リベラルアーツに魅せられた経営者が見つけた「社員の好奇心」の引き出し方 FICCの挑む、個人起点の仕事づくり
思考の引き出しを増やし、自由に生きるための手段を学ぶ学問「リベラルアーツ」。日本でも多数の大学がリベラルアーツ教育を取り入れています。
そんなリベラルアーツを経営の軸に置き、社員の「好き」や「違和感」をきっかけにプロジェクトを生み出している組織があります。
それが、ブランドの持つ社会的価値に焦点に当て、ブランドのパーパスによる新たな価値を創造するブランドマーケティングの専門会社・株式会社エフアイシーシー(FICC)。
一見するとビジネスに直結しないように思えるリベラルアーツには、さまざまなビジネスのヒントが隠されているそう。リベラルアーツの取り入れ方や、社内の変化について伺いました。
人が自由に生きるための必要な手段を学ぶ「リベラルアーツ」
本日はよろしくお願いします!
早速ですが、リベラルアーツとは一体どのようなものなのでしょうか?
森
リベラルアーツは元々、古代ギリシャ・ローマ時代の「自由七科」(※1)に起源を持ち、奴隷として囚われていた人たちが市民として解放される際に、人として自由に生きるために学ぶ学問でした。
※1:西洋中世で大学が誕生したときにも重視された学び。文法、修辞学、論理学、算術、幾何学、天文学、音楽の7つの学問からなる。
森
他にも、リベラルアーツはキリスト教の歴史とともに紡がれてきたので、自分自身がリベラルアーツ環境下で過ごしてきた経験の中でも「互いの存在に感謝し合う」という価値観が根本にあると感じています。
私は大学生の頃、伝統的なリベラルアーツ教育を行うアメリカ最古の女子大に通っていて、アートと数学を専攻していました。
リベラルアーツでは自分の好きな科目を複数選べるんですね。
森
はい。そもそも学部への入学ではなく大学に入学することから始まり、2年目に専攻を2つ決めます。自分の興味から学びを創造することができるのですが、そのテーマや研究内容は一人ひとりに委ねられています。
日本の教育だと、一般的に「この問題の答えはこれ」という正解がありますが、リベラルアーツには明確な答えのない問いに向き合い続け、自ら問いを創造し、表現していく環境があるんです。互いの視点や表現を起点とした対話も重視されます。
なるほど。そんなリベラルアーツをどうしてFICCの経営に取り入れようと思ったのでしょうか?
森
2017年にFICCの取締役になったタイミングで、ちょうど母校から講演の依頼があったんです。
「私は次の世代に何を伝えられるだろう?」と自分の人生を振り返っていました。その時、自分の人生を豊かにしてくれたのはリベラルアーツそのものだと気づいたんです。
「リベラルアーツ経営とその考え方がこれからの時代を切り拓く力になる」と信じて、FICCの経営に取り入れていきました。実は取締役になる前のマネージャー時代の3年間、自分のチームでリベラルアーツを体験する「クロスシンク」を試していました。
クロスシンク?
森
「クロスシンク」は、社会のあらゆる問題をテーマに一人ひとりの視点や専門性を掛け合わせて対話するワークショップです。
「行動心理学」「地域」「教育」など、様々なテーマに対して、テレビ番組のように、専門家や芸人など一人ひとりのロールをあらかじめ決め、興味ある視点や問いを持ち寄り、1時間ライブで対話しながら興味深い問いをみんなで見出すんです。
創造した問いから、ビジネスにつながるようなプロトタイピングを試したりしていました。今、FICCでは毎月行っていて。
森
部署も年齢や職種もバラバラなメンバーが、ランダムで3〜4人グループになって、あらかじめ決められたテーマについて約30分間対話しながら問いを創造します。
見出した興味深い問いやアイデアはスプレットシートやmiroにアウトプットされて、全社で見返すことができるようにアーカイブして。可能性を感じる視点やアイディアは、翌月の全社会で社員全員の前で発表してもらうんです。
本当に全社での取り組みなんですね!
森
はい。クロスシンクでは、個人の興味や関心ごとを片づけコンサルタントとして活躍する近藤麻理恵さんの言葉をお借りして「スパークジョイ」と呼んで、社員一人ひとりの想いを掘り下げていく過程も大切にしています。
ちなみに、スパークジョイは社員の評価軸としても重要視しています。
え、評価基準にも入っているんですか?
森
はい。まずはFICCの一人ひとりが目的や意義を持って成長し価値を創造することができるように成長や評価の指標となる「成長目標」を作り、会社や事業のビジョンや目標と合わせていきます。
成長目標には、スパークジョイを起点とした長期目標と今期目標の両方が定義され、それを実現するためのアクション計画が含まれます。
なるほど……。
森
一人ひとりの目標とFICCのミッションとを束ねて、それぞれの想いを大切にしながらも、全社で同じ方を向いていくことを大切にしています。
例えば、「学び続ける」という評価指標。これは社内や世の中にある知識をそのまま学ぶということではなく、「一人ひとりのスパークジョイを起点とした学びとして可能性を広げ、価値につながる」こと。特に、「その人だからこその学びになっているか」という視点で評価しています。
自分の意見を言うのが苦手な人でも、クロスシンクに参加することはできるのでしょうか……?
森
もちろんです。クロスシンクは「自分が何を言ったか」よりも「相手にどう伝わったか」「対話したことで気づきを得ることができたか」ということに比重を置いています。
正解を言わなければということは全くありません。むしろ正解はなくて。それぞれの視点を持ち寄ることで誰かの発言に気付かされたり、新しいアイデアを発見したりすることが大切なんですよ。
答えのない問いだからこそ誰も否定できないし、相手を否定する必要はない。そのため、どんな人でも安心して発言できる環境を大切にしています。
個人の好奇心が社外プロジェクトにつながる
実際、クロスシンクからはどのようなプロジェクトが生まれているのか、気になります。
今回、ご参加いただいた社員のお二人は、それぞれ違うプロジェクトを運営していると伺いました。
伊藤
私は小さい頃から祭りが好きで、毎年地元の祭りに参加していたんです。
大人になったある時、「過疎化や高齢化に伴い、祭りがなくなっている地域がある」と聞き、祭が失われていくことに危機感を覚えて……。
伊藤
そんな時、神輿や神棚の修理などを行う一般社団法人明日襷(あしたすき)の方と知り合い、「自分の大好きな祭りに貢献したい」という思いから、地域の祭を応援するプロジェクト「祭エンジン」を一緒に立ち上げることにました。
どんな仕組みなんですか?
伊藤
一言でいうと「祭り版ふるさと納税」のようなものです。
地域の名産品を購入すると売上の1割が神社に寄付され、祭りのために使われるという仕組みですね。
伊藤
今はFICCの仕事をしながら、社内研究プロジェクトとして祭エンジンの業務にも携わっています。
面白いですね! 田崎さんも別のプロジェクトに?
田崎
はい。私は現在、FICCでコミュニケーションプランナーとして働いていますが、前職では飲食業だったこともあり、食に対してずっと興味がありました。
田崎
それで、クロスシンクや面談の時に「食と地域をつなげたいんです!」と自分の想いをずっと伝えていたら、フリーで活躍されるフードクリエイターの方のブランディングを担当することになって……。
まさか社内で自分の好きなことを仕事にできると思っていなかったので、驚きました。今はその方の名刺代わりになるようなレシピブック出版のお手伝いをさせてもらっています。
お二人の好奇心が案件につながっていったんですね……!
とはいえ、今の時代って「自分の好きなことを副業でやる」という選択肢もありますよね。あえて、会社の仕事としてやろうと思ったのには何か理由はあるんですか?
伊藤
会社の中でやれば、毎日働いてその活動について考えることができますよね。そうやって、自分を追い込みたくて。「これで本気でやるぞ!」と(笑)。
それに、他の社内メンバーもどんどん巻き込んでいけば、会社の仕事と自分の事業のどちらにもいい作用が生まれてくるはずだと思ったんですよね。
社員同士でも、個人の興味発の案件に関わっていける自由な環境なんですね。
田崎
はい。やりたいと思ったら個人の判断で動いていけます。
それに、代表の森からは、「仕事の可能性を広げるためにも、社内外含め仲間を作った方がいい」と言われていて。
どんな案件でも、色んな人の意見をもらうことでより良いものを作っていけるはず。なので、社内外問わず多くの人がかかわり合って仕事をしています。
クロスシンクを体験してみて、何か変化はありましたか?
伊藤
私は祭りの仕事でさまざまな地域の方とも話す機会が多いのですが、以前は初対面の人と会ったとき、「自分はこの地域のことを知らないし、どの立場で話したらいいんだろう……」と悩むことも多かったんです。
でも、何年もクロスシンクを経験することで対話の構造が理解でき、どんな人でも自分の意見を伝えることが怖くなくなりました(笑)。
田崎
私は以前まで、「会社の人間として、こう言わないといけない」と身構えることも多かったんです。でも今は、打ち合わせでも自分自身の価値観を含めて話すことができるようになりました。
クライアントとも自分の言葉で話した方が通じ合えることが多かったり、社員同士でも相互理解を深められたりする。そうやって自分の言葉を使うことで、感情や心がちゃんと通じ合えている気がします。
伊藤
あと仕事面では、クロスシンクの機会などを通して日頃から他の社員の興味分野を聞いているので、プロジェクト提案の際に「あの人こんな研究してたな〜」と思い出せて、チーム作りがしやすくなりましたね。
クライアントと距離を縮めるために「大切にしている価値観」を聞く
FICCでは、個人起点のプロジェクトだけではなく、クライアントワークでもリベラルアーツの考え方を大切にされているそうですね。
森
はい。クライアントが抱えるさまざまなビジネス課題を解決する先に、互いに本当に出会えてよかったと思い合えるような関係でありたい。
それで、まずはクライアント一人ひとりの「大切にしている想い」に触れたり、私たち自身の想いにも触れていただけるようにしたり。そういった、ちょっとした雑談や対話を大切にしています。
他にも、クライアントとのワークショップでは、一人ひとりの想いや大切にしている記憶や情景などナラティブ(物語)を出し合ったり。
クライアントワークの中にも、いろいろなやり方があるんですね。
森
ブランドの存在意義を見つめ直す際や、新規事業を立ち上げる際、根本にそこに関わる人たちの想いがないと、熱意を持ち続け共感されるものとして歩み続けることはできない、と考えています。
正解やロジックから考えるのではなく、「その人自身の想いや大切にしたいこと」を会話の入口にすることで、役職に縛られず、社会に生きるひとりの人としての対話が生まれます。
そして、そこから大切にしていきたい価値につながる問いが生まれたり、これまで創造もしていなかったような優しく手触り感のある体験価値に出会ったりすることができるんです。
所属企業の名前ではなく、個人同士として仕事をする。
理想的な考えだと思いつつ、実際にはどの企業でもできるものなんでしょうか……?
森
もちろん大変なことだと思います。ビジネスの場なので時間も限られているし、成果が出ないといけない。
それでも、私はマーケティングやブランディングにおいて「人」がもっとも重要だと考えていて。
どんな人でも企業で働く人である前に、社会に生きる人であることが前提なので、人の存在に向き合い続けることが何よりも大切だと考えています。
一歩ずつ進めているんですね。
森
私たちも、明日すぐにできるものと思っていないので日々コツコツとやり続けているんですよ。ゴールがあるものというよりも、少しずつでも日々続けていくことが大切だと思っています。
それが、やがて共同体にとっての当たり前になっていくんです。
これまでの人生を語り直すことで、自分のやりたいことが見つかる
働く人の中には自分のやりたいことが分からない人も多いと思います。
そんな人は、何をしたら「自身の好きなこと」に気付くことができると思いますか?
森
人と話したり、自分のちょっとした感覚を大切にしたりすることだと思います。
無理に自分の好きなことを探そうとせず、正解を探すのではなく、何か仕事のテーマに向き合う時に「自分は何に違和感やひっかかりを感じるか?」や「自分が大切に思うことは何だろう?」と日々問い続けて、それを人に伝えてみることからはじめてみてください。
問い続ける?
森
はい。どんなテーマでも、自分に問い続けていくと、自分がどう世界を見ているのか、それが何故なのかに出会うことができ、その一つひとつが自分自身のストーリーになっていくんです。
自分の人生を一本の糸にたとえて考えると、これまでの人生を語り直すことで、過去と現在がつながり、これからへの想いも繋がるものとして、自分の物語になっていくはず。
なので、社内の人とカフェでコーヒーを飲みながら、週末の出来事や好きなアイドルの話など少しだけ自分の物語としてざっくばらんに話してみるのはどうでしょうか。
話してみるだけなら気軽にできそうです!
今日は組織において相互理解を深めることができ、企業の成長にもつながっていくんだなと感じました。
伊藤
「自分の好きという感覚」を伝え合えれば、お互い心地よく働くことができますよね。
森
リベラルアーツの考えは、「すべての人の存在が貴重なものだと信じている」ということ。それを心から伝えるようにすると、相手にも伝わって、お互いに心のこもった対話ができるようになるんです。
そう考えると、リベラルアーツは仕事でもプライベート関係なく、「生き方」として私たちを豊かにしてくれるものだと思っています。
2023年10月取材
取材・執筆=吉野舞
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代/ノオト