「コワーキングマネージャー」の存在がモノを言うフェーズへ コミュニティとしてのコワーキングが存続するための唯一の方法(カフーツ・伊藤富雄)
テクノロジーの進化によって、人々の働き方はどんどん変化してきました。ノマドワークのように物理的にひとつの場所に留まらずに働くことなどの考え方・価値観が登場し、それに伴って新しいトレンドが次々に登場しています。日本最初のコワーキングスペース「カフーツ」主宰者で、世界中のコワーキングスペーストレンドをウォッチしている伊藤富雄さんが気になるテーマをピックアップして紹介。今回が本連載の最終回となります。
小規模コワーキングがソーシャル・キャピタルとして生き残るには
パンデミックを経て、企業が柔軟な労働環境を整備するために、従来の賃貸借契約ではなく、従量課金制の利用契約で即入居できるフレキシブル・ワークスペース(以下、フレックススペース)を活用しはじめた。
そんな中、イギリスの研究グループが、「フレックススペースを運営する大企業が増えているため、もともと偶然の出会いや知識共有の機会、ソーシャル・キャピタルを生み出すことを目的に開設されてきたコワーキングが少なくなりつつあり、とりわけ小規模のコワーキングは、大手デベロッパーの参入を脅威と捉えている」という研究結果を『Competition & Change』誌に発表した。
この中で、イギリスにおけるコワーキングスペース・ビジネスモデルを以下の3つに分類している。
1:外部組織や後援者が資金を提供するスペース
2:オフィスオーナーがポートフォリオの一部として所有し直接運営する大規模なスペース
3:小規模な独立系オペレーターが運営するスペース
研究グループのFrederick Harry Pitts博士は、「独立系コワーキングは、大手企業からの競争圧力に直面し、短期的でフレキシブルなオフィススペース市場で将来の収益を確保するために、大企業のリモートワーカーチーム、あるいは『エンタープライズ』と呼べるクライアントを引き付け、維持することで、こうした大手プロバイダーと競争せざるを得なくなってきている」と言う。
言うまでもなく、3つ目の小規模なコワーキングは大きな資本力を持たないケースが多い。そもそも、不動産ビジネスとして「場所貸し業」として開業したのではなく、コワーキングの本質的価値である「人と人をつないで価値を生み出す」ための手段、インフラとして開設したスペースは、ほぼ例外なく大きな資本力を持たないスペースに分類されるだろう。
この調査では、「大手のコワーキングスペースのオーナーや管理者でさえ、コミュニティやコラボレーションのメリットを求めるフリーランスワーカーが利用する、中立的なスペースという当初の概念から意識的に離れてきている」と伝えている。
そして、コワーキングスペースの経営者が直面している喫緊の課題は、パンデミック以前に大半のスペースが採用していた「利用した分だけ支払う」料金モデルに起因している、としている。このモデルは個人利用者には好評だったが、「確実な収入」は得られなかった、ということだ。特に、人口の少ないローカルではそううまくはいかないのが現実だ。
スペース主宰者自らがコワーカーの一人としてコワーキングを運営している場合、そこに持ち込まれるビジネスチャンスにコミットする場合も大いにある。むしろ、自分のワークスペースを開放してコワーカーの共用スペースとし、ときに協業・協働する、と言ったほうが分かりやすいかもしれない。
このことに気づいていないスペース運営者は案外多い。「場所貸し業」だと思い込んでいるからだろうが、それではせっかくの機会を逃すことになる。実にもったいない。
同博士も、「小規模のコワーキング事業者は、革新と多角化を進め、できる限りの競争上の優位性を追求するか、あるいは収益性を維持するための他の手段を見つけなければならない」と語っている。コワーキングに「競争」という概念はないはずだが、肝心なのは後半の「他の手段」のところだ。
コミュニティの持つ価値に基づいた料金体系のフェーズへ
そもそも論として、コワーキングの利用料金は、だいたいどこも2時間いくら、1日いくらという設定だ。しかし、この料金の設定根拠が不動産ビジネス的発想に「ハコ」に準じているのが間違っているのではないか?
もっとそのコワーキングならではの魅力(強み、機能、あるいはウリ)に応じて利用料金が設定されてもいいはずだ。下記に例を紹介しよう。
・他のコワーカーと仕事を協業しやすい仕組みを持っている
・そもそも自前で仕事案件をどんどん取り込んでコワーカーに紹介している
・先進的なセミナーを常時開催しコワーカーのスキルアップを支援している
・起業・創業のサポートが手厚い
・仕事に限らず、学びや育児やものづくりや、あるいは食や旅、などの「コワーキング曼荼羅」のテーマに基づいた活動拠点となっている
その結果、「コワーキングの5大価値」がまんべんなく実現されている
・Accessibility(つながり)……必要な時に必要な人と必ずつながる
・Openness(シェア)……お互いに持っているリソースを提供し合う
・Collaboration(コラボ)……協働関係を結んで成果を生む
・Community(コミュニティ)……ローカルにワーキングコミュニティを組成する
・Sustainability(継続性)……ローカル経済の活性化により地域を持続可能にする
この世に同じコワーキングは存在しない。それぞれに、さまざまな属性の人が交差し、つながり、カツドウが展開され、価値を共有するコミュニティだから、それぞれがユニーク(唯一)な存在だ。それを「コワーキングスペース」という言葉でひとくくりにして、全国どこも同じ横並びの料金設定というのがそもそも違うのではないか。
単に場所を時間単位で買うのではなく、そのコミュニティの持つ価値にお金を払う、という発想。そろそろそういうフェーズに入っていい頃かと思う。
クローズアップされるコワーキングマネージャーの存在
上記の「コミュニティならではの価値」をいかんなく発揮するためには、利用者をマスで捉えるのではなく、個々のコワーカーとしてプロファイルし、それぞれのニーズとウォンツに対応することが求められる。そして、それがそのスペースの価値として認識される。
そこで、重要な役割を担うのが「コワーキングマネージャー」だ(後述するが、コミュニティマネージャーではない)。
昨今、コミュニティマネージャーという職種が注目を浴びているが、先日、コワーキングスペースのコミュニティマネージャーを有望なキャリアと見る海外記事に出くわした。あくまで、キャリアアップというテーマで書かれたこの記事の大意はこうだ。
・コワーキングの世界において、コミュニティマネージャーは運営の要であり、その役割は従来のカスタマーサービスをはるかに超えている。
・彼らはつながりを育む橋渡し役であり、