「人生は一回しかないのだから」。中小企業の社長を変えた、人生初の3週間の休暇体験
平日5日に前後の土日を付けて、連続休暇は9日間か10日間が最大限。罪悪感を少なくするには、お盆か年末年始にひっかけて……。
日本で働く人の多くは、そうして休暇を捻出しているのではないでしょうか。「もっと長く休みたいな」と願いながらも、目の前の仕事は途切れなく続き、長い休みを取るのはなかなか現実的ではありません。
神奈川県でビルメンテナンス業やプラスチックリサイクル業、自動車整備業、飲食業など、従業員200人規模のグループ会社を経営する秋山哲也さんも、そう考えていた一人です。しかし昨年、一念発起して連続3週間の休暇を実現し、「しっかり、長く休むこと」の大切さを痛感。働き方と休み方への意識が変わったと言います。
多忙な経営者はどのように休暇を実践したのでしょう? 秋山さんが実感した休むことの大切さを、『休暇のマネジメント』(KADOKAWA)の著者・髙崎順子さんが伺いました。
秋山哲也(あきやま・てつや)
1974年、神奈川県伊勢原市生まれ。A’S ホールディン株式会社 代表取締役。青山学院大学卒業後、自動車整備業・ビルメンテナンス業などを営む実家企業に就職し、社長に就任する。2001年より、「真のナポリピッツァ協会」の認定を持つイタリアンレストラン『リストランテ アルベロベッロ』で飲食業に参入。地元伊勢原市のほか、東京都内、メキシコなどで系列会社を経営している。
休みにくい中小企業の社長が、日本を3週間旅立った
神奈川県伊勢原市を拠点に、さまざまな業種のグループ会社を経営していらっしゃいますね。事業規模はどのくらいでしょう?
秋山
正社員は約60名、パート社員を含めて200名ほどに働いてもらっています。
秋山
実はこのような取材を受けるのは初めてで、「私でいいのかな?」と今も思っています。日本中にたくさんある中小企業の一つですし……。
中小企業は数あれど、秋山さんのように社長自ら連続3週間の長期休暇を取られるところは稀です!
秋山
確かに、周りで同じように不在にしている経営者仲間はほぼいないですね。経営者は日々やることが多く、まず休むという感覚がないですから。
やっぱりそうですよね。
秋山
私は2022年と2023年の夏に3週間ずつ休暇を取りましたが、その前までは、平日5日間と前後の土日をつけた「連続10日間」が最長でした。
10日間から3週間は、かなりの変化ですよね。何かきっかけが?
秋山
私は「中小企業でも海外進出したい!」と願っていて、メキシコを訪れる機会があったんです。
同時に、小学生の息子がヨーロッパのサッカーキャンプに2週間ほど参加することになった。そこで親の送迎が必要になり、「では組み合わせて行こうか」と計画しました。
メキシコとヨーロッパですか! かなり離れた場所ですよね。
秋山
そうなんです。行くまでも長時間かかるし、せっかくだから息子がキャンプの間は旅をしよう、と。
1週間は久しぶりに夫婦で旅行をし、もう1週間は友人に会いに単身で北欧に行ってから、サッカーキャンプへ息子を迎えに行きました。外国にそんなに長く行くなんて、もう記憶にないくらい久しぶりでしたね。
それだけの期間、日本を不在にすると、お仕事が大変だったのではないですか?
秋山
休暇が始まる直前の1週間は、もうめちゃくちゃでした(笑)。前倒しで済ませたい仕事が溜まって溜まって、終わらなくて……。
日々のルーティンの業務もこんなにあったんだ、と改めて気づきましたね。息子の用事がなければ、これだけ長く不在にはできなかったとも思います。
10日目で帰りたくなって、それを超えた先に見えたもの
その3週間、お仕事をされていましたか?
秋山
まったくなし、ではなかったですが、かなり少なかったです。仕事のつもりで滞在していたメキシコの期間を入れても、普段の仕事量の1〜2割くらいで。
会社には「いつでも連絡してね」と言っていて、スマホも常にチェックしていましたが、スタッフの皆さんが頑張ってくれていたのだと思います。
連絡がないと、逆に心配になりませんでしたか?
秋山
元々仕事は人に任せるタイプなのですが、「えっ、これでいいのかな」と感じることはありました。「帰ってみたら自分の居場所がなくなっているんじゃないか?」なんて思ったり……。
でも、戻っても私の椅子はありましたし、会社も潰れていなかった。仕事も意外と溜まっていなくて、ありがたかったです。
普段から部下に任せていても、そのように感じるのですね。
秋山
これだけ長い不在は初めてでしたから。そして10日目くらいには、なんだか休んでいることに飽きてしまうような感覚もありましたね。
もういいかな、帰りたいかな……と。でもそれを超えると、違うモードに入ったんです。
違うモード、とは?
秋山
休暇モード、というんですかね。ストレスがスーッとなくなっているのを感じて、少し驚きました。それまで自分はあまりストレスを溜める方じゃないと思っていたんですが、やっぱりあったんだなー、と。
そこからは非日常の中で、心からリラックスして過ごしました。スマホがなければもっといいのにな、とまで思ったり(笑)。
10日間を過ぎたら、というのが面白いですね! それまで最大限に休めていた期間を超えたところで、心境の変化が起こったんですね。その時、どんなことを感じていましたか?
秋山
一番痛感したのは、「人生、一回きりなんだよな」ということでした。
地中海の海岸で、息子と二人で並んで座って海を見ていたのが、とても印象に残っています。あれは長期間休まなければ、得られない時間でしたね。
ああ〜……。お話を聞いて想像するだけでしみじみいいですね、その時間。
休暇があったから気づけた、日本の問題点
振り返ってみて、その休暇についてどう思いますか?
秋山
一言で表現すると「最高」でした。出社して現実に戻るのにかかったのは1日だけでしたし、かなりリフレッシュできました。
ただ遊んでいるのではなく、仕事あっての休み、というのもよかった。うちのスタッフにもこうしてリフレッシュしてほしいと考えましたね。そのためにどうしたらいいのかな、とも。
日本はとにかく休みにくい、休むのがマイナスという空気がありますよね……。
秋山
事務職と現場職など職種によっても違いますが、うちの会社ですと、飲食業はやはり休みにくいです。現場はなかなか代わりがいなくて、一人抜けたら穴が空くから休みにくい。
ワークライフバランスが悪いからどこも人手不足で、求人を出しても応募が来ないことも多いです。
休めないことによる悪循環ですね。
秋山
それを解消するのは大変ですが、経営者が考えるべき点なんですよね。人が足りなければ定休日を増やすか、営業時間を短くする。
それでも経営を維持できるようにするには、値上げと賃金アップを同時にやっていかなくちゃなりません。
2023年に入って、日本でも値上げと賃上げについて言及される場面が増えました。
秋山
私はそれを、昨年の旅行中に気づかされました。メキシコやヨーロッパは、日本よりずっと物価が高いんです。
秋山
高すぎる、と最初は感じましたが、「いや、これは逆に、日本の物価が安すぎるんじゃないか? これでいいのか? 私は自分の会社をどうしていくべきなんだろう?」と。
長い休暇を取って、遠くで非日常を過ごして、日本の状況を客観的に見ることができたのですね。
秋山
その休暇も、休暇を取るための取り組みも、個人の努力だけでは難しいんです。ヨーロッパはワークライフバランスが日本よりよく、長いバカンスが定着していますが、それは国が法律や制度で「休まなきゃいけない」ようにしているから。
日本も法改正をがっつりして、経営者がやらなきゃならないような仕組みを作る必要があります。
休まないのは、会社に依存すること?
日本の場合は、「休みたがらない人」というのもいますよね。働くのが生きがいと言うか。
秋山
それでも休まなきゃダメですよね。プライベートが充実していないと、いい仕事はできない。仕事のためにも休みは当然必要なんですが、そういう理解は広まっていないように感じます。
わかっちゃいるけど休めない、という人も多いかと思うんです。会社や上司によって、部署の休みやすさが変わってしまうのもあります。
秋山
同級生や周囲の人からも、それは聞きます。その度に、なぜその会社に居続けるのかな、辞めて転職すればいいのに……と正直、思ってしまうんです。
「それでも、自分にはその会社しかない」と思ってしまうほど、依存しているのではないでしょうか。実際、会社へのネガティブな話は、大企業に勤めている人から聞くことが多いですね。
文句を言いながらも離れられないのは、まさに依存ですね……。
秋山
うちのような中小企業ですと、もし会社がダメと言われたら、社長である私がダメと言われているように感じるんです。だから、少しでもそう言われないようにしたい。
そして勤めている人たちにも、「自分にはこの会社しかない」とは思わないでほしいなと。他にも会社はたくさんありますから。
休めなさには、会社と働く人の関係も反映されているのですね。
秋山
私自身、長く休んだことで、自分の人生を考えさせられました。私は人が好きで、外国語ができなくても、結構やっていけるんだな、と再発見できた。
息子に魅力のある会社を手渡すためにも、中小企業の海外進出を成功させたい。まだまだいろんな国に行きたいし、いろんなものを見たい。やりたいことがたくさんあります。
やりたいことをやるためには、休暇は必要です。
秋山
そうです。働き続けるには我慢ばかりしてはいけないし、休暇は私だけでなく、スタッフのみんなと共に続けていくために必要です。その環境づくりという新たなチャレンジに、これからも取り組んでいきたいと思っています。
そのために、フランスのバカンス文化について書かれた『休暇のマネジメント』(KADOKAWA)を何冊も買って、スタッフにも配りました。
経営者がしっかり休むことが、スタッフの皆さんのワークライフバランスに直結している。それをひしひし感じるお話でした。今日はありがとうございました!
2023年10月取材
取材・執筆=髙崎順子
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト