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好きな姿でいれば組織も仕事もうまくいく! VR法人HIKKYが取り組む「アバター出社」という選択肢

リモートワークは珍しいものではなくなり、自分らしい働き方を模索する人が増えてきました。出社する場所や時間のみならず、見た目まで自分らしい姿で働ける会社があります。

株式会社HIKKYは、世界中から100万人以上が来場するVRイベント「バーチャルマーケット(通称:Vket)」の主催、独自のメタバース開発エンジン「Vket Cloud」の提供を行う会社です。

同社では、普段から社員同士は、バーチャルネームや見た目を変えたアバターでコミュニケーションをとっているそうです。そんな「アバター出社」を実施するのメリットや工夫など、リアルな会社の様子を教えてもらいました。

さわえ みか
株式会社HIKKY COO/CQO。プロヘアメイクからイラストレーターへ転身、学生時代から得意だったイベント企画運営で多くのクリエイター、コミュニティと繋がり、マルチコンテンツ制作を続ける。2017年末からVR空間での活動も開始し、HIKKYのクリエイティブ全体を統括。プラットフォームの枠組みを越え、誰もが自由にメタバースを行き来できる未来を目指している。2児の母であり、娘は母の使うアバターも「母」として認識している。

「オンラインの見た目」は周囲へのメッセージ

今日はよろしくお願いします。さわえさんのアバター、かわいいですね……!

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さわえさんは「バーチャルマーケット2022Winter パラリアル名古屋会場」から参加

さわえ

あはは、ありがとうございます。アバターを使うとアイスブレイクがめっちゃ簡単になるんですよ(笑)。

普段のオンライン会議だと、背景画像くらいしかツッコミどころがないので新鮮です。

HIKKYでは普段からアバターの姿で働いていると伺ったのですが、この取組みを始めたきっかけを教えていただけますか?

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さわえ

理由はシンプルで、一緒に働いているメンバーと最初に出会った場所がバーチャル空間だったからです。

つまり、もともとこっちの世界で交流していたので、そのままの流れで仕事もやっている感じですね。

HIKKYが手掛けるバーチャルマーケットの様子。もともとメタバースのユーザーだった社員が中心となり運営していたという。

リアルなオフィスよりも、バーチャル空間の姿で接する方が自然だったんですね!

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さわえ

そうそう。でも最近は、メタバースにまだ慣れてない新入社員も増えてきました。そういうメンバーには、「まずはバーチャルの見た目にも気を遣ってください」と伝えています。

バーチャルの見た目?

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さわえ

HIKKYは、オンライン上でしか会わないメンバーが当たり前にいる会社です。つまり、ほかの会社と違って、必ずしもリアルの姿がベースにあるわけじゃありません。

だからこそ、自分で設定した名前やアイコン、アバターがその人を認識するための重要な印になるんです。

なるほど。

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さわえ

アバターの姿は、周りからどう見られたいかという考えを反映しているんです。

だから、もし犬のアバターを選んだ人がいたら、周りは「この人は自分を犬として認識されたいんだ」と受け取られる。

また、汎用的なデフォルトのアバターもありますが、それは現実世界で顔や服に特徴がなくて覚えられない人と同じで、すれ違ったとしてもわかりませんよね。

だから、それまでアバターを持っていなかった人たちにも、「どういう姿で仕事をしたいか?」「周りからどう見られたいのか?」を考え、オリジナルのアバターを作ってもらっているんです。

自分の意志で変えられる部分が大きいアバターのほうが、その人の本当の好みを反映しやすそうですね。

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見た目が変わればコミュニケーションも変わる

さわえ

自分が好きな姿で仕事をするのって、すごく大事だと思うんです。例えば、肌の調子がいい日とそうじゃない日で、人に会うテンションって変わるじゃないですか。

たしかに。人からの目線はどうしても気になります。

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さわえ

それがアバターだと、すっぴんでも寝起きでもかわいい(笑)。こんなふうに、リアルの自分とアバターの自分を切り離して、ずっとありたい姿のままで仕事ができるのも、大きなメリットだと思います。

リアルで地位や知名度がある人が、肩書きにとらわれないフラットなコミュニケーションを求めてアバターを使うこともあるし、現実をリタイアしてアバターとして生きることだってできるんです。

アバターの見た目によって、コミュニケーションのあり方も変わりますか?

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さわえ

そうですね。例えば、私が身長2メートルのムキムキ阿修羅像の姿で「何か意見はありますか?」と聞いても、多分返ってこないじゃないですか(笑)。

私から社員にフィードバックをするときには、モフモフした獣のアバターを使っています。「優しく聞こえるかな?」なんて考えて。ほかにも、いくつかの姿を使い分けています。

取材中も、くるりとアバターをチェンジしてくれたさわえさん。取材で話していても、受ける印象が変化した。

さわえ

あと、それまで本名と顔写真で活動していた営業のメンバーが、ある日「俺は今日からパグマンになる!」といきなり言い出して、パンツ姿のパグのアバターを使い始めたことがあって……(笑)。

こうやって「少しふざけるのが好きな人なんだ」と分かると、その後の周りの接し方も変わってきますよね。

ちなみに、HIKKY CEOの舟越さんは、2頭身のスーパーマンのような親しみのあるアバターを使っていて。社員もこの姿のほうが話しかけやすいと思います。

一般的には、社長と話す時には緊張してしまう社員もいるはず。しかし、アバター姿のときは「タメ口」で話しかけられることもあるそう。

面白い……! 私たちのコミュニケーションスタイルって、想像以上に見た目に縛られているのかもしれませんね。

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さわえ

アバターを持つこと自体が、目的ではありませんからね。本当のゴールは仕事を円滑に回したりコミュニケーションをとったりすることなんです。

人それぞれの価値観や立ち回り方に合わせて、手段としてアバターを使えばいいだけであって、必ずしも「アバター出社」をすべての企業に取り入れるのが正しいわけではないと思います。

人によっては、アバターよりもリアルの姿の方が働きやすいかもしれないですもんね。

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さわえ

営業やバックオフィスのメンバーは、やはりリアルでの稼働がベースになります。その中で、時おりバーチャル空間にアクセスをして仕事するような時間配分ですね。

このあたりも、状況に合わせてうまく使い分けていて。複数のHIKKY社員が参加する商談の時はカピバラの姿で、一人で商談をする時は人間の姿という営業もいるんですよ。一人くらいは、人間がいるほうが営業しやすいそうです(笑)。

外からの見られ方も意識して、ツールや空間を使い分ける

HIKKYの普段の業務はどのように進むのでしょうか?

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さわえ

常にアバターの姿で働いているわけではありません。基本的にはDiscordを使っていて、会議室や作業部屋などのチャンネルでそれぞれが作業しています。

顔ぶれを見ればどんな話をしているかが分かるので、フラッと部屋に入ることもありますね。社員の性格や人となりを知るためにも、Discordで雑談が生まれる環境はかなり大事にしています。

例えば、「#わたしはいま」というチャンネルでは、「おはよう」「コンビニ行ってくる」「アバターの水着は何色がいい?」など、なんでも話せるようにしています。

チャットでのコミュニケーションに慣れているなかで、あえてアバターやバーチャルオフィスを使うのはどんなタイミングなのでしょうか?

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さわえ

口頭で話したいことがあるときです。

Zoomの通話でも、カメラのON/OFFでも得られる情報が変わるじゃないですか。表情や身ぶり手ぶり、言い出そうとするまでの間……。これらも、コミュニケーションの要素ですよね。

アバターでも相手の顔を見て向き合えば、チャットよりも深い話ができるんです。

「対面」で得られる情報量が多いのは、リアルでもアバターでも同じなんですね。

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さわえ

バーチャル会議には「無言勢」と呼ばれる人たちもいて、会議の場にはいるんだけど、声は出さずに手の動きや表情の変化とチャットだけでコミュニケーションするんです。

これがリアルな場だと「いやいや、喋りなよ!」となるけれど、バーチャル空間だと自然に受け入れられているんです。

そこまでコミュニケーションに慣れているのであれば、あえてリアルを模したオフィスや会議室をバーチャル空間に作る必要がないように思うのですが……?

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さわえ

会議室で話していると、「会議している感」があって面白いんですよ(笑)。

京都に行くから着物を着るような感覚で、シチュエーションを楽しんでいます。

コスプレみたいな感覚なんですね(笑)。

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さわえ

もう一つ、バーチャルオフィスは自分たちのプロダクトや活動を社外に発表する場としても使っています。

私たちはバーチャルに慣れているから、宇宙空間で円陣を組んでも会議ができるけど、そうじゃない人から見たときにはオフィスや会議室の方がわかりやすい。

バーチャル空間をどういう目的で使うか、どういう人たちに届けたいか。そういう「外からの見られ方」は、強く意識しています。

まだ世の中の全員がバーチャルに慣れているわけではないですもんね。

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さわえ

企業さんにバーチャルイベントにテナントを出展してもらうときにも、実在する街を模した空間を使うことが多いんです。これも、その場を使うイメージが持ちやすいから。

大丸松坂屋百貨店がメタバース上に出店した「パリ店」の事例。アート作品や寝具、食品などを展開した。

さわえ

もちろんファンタジーな空間に出展してもらえたら、それはめっちゃ嬉しいんですけどね(笑)。そういうときは、「チャレンジしてくれた企業さん、本当にありがとう!」って思います。

リアルもバーチャルも混ざっていく

アバターやバーチャル空間の活用は、会社としての業務やコミュニケーションを円滑にするものだとわかりました。

今後、アバターの活用に挑戦するときに、ハードルになるものはありますか?

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さわえ

プラットフォームによっては使えるOSが限定されていたり、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)が必要だったりと、テクノロジーが追いついていない部分はあります。

より簡単にアバターを作れて、バーチャルに入りやすくするための技術開発は、HIKKYも進めている部分です。

2023年春のリリースを予定している「My Vket β」。スマートフォンやPCのWebブラウザ上で誰もが気軽にメタバースを楽しめるよう開発されている。

さわえ

また、リアルとバーチャルの差はまだ残っていると思います。

リアルオフィスとバーチャルオフィスを繋いで宴会をしたりすると、どうしてもバーチャルが置いていかれてしまうこともあって……。

この壁を越えて、もっと混ざっていければいいなと思っています。

HIKKYのスタッフ陣の集合写真。すでにリアルとバーチャルが自然に入り混じりあって働いている。

リアルとバーチャルは完全に分かれず、混ざり合っていく未来を想像しているのですね。

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さわえ

はい。リアルな人との会議にアバターで参加するようなことも、当たり前に受け入れられるようになってほしい。

逆に、バーチャル空間での雑談が苦手な人は、リアルな場で集まってもいいし。それぞれにとって効率の良い場所で行動すればいいと思っています。

リアルな場が絶対に必要だとか、無理してバーチャルに移行すべきだ、といった判断ではなくて。

それぞれの性質を踏まえて、社員が居心地よく働けるためにアバター出社という選択が取れると良いのかなと思いました。

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さわえ

私の場合、バーチャルがないと半分以上友達や仲間がいなくなってしまうので、もう必要不可欠な存在です。

自分のテンションが上がる好きな姿で生きていける世界を作るためにHIKKYは活動しているので、これからも頑張っていきます!

2022年12月取材

取材・執筆=淺野義弘
編集=鬼頭佳代/ノオト