金属加工・鋳造技術の新たな活路を探る ものづくりの原点に立ち返るイナテックの挑戦
テクノロジーがすさまじいスピードで進化し、多くの産業が大胆な変革を迫られています。それは、戦後の日本経済を牽引してきた自動車産業も同じこと。世界が進めるガソリン車から電気自動車へ「EVシフト」は、まさに100年に一度の大変革とも言われています。
そんなガソリン車にとって欠かせないのが、エンジンの動力を車輪へ伝達する「トランスミッション」という装置。今回訪問した株式会社イナテックは、このトランスミッションの部品製造を主力事業としています。
同社では、時代の変化を乗り越えるべく、さまざまな新しい試みに挑戦しているそう。具体的な取り組みや込められた想い、描く未来について伺いました。
自動車業界の変革期が訪れる前から模索は続く……
まずはとても基本的なことですが、イナテックがどんな事業をしている企業なのか教えてください。
新家
もともとイナテックは、金属を削ってクライアントの望む形に加工する「切削加工技術」からスタートした会社です。
りんごに例えると、農家が育てたりんごの皮を剥いて食べやすい大きさに加工するように製品として仕上げる工程をイメージしてみてください。
この切削加工技術を活かして、トランスミッション部品を製造しているんですね……!
高須
そうです。現在は自動車用トランスミッション部品の製造が主力ではありますが、ほかの分野での製造も行っています。
たとえば、鉄道のシートフレームや風力発電の部品、工業ロボットにも部品を提供していますね。
さまざまなクライアントからの要望に答える形で、製品をつくってきたんですね。
新家
はい。実はイナテックではかなり前から自社商材の製造も模索していたんです。
自社商材?
新家
私たちのいる製造業では、原料の金属を加工する技術よりもゼロから金属の製品を作る工程に取り組んでいる企業の方が信頼を得やすいという業界の風潮がありました。
そこで、1990年代に「素形材(そけいざい)」の部門を立ち上げ、少量の生産を対象に素形材を提供してきたという流れがあります。そうした経緯から生まれたのが、砂型鋳造技術(※)を利用した精密鋳造です。
※……砂で作った型に、溶かした金属を流し込んで製品を作る技術。1個あたりの製品価格は高くなるものの、金型に比べて型を作る価格が安いため、量産前の試作や少ロット品の生産に適している。
新家
おかげさまで現在、素形材部門は多くのお客様から信頼をいただけるまでに成長しています。
この培ってきた技術を今後さらに活用していけないかと考えているのが、現在の段階です。
自動車や工作機械などの精密部品では、高い技術が求められると思います。そうした技術力も信頼していただけるポイントになりそうです。
高須
ほかにも、「試作」と「量産」という2つ領域を持っている点は強みですね。
たとえば、お客様が新製品開発をする場合、まず私たちが試作品として実物を作りお客様が評価を実施します。
本来、もしその試作が良ければ、試作品を量産できる会社を探す必要があるのですが、当社には試作後すぐに量産準備ができる体制が整っています。
なるほど……。お客様の立場で考えると、量産を引き受けてくれる会社を探さなくていいのは助かりますね。
高須
はい。また、試作と量産を別のメーカーがすると、認識のずれが生じたり出来映えが違ったりということが起こりがちです。しかし、弊社には一貫生産体制がありますから、そういった心配もありません。
社内の展示スペースで試作品を見て、「本当になんでも作られるんだな」と思いました。
高須
はい、結構なんでも作ります(笑)。スピードも速いですよ。
工場の一角に小さな産声をあげた鋳造体験工房
さきほど「鋳造」というキーワードが出てきたのですが、利他工房では、一般の方も鋳造を体験できるんですよね。
堀井
はい。現在、利他工房では、一般の方への鋳造体験の提供だけでなく、自分たちでデザインを起こして雑貨をつくったり、認知を拡大させるためにマルシェに出店したりしています。
堀井
利他工房で使われる金属は、主に錫(すず)が中心です。錫は、他の金属に比べやわらかくて加工がしやすいという特徴があります。
特に、錫でつくった指輪は、自分に合うサイズに調整しなおしたり、デザインを変えたりすることもできるので人気ですね。
これまでに何人くらいの方に体験していただいているのですか?
杉浦
正確な数字ではありませんが、約1000人以上の方には体験していただいています。
すごいですね……! そもそも利他工房は、どのような背景で立ち上がったのですか?
加藤
2018年、ヨーロッパに視察に行った社長が、楽しそうにものづくりをする子どもたちの様子を見たそうで。その光景が「自分たちの作ったものを直接、消費者に届けたい」という社長の想いと重なって。
ちょうどそんな頃、大学で鋳造を専攻していた私と堀井が入社してきたという流れです。
堀井
利他工房の運営に携わっている私と加藤は、もともと同じ大学で鋳造専攻の同じ研究室出身で……。ものづくりも大好きだったので、「ちょうどいい人がいる!」と思われたのかもしれません。
なんて運命的! でも、ゼロイチからの事業は大変だったのではないですか。
加藤
全く知識のない状態から始めたので、今も手探り状態です。
でも、2023年になってようやく、『self-madeを日常に』というコンセプトが決まり、方向性が定まりはじめたところですね。
この言葉にはどのような想いが込められているんですか?
加藤
現代はものが溢れ、欲しいものは大体なんでも手に入れられます。でも、その選択には多少の妥協が入ることがありますよね。100%自分が求めているものではないというか……。
確かにそうですね。
加藤
その時、「自分で作る」という選択肢が増えたらいいなという想いがあって。自分の欲しいものを自分で作ることができたら、生活はより楽しくなるのではないかと。
まだまだ発展途上な部分とのことですが、今後の展望なども教えていただけますか。
加藤
実は愛知県は鋳造がとても有名なのですが、一般の人は知らない人の方が多いんです。
鋳造を含め、ものづくりの技術が表に出てくることが少ない。でも、実はとてもおもしろいことだったりします。
そうしたものづくりの楽しさを、利他工房を通して伝えていけたらいいですね。
堀井
社外だけでなく、社内に対しても認知拡大のための活動を続けていきたいです。
利他工房が誕生した当初、他の社員さんからは「何をしているのだろう?」と疑問に思われていたかもしれません。
工場の中に、いきなり一般の方向けのスペースができたんですもんね。
堀井
ただ、最近では、休日のワークショップなどへお子さんを連れてきてくださる社員さんもいます。普段は別の工場で働いている方なんですが、「ずっと行きたいと思っていた」と言ってくださったのは、嬉しかったですね。
堀井
他にも、私たちが小学校へレクチャーをしにいくために道具を作っていたときも、「何かあったらいつでも手伝うよ」と声をかけてくれる方もいて。
少しずつではありますが、利他工房への理解が社内でも浸透してきた実感があります。
新規事業は生まれるか? 学生とデザイナーとの協働で自由な発想を
ありがとうございます。利他工房から話が変わりますが、同じように社外の方を巻き込んだ取り組みをもう一つされているのですよね。
高須
「イナテックソーシャルデザインプロジェクト」ですね。「会社の新しい事業をつくる」をテーマにしたプログラムで、2022年から始まり、2023年で2回目になります。
高須
弊社社員と外部デザイナー、有志の学生さんがチームを作って、縛りのない中で自由に発想し、事業アイデアを模索しています。
テーマは「マイノリティ」。少数派の意見を汲み取り、課題を解決するアイデアをチームごとに考え、最終的にプレゼンテーションを行ってもらいました。
年齢も業種も超えて、一緒に取り組むんですね。社内から参加される方は、どのように決めているのですか?
新家
基本的には立候補です。やはりこういうプロジェクトは、強制的に行うものではなく自発性が大切だと思います。ただ、仮にプロジェクトでの事業アイデアに実現性が帯びてくるとなると、普段の業務との兼ね合いも考えていかなければならないと思います。
社内で新しいことを始めるというのは、そう簡単にはいきません。そういう意味では、まだまだ整えないといけないところは残っていますね。
デザイナーさんが加わっていることも斬新だなと思いました。
高須
当社の社長には、「BtoC向けの製品を作り、みなさんに直接届けたい」という想いがあります。
それを実現していくには、いいものを作るだけでなく、より付加価値を与える必要があるだろう、と考えていました。
消費者に届けるところまで見据えて、「デザイン」の考え方を取り入れて、新しい工夫を生み出そうとしていらっしゃるんですね。
テーマとしてマイノリティを選んだのには、理由があるのですか?
高須
利他工房のコンセプトの話にも近いのですが、今はすでにものが溢れ、ほとんどの人々にとって必要なものは揃っていると思うんです。
でも、少数派あるいはニッチな分野ではまだまだ不足していたり、ニーズが満たされていなかったりする。そうしたマイノリティがいつかマジョリティに変われば、需要も拡大するのではないかという期待がありました。
面白い発想ですね。
高須
これまでの反省点もいくつか見つかりましたので、次回開催時にはブラッシュアップしてプロジェクトを進化させる予定です。
プロジェクトの中で、イナテックとして事業化できそうな案はありましたか?
高須
それがなかなか難しいところで。今のところはまだですね。でも、自分としてはそこまで持っていけたらいいなと……!
新家
今の段階では、とにかく知恵を出すことに集中するイメージです。これまでやっていた範囲を超えて、製品開発の領域を強化しなければいけないと感じます。
ソーシャルデザインプロジェクトは、学生さんたちの発想力をお借りする場だけでなく、社内メンバーと学生さんの学びの場と考えているところです。
ありがとうございます。たくさんの挑戦をされているということで、今後の展開が楽しみです。
最後に、これからのものづくりにおいて、大切にしていきたい考えなどがありましたら聞かせてください。
新家
はい。今まで通りのものづくりをしていればよいだろう、と思われることもあります。しかし、製造業のコスト競争は、ますます厳しくなっていくはず。
だからこそ、我々はこれまでやってきた自動車以外の分野において自分たちが培ってきた知識や技術が活用できる道を見出す必要があると考えています。
新家
自動車産業で培った高精度、高品質なものづくりは、必ず他の分野においても評価していただけるだろうという自負もあります。
ものづくりの中では、プロセスによって分断が起きることはあります。切削と鋳造の技術という2つの技術を持ち合わせているからこそ、クライアントからの依頼に応えるだけではなく、業界内での分断をつないでいきたいと思っています。
それを踏まえ、どのような方向に舵を切るのか。一歩先の日本の産業を見据えながら、試行錯誤を続けていきます。
2023年12月取材
取材・執筆=西田かおり/カワラバン
撮影=こんどうみか
編集=鬼頭佳代/ノオト