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建設業界大手が挑んだ働き方改革。「ちゃんと休める」以上の成果とは?(東亜建設工業)

残業規制や有給休暇の義務取得など、国の「働き方改革関連法」が施行されてはや6年。日本社会では着々と、「より休める働き方」へのスイッチが進んでいます。

この法律が始動した2019年当時、「すぐに導入するのが難しい」と、5年間の猶予を与えられた業界がありました。そのうちの一つが建設業。経験の蓄積が安全と質を向上させるという「経験工学」が重視され、長時間勤務は必要不可欠と考えられてきました。大手企業であっても、週休2日の取得が困難というところも。

その建設業界で、積極的に働き方改革を進めているのが東亜建設工業株式会社。海洋土木工事を中心に、レインボーブリッジや空港など、大規模な公共事業も手掛ける業界大手です。専門性が高く業務量が多い上、人手不足も相まって、管理部門でも現場でも長時間の残業が慣例になっていました。

2022年から、やりがいのある“仕事”と充実した“プライベート”の両立へ向けて改革を加速中。建設現場でも、年末年始の12連休を実現できている部署があります。

「長く働けば働くほどいい」とされた職場は、いかにして「ちゃんと休める働き方」にスイッチして行ったのでしょう? 経営トップと現場の双方で、「休める働き方」を推進するライター・髙崎順子さんが聞きました。

東亜建設工業株式会社
1908年創業、海洋土木工事を中心とする総合建設業。東京本社と全国12の支店を持ち、1000人以上の従業員を擁する。本社・事業本部の働き方改革推進責任者が牽引し、全国各地の作業所ごとにボトムアップで働き方改革を進めている。

「何すりゃいいの?」から始まった働き方改革

トップ層の方にインタビューしたいとの依頼に応えて、今日は本社からお二人が来てくださいました。

ご多忙の中、ありがとうございます!

髙崎

福地

2023年から、建築部門の働き方改革推進責任者を務めています。これまで、本社で設計業務を長く行ってきました。

後藤

私は2022年から、土木本部で働き方改革の責任者になりました。その前は4年間、東北で支店長をしておりました。

早速ですが、御社の働き方改革の始まりからお聞かせください。

髙崎

福地

弊社の働き方改革は2018年、「従業員の豊かな生活」と「魅力のある会社であり続ける」ことを目指して始まりました。

働き方改革関連法が施行される前年ですね。改革の号令がかかった際、どう思われましたか?

髙崎

後藤

支店という、本社より現場に近いところにいたので、「何言ってんの?」「それって何すりゃいいの?」というのが、正直な気持ちでした。

福地

私も実は、最初は頭にハテナ?が浮かんでいました。2018年頃はまだ、日中はお客さまと打ち合わせなどを行い、自分の仕事は夜にゆっくりやる、という働き方でした。

それも、夜に一人で考える時間を持てるのが「楽しい」と感じることもあり、「早く帰れって言われても……?」と。

推進する立場にある方々の率直なお言葉だけに、リアルな重みがあります……!

髙崎

後藤

当時は働き方改革と言っても、時間外上限規制達成率目標を年々あげていき、2023年度には100%にするという数値ありきで。実際にどうするか、という具体性に欠けていたんです。

福地

2018年からの数年で、行動計画や社長メッセージが発信され、勤務時間のログを正確に取って残業時間を把握する、などの対策をとりました。

我が社はまず「働き方改革のインフラ整備」から進めた、と言えるかと思います。

「工期厳守」のハードル

建設業界は「働き方改革が困難」と言われ、法律の導入にも5年の猶予がありました。お二人は2018年当時、どんな難しさを感じていましたか?

髙崎

後藤

やはり請負業ですから、我々だけでは決められないことがたくさんあります。

発注者から「工期は必ず守ってください」というオーダーがあれば、間に合わせるしかない。そのために残業のほか、土日も出勤して間に合わせたという現場が、2023年度にもありました。

いわゆる「工期厳守」ですね。

髙崎

後藤

2018年頃はまだ、従来からのそのような考え方がほとんどの発注者にありました。そうなると、残業を減らしたくてもできない。

我々の業界の働き方改革で一番難しいのは、請負側だけではなく発注側も変わらないと動かないところだったかと思います。

今は変わってきましたか?

髙崎

後藤

明らかに変わりましたね。

最近は、発注時から「適正な工期を設定する」「現場の週休2日の義務付け」などの条件が発注者の側から付けられるようになりました。

発注側によって、受注先の働き方がそこまで具体的に左右されるのですね。改めて納得です。

髙崎

「経験工学」の功罪

福地

私は自分自身の経験からも、「社員の意識を変える」のが一番難しいと感じていました。

特にベテラン社員は先輩から、時間をかけて様々なことを教えられ成功体験としてきた。だから、時短に関する意識がもともと低いのです。

「時間をかけるほど良い」の考え方が身に染みていると、時短は悪いものに見えますよね。

髙崎

福地

特に建設業界には、さまざまな経験が技術に直結することを意味する「経験工学」という言葉があります。よって、経験が重視されます。

なるほど! 

経験があってこそ技術が磨かれる、それで成功してきた、という実感があるほど、「経験する時間が減るのは恐ろしい……」と感じてしまいそうです。

髙崎

福地

それでも法律で残業の上限規制が決まりましたから、効率よく経験を積むと同時に労働時間は減らさなければなりません。その上限規制の数値も適当に設けられたのではなく、心の健康にリンクしているなどの医学的なエビデンス(根拠)があります。

当社は社員の幸福度の向上を目指しているので、そのためにも働き方改革を推進していかねばなりません。

仕事の量や効率だけではなく、より広い視点で働き方改革の意義を捉えたと。

髙崎

福地

はい。コンプライアンスだけではなく、社員の人生を不幸にする可能性のある働き方は、やはり続けてはいけない。

幸福度の高い職場は人を惹きつけるでしょうし、人材採用の点でも働き方改革は必要と思いました。

「どうやったらいいの?」のブレイクスルー

後藤

法律施行の猶予期間が終わる2024年3月末までに、どうやっていこうか?と、推進責任者たちで働き方改革について勉強を重ねました。講演を聞いたり、本を読んだり。

当社の場合、改革が加速したブレイクスルー・ポイントは、外部コンサルタントにお願いした時点だったと思います。

御社のコンサルタントは、働き方改革に強い「ワーク・ライフバランス社」ですね。私も実は、ワーク・ライフバランス社が公開している事例資料で御社を知りました。

髙崎

後藤

最初は2022年9月に、外部講師として講演をお願いしました。そこで、人口構造の推移や人間の身体への長時間労働の影響を、論理的に解説されて。

働き方改革のプロの話を聞いて初めて心から、「これはやらなくてはダメなことなんだ」と納得したんです。

福地

私もあの時改めて、今までのやり方を踏襲するだけでは若い世代はついてこない、このままでは先が暗いのではないか、と感じたのを覚えています。

日々の業務で忙しくしていると、人口構造や医学的なエビデンスなどの情報は、なかなか得る機会を作れません。全体を俯瞰する視点やそこからの気づきは、外部のプロだから効果的にもたらせるものでもありますね。

髙崎

福地

講演の後、ワーク・ライフバランス社が建設業に特化して提供しているコンサルティング「建設業2024年問題働き方改革伴走プログラム」を導入して、改革を進めていきました。

安心して「こうありたい」を話す会議

具体的には、どんなことを行ったのでしょう。

髙崎

後藤

2022年から、働き方改革の取組みに対する表彰制度を設け、同時にその内容を共有する発表会を始めました。

2023年には残業上限を遵守するために業務の年間計画システムを導入し、同じ頃、ワーク・ライフバランス社のプログラム「カエル会議」を初めて実施しました。

「カエル会議」は部署ごとに、若手もベテランも全員がフラットに参加して、「この部署でこうありたい」「こういう働き方をしたい」と意見を交換する会議ですね。

髙崎

カエル会議の様子(引用:https://www.toa-const.co.jp/esg/workstyle.html

後藤

その「カエル会議」をまず、全国5つの支店・事業所で行いました。するとそのモデル部署で、とても良い成果が上がったんです。

現場の心理的安全性が高まって、部署をよくするための課題を自分たちで見つけて解決する……。あまり「やらされ感」のない中で、確かな前進がありました。

働き方改革の成果は「残業時間の削減」や「有給休暇の取得率」で測られることが多いですが、御社では心理的安全性にスポットがあたったのですね。

髙崎

福地

これまでの会議では、ベテランの話を若手が聴くということが多かったと思います。ベテランは先達の背中を見て学んできたプライドがありますし、若手は報告をしても、自分の意見は言いにくい。

そのように心理的安全性がない環境では、結局数値ばかりの話になってしまう。これではいけない、安心して話せる環境づくりを推進していかねばならないと考えました。

後藤

心理的安全性のあるフラットな会議は、「ゆるい」のともまた違います。

皆が言いたいことを言うだけではなく、「この部署でこうあるにはどうするか」と、同じ目的に向かって健全な議論ができる。それを実現するのに内部の人間だけでは難しく、コンサルタントのプロの力が必要でした。

ボトムアップの実践例

後藤

「カエル会議」が成功した事例については、現場から話してもらいましょう。

中国支店・秋月JV作業所の山本所長とメンバーの横小路です。

お忙しいところ、ありがとうございます!

そちらの作業所は、どんな職場でしょうか。

髙崎

山本

公共の護岸工事を担う現場です。私の他に4~5人のメンバーが職員として配属され、工程によって10〜15社の協力会社が入れ替わり働いています。

これまではやはり、残業が多く忙しかったのでしょうか。

髙崎

山本

私はもともと「休めるうちはちゃんと休んだ方がいい」という考えでして、月45時間の残業上限を超えないように相談していました。

ですが、実際は「45時間を超えないように」とトップダウンで伝えた後は個人任せにしており、事業所としての具体的な仕組みや方法はなかった。「カエル会議」が導入されてから、その点が変わりましたね。

こちらの事業所で、「カエル会議」はどのように導入されたのでしょう。

髙崎

山本

2023年に、「カエル会議」をモデル的に行う5つの現場の1つになりました。

でも、最初は私たちも「何をやったらいいの?」状態で。その時は繁忙期で、しかもメンバー4人のうち女性が3人配属されるという、前例のない体制になっていたところでした。

男性比率が高い建設業界で、女性が多数派になる現場は確かに珍しいです。

髙崎

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横小路

当時、私が一番勤続年数の長い4年目社員でした。後輩は入社2年目と1年目。さらに、ちょうどこの頃は、私が産休に入る前の引き継ぎのタイミングでもあったんです。

な、なんと……! いくつかの節目が重なったのですね。

髙崎

山本

そんな中でも「とにかくやってみよう」と、1時間の「カエル会議」をやりました。

「作業所のありたい形」をみんなで書いて議題を落とし込んでいく中で、「新入社員が現場で手持ち無沙汰になるのをどうしたらいいか」に絞って、話し合いを進めていくことになりました。

どこの会社にもある光景ですが、部署全体で取り組む機会はあまりないテーマですね。

髙崎

山本

全員で具体的な方法を挙げていくうちに、新入社員の「早く仕事を覚えたい」との気持ちを確認できて、メンバー同士のコミュニケーションが向上しました。

考えてみたら、そうやって一つの目的に向かって「自分たち」について話し合う時間が、これまでの作業所にはなかったんですよね。

確かに、通常では会議というとプロジェクトや進捗について共有するのが目的で、「自分たち」について話す機会ではないです。

髙崎

山本

はい。カエル会議がそのための時間になって、ボトムアップで意見交換や相談ができるようになりました。

横小路さんの仕事の引き継ぎもみんなで話し合って、彼女の業務は2年目社員が巻き取り、2年目社員の仕事を1年目社員にしっかり教えて担当させてと、スムーズに移譲できました。

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横小路

1年目社員への対応は、私が新人の時よりずっと良くなりました。

自分の後輩には辞めてほしくない、どうやったら続けてもらえるだろう?と思っていたのですが、カエル会議で新人の「やってみたい仕事」を言ってもらってそれを割り振ったところ、新人のやる気が出てぐんと成長してくれたんです。

「残業時間が減る」以外の効果

そうしてカエル会議を重ねていって、具体的にはどんな効果が出ましたか?

髙崎

山本

組織のバランスが確実に良くなりました。部下が急成長したことから、それまで月45時間だった残業が、各々10時間ほど減りました。

この年末年始は12連休も実現できて、遠方に実家があるメンバーにゆっくり帰省してもらえています。

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横小路

私は山本所長が「カエル会議」に積極的に取り組んでくださったおかげで、後輩にも仕事を任せられ、産休復帰の後押しになりました。

先輩たちは子どもができたら現場を離れるケースが多かったのですが、「ここなら子育てしながらも、現場の仕事を続けられるのでは?」と思えた。そうして安心して復帰できたのは、本当にありがたかったです。

それはなんと素敵な……! 人手不足の今、安心して産休から復帰できる現場は貴重です。

働く女性の一人として、胸にグッときました。山本所長、いかがですか?

髙崎

山本

いやー、私も泣きそうです。働き方改革には残業削減や女性活躍などいろんな面がありますが、自分は「部下の育成に力を入れられる」点が大きいと思っています。

そうして部下が成長すると、仕事の効率が良くなって、残業も減らしていける。カエル会議をやって、「傾聴は大事だな」「上司が育成に時間をかければ若い子はついてきてくれる」など270度くらい教育に対する考え方が変わりました。

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横小路

私も後輩の成長のおかげで、子育て中の限られた時間の中でも、新しい仕事を任せてもらえていると実感しています。

コミュニケーションの時間が増えて情報共有しやすくなったので、うまく進んでいない仕事をすぐに捉えて消化できています。

「良い成果があった」と伺っていましたが、本当にいいことづくめだったのですね。

髙崎

山本

協力企業の皆さんからも、とても前向きな反応をもらっていますよ。

会社全体が前向きに。トップ層も生活が変わった

現場の方々に実例を伺って、本当に、労働時間を短くする以上の効果が出ているのだと分かりました。最後にトップ層のお二人から見える、全社的な変化を教えてください。

髙崎

福地

働き方改革だけの効果と言えるかどうかは検証が必要ですが、近年は社の業績も向上しています。

また、採用の場では志望動機に「若手がフラットに意見を言える取組み(カエル会議)に魅力を感じた」と答える人が出てきています。

後藤

若手からの意見が積極的に上がってきて、支店長たちが心理的安全性を語るようになるなどと、会社全体で良い変化が見えています。

50代以上の所長クラスにはまだ改革に懐疑的なところがあるので、その意識を改善していくのが、これからの課題です。そのためにも、カエル会議をどんどん広めて普及したいですね。

福地さん、後藤さんお二人の働き方や人生では、何か変化はありましたか?

髙崎

後藤

私は現場に25年いましたし、現場での従来の考え方に凝り固まっていましたが、今まで全く知らなかった働き方改革について学ぶのが楽しくて、この仕事が大好きになりました。

そして家族の介護もあり、「自分も有給を取るよ」と宣言して、前よりも積極的に休んでいます。

福地

私が働き方改革を担って変わったのは、健康への意識や長時間労働のリスクへの理解ですね。

具体的には、睡眠時間を1時間増やしました。朝の眠気がなくなって、いい生活のリズムができて、健康診断の数値も良くなっています。

現場にもトップ層にも、目に見えて効果が出ているのですね。「働き方改革が難しい」と言われている業界でも、こうして進んでいるのだなと希望が持てました。

今日は本当にありがとうございました!

髙崎

2025年5月取材

取材・執筆=髙崎順子
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト