多くの人は失敗を恐れすぎている。即興演劇から学ぶ、失敗をオープンにする心地よさ(インプロアカデミー・内海隆雄)
社会人になり、ありのままの自分を出すのが怖いと感じるようになった。間違えるのが嫌だから、無難な提案しかできない。周りからの評価を気にしすぎて、自分の意見が言えない。
そんな悩みをときほぐすヒントになるのが、インプロ=即興演劇。その視点を取り入れることで、失敗を恐れなくなったり、自分の本来の持ち味を発揮できるようになったり……。
ビジネスパーソンやコミュニケーションに悩みを持つ人を対象にインプロのワークショップを行っているインプロアカデミー代表の内海隆雄さん。インプロを学ぶことで、コミュニケーションがどのように変化するのか、内海さんにお話を伺いました。
内海隆雄(うつみ・たかお)
インプロアカデミー代表。1985年横浜生まれ。東京学芸大学在学中にインプロ(即興演劇)を学び、卒業後は、海外を含む100を超えるインプロ公演に出演するほか、全国各地において1000回を超えるワークショップを開催している。群馬大学医学部非常勤講師。
大人はみんな萎縮した子ども
インプロがどういうものか、教えてもらえますか?
内海
インプロとは「即興」を意味する「Improvisation(インプロヴィゼーション)」の略ですが、主に即興演劇を指す言葉です。
一般的に「演劇」というと、台本に合わせて繰り返し稽古を行い、お客様の前で上演するものをイメージすると思います。
しかし、インプロには台本がありません。まさしく即興の演劇なので、台本がない中で演者同士がお互いのコミュニケーションを通してストーリーを生み出していくパフォーマンスです。
インプロは、観客の前で行うものなんですか?
内海
もちろん、ショーとしてのインプロも世界中で行われています。
ただし、もともとは「インプロの父」と呼ばれるイギリスのキース・ジョンストン氏が俳優のためのトレーニングとして始めたものです。
その後、「即興演劇をそのまま観客に見せても面白いのではないか」という発想から、舞台演劇としてのインプロの取り組みが行われるようになりました。
現代では欧米を中心に、エンタメの1ジャンルとして定着しています。
そこまで世界的に人気があるものだとは知りませんでした。
内海
日本ではまだマイナーですからね。
最近はエンタメとしてだけではなく、教育的価値にも注目が集まり、日本でも研修としてインプロを取り入れられる企業が増えてきているんですよ。
インプロにおける視点は、ビジネスにも役に立つと思います。
ビジネスでの教育的価値というと、インプロではどのようなことが学べるのでしょうか?
内海
失敗を恐れたり、自分の言いたいことが言えなかったりと、周りの目を気にして縮こまっている自分を開放できるようになります。
キース・ジョンストン氏は、「大人は萎縮した子どもだ」という言葉を残していて。これがインプロの基本的な考え方です。
大人は萎縮した子ども……?
内海
はい。子どもの頃、おままごとやヒーローごっこをやっていませんでしたか? あれって台本がないじゃないですか。
ごっこ遊びだけではなく、急に歌を歌いだしたりとか、謎のダンスを踊り出したりとか、子どもは即興の表現活動を自然と行いますよね。
確かに子どもの遊びは、その場で急に始まりますね。
内海
ところが、学校など社会に出ていく中で、自分が周りからどう評価されているのかが気になり始める。
次第にあらゆることにおいて恐れを抱くようになり、ごっこ遊びのように即興で何かをすることができなくなっていくんです。
それが「大人は萎縮した子どもだ」ということなんですね。
内海
インプロを経験すると、そういったコミュニケーションの中で生まれる恐れを手放すことができます。
新しいスキルや能力を得るのではなく、その人が本来持っている能力を活かせるようになる。その人の枷となっているものを外すのが、インプロです。
「失敗をオープンにしても大丈夫」と思える環境
インプロがさまざまな恐れを手放すためのものということは分かりました。
ただ、まだ抽象的で。具体的にどんなことをするのか知りたいです。
内海
即興演劇というと難しそう、と構えてしまう人もいますよね。でも、インプロではいきなり「では、演じてください」などということはないので安心してください。
最初のうちは、コミュニケーションゲームを通して、失敗をオープンにしても大丈夫だという状況に慣れていきます。
コミュニケーションゲーム?
内海
誰でもできる簡単なルールのゲームです。僕がよくやるのは、「プレゼントゲーム」ですね。
<「プレゼントゲーム」ルール>
1. 2人1組で組み、プレゼントを渡す人と受け取る人という役割を決める。
2. 渡す人が、相手が喜びそうなプレゼントを身振り手振りで表現しながら「〇〇です!」と渡す。
3. 受け取る人は本当にそれが欲しいと思ったら「ありがとう」と言って受け取る。
4. 欲しくない場合は「ふっふー♪」や「Non!」などと言って放り投げ、渡す側は別のプレゼントを渡す。
5. これを役割交代しながら行う。
このゲームにおける失敗は、プレゼントを受け取ってもらえないことですよね?
内海
失敗しても明るく表現されるし、やり直せるので、抵抗感は薄いんです。
なるほど。そういう失敗なら、あまり気にならないかもしれません。
内海
他には、参加者が円になり、拍手を回していく「拍手回し」というゲームもあります。
内海
一方向に順番に回していくだけなら簡単ですが、途中で方向が変わったり、順番がランダムになったり、スピードが上がったりすると難しくなっていきます。
インプロにはこのようなゲームがたくさんあるのですが、ほとんどの参加者は「うまくやろう」としてしまうんですよね。
失敗をしないようにしてしまう、と。
内海
ですが、これらのゲームでやりたいのは、失敗をオープンにすることなんです。
拍手回しで自分の番が来たとき、少し間違ったとしても誤魔化さず、むしろ「私、失敗しちゃいました!」ということをおおっぴらに共有する。
すると、その瞬間、その人がチャーミングに見えませんか?
なるほど。仕事でも失敗を素直に開示できる人は、周りからの印象も良いように思います。
内海
それに加えて、誰かが間違えてもみんなで失敗を明るく笑い飛ばしてくれる空間だと、他の人も失敗をオープンにしやすくなり、その場の心理的安全性が上がるんです。
インプロで重要な3つのマインド
内海
インプロをやったことがない人や、始めたての人に多い誤解が3つあります。
1. 面白いことを言わなければいけない
2. 目立とうとしなければいけない
3. 上手いことやらなければいけない
ウィットに富んだ面白いことを言うとか、目立つために爪痕を残そうとするとか、無茶ぶりに対して上手に対応するとか。
それが良しとされている、と勘違いされることがよくあります。
「上手く」に関しては、先ほどの話でも出てきましたが、インプロにおいては面白いのも良くないんですか?
内海
というよりも、実は「面白いことが良いこと」と考える必要がないんです。
たとえば、プレゼンなどで人前に出るときに「面白いこと言ってきてね」とか「目立ってきてね」なんて送り出されたら、余計に緊張しますよね。
確かに……。
内海
だから、結局この3つをやろうとすると、即興が怖くなってしまうんです。
萎縮した子どもに戻ってしまう、と。
内海
そうならないためにも、インプロではむしろ逆のマインドを大事にしています。
1. 自発性
2. 利他性
3. 挑戦性
それぞれ詳しく教えてください。
内海
自発性は自分が思ったことをそのまま表現すること。人からどう思われるかという評価や視線ではなく、「私は今、こう思いました」を出すことを大事にする。
利他性は、自分が目立ったり、得したりするのではなく、どうすれば一緒に組む相手にいい時間を過ごしてもらえるかを考えること。
挑戦性は、失敗を避け、自分の中での安全なパターンに収まるのではなく、子ども心を持ってその場の変化を楽しむことです。
面白さに縛られず、自分が素直に思ったことを伝える。自分が目立つのではなく、相手を輝かせる。失敗を怖がるのではなく、即興ゆえのままならなさを楽しむ。
確かに、そういったマインドはビジネスコミュニケーションでも活きそうですね。
企業研修で活用されるインプロの効果
インプロは企業の研修にも活用されていると仰っていましたね。
実際にはどのような形で取り入れられているんですか?
内海
先ほどの3つのマインドをすべて同時に学ぶのは難しいので、企業研修をではどれか1つに絞って行うことが多いですね。
「接客」に課題を感じている企業さんからは、「マニュアルに沿った接客も大事ですが、目の前のお客様に喜んでもらえる接客ができるようになりたい」という相談をいただきました。
まさに、先ほどの「利他性」の話ですね。
内海
そこではまず、プレゼントゲームをやってもらいました。ちょうどギフトなどを扱う企業だったので、何をプレゼントしたら相手が喜ぶのか、みなさんめちゃくちゃ真剣に取り組んでくれましたね。
そのあとは、もう少しコミュニケーションに繋がるゲームや接客のロールプレイをして。ロールプレイ後のフィードバックを特殊な形にしました。
というと?
内海
一般的な企業のロールプレイ研修では、マニュアルを基準に何ができていて、何ができていないかを評価する形が多いんです。
しかしそれだと、目の前の相手ではなく、マニュアルを見るようになってしまいます。
そこで、今回はお客さん役だった人にロールプレイ中の心の動きを教えてもらう、というフィードバックの形にしました。
へえ、面白いですね! どんなフィードバックになるんですか?
内海
たとえば、
「お店に入ったときに明るい挨拶をかけてもらえて、安心した」
「そのあと話しかけられたけど、私としてはまだ一人で商品を見ていたかったので少し邪魔に感じた」
「質問したら答えてくれたのが嬉しかったけど、聞いてないことまで話し出すのは余計に感じた」
といった内容ですね。
良かれと思ってやっていることが、意外と裏目に出ていますね。
内海
逆に、そこまで考えてやっていなかったことが好印象なこともあります。
マニュアル通りにできているかではなく、目の前の相手を楽しませたいという気持ちで接客すると、表情や会話の空気感も明るく変わるようで。非常に効果の大きい研修でした。
研修の種類によって、インプロとの相性は変わりそうですね。
内海
それで言うと、特に新人研修とインプロは相性が良いと思います。
入社したばかりだと、「良いところを見せたい」「失敗したくない」という気持ちから、当たり障りのない表面的なコミュニケーションになりがちです。
そのため、新人研修でインプロをやるときは、自発性と挑戦性を意識したプログラムをやるようにしています。みんなで失敗して笑いあうことで、すごく仲良くなれますから。
その人が本来持っている能力を引き出すのがインプロ
内海さんのもとにインプロを学びに来る人は、どういう方が多いんですか?
内海
ほとんどの方がコミュニケーションについて学びたいという方です。
昔は演劇経験者が多かったのですが、インプロの知名度向上とともに一般の方が増えていき、今では8割が一般の方になりました。
実際に参加された方の感想で印象的だったものはありますか?
内海
人前で話すのが「大丈夫になった」という声が多いですね。
失敗したらどうしようとか、周りからどう見られているかを意識しすぎると、人前で話すことに必要以上の緊張を感じ、声も小さくなってしまう。
でも、失敗をしてもいいんだと思えたら、普段通り話せるようになるんです。
わかりやすい変化が見られて、いいですね。
内海
最初にも話しましたが、インプロはその人が本来持っている能力を引き出す訓練です。
話すのが急にうまくなるわけではありませんが、「いろいろなことが大丈夫になる」のは、参加者の方の共通点かなと思います。
私たちは案外、気にしすぎなのかもしれないですね。
内海
そうかもしれません。以前は、社会人だと「上司に怒られる」という理由で萎縮している人が多かったんです。
でも、ここ数年は「自分の発言で場を乱してしまわないか」ということを気にして萎縮している人がすごく増えている気がします。
わかる気がします……!
内海
優しい人が増えているのだと思いますが、一方で怖がりすぎなのかなとも感じますね。
インプロがそういった方たちの役に立てれば嬉しいです。
2024年7月取材
取材・執筆=早川大輝
写真=篠原豪太
編集=桒田萌/ノオト
【開催終了】
8/29 即興演劇に学ぶ! 自由になれない大人のための
「共創コミュニケーション」ワークショップ
インプロアカデミー代表の内海隆雄さんをゲストに迎え、インプロ体験イベントを開催します。ゲーム形式のワークを行いながら、「その場の状況や相手を受け止め、次に活かしていく」コミュニケーションのあり方を一緒に学びましょう!
「共に創る」を体感してみたい方、チームや組織のコミュニケーションに課題を感じている方、失敗が怖くて自由に動けない方など、ぜひお気軽にご参加ください!
日時:2024年08月29日(木)19:00~20:30
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