不確実な時代に「希望」を見出す。デンマークの教育者と考える、変化を生み出すリーダーシップ ━ 今を問い直し、新たな未来を創るデザイン #2
近年、未来の不確実性が高まり、社会変革やイノベーションへの注目が高まっています。同時にイノベーションを起こす人材に必要なスキルやリーダーシップ、人材を育成する教育についても活発に議論されています。しかし、私たちはまだ未来を作る人材に必要なスキルを見いだせてはいないのではないでしょうか?
不確実な時代において、新たな未来をデザインしていくために私たちが必要なのは、「今」を問い直す力なのではないか? そんな想いから、産総研デザインスクール主催のシンポジウム「Desining X for alternative futures~今を問い直し、新たな未来を創る」では、全5回のシンポジウムを通して、さまざまな観点から「今」の状況を問い直し、未来への兆しを探求していきます。
2022年10月26日(水)、全5回のうち2回目となるシンポジウムは「社会を率いる人とムーブメント」をテーマに、デンマークのビジネス・デザインスクール「KAOSPILOT(カオスパイロット)」の創始者であるウッフェ・エルベック氏をゲストにお迎えしました。ウッフェ氏は長年デンマーク国内で教育や政治など様々な分野で多くの人を巻き込んだ活動を行っています。こちらの記事では、本シンポジウムの様子をお伝えします。
ー Uffe Elbæk(ウッフェ・エルベック)
デンマークのユースムーブメント「The Frontrunners」、ビジネスデザインスクール「KAOSPILOT」、コンサル企業「Change the Game」を立ち上げたのち、2011年に政界に進出。2019年まで政党「The Alternative」の代表を務めるなど、教育や政治、さまざまな分野でよりよい未来を創るための活動を行っている。
ソ連でのロックコンサート開催を通して見えた「新しい教育」
シンポジウムの最初はウッフェ氏のライフストーリーの共有から始まりました。1991年、ウッフェ氏はデンマーク第二の都市・オーフスで「KAOSPILOT(カオスパイロット)」というビジネスデザインスクールを創立。多くのリーダーや起業家を輩出し、後に「世界でもっとも刺激的なビジネススクール」として名を馳せていますが、その前身となるプロジェクトがあったそうです。それは、旧ソビエト連邦下のモスクワでロックコンサートを開くプロジェクトでした。
ウッフェ「1988年のある春の日、僕たちのオフィスに若い女性が入ってきました。彼女はモスクワでロックコンサートを開催するプロジェクトを私たちに提案しました。しかし、ソ連側へ開催の許可を取っていないし、予算もゼロの状態でした。それでも彼女は『できるでしょ!』と強気な感じで、彼女のエネルギーに引っ張られる形で私たちもそのプロジェクトに参加することになりました」
当時はまだ東西冷戦が続いている状況で、一見不可能と思えるようなプロジェクトでした。しかし、1年後の1989年にモスクワで実際にロックコンサートが実現します。
ウッフェ「当時私たちにはソ連の政府関係者と契約をするスキルや、現地の有力者とのコミュニケーションなど、今までにやったことのないことに対応する力が求められました。この経験から、不安定で何もない状況下でも、なにか社会運動を起こすスキルを学べる教育はあるのだろうか?と考えました。調べても学べる学校はなかったので、実践的に学べる教育をつくろうと思い、KAOSPILOTを創立しました」
その後ウッフェ氏は2006年まで「KAOSPILOT」の校長を務めました。KAOSPILOTでは理論と実践のバランスを重視し、ビジネスマインドに加え、生徒自身のパーソナルな成長も重視した教育が特徴です。現在でも変化を起こす起業家や活動家を世界中に輩出しています。
変革を起こすリーダーに必要なスキルは?
ウッフェ氏はKAOSPILOTで人材育成を行ってきた中で、変革を起こすリーダーに必要なのは「Meaning(意味創造)」「Relationship(人間関係構築)」「Change(変化)」「Action(行動)」の4つの能力だと指摘します。
ウッフェ「意味創造の能力は自分がやっていることの文脈を理解し、意味づけを行う能力です。各個人の行動の意味と立ち位置を明確にすることで、人のモチベーションを高めます。人間関係の能力は、個人的な関係性から戦略的な関係性まで、自分の身の回りの関係性を豊かにしていく。
そして、変化の能力は社会の変化や自己変容を起こすためにアクションし続ける能力。さらに行動の能力はアントレプレナーシップのように、自分のアイデアを現実に実装させていく能力を指します。職業的な専門性を持っていたとしても、自分の行動の意味を創造しないとモチベーションは上がらないし、人間関係のスキルがないと同僚ともうまくいかない。だから職業的な専門性と並行してこの4つの能力は非常に重要です」
またウッフェ氏はKAOSPILOTの校長退任後も、デンマークの政党「The alternative」を創立するなど、デンマーク国内で様々な社会運動を率いてきました。リーダーシップを発揮する上で、「手と頭を心を動かすこと」と「常に未知と既知の間に立つこと」を意識していたそうです。
ウッフェ「私は常に人がどのように動いているのかを観察し、頭と心と手を動かすということを重視してきました。同時に、自分は既知と未知のバランスを取ることも大切にしてきました。世界はまさに知っていることと、知らないことのせめぎあいの中で発生しています。だからリーダーシップを発揮するうえで、未知と既知の間に立ち続けることがとても重要です」
不確実な時代では、人々が存在意義を見い出せる「意味」と、行動を起こせる「場」をデザインする能力がリーダーに求められます。つまり、これからのリーダーを育成するためには、職業的なスキル向上に加えて、人間性の成長を促す環境が鍵になるのかもしれません。
人を巻き込んでいくために必要な「安心感」
参加者との対話セッションでは、ウッフェ氏に多くの質問が寄せられました。最初は「自分とは異なる意見を持っている人や変化を望まない人をどう巻き込んでいくのか?」という質問に対し、ウッフェ氏は「安心感をつくることが第一歩となる」と話します。
ウッフェ「社会の変化は当然ながら、多くの人にとってストレスになります。変化のプロセスで重要なのは、常に人々が安心して意見を表明できるような『安心感』をつくりだすことです。人々は自分の意見を聞いてもらうことで、自分の存在が無視されていないことを確認し、安心感を見出します。だからリーダーは人々が本当は何に不安を感じていて、訴えようとしているのかを知ることが重要です。
そして、多くの変化を望まない人々は、変化した後に自分の役割がなくなってしまうことに不安を感じています。だからリーダーは変化した後の社会で、彼らにどういう役割があるのかを丁寧に伝える。異なる意見の人も安心できる未来を一緒に作っていけるように、巻き込んでいくのです」
社会が変化することは、既存の社会で得られていた安心を失うことにもつながり、とても勇気のいることです。同時に人々の不安は変化のプロセスの中で、リーダーが見えていなかった重要な視点を与えます。異なる意見を否定する前に、その人が一番恐れていることを傾聴する。そして、その人たちが安心できる状況を共に模索する姿勢が人々の心理的安全性を高め、共に行動を起こす大切な土壌となります。
社会の変化を待たず、未来と希望を再定義し続ける
自分で行動を起こし、多くの人を巻き込んでも、社会の基盤となる政治が動かなければ社会変化は進みません。参加者からは「政治が変わらず社会の変化が進まない中で、どうアクションを続けるのか?」との質問に対し、ウッフェ氏は「社会の変化を待つ必要はない」と話します。
ウッフェ「これは私が政治家として学んだことですが、私たちは政治における変化はゆっくりとしか進まないことを受け入れないといけません。政府に対しては常にいろんなプレッシャーがかかり、様々な視点を考慮しながら意思決定をするので、変化するまでにとても時間がかかります。だから、政治の変化を待たずに私たち一人ひとりがどんどん行動を起こす必要があります」
またウッフェ氏は環境が大きく変化する中でも、希望を再定義しつづける重要性を指摘します。
ウッフェ「気候変動の問題は人類の対策が遅すぎるとの結果が出ているので、時間との戦いに負け、悲惨なことになるかもしれません。でも、私たちは希望を再定義し、未来も再定義し続ける必要があります。環境の変化に適応し、意味のある社会や生活をつくりだしていく能力が私たちには必要です」
政治の世界では様々な視点を考慮するため、変化のはやい現代の社会システムでは追いつけない問題も発生しています。だからこそ政治といった根本的な変化を待つのではなく、常に社会が必要としている意味を提示し、システムチェンジが起こりやすくする土壌を個々人からつくる視点も必要です。政治的な変化は、社会での変化を集約してはじめて起きるのです。
好奇心を起点に「変化のきざし」をつかむ
刻一刻と変化する状況の中で、常に意味や希望を創造し続けるためには、何が必要なのでしょうか?そのヒントはウッフェ氏が大切にしてきた「未知と既知のバランスをとること」にあるようです。
参加者からは「未知と既知の間に立ちづつけるポイントは?」という質問に、ウッフェ氏は「好奇心から弱い社会の変化のきざしを探索すること」と話します。
ウッフェ「私は本当に好奇心がある人間で、いつも街中やイベントに参加する中で、社会の新しい変化が生まれるノイズのような『変化のきざし』を探しています。例えば、15年前に自分の身近な若者との関わりを通して、デンマークの若者が持つ新しい心理状況の傾向が見え始めました。当時はまだ若者のメンタルヘルスについて注目されていませんでしたが、私は若者の精神面での危機が起きている変化を感じ取っていました。
その気づきをもとに、なぜその変化が起こっているのかを経済モデルや社会システムの観点から探求し、若者の変化の周辺にある関係性を理解していきます。関係性が理解できると、次にはどういうことが起きるのか?を考えることができるし、次に起こることに対して何ができるのかを考えることができます。社会の弱い信号を探し、感じ取ること。それが自分が常に意識していることです」
ウッフェ氏のこの発言は、社会の変化は一気に大きく起きるのではなく、小さなものが積み重なって起きていることを示唆しています。身の回りの小さな変化に気づくアンテナを持ち、それを様々な視点で分析していく広さと深さのある視野を持つことが、変化し続ける社会で意味を創造し続けるリーダーに必要だといえます。
あなたは今、何に希望を感じますか?
参加者の皆さんからの示唆に富んだ質問と対話で、シンポジウムは熱気にあふれた空間に。そんな中、最後にウッフェ氏から参加者に向けて、新たな未来を探求するヒントとしての問いを伺いました。
ウッフェ「今私が取り組んでいる問いと、それにつながるもう一つの問いをみなさんに提示したいと思います。1つ目は『何が私に希望を与えるか?』です。表面的な希望ではなく、みなさんの地域や生活圏の中であなたに希望を与えているものはなにか?を考えてみてください。
もう一つは、『あなたは私との対話の後にどんな行動をとりたいか?』です。先ほどの問いである『希望』と『行動』はコインの裏表で密接につながっています。行動といっても社会運動のような大きなものではなく、日常生活の中や職場でもいい。あなたはこれからどのような行動をとりたいですか?」
ウッフェ氏との対話を通して、変化し続ける不確実な状況でも変化の兆しを希望へ変えるビジョナリーな視点と、人々の声をできるだけ深く傾聴し安心できる場を作り出す力の大切さが示されました。社会変革の重要性が叫ばれる中、今私たちに必要なのは、多くの人が共感し行動を起こしたくなる「希望」を作り出すことではないでしょうか。
あなたは今何に希望を感じますか? その問いがあなたの「今」を問い直し、新たな未来を構想するきっかけになるかもしれません。
このシンポジウムは5回シリーズとなっており、様々な分野の実践者のゲストと今を問い直すうえで必要な視点を探求していきます。次回はデンマークのエネルギー企業「オーステッド」のデザインセンター長マイケル・マッケイ氏にご登壇いただきます。オーステッドはエネルギー発電を化石燃料を使った方法からグリーンエネルギーへ移行し、企業のサスティナビリティをリードする企業です。シンポジウムでは、企業の大規模な転換を成功に導いた理由を「組織のデザイン」を切り口に探求していきます。次回もお楽しみに!
Designing X – 今を問い直し、新たな未来を創る とは?
産業技術総合研究所が企画運営する産総研デザインスクール主催で開催しているシンポジウム。今年は「Desining X for alternative future〜今を問い直し、新たな未来を創る〜」と題し、今起きている状況を様々な視点から問い直し、新たな未来を創るデザインに必要な視点を探求していきます。シンポジウムでは毎回異なる領域「X(エックス)」で既存の分野に新たな軸を加えることで概念を変える活動をしているゲストをお招きし、今の世界を見るうえで必要となる視点や実践知をご講演いただいています。
2022年10月取材
テキスト:外村祐理子
グラフィックレコーディング:仲沢実桜