仕掛け人は公務員? 神戸市職員・佐藤直雅さんがコミュニティ農園「いちばたけ」を運営する理由
公務員で「まちづくり」をしながら、副業でも同じ「まちづくり」をする。そんなユニークな働き方をしているのが、神戸にある市場内の空き地を活用したコミュニティ農園「いちばたけ」を副業で運営している佐藤直雅さんです。
神戸に本業の「まちづくり」とリンクした活動を、2019年より4年以上続けています。
佐藤さんは、どうしてプライベートでもまちづくりにコミットしているのでしょうか? また、本業との両立は難しくないのでしょうか?
本業と並行して畑の運営を続ける理由や、フレキシブルに働き続ける秘訣を伺いました。
―佐藤直雅(さとう・なおまさ)
公務員/チームカルタス 代表。工業高校で建築を学び、2011年神戸市役所に建築職として新卒入庁。3年間、設計・工事監理業務に従事し、4年目に宮城県南三陸町にて災害復興業務に従事。5年目よりまちづくりに関わる業務へ従事したことを契機に、市場の中の空き地を使ったコミュニティ農園「いちばたけ」活動を始める。
ただ野菜を育てるだけではない。地域コミュニティを生み出す「いちばたけ」
今日は、実際にいちばたけの様子を見せていただいていますが、建物がずらりと並ぶ商店街の中にあり、ここだけ雰囲気が変わりますね。
普段、どのように活用されている場所なのでしょうか?
WORK MILL
佐藤
いちばたけは、神戸市・水道筋商店街界隈の灘中央市場にある畑です。空き地を活用した菜園で、地域の人々が自由に農作業できる場になっています。
畑は左右2つのエリアに分けられていますよね。
WORK MILL
佐藤
西側は区画ごとに料金を定めていて、基本的に管理は利用者さんが担われています。それぞれの畑では、トマトやいちじく、じゃがいも、いちごなどの野菜がすくすくと成長中です。
佐藤
一方の東側は、主にイベントやワークショップなどで、みなさんに使っていただく場所で。
「活動DAY」を通じて、初めていちばたけを訪れてくださった方や市場に遊びに来てくださった方と一緒に農作業をしています。
活動DAYとは?
WORK MILL
佐藤
月に2回いちばたけを開放して、みなさんと一緒に農作業や収穫を楽しむ日です。「初めて利用する方も気軽に訪れてほしい」という想いから、参加は無料、事前申し込みなしでもOKにしています。
佐藤
季節のイベントも開催していて、先日の活動DAYではいちじくの葉を使ってお茶をつくりました。あと、七夕の季節には大学の書道部とコラボして筆で短冊を書いたり。
地域の方もそうでない方も、自由に楽しく利用できるのはいいですね。
WORK MILL
佐藤
農作業を通じて隣の人と自然に会話していたり、いちばたけと一緒に市場散策も楽しんだり。地域コミュニティの活性化にもつながっています。
利用者さんはどんな方が多いのでしょうか?
WORK MILL
佐藤
レンタル区画で野菜を育てているご夫婦がいたり、農作業体験にやってくる親子がいたりと本当にさまざまですね。
なかでも圧倒的に多いのは、野菜づくりに興味はあるけど若干のハードルを感じている人でしょうか。
「田舎に行けば畑はあるけれど、そこまで本格的にはできない」「ベランダでやるには狭い……」といった方にも楽しくご利用いただいています。
周囲の人のスキルや過去の知識の“かけあわせ”が今につながる
佐藤さんは、ずっと水道筋界隈のまちづくりの仕事をしているのですか?
WORK MILL
佐藤
いえ、高校を卒業して神戸市の職員として、最初は技術職として建築課に所属後、東北に出向して復興まちづくりに関わっていました。
その後、市役所に勤めながら大学で法学を学んだり、建築士の免許を取ったりもしていて。
働きながら学んでいたんですね……! このエリアの仕事は、以前から希望していたんですか?
WORK MILL
佐藤
いえ、たまたまです。このエリアは古くて使われなくなった物件が多く、神戸市が定める危険度が高い密集市街地の地区の1つ。私が東北の出港から神戸に戻った後に、この市場の再整備の担当になりました。
佐藤
この市場には100年近くの歴史があり、いい意味でも悪い意味でも建物の配置や通路のかたちが昔のままです。
整備されずに残っている場所の安全性をどう高めるかが、当時このエリアを担当することになった私のミッションでした。
なるほど……。再整備にもいろいろな方法があると思いますが、まちの安全性を高めるためにどのような取り組みをされたのですか?
WORK MILL
佐藤
再整備と聞くと、一般的には建て替えなどの手法を想像しますよね。でも、そこには地域の方々の生活があり、簡単には建て替えへの合意はできません。
そこで提案したのが、まずは「まちなか防災空地にする」という活用法でした。
まちなか防災空地?
WORK MILL
佐藤
密集市街地において火災などの延焼を防止するスペース。古くなった建物を取り壊して広場として整備することで、災害時の一時避難所など、地域の防災活動の場になる空き地のことです。
防災空地にした場合、土地を借りるのは神戸市、管理するのは地域団体となるため、所有者さんの負担もありません。
空き地に新たな価値を生み出し、まちの安全性も高められるということですね。
WORK MILL
佐藤
そうなんです。とはいえ、そのままだと空き地になってしまうので、使い方まで一緒に考える必要があります。ここまでは仕事での取り組みです。
その時、私は職場で得た知識で要項を読み解く力を身につけた。地域のことを理解しているから、補助金の活用方法もわかる。さらに法学部での学びと建築士の知見を生かせば、何かしらの場づくりができるかもしれない、と思ったんです。
佐藤
さらに、いちばたけの運営メンバーである丸山公也さんが農業職、坂本友里恵さんがまちづくりのプランナーをしていたこともあり、私の異色のキャリアとかけあわせて、プライベートで市場の別の空き地を借りて、2019年にいちばたけをオープンさせました。
今は市役所の別部署に異動していますが、プライベートでは変わらず、いちばたけを通してまちづくりに関わりつづけています。
公務員との両立が、責任と自由のバランス保っている
会社員とは違い、公務員は副業しにくいイメージがありました。
佐藤さんはいちばたけの立ち上げを機に公務員としても個人としてもまちづくりに関わるなど、とてもフレキシブルに活動されていますよね。
WORK MILL
佐藤
神戸市には「地域貢献応援制度」といって、「これまでの職務や経験を生かして副業してもOK」という画期的な仕組みがあるんです。自由度高く働けているのもそのおかげです。
神戸市のクレド(行動指針)には「進取の気風に、愛着と誇りを持つ」といった言葉も入っており、行政とは思えない柔軟さにはいつも感謝しています。
佐藤さんの場合、本業も副業も「まちづくり」という領域ですが、両立に悩むことはありませんか?
WORK MILL
佐藤
忙しいのは事実ですが、いちばたけは副業と本業の仕事がリンクしているからこそうまく運営ができています。
仕事でもあり、趣味の延長線でもあり、責任と自由のバランスが保てるからありのままの自分で挑戦できているのかなと。
仕事でもあり、個人の活動でもあるからうまくいく……。
WORK MILL
佐藤
はい。たとえば、私は本業として、地域の方の声を集めながら道路や公共施設などのハード面の整備をしています。この時、公務員の立場としては「政策としてどう着手して進行させるか」が判断軸になるんです。
でも、私の場合は一個人としていちばたけを活用しており、政策を受ける市民でもある。その視点があると、「その政策は本当にこのエリアに貢献できているものなのか」「市の都合だけになっていないか」と、まちづくりを地域で生活する1人として、俯瞰的に考えられるようになりました。
これは、公務員としても、個人としてもまちを見てきているからこそ、ですね。
WORK MILL
佐藤
また、職場でも「いちばたけを運営している人」という認知が広がっていて。みんなが応援してくれているので、個人としてもより柔軟に活動できるようになりました。
つらくても継続できるのは、仲間の存在があるから
とはいえ、継続は大変です。今までに「やめたい」と思ったことはなかったのですか?
