グラフィックレコーディングは、物事を可視化し、創造的な議論を育むツール(松田海さん)
会議や講演会で見かける、イラストと文字で書かれたまとめのボード。「グラフィックレコーディング」と呼ばれるファシリテートの手法の1つです。
これを専門に行うのが、グラフィックレコーダーの松田海(まつだまりん)さん。子どもたちに向けた児童館での講座から、池上彰氏など著名人の講演会、大手企業のクローズドの会議など、さまざまな場所でグラフィックレコーディングの技術を発揮しています。
その場で行われていることをキャッチーに可視化するグラフィックレコーディング。実際に取り入れてみると、どんな良いことがあるのか? 自分でも気軽に始めてみたいときはどうすればいいのか? 松田さんに、お話を伺います。
松田海(まつだ・まりん)
ビズスクリブル株式会社 CEO。沖縄県出身。大学在学中にファシリテーションの講座を運営し、グラフィックレコーディングを独学で学ぶ。在学中から個人事業主として活動。新卒フリーランスから5年目で法人化した。池上彰氏など著名人の講演や大手企業の会議などでグラフィックレコーディングを実践する。
絵と文字で対話を可視化する「グラフィックレコーディング」
「グラフィックレコーディング(以降、グラレコ)」のイメージがわかない方もいるかもしれません。どういうものか、教えていただけますでしょうか。
まりん
いろんな捉え方があるんですが、私は「絵と文字で、対話をリアルタイムで可視化するファシリテーションの1つ」と説明しています。
まりん
グラレコに使われているのは、もともとファシリテーションスキルである「構造化」の手法です。
大学3年生の時、『ファシリテーション入門』(堀公俊・著/日本経済新聞出版)という書籍を読んで、グラレコの存在を知りました。
当時、私は「Youth Facilitation in OKINAWA」という勉強会を仲間と運営していたのですが、欠席者が後から内容を振り返れるように、グラレコを活用しはじめたんです。
では、グラレコを実際に見て始めたのではないのんですね。
まりん
そうなんです。当時、グラフィックレコーダーには美大出身者やデザイナー経験者でイラストが大きいスタイルの人が多い印象でした。
一方、私は文字をけっこう書くタイプ。独学ゆえにこのスタイルに落ち着きました。
現在、具体的にはどんな場面でグラフィックレコーダーとして活動しているのでしょうか。
まりん
仕事として声がかかるのは、社内会議などのクローズドな場面と、イベントやワークショップなどパブリックな場の2パターンあります。
前者は新商品の開発など、新プロジェクトの流れの足跡を残して、そこからより独創的な発展が必要なパターン。
後者はイベント中の参加者の理解のフォローや、事後の共有の手助け、イベント後のレポートに追加したり、SNSでの盛り上げに活用したり。受講者の体験をよりリッチにしたいという意向が強いです。
会議の議事録とグラレコはどう違うのでしょうか?
まりん
グラレコはデザインの力が働くので、一般的な議事録に比べてより多くの人に読んでもらいやすいと思います。内容をインデックス的に可視化していくので伝達が早く、認識の齟齬が少なくて済みます。
松田さんは、著名人の講演会のグラレコを依頼されるケースもありますね。
たくさんのグラフィックレコーダーがいる中で、松田さんが選ばれる理由は何だと思われますか。
まりん
グラフィックレコーダーを専業でやっていることに加えて、大学でマーケティングを学んだので、ビジネスの現場における専門的な知識や用語を知っていて、ファシリテーションを学んできたことも大きいかもしれませんね。
興味のあった分野やこれまでの学びと、クライアントのニーズがマッチしていたことが強みになったんだと思います。
グラレコが重宝されるのは、多様な人が集まる場
仕事にグラレコを取り入れると、どんな効果があるのでしょうか?
まりん
特に重宝されるのは、参加している人同士に上下関係がある場です。たとえば、上司と部下、管理職と一般職などが入り混じっているパターンですね。
グラレコでは役職の上下によって、字を太字にしたり、カラーにしたりと書き分けることはありません。
そうしていろいろな意見が同じ大きさ・フォントで書かれると、「誰が言った」というバイアスを排除し、アイデアだけを抽出できるんです。
確かに、会議では無意識のうちに「これは誰の意見なのか」を忖度してしまうことがありますね。
まりん
あと、社員が何万人もいる大企業だと、アルバイトやパートも多く、トップの言葉が伝わらないことが多くありますよね。
だから、社員総会の内容をグラレコに起こすんです。「ExcelやWordは読んでもらえないけど、グラレコだったら読んでもらえる」と好評です。
大きな組織にこそ効果的なんですね。
まりん
それ以外には、記憶を思い出すためのフックとして活用することも多いです。たとえば、会議の決定事項を思い出すために、バックヤードにグラレコを貼ってもらったことがありました。
ほかにも、ビジュアルの力で会議に乗り気じゃなかった人がやる気になったりして、ネガティブな流れを変えられることもあるんですよ。グラレコで参加者の似顔絵を描いていたら、「これ、自分の似顔絵?」と興味を持ってくれたんです。
文字だけの議事録では得られない効果があるんですね。
バイアスを持たずに場に臨むのが大切
グラレコって、会議と同時進行で重要な部分を取捨選択して描き出すんですよね。かなり難しそうに感じます。
まりん
そう言われることは多いですね。
私はもともと頭の中で図を書く癖があって。いつも話のレイヤーがどのあたりなのか、自分でも可視化するようにしています。それで、「今、話がずれたな」というのを敏感に感じるんですよ。
そういう力って、どうすれば身につけられるんでしょうか。
松田
癖みたいなものなんですけど……。グラレコをする際は、まずバイアスを持たないことは大切ですね。
バイアスを持たない、ですか?
まりん
たとえば、自分の解釈を入れないようにすることです。間違った内容を残してしまうきっかけにならないよう、なるべく出てきた言葉をそのまま使うんです。
技術面だと、自分の引き出しをいくつか持っておくこと。「どう描こう」と考える時間は取れないので、イラストのタッチや絵、アイコン、色などを決めておくといいですよ。
たとえば、私は普段6色しか使わないんです。
黒や赤といった色は使わないんですね。
まりん
そうですね。茶色をベースにして、人を描くときはうすだいだい色、他にもチェックボックス、ハイライト、補助線に使う色を決めています。そうやって決めるだけでもかなり変わりますよ。
あとは「こうした方が伝わりやすいかな」と意識することが大事です。会議のポイントをわかりやすくしたり、決定事項を赤丸で囲んだりするだけでもいいんです。
そう聞くと挑戦しやすそうです。
まりん
あと、要点をわかりやすく伝えられるから、ビジネス以外でも活用できるんですよ。
保育士さん向けにグラレコ講座を行った際に、先生から「園児のトラブルを保護者に伝えるのに使える」と言われたこともあります。
それに、パネルディスカッションなどシナリオのないものをまとめることにも長けています。アーカイブしにくいからこそ、グラレコを活用する価値が高いと感じます。
個人で気持ちの整理をする時に取り入れても良さそうです。とはいえ、絵を描くのは苦手で……。
まりん
いいと思います。そういう場合は心のモヤモヤを書き出す時に色をつけるのをお勧めしています。
「そのモヤモヤは自分にとって青色? 黒色?」と問いかけて、「なぜ黒で書いたのか。重い問題なのかな」と気持ちを可視化するんです。
なるほど。文字の色を変えるだけでも良さそうですね。
まりん
はい、無理にイラストにしなくてもいいんです。
丸や四角といった記号やアンダーライン、文字の種類や大きさの統一、タイトルの前に星マークやビックリマークのアイコンをつけるだけでも違います。 手書きだと関係性の矢印を引いたりして、「この問題はこの感情と同じレイヤーだったんだ」と気づけるのもいいですよ。
完璧主義だと「うまく描けない」と思って、時間がかかってしまう気もするのですが、そういう時はどうすればいいのでしょうか?
まりん
「いいグラレコ」に対する答えはないんですよね。私は「場があってのグラレコ」だと思うので、たとえば会議がぐちゃぐちゃだったら、グラレコもぐちゃぐちゃなままでいいと思うんです。
「今回は答えが出なかった」ってよくあることだし、会議が険悪なムードになることもある。でも、それがリアルタイムの良さで、むしろぐちゃぐちゃな会議を無理にきれいなものとして見せる方が危ないんじゃないでしょうか。
整える必要はないんですね。
まりん
大事なのはあくまで内容。記憶のフックとしての役割をきちんと果たすことが大切だと思います。
物事を可視化するようにするだけで、何かの役に立ちますから、自信を持ってください。「今日はこれがテーマだったな」と文字が視界に入るだけで、話題が逸れずに済みますから。
伝える手段は一つじゃない
お話を聞いて、グラレコに挑戦するハードルが少し下がってきました。
まりん
うれしいです。グラレコって、やってみるとぎゅっと集中できるから、いいですよ。アドレナリンが出て、話者の言葉に耳を100%傾けられるんですよね。
私がグラレコで携わった現場で、会議が終わると壁などに貼り出していただけることが多くて。あとの懇親会の場で対話が生まれたり、家族や同僚のために撮影したりする人も多いので、場に対しての影響を感じてうれしくなります。
グラレコを使うと、いろんなことができそうですね。
まりん
そうですね。ビジネスの現場以外にも、私はグラレコを通じて子どもたちに「喋るだけじゃなくて、描いて伝える方法もあるんだ」ということを知ってほしいと思っているんです。
それで2023年12月に「スクスクリブル」というサービスをローンチしました。子どもが描いた絵や文字をオーダーメイドでステッカーにするサービスです。
これもグラレコの力が発揮されているのですか?
まりん
はい、そうです。今は共働き家庭が増えて、子どもに対するリソースが足りていないことが課題だと感じています。
私自身、シングルマザーの家庭で育ったので、早くひとり立ちしないといけないような気持ちを抱えてきました。
リソースを増やすのは難しくとも、親子の愛を交わすことはできる。子どもが描いた絵から親がエネルギーをもらって、子どもは「自分のステッカーを、親が貼っている」と認識することで愛されていることを実感できるんです。
「考えを可視化する」というグラレコのパワーが発揮されたサービスなんですね。
まりん
もちろん、グラレコの表現が合わない場合もあると思います。それでも自分の気持ちや思いを表現したり、相手に伝えたりする方法が増えるだけで、人生が大きく変わるんじゃないかと思っています。
素敵な考え方ですね。これからもグラレコの可能性が広がるのを楽しみにしています!
2024年1月取材
取材・執筆=ゆきどっぐ
写真=篠原豪太
アイキャッチ制作協力=松田海
編集=桒田萌(ノオト)