分散した休みは、都道府県が作る!「休み方改革」を先導する愛知県の「あいちウィーク」とは?
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日本社会の休みにくさを考える時、反論としてあがりがちなのが祝日の数。日本の国民の祝日は「年間16日」と、イギリス(8日)、ドイツ(9日)などの他の先進国より多いのです。全国統一の休みがこれだけあるのだから、個人が有給休暇を取れなくとも、「休みにくい」とは言えないのではないか?と。
ですが問題はまさに、休みが全国統一で固定されていること。特に祝日が連なる大型連休・ゴールデンウィーク期間は交通機関の大混雑やオーバーツーリズムなどが起き、せっかくの休暇の質が下がる事態を招いています。
休暇を分散し、質を上げていこうと、独自のアクションを起こしているのが愛知県です。11月27日を「あいち県民の日」とし、県民の日を含む直前の1週間を「あいちウィーク」に設定。さらに、ウィーク期間中の平日1日を「県民の日学校ホリデー」と称して市町村教育委員会の判断で休校日にできることとし、新しい休暇を県民に提案しています。
始まったのは2023年と最近ながら、その動きは全国からも注目を集めています。
このユニークな取り組みは、どのように生み出されたのでしょう? 「あいちウィーク」や「県民の日学校ホリデー」を含む、愛知県「休み方改革」プロジェクトに携わる、愛知県庁の方々に、「休める働き方」を推進するライターの髙崎順子さんが聞きました。
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愛知県「休み方改革」プロジェクトに関わる県庁職員のみなさん
今回は、愛知県「休み方改革」プロジェクトに関わる庁内5課の現場職員のみなさんにインタビューした。2022年に愛知県政150周年を記念して設けられた「あいち県民の日」については、その啓発を目的とした庁内連絡会議(26課で構成)も設置されている。
県政150周年を休み方改革の契機のひとつに
取材依頼に応えてくださり、ありがとうございます!
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髙崎
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地方創生課・小塚
「あいちウィーク」に関心を持っていただき嬉しいです。今日は5つの課から、合計8人で伺いました。
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県民総務課・髙橋
「あいちウィーク」は愛知県の「休み方改革」プロジェクトの一部です。県民のより良い休み方を実現するために、“オールあいち”で取り組んでいて、県庁内の連絡会議には26課が参加しています。
26! 5課・8名でもたくさん来ていただいた感がありますが、それでも一部なのですね。
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髙崎
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地方創生課・小塚
「休み方」と一口に言っても、そこには多くの社会活動が関わってきます。
だから担当課も人間も多角的で、数が多くなるのですよね。今日は地方創生課、県民総務課、観光振興課、労働福祉課と教育委員会義務教育課から参加しています。
新しい休み方を作るには、どんな面でどんな人々が動いているのか……具体的にお話を聞けそうでワクワクしています。早速伺っていきましょう!
まずは「あいちウィーク」がどんなものかを教えてください。毎年11月下旬の1週間に当たるそうですね。
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髙崎
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県民総務課・髙橋
11月27日を「あいち県民の日」とし、県民の日を含む直前の1週間を「あいちウィーク」としています。
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義務教育課・塩野谷
この期間の平日のどこかに、愛知県内の学校が「県民の日学校ホリデー」という休校日を設ける。それに合わせて保護者さんも平日に有給休暇を取得していただき、家族と子どもが一緒に過ごしてもらうことを目的にしています。
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ただ仕事や学校を休むだけではなく、「家族と子どもが一緒に過ごす」というのが興味深いです。
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髙崎
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県民総務課・髙橋
私たちは市町村や企業の方々に、参加を呼びかけて取りまとめ、盛り上げる業務をしています。
2023年には、愛知県内の約9割の市町村で何かしらのイベントを開催していただきました。クイズ大会や抽選くじ引き会、文化施設の入場料割引や無料開放。2023年の関連事業は300に上ります。
1週間の間に300事業が動く、それを聞くだけでも楽しげです。「あいちウィーク」はいつから始まったのでしょう?
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髙崎
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県民総務課・髙橋
2022年の県政150周年を記念して「あいち県民の日」(11月27日)を創設したことをきっかけに、2023年から始まりました。
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観光振興課・渡邉
観光振興課としては、11月23日の勤労感謝の日やもともとある土日に加えて、「県民の日学校ホリデー」で平日が1日、休校日となることで、愛知県では、全国統一のカレンダーとは別の連休が分散して作られることになります。観光面でも、効果が現れるのではないかと期待を持ちました。
小中学校に「新しい休校日」を作るには?
そもそも学校の休みって、国の祝日以外にも作れるのですね……!
「あいちウィークに合わせて、平日に学校の休みを作る」というのが驚きでした。
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髙崎
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義務教育課・塩野谷
日本の法令では、公立学校は市町村もしくは県の教育委員会が、私立学校は学校法人が、学期と休業日を決められることになっています(学校教育法施行令第29条)。
これに基づいて、「あいちウィーク」の中でどこか1日に休校日を作っていただきたいと、教育委員会や学校にお願いしました。
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休校日を作るにあたって、学校側の動揺はなかったのでしょうか? 日本社会では「皆勤賞」の文化があったりと、学校通学がとても大切に思われていますよね。愛知県育ちの友人からも、「皆勤賞の表彰があった」と聞いています。
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髙崎
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義務教育課・塩野谷
不安に思う声はありました。学校ホリデーには各教育委員会の協力が不可欠で、より前向きに取り組んでいただけるかどうかが重要です。
学校ホリデーの趣旨を丁寧にお伝えしたく、市町村の教育長や小中学校の校長が集まる会合に繰り返し出向き、理解をしてもらえるよう説明しました。
2024年度は「県民の日学校ホリデー」の名称で、県内53の市町村の公立学校と県立学校で新しい休業日が導入されています。
そうですよね、全ての子どもたちに休業日を作るためには、全ての教育委員会や学校の協力が必要ですよね……。
愛知県内の学校数を調べたら、小中高校で1620校、生徒は77万7184人でした。実際に数字を聞くと、これが公の力だなぁと感動します。
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髙崎
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義務教育課・塩野谷
心配はありましたが、今はこれまでの2年間の取り組みを経て、県内の親子から「ホリデーをこんなふうに過ごしました」と後押しとなるような言葉が聞こえてきています。
「あいちウィーク」のうちどの日を休みにするかは、どう決めているのでしょう?
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髙崎
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義務教育課・塩野谷
それは各々の教育委員会や学校にお任せしています。
県が「この日」と指定したら、結局は国民の祝日と同じで、休みが固定されて集中してしまいますものね。
選べるようにするから分散できる、ということなのだなと、腑に落ちました。
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髙崎
ランニングコストのかからない仕組みづくり
「あいちウィーク」だからと言って、保護者が仕事を休むのは、現実的になかなか大変なのではないかな、と。この点はいかがでしょう。
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髙崎
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労働福祉課・奥村
はい、それは労働福祉課からお答えします。
よろしくお願いします!
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髙崎
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労働福祉課・奥村
保護者だけでなく、すべての従業員が休暇を取得しやすい職場環境づくりをすることが重要です。
2019年の働き方改革関連法で、大企業では休暇の取得が進んだと感じておりますが、中小企業にはまだやはり、難しさがあります。
愛知県は製造業が強く、製造品出荷額は全国シェアの約15%と46年連続で日本1位。なかでも中小企業が多く、約20万社に200万人以上が雇用されているので、中小企業に向けて休暇取得促進の働きかけを行いました。
どのような取り組みでしょう?
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髙崎
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労働福祉課・奥村
従業員の休暇取得状況によって県が3段階のレベルで認定する、「休み方改革マイスター企業認定制度」を作りました。中小企業だけではなく、医療法人やNPOも対象にしています。
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公的な支援というと助成金などを想像しがちですが、認定制度なのですね。
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髙崎
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労働福祉課・奥村
実は、施策内容を検討していた時に、県内の企業へのヒアリングで出てきた要望なんです。
「助成金や補助金もありがたいけれど、一時的な効果しかない。県にはそれよりも、休暇取得に積極的に取り組んでいる中小企業を認定してほしい」と。
中小企業は年々人手不足が深刻で、県の「お墨付き」があると、人材確保に役立てられるとのことでした。
人手不足はもはや避けて通れぬお題ですね……。人手が足りないから仕事が回らず、有休も取得できない、と聞きます。
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髙崎
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労働福祉課・奥村
その一方で、最近の若い人材の多くはプライベートを重視する傾向があり、やりがいとワークライフバランスの両方を求めて、きちんと有休の取得できる企業かどうかを見ています。求人票を見るときは休暇の欄を見るし、面接でもしっかり尋ねる。
なので、認定制度では「ハローワークの求人票に認定企業であることを記載できる」といったインセンティブをつけました。
するとどうでしたか?
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髙崎
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労働福祉課・奥村
私たちの予想より反響が大きく、県内の多くの企業からの問い合わせが来ました。「ウチはこういう取り組みをしているんですが、どのレベルで認定されますかね?」など。
「中小企業でもすでに実践しているところがこんなにあるんだ!」というのは、私たちにも嬉しい発見でした。認定された企業からは、採用面接で認定の話が出たり、従業員の中で話題になったという話も聞いています。
素晴らしいですね! 確かに各企業の取り組みは、発信する機会がないと、なかなか知られません。公的な“お墨付き”マークと一緒に知る機会があったら、企業にも求職者にも、確実に役立ちそうです。
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髙崎
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労働福祉課・奥村
この認定にはもう一つ効果があって。それは、自社だけではなく他社の様子が見えること。
中小企業はいくつもの取引先がいますから、認定によってお互いの休み方を知ることができ、他社の休み方に配慮して連携するきっかけになっているようです。
しかもこの方法ですと、助成金と違ってリーズナブルで済むのでは……?
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髙崎
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労働福祉課・奥村
もちろん立ち上げの際のウェブサイトの構築や広報活動には経費が要りますが、一度形になったらランニングコストはかなり抑えられると思います。
知名度向上のため、まだまだ広報は必要と考えておりますが、将来的には予算規模としてはかなりリーズナブルに運営できるかと思います。
民間企業も巻き込んだ割引&無料で「休みの使い方」を助ける
そうして新しい休みを作った上で、観光やレジャーなどのコンテンツも提案しているのが、「あいちウィーク」の興味深いところですね。
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髙崎
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観光振興課・渡邉
質の良い休暇の時間を、県内で楽しんでほしいですから。県庁内の各関係課が観光スポットやレジャー施設だけではなく、鉄道会社や飲食店等にも協力をお願いしています。
前述の特設サイトでは「お得な県民の日活用方法」というページを作って、その内容を紹介しています。
これはすごいですね、名鉄電車と名鉄バスの1日乗り放題がセットになった小児きっぷが……1人150円!?
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髙崎
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観光振興課・渡邉
名鉄グループが運営しているモンキーパークや明治村など、この切符を買った小学生分は入場料無料にもなる施設もあります。保護者分は通常価格ですが、お子さんの分だけでも値引きや無料になったら、違いますよね。
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観光振興課・渡邉
また、普段見られない工場の見学受け入れや地場産業の体験プログラムを提供してくださる企業もありました。
行く先々でおトクや新発見があって、出かける気がそそられます。工場見学などは大人も楽しそうです!
ラインナップを見ていて、「ここって愛知県の会社だったんだ」と改めて気がついたところもありました。
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髙崎
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観光振興課・渡邉
実は、県民の皆様からも「地元なのに知らなかったことを学べてよかった」という声をいただいています。
また、「県民の日学校ホリデー」を活用して県外に出かけた県民もいらっしゃいました。2023年に愛知県と隣接県の宿泊施設・観光施設にアンケートを取ったところ、「県民の日学校ホリデー」当日は、県外の施設においても、例年より利用客が多かった、という回答も一定数ありました。
隣接県で同じ制度を作ってお客さまを送り合うアイデアにも、高い関心が寄せられました。
近隣の都道府県ごとに時期をずらして設定すれば、混雑を緩和しつつの観光需要喚起ができますよね。
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髙崎
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観光振興課・渡邉
自由解答欄には静岡県内のレジャー施設から「『県民の日学校ホリデー』当日は平日だったにも関わらず、期間中で最も入場者数多く、約半分の車が愛知ナンバーだった」との声も届いていました。
他県と連携して広げられたら、より集客増の相乗効果が狙えそうです。
トップダウンと横連携の「休み方改革」
最後にぜひ、「他県との連携」について聞かせてください!
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髙崎
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地方創生課・小塚
それは、地方創生課からお話しします。冒頭にも述べましたように、愛知県「休み方改革」プロジェクトの名で、県庁だけではなく、諸団体とも横連携し、さらには他県の横展開を目指して取り組んでいます。
具体的にはどのような方法で取り組んでいるのでしょう?
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髙崎
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地方創生課・小塚
まず「全国知事会」という都道府県知事の組織を通して、ご一緒にやりませんかとアプローチしています。
全国知事会の中に本県知事の大村をリーダーとする「休み方改革プロジェクトチーム(PT)」を作り、現在は39都道府県にご参加いただいています。
このPTでは、様々な団体への「提言」をまとめて、それを手に要請活動を行っています。また、2024年夏の全国知事会議では、経済同友会や日本旅行業協会の関係者にもお話しいただき、知事の方々と現状認識を共有し合う機会もありました。
実は私も2024年夏の全国知事会議でセッションに呼んでいただき、フランスの休み方の事例をお話ししてきました。
休み方改革は、日本全国の課題ですものね。
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髙崎
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地方創生課・小塚
全国の問題ですが、各地域で実情は違います。なので、取り組むきっかけや方法も様々です。
たとえば、山口県では「こどもや子育てにやさしい休み方改革」を掲げています。親子で過ごす時間を増やして山口県で子育てすることの満足度を向上させ、少子化の改善に繋げたい、と。
今日のお話から、愛知県は「休みの分散」と「休暇の質の向上」に取り組んでいると伝わります。きっかけはどんなものだったのでしょう?
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髙崎
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地方創生課・小塚
うちの県は、大村知事の実体験がきっかけでした。2022年のゴールデンウィークに知事が家族旅行に出かけたら、とある観光地がとても混んでいて値段も高く、サービスも追いついていない。その場で働く方もかなり大変そうだった。
この実体験が大きく背中を押したようです。「せっかくの休暇なのに休みの質が低くなって、かえって疲れてしまうのはもったいない! 愛知県からやるぞ!」とトップダウンで取り組むことになりました。
実体験での後押しはやはり強いですね。
その一方で、トップダウンで降りてくる形ですと、「ただでさえ忙しいのに」「仕事を増やすな」と現場から反発が出ることもあります。そういう面はなかったですか?
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髙崎
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地方創生課・小塚
「休みを作る」というのはやはり大きいことですし、人の数だけ意見は違います。
ですが「休みたい」、「休めるようにしたい」という思いは、誰しも根底にあると思います。なので組織横断的に取組み、関係者に丁寧に説明することを心がけました。
こうしてお話を伺っていると、「丁寧な説明」と「組織横断の連携」の意義をひしひしと感じます。
「休みを作る」と言っても、本当に多角的な取り組みがパッケージになっているんだなぁと。
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髙崎
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地方創生課・小塚
休みをめぐる課題は、教育、観光、労働、経済、産業と多岐に渡っているので、どれか一つだけを切り離して取り組むより、パッケージにする方が理にかなっているのですよね。
結果のインパクトもより大きくなります。
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観光振興課・渡邉
もう一つ付け加えると、「あいちウィーク」の特徴は、学校だけがまず「県民の日学校ホリデー」で平日に休んでいるけれど、会社は完全には休んではいないんです。
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労働福祉課・奥村
つまり、社会活動全体は“シャットダウン”しない。子どもたちに合わせて、休める大人が平日に休んで、“ペースダウン”している、と。
この「県民の日学校ホリデー」のペースダウン効果と、「あいちウィーク」の休暇を楽しむ効果が、全国で広がるといいですよね。
そうしたら日本全体に、楽しさと元気がさらに増える気がします。都道府県は、地域と全国の両方を繋ぐ存在なんだということも勉強になりました。
今日はたくさんお話しくださり、ありがとうございました!
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髙崎
2025年1月取材
取材・執筆=髙崎順子
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト