村社

いえ。当時、ある地方工場の認知度は、ほぼ0に近い状態でしたね。従業員の5%も知らなかったと思います。

でも、活動を始めて2年経って、マインドフルネスの社内認知度を調べたところ、74%にまで上がっていました。

すごい! そこまで認知を広げた方法が気になります。

村社

最初に、当時の技術責任者へ交渉しに行きました。そのときに意識したのが、創業者の力を借りることです。

実は松下幸之助さんも瞑想の実践者であり、すでにマインドフルネスの重要性を理解されていたんですね。

「幸之助さんもマインドフルネスの活動をしていたんですよ」と、自社の特徴に組み込んで提案することで、業務時間内に研修として実施する許可をもらいました。

なるほど……!

村社

さらに「マインドフルネスは決して怪しいものではなく、科学的根拠があるものだ」という知識を研修で外部講師に伝えてもらいました。実践を深めたいというメンバーに対して、トレーニングを始めました。

少しずつ周りを巻き込んで、輪を広げていったんですね。

村社

そうですね。責任者層に対しては少しアプローチを変えて、当時関心が集まっていたコーチングの文脈で説得し、全員に研修を受けてもらいました。

こうして人によって伝え方を変えて、まずは参加してもらう、そうやって社内のマインドフルネスに対する認知度を上げていきました。

改革で意識すべきは、公平性・透明性・数字

マインドフルネスが地方工場に浸透したように、風土活性化の活動でも『MAKE HAPPY PROJECT』が発展し、今では「MAKE HAPPY風土活性課」という部署まで設立されています。

村社

プロジェクトはそもそも終わりがあることを前提に立ち上げられます。

しかし、従業員の幸せとは長期的に継続して追求していくもの。一時的なもので終わらせないために、部署をつくりました。

非常に大きな改革ですよね。活動をここまで大きくできたのはなぜですか?

村社

改革をするときにもっとも大切なのは、従業員に認めてもらうことです。

ただ「プロジェクトをつくります」「社内を活性化します」とだけ伝えても誰にも響きません。そこで、MAKE HAPPYプロジェクトでは「このプロジェクトにどんな活動をしてほしいか」を社内にヒアリングするところから始めました。

社外講師によるセミナーの実施も、従業員の声ベースでの決断なんです。最近開催したChatGPTのセミナーでは、一瞬にして1000人以上の参加者が集まりました。

改革をしっかり受け入れてもらうには、今本当に求められているものをタイムリーに提供することが重要だと実感しています。

本来、社内のニーズにマッチしたものを提供できれば、自然と人はついてきてくれるということですね。

村社

もう一つ活動を続けるためのポイントとして、「活動を進めるキーパーソンの善意だけに頼らない」ことも大切です。

新しい改革をする際によくあるのが、業務時間外で取り組み、キーパーソンが疲弊してしまうケース。その人の「がんばりたい」の気持ちを搾取するだけの活動に未来はありません。

当社では、ボランティアではなく、きちんと“仕事”として取り組んでもらうために、社内複業の制度が導入されています。本業の時間の一部を複業にあてて、部署からお金を払って、仕事として取り組んでもらう。

改革と継続には、公平性と透明性の担保が必須だと思います。

そうなると改革にはメンバーだけでなく、経営層の理解を得ることも大きな課題になりそうです……。

村社

たしかにそうですよね。やはり経営は結果がすべてなので、上層部を巻き込むには「数字で見せる」のも重要です。

たとえば、オンラインの参加者数を計測して、5000人の従業員が参加していることが伝えられると、社内で需要があると理解してもらえますよね。

他にも、従業員の自社に対する愛着度を測る「eNPS」という指標も活用。定期的に「パナソニックインダストリーを、あなたの親しい人におすすめしますか?」という質問結果を、データとして報告している。(引用:https://www.panasonic.com/jp/industry/csr/cultural-change.html

村社

評価しにくい指標も根拠ある数字に置き換えるところに、元エンジニアの知見がいきているのかもしれません……(笑)。

ありがたいことに、MAKE HAPPYプロジェクトの具体的な活動については、経営層が一任してくれています。

新しいことを社内へ浸透させるポイントは、企業の「文脈」を見つけること

改革を宣言しても、なかなか浸透できず、一時的なもので終わってしまうことに悩んでいる企業は多いと思います。新しいことを社内へ浸透させる際に、村社さんはどのようなことを意識していますか?

村社

それぞれの企業が持つ「文脈」を見つけることです。

文脈……?

村社

はい。社内に対して、何のためにやっているのか「目的」を明示しなければ、改革は浸透しません。やるためには、きちんと意図をつくる必要がある。

だから、マインドフルネスやHAPPYを広げるために、幸之助さんの言葉や精神を取り入れながら、まわりを巻き込んでいきました。当社の場合、次のようなイメージです。

「幸之助さんも瞑想を通じて自己観照をされていました。これはまさにマインドフルネスそのものですよ」

「幸之助さんの信条・七精神のなかに、受け取った感謝は次の誰かに返していくと幸せにつながると書かれていますよ。だから、感謝してHAPPYにつながる活動が必要ですよね」

村社

当社の場合は、創業者の残した言葉や行動がボトムアップで進めることが浸透につながりましたが、文脈は企業によって違います。

仮に他社で「幸之助さんがこう言っているので、マインドフルネスをしましょう」と伝えても、誰にも響きませんよね?

社内に浸透させるには、自社にしかない文脈を見つけて、そこに活動をやる意味を絡めるのがポイントです。

では、企業によって違う「文脈」はどのように見つけたらいいのでしょうか?

村社

創業者や代表の想い、企業理念としてのミッション・ビジョン・バリューやカルチャーなどを深掘りしていくと、自社独自の文脈を発見できると思います。

また、マインドフルネスやウェルビーイングなど、汎用性が高いありふれた言葉を使って社内に伝えても、どこか他人事で終わってしまいます。

継続して浸透させるには、文脈と合わせて自社メンバーに理解されやすい言葉に翻訳する作業が必要です。

なるほど。フワッとした外の言葉に頼らず、もう少しそれぞれの組織に落とし込んで考えるべきだ、と。

村社

また、文脈を見つけたからといって、新しいことをいきなり始めるのはNGです。何かを追加するには、今やっていることをやめないといけません。

ドラッカーの『改善の三原則』にあるように、「やめる」「減らす」「変える」の順で進めるのも、社内改革成功のカギとなります。

プロジェクトの取り組みの一部を紹介すると、以下のとおりです。

やめる

社内向けに使っていたメールをやめて、効率化できるチャットを導入してプロジェクトを推進。

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減らす

オンラインは受け身になりがちなので、その機会を減らす。そのかわり、各拠点に足を運んで対面でのイベントを開催。

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変える

弱みを克服することが重視されていた人財育成の進め方にメスを入れて、強みを伸ばす育成に。

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村社

自社の文脈に沿って、従業員の求めることを見つけ、改善のためのプロセスまで設計しながら推進できれば、社内改革・浸透は独りよがりにならないはずです。

ぜひ、ご自身の所属する企業へ反映してみてください。

本日は、貴重なヒントをありがとうございました!

2023年11月取材

取材・執筆:おのまり
アイキャッチ制作:サンノ
編集:鬼頭佳代(ノオト)