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大人になってから数学を学ぶと何が起こる? 楽しさとメリットを探る(math channel横山明日希さん・沼倫加さん)

経営ビジョンに、部署の目標、工数管理に売上……。仕事をしているとありとあらゆるところに現れる「数字」。学生時代は数学が苦手だったという人にとっても、仕事の上では避けて通れない存在です。

でも、いざもう一度数学と向き合いたいと思っても、苦手のイメージが強すぎて、心にブレーキがかかってしまうことも。仕事に役立てるために、どうやってもう一度数学と向き合えばいいのでしょうか。

今回は、『文系オトナですが、今から数学を楽しめますか?』などの著作を持ち、数学を広める活動をしているmath channelの横山明日希さんと沼倫加さんに、大人になってから数学を学び直すメリットや再び苦手にならないコツなどを聞きました。

横山明日希(よこやま・あすき)
株式会社math channel代表。公益財団法人日本数学検定協会認定幼児さんすうシニアインストラクター。日本お笑い数学協会副会長。才教学園小学校・中学校STEAM教育アドバイザー。老若男女問わず幅広く数学・算数の楽しさを伝える「数学のお兄さん」として活動。早稲田大学大学院数学応用数理専攻修了。

沼倫加(ぬま・のりか)
株式会社math channel講座担当 兼 講師。身近なものを算数でデザインする「算数デザイナー」として活動。東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻修了。全国各地やオンラインで算数の楽しさを伝える講座を数多く実施している。

数学が苦手になるタイミングはいつ?

仕事を進める上で数字に触れる機会は多いですが、「学生時代、数学が苦手だった!」という人も少なくありません。今日は、そういう方々が数学と向き合い直すヒントを伺えればと思っています。

改めて、数学とはどういうものなのでしょうか?

横山

最初から難しい質問ですね(笑)。いろいろな答えがあると思いますが、次の3つに分けて考えると、捉えやすいと考えています。

1. 生活の中で役立ってきた数学
ある区画を同じ大きさに分けるために直角や面積という概念を用いたり、お金の計算をしたりするような、生活の中で役立つ数学の世界。

2. 生活とは関係が薄い理論や学問としての数学
マイナスの考え方や正六角形が持っている性質とは何だろう?といった、生活との関係性は無視した、数学の世界。

3. 娯楽としての数学
江戸時代に娯楽として楽しまれていた和算のように、趣味として楽しむ数学の世界。

娯楽としての数学という世界もあるのですね!

横山

そうなんです。数独やルービックキューブなどのわかりやすい遊びもありますし、僕たちのような数学好きは大学受験の共通テストの問題が公開されたら、楽しみとして「さあ、解くぞ!」ってなるんです(笑)。

好きな人は、娯楽としても楽しんでいるのですね。

一方で、数学が好きではない人は、いつごろから苦手意識を感じ始めるのでしょうか。

横山

僕たちが行ったアンケートの結果、数学が嫌いになるタイミングは大きく3つに分けられます。

・小学校高学年
・中学校2〜3年生
・高校

そういったタイミングで数学を嫌いになってしまった理由は何でしょうか。

横山

単純に授業がつまらないと感じてしまったこともありますが、何よりも「成績が悪くなってしまう」という失敗体験からくるようです。

つまり、いい点数が取れないことで、「自分は数学が苦手なんだ」と思ってしまうんです。

math channelではさまざまな学年の子どもたちへ向けた算数・数学の教室を行っている

授業で扱う算数や数学の世界は答えが決まってしまっていると思われがちです。

そのため、正確性を求められるがゆえに、答えが1つずれただけでも全然違うものになってしまう。そういう点から苦手になってしまった方もいるのかなと思っています。

なるほど。逆に、おふたりが数学好きになったのはなぜですか?

物心ついたときから算数が好きでしたね。読み聞かせは全然聞かないけど、パズルはやる子どもでした。とくにチョコレートパズル(※)は、小さい頃から好きでしたね。

板チョコ型のパズル。正方形5個をつなぎ合わせた12個のピースをケースにぴったり収めることを目指す。様々な組み合わせがあり、正解は7764通り。

横山

僕も物心ついたときからですね。数をかぞえるのが好きで、通園バスに乗っている時間、ずっと数字をかぞえる遊びをしていました。

実は仕事で使っているアレも数学的な考え方?

実用から娯楽まで、さまざまな数学があることがわかりました。

では、仕事の中で「実は数学が活用できる場面」とは、具体的にどういうシチュエーションなのでしょうか?

たとえば、言葉だけでは目標を正確に捉えることが難しいけれど、グラフや図にすると多角的に物事を捉えられる場面です。

X軸やY軸を使ってグラフや図を作るのは、まさに算数や数学で学ぶことですよね。なので、図を使う仕事はまさに、数学が仕事に通じる部分だと思います。

確かに。そういったまとめ方は、どの部署でも求められそうですね。

人事部にいるならば、新卒採用の評価軸を作ったりしますよね。どこに基準を置くかを考えるときも、すでに数学や算数で学んだ割合の考え方を使っているはずです。

つまり、数字が出てくるから「数学と関係している」のではなく、軸を使って考えている時点で、もう数学的な思考力を使っているんです。

もしかして普段の仕事の中で、思ったよりも数学的な思考をしているのでしょうか……!?

横山

そうです。私たちは小学校からずっと数学トレーニングをしてきているんですよね。

XY軸で切った四象限のどこにわけるかという考え方や、円グラフと折れ線グラフのどちらを使えばいいのかといったことまで、数字の世界で練習してきたからできることなんです。

そう考えると、大人になってから数学を学び直すと、仕事を楽しめる場面が増える可能性もありそうですね。

横山

そうなんです。計算スピードを上げるには、トレーニングが必要です。

でも、こういった抽象的な概念や構造を理解する力については、ビジネスシーンや日常の中ですでに養ってきている。だから、大人になってから数学を学ぶ方が楽しいんですよ。

数字の捉え方で仕事の効率も上がる?

ほかには、どういったビジネスシーンで数学が役に立っているのでしょうか。

横山

数学が得意な人は、数学的な感覚を武器として仕事をしているのだと思います。過去に、120件の面談をした結果、目標人数を採用できたという実績があるとします。

でも、この120件というのは、過去3カ月の平均であって、季節や時期によって変動する可能性がある。そうなると、実際は100〜120件ほどの振れ幅があるかもしれません。

では、「忙しい時期にどのように動いたら効率的か」「書類審査の基準を変えれば、面接を減らしても採用率が上がるかもしれない」のように、行動にも反映させられるのです。

どのような仕事でも、数字を捉えられるようになれば、仕事の効率を上げることができる可能性があるということでしょうか……?

横山

そういう面もあります。また、目標設定においても、どのように目標を見せるか、達成しているように見せるかというのも数学的な見せ方を知っているかどうかが影響します。

仕事でタスクをこなすために、どのような道筋ですすめていくかといった考え方や、作業にどれくらい時間がかかるかといった計画を詰める時、数学的な考え方を活かせるのではないかと思います。

予定が多いと大変ですよね。パズルを解くように予定を組み合わせるイメージでしょうか?

はい。何かの形をどこかに当てはめていくというのは、図形の処理能力にも繋がってくると思います。

横山

あと予定を組んでも、遅延や切替えのための時間といったノイズが発生することがあります。

こういった時間を加味したり、どのような順序で進めるかを考えたりすることなど。時間や作業の捉え方も、数学的な感覚があるほうが、きちんと考えられる気がしています。

なるほど。

横山

そう考えると、仕事相手がお互いにある程度の数学の知識を持っている方が、話が伝わるのが早いということもあります。数学という共通言語、共通認識を持っているので、コミュニケーションがしやすい気がしますね。

教室内はさまざまな数字を使ったアイテムも。こちらのタペストリーもよく見るとその数字以外で割り切れない「素数」が並んでいます。

数学の学び直しで学びの成功体験も得られる!?

ほかにも、大人になってから数学を学び直すことで、どのような変化やメリットがあると考えられますか。

横山

数学は良くも悪くも感情を抜いた学問。だからこそ、自分が学んだ成果が如実にわかるんです。まさに、学んだ快感、達成感が強く感じられます。

大人になってから、学問で成功体験を得られるのはいいですね。

横山

人によっては貴重な経験かもしれません。

不登校の子どもたちでも、意外と数学を楽しそうにやるんです。それはやっぱり「できる」という体験ができるからなのでしょう。

大人は自分のペースで学びを進められます。その時のレベルにあわせて、自分のペースで進めていけば、心が折れることはないんですよ。

確かにテストの時期が決まっている学校とは違いますよね。苦手だった科目を心が折れずに学べたら、自己肯定感も上がりそうです。

楽しく学び直すなら、まず本屋へ!

ちなみに、これまでのご活動を通して数学が苦手だった大人が変化したことはありますか?

横山

あります。車のナンバーなどの4桁の数字を足したり引いたりして10を作るという遊びがあって。数字を変えることで126通りの組み合わせを作れるんです。

大人向けの数学講座でこの遊びを紹介したところ、2週間後に行われた授業で「全部やってきました」という強者が現れたことがありますね。

すごいですね! 講座をきっかけに魅力に引き込まれたのですね。

私は子ども向けの講座を担当することが多いのですが、お子さんは算数が好きでも、保護者さんはそうじゃない……というパターンが結構あるんです。

でも、子どもと一緒に学び直しているうちに、大人向けの数学の本を何冊も読むようになって。まさに、お子さんがきっかけで数学を好きになる方もいるんです。

子どもと一緒に、自分も学び直せてしまうのはいいですね。

はい。やはり一緒に学ぶ伴走者がいるというのは大きいのだと思います。

ちなみに、これから学び直したいと思っている人におすすめの勉強方法を教えてください。

横山

本屋さんの理工書のコーナーに、ぜひ足を運んでみてください。今は一般向けの数学の本が増えているので、気になる本を手に取るところから始めてみてはいかがでしょうか。

あと、興味があるテーマに関することから数学を調べてみるというのもおすすめです。たとえばアートが好きなら、きれいな絵が描くための黄金比など数学に関係する話がでてきたりします。

横山

あと、周りにいる数学好きに聞いてみると、アドバイスをもらえると思います。

また、私たちも大人向けの数学の本を出しています。NHKでも数学の学び直しの番組などを担当するので、ぜひ見てみてください!

横山さんらが執筆した数学関連の書籍。どれも読みやすいものばかり。

ワクワクする話をありがとうございました!

2024年3月取材

取材・執筆=ミノシマタカコ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト