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新潟での場づくり・東京の編集の仕事。金澤李花子さんがUターンして見つけた「仕事の幅」の広げ方

いつか、地元に戻って仕事がしたい。でも、そこに自分にできる仕事はあるのか。もしくはこれまでの仕事を続けられるのか、または自ら仕事を生み出せるのか……。

今住んでいる場所から離れて暮らすことを想像したときにぶつかるのが、こうした仕事の悩みではないでしょうか。

今回お話を伺ったのは、東京で編集者として活躍したのち、地元・新潟県にUターンした金澤李花子さん。2021年に新潟市中心部にある商店街で築100年の古民家を再活用した複合施設「上古町の百年長屋SAN」を立ち上げ、現在は副館長として場を運営しながら、編集の仕事を続けています。

―金澤李花子(かなざわ・りかこ)
1993年生まれ。出版社の株式会社グラフィティ、広告制作会社の株式会社アマナを経て、フリーランスの編集者に。中高時代を過ごした新潟にUターンし、「上古町の百年長屋SAN」の副館長を務める。

新潟にUターン。みんなの居場所「SAN」を立ち上げた

まずは金澤さんが立ち上げ、現在副館長を務めている「上古町の百年長屋SAN(以下SAN)」について教えてください。どんな場所なのでしょうか?

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金澤

SANは新潟市の中心部にある「上古町商店街」に位置する、築100年の古民家を再活用した複合施設です。

新潟のお土産や雑貨、花などを販売しているほか、カフェがあったり、勉強や仕事ができるスペースがあったりします。

1階奥にあるのは、カフェスペース。地元住民が和気あいあいと過ごす憩いの場になっている。

いろんなことができるスペースなんですね!

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金澤

どんな人でも「自分の居場所だな」と思ってもらえる場所になるよう、意識しています。

年齢や性別、職業といった人の属性だけでなく、地元住民でも観光客でも気軽にどうぞ、と。

ターゲットを絞ったほうが、店づくりはしやすそうですが……。

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金澤

SANではさまざまな層の方が興味を持てるよう、店の中にいろんな「欠片」を散りばめるように意識しています。何が面白いと思うかって、人によって本当に違うので。

欠片?

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金澤

例えば、店の入り口に地図を貼っていれば「ここは何かを案内してくれそうな場所だ」と入って来てくれる人がいたり、かわいい雑貨やデザインがおしゃれなテーブルを置いたらそういうものが好きな人が来てくれたり。

入り口近くにマップを設置。店の外から見つけた外国人観光客が「新潟を案内してほしい」と店内にやってくることも。
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金澤

置いてある本や映像、音楽などのカルチャーが気に入って来てくれた人もいます。

今では子どもからおじいちゃん、おばあちゃんまで。本当にいろんな人が来てくれる場所になりつつあるんです。

誰でもウエルカムという空気感があるのでしょうね。

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金澤

他にも、いつかお店を出したいと思っている方にチャレンジショップのように活用してもらうこともあります。ご相談をいただくこともあれば、上古町商店街との相性もいいかなと思う方には「SANでやってみませんか」とこちらからお声がけする場合も。

そうした場所が街にあるのは心強いですね。

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金澤

出店にあたっては、どんなものをどんな価格帯で販売するか、どんなテーマにするか、告知方法など一緒に話し合うことで、出店者さんの魅力がしっかりお客さんに伝わるよう、サポートしています。

いつか、同じ商店街の仲間になってくれるかもしれませんし、縁を大切にすることは重要な活動だと思っています。

「誰かの居場所をつくること」と「何かを生み出したい人のサポートをすること」。この二つの軸が、SANが大切にしている運営方針です。

2階は作業や会議などができる自由なスペース。イベントの開催など、発表の場として機能することも。

東京にいても、地域と関われる仕事があるという気付き

今は誰かの居場所やきっかけをSANで作ろうとしている金澤さん。

しかし、金澤さんも東京からUターンで新潟に戻り、居場所を探していた一人ではないかと思います。SANという居場所を得た経緯を教えてください。

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金澤

元々、中学・高校時代の6年間、新潟に住んでいました。

大学進学を機に上京し、そのまま就職。2社ほど経験したのち、28歳の時に新潟に戻ってきました。

どうしてUターンすることになったのでしょうか。

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金澤

上京した時から、新潟に戻るのは私の中では確定事項だったんです。

自分のアイデンティティが確立された時期にいたのが新潟だったし、上古町商店街で自分が大人になったと思っていて。「自分も新潟の一員になりたい」という気持ちが強く、いつか戻りたいなと思っていたんです。

それに、幼い頃は父の仕事の都合でさまざまな地方を転々としていたので、特定の場所を「地元」とすることに憧れもありました。

東京ではどんな仕事をされていたんですか?

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金澤

新卒で入社したのは出版社で、主に雑誌作りや広告のディレクション業務に携わりました。

編集部は少人数だったので、文章を書くことや撮影、ラフデザインなど、出版物を制作する基礎は、すべてここで叩き込まれました。

転職後は、広告制作に携わりました。分かりやすい事例だと、ビールなどの飲料メーカーの広告などです。

一度の撮影に100人くらいの関係者が同席するなど、予算も関わる人も前職とは比べ物にならないほど多く、ものすごくキラキラとした、東京らしい世界でした。

ドラマの中のような世界を経験されたのですね。新潟に帰ることを忘れてしまいそう(笑)。

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金澤

まさにその通りでした(笑)。でも、今でもよく覚えている言葉があって。当時たまたま観ていたあるドラマの中で、こんなセリフを耳にしてハッとしたんです。

「東京は夢を叶えるための場所じゃないよ。東京は、夢が叶わなかったことに気づかずにいられる場所だよ」と。

あれ、もしかしてこれ、私のこと? って。この時、目の前のことでいっぱいになっていて、新潟に帰ることを忘れてない? と気付かされました。

まさに東京のキラキラに惑わされているな、と。

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金澤

はい。今自分は何をすべきなんだっけと、一度冷静に考えるきっかけになりましたね。

そこでタイミング良く、社内の「地域活性促進部」という部署へ異動する公募があり、波に乗ることにしたんです。

全てが繋がってくるんですね。その部署ではどんなことをされていたんですか。

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金澤

クライアントが広告代理店から地方自治体へ変わり、県のWEBサイトやロゴ制作、イベント運営などをしていました。

このとき「東京にいながら、地方と関われる仕事があるんだ」ということを初めて知りました。

地方自治体とお仕事をすることで、これまでには経験できなかった行政ならではの仕組みや流れを身につけられる。これから先、新潟に帰ったとき、地域に関わるお仕事がしたいと思ったときにもこの経験は生きるだろうな、と。

Uターンに向けて、着々と準備をされていたわけですね。

新潟に帰らずとも仕事で地方に関われると気付いた金澤さんが、実際に新潟に拠点を移したきっかけは何があったんですか。

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金澤

コロナ禍の影響が大きかったですね。月の半分以上行っていた地方出張が、全てなくなってしまって。

そこで、「これまで出張で東京を離れていた分の時間が、そのまま新潟での時間にあてられるのではないか」とひらめいたんです。

勤務先も出社義務があったわけではなかったので、新潟との二拠点生活をスタートすることにしました。

会社のお仕事を続けながら、新潟と二拠点生活を開始。翌年の2021年には会社をやめられたそうですが、きっかけは何だったのでしょうか。

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金澤

新潟に戻ってきた当初、上古町商店街を歩いていた時のことです。昔の賑わいが薄れていて、なんだか自分の居場所がないなという気持ちになったんですよね。

私がこれまで帰省したときに見ていた新潟は、年末年始や夏休みなど、みんなが集まるタイミングだからお祭り騒ぎで。いわゆる「新潟の日常」に触れたのは、久しぶりだったんです。

だからこそ、「今、自分は新潟で何をするべきなんだろう」「こんな場所があったらいいのでは」と構想をまとめるきっかけになりました。そのときの設計図がわら半紙に印刷した「踊り場」というフリーペーパーです。

当時制作した「踊り場」(提供写真)
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金澤

完成したフリーペーパーを本屋などのお店に配って歩いていたんです。

そこでたまたまその紙を目に留めてくれたのが、「hickory03travelers(以下、ヒッコリー)」の迫一成さんでした。

ヒッコリーは上古町商店街で雑貨などを販売する人気ショップで、商店街を引っ張っている存在でした。迫さんは商店街組合のリーダーでもあったんです。

SANでは近隣にある人気ショップ「hickory03travelers」の商品や、SANのオリジナル商品などを販売。酒器や手ぬぐい、お茶など、幅広い商品を展開。
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金澤

当初は、「東京の仕事をあと5年くらい続けながらお金を貯めたら、一人でも構想は実現できるかな」と思っていたんです。

でも、その迫さんが「一緒にこのフリーペーパーに書いてあるような場所を作ろう」と声をかけてくださって。

構想を心の中だけに留めず、発信することって大事ですね。

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金澤

そうですね。そうして2021年12月に「踊り場構想」はSANとして、ヒッコリーさんと一緒にオープンしました。おかげさまで、今年で2年目を迎えています。

稼ぐことと長く続けること。バランスを考え、仕事を選ぶ

東京の会社を退職され、SANをオープンすることで新潟に腰を据えられていますよね。今は新潟のお仕事をメインに行っているのでしょうか。

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金澤

いいえ。今は東京と新潟で7対3の割合で仕事をしています。

どちらも編集者としての業務がメインですが、仕事内容は少し違います。東京では企業のメディアをディレクションやライター業など遠隔でできることが多く、新潟では行政の広報サポートや、メディア制作、地域イベントのパンフレット制作、SNS運用などですね。

やはり、新潟だけに絞るのは難しいものでしょうか。

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金澤

東京での仕事を知ってしまって、怖くて新潟一本に絞れないですね(笑)。仕事の単価や規模が全然違うので。

私の肌感ですが、編集・ライター業で新潟で東京と同じくらいの額を目指そうとすると、東京で働く量の2倍くらい働かなければいけない気がします。

SANの運営をなるべく優先したいので、今のバランスはちょうど良く、新潟の割合を増やすことはあまり考えていません。だから、新潟でできる東京の仕事はありがたく、今でも続けています。

新潟の仕事の3割の中に、SANでの業務も入っているんですか。

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金澤

いえ、SANは別です。私、SANは仕事ではなく「活動」と位置付けていて。

活動?

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金澤

SANのような場所って、稼ぐことを目的にした途端にみんなにとってつまらない場所になる気がするし、結果的に長く続けられないと思うんです。

短期的な流行やバズを狙うよりも、長期的に人の居心地の良さとか居場所を守る方がずっと有意義だし、何より一筋縄にはいかないのですがそこには温かさがあって、取り組んでいて面白いんです。だから、仕事として位置づけず、「ここでは稼がない」ことが私にとっては正解なんだろうなって。

稼ぐことと、続けること。どちらも大切なことですが、バランスがとても難しそうです……。

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金澤

SANはみんなの場所でありながら、自分の居場所だから、簡単になくなってしまっては困りますしね(笑)。

人の居場所になるということは、長い時間が必要ですよね。そのためには、私たち運営側もつねに頑張りすぎないことが大事だというのは、始めて1年経ってようやくわかってきました。

SANでは、関わるみんなで一緒に続けられることを大切にしています。

地道な活動でもあるかと思いますが、それを続けられる原動力はどこにあるんですか。

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金澤

やっぱり、人がに興味があるからでしょうね。

「地域活性化のためにやっているんですか」と聞かれることもありますが、そうではなくて。上古町を訪れる一人ひとりに興味があって、SANを開けていればその人たちのことを知ることができる。

そして、その中に同じ人は一人もいないから、毎日やっていても飽きずに続けられているのだと思います。

「SAN」の案内ペーパー。館内のイラストが掲載されている。

地域にいるからこそ、仕事の幅は広がる

金澤さんのように、地元に帰って仕事を生み出したい、場づくりをしたいと思う方って、今の時代多いと思います。何かアドバイスはありますか。

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金澤

「その土地で仕事をつくる、いただく」ということに、あまりこだわりすぎないことが大事だと思います。

私自身、東京でやっている仕事を見ていただいて、新潟でお声がけいただくこともありますし、逆も然りです。さらに住む場所だって、東京にいながら新潟の仕事はできるし、新潟でも東京の仕事もできます。

その土地の仕事だけにこだわらない、柔軟さが大事なんですね。

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金澤

仕事の柱はいくつも持っている方が安心ですよね。それに、地方と都市で異なる感覚を常に感じ続けることも地方で活動する上で、いい刺激になります。

地方に行ったからといって、選択肢が狭まるわけではないと思うし、むしろ広がることもあるんじゃないかなと思います。

そうした考え方に救われる方は多いと思います。貴重なお話、ありがとうございました。

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2023年7月取材

取材・執筆:櫻井朝子
写真:内藤雅子
編集:桒田萌(ノオト)