WORK MILL
佐藤
何度もありますよ! 常に隣り合わせです。始めることより継続のほうが難しい、と日々痛感しています。
それでも今、こうしていちばたけを続けられているのは、どんなときも一緒に力強く推進してくれる仲間や、畑を楽しんでくださる地域の方々がいるから。
いちばたけは、場所をつくるところからみんなに手伝ってもらい、関わってくださった人が楽しく集える場です。どれだけ大変でも、そういった楽しい時間を思い出すから頑張れるというか。1人だけなら確実にやめていましたね(笑)。
継続の大変さはどこにあるのでしょうか。
WORK MILL
佐藤
時間を重ねるごとに、まわりの環境も、人も、自分も変化するところです。
たしかに。コロナの影響もあり、その変化はより大きくなりましたよね。
WORK MILL
佐藤
まさにそうですね。コミュニティが生まれる畑なのに、人同士が直接的につながれない時期が続いて。
引っ越しされたり、一緒に農作業するのとは違うつながり方になったり。みなさんのいちばたけへの関わり方は大きく変化しましたし、自分自身のライフステージも変わりました。
その大きな変化をどう乗り越えたのですか?
WORK MILL
佐藤
まわりの変化を受け入れながら、対応していきました。これは会社経営にも似ていると思っていて。
会社経営?
WORK MILL
佐藤
会社も最初は代表が掲げた理念に共感して仲間が集まってくる。そして、ある程度の人数になると、それぞれに少しずつ違うやりたいことがでてくるから、全員が納得できる“落とし所”を探るフェーズに入りますよね。
時代によって求められるものも変わりますから、今は自分の軸はしっかり持ちつつも、「変化にどう耐えるか」が継続の鍵だと感じています。
何かを始めなければ、次に進む選択肢は出てこない
どうしたら佐藤さんのように挑戦や変化を恐れず、アクティブに働けるのでしょうか?
WORK MILL
佐藤
何かすごいことをしているように見えるかもしれませんが、私はただ「始める選択をした」だけなんです。
もし始める前に今日までの過程が見えていたら、その大変さに怯んでチャレンジできていなかったかもしれませんが……。
後先を考えずにやってみたら、続けるかやめるかの選択肢がでてきて、そこでやめないことを選びつづけてきただけのこと。
でも、そもそも始めないことには、この選択肢は出てこないんですよね。
やりたいことがわからなくても、「後先を考えずにまずはやってみること」が大事なんですね。
WORK MILL
佐藤
はい。そもそも私も最初は公務員になりたかったわけでも、やりたいことがあったわけでもなくて。
たまたま仕事でまちづくりに関わりはじめ、「自分のこれまでの歩みが生かせるかも!」と、土地を活用することを思い切ってまわりに宣言して、いちばたけをつくるために行動してみた。
佐藤
そこから、場をつくりあげることが自分の1つの目標になり、畑を通じて人の笑顔に出会うことが喜びになり……と気がつけばモチベーションが生まれていただけのことなんです。
だから、今やりたいことがわからずモヤモヤしている方も、自分らしい働き方を模索している方も、まずは行動してみてほしいなと思います。選択肢はその先にしかありませんから。
じゃあ私でもアクションを起こせば、佐藤さんみたいに自分らしいライフスタイルを確立できるでしょうか……?
WORK MILL
佐藤
もちろんです。見方を変えるだけで、誰にでも自分の道はあります。
たとえば、毎週末に野球を教えている方なども、私とやっていることは一緒だと思うんです。子どもたちに「野球をして楽しい」と感じてもらうか、「野菜を育てて楽しい」と感じてもらうか。アプローチ方法が違うだけで、楽しさをつくりだすというゴールは同じですよね。
好きなことのなかで、自分のためだけではなく、「まわりや社会が少しでもよくなったらいいな」と気持ちが外向きになっているものを発見できたときに、自分なりの道が見えてくるのだと思います。
とても勇気づけられました! 今日はありがとうございました。
WORK MILL
2023年7月取材
執筆:おのまり
写真:福永洋介
取材・編集:桒田萌(ノオト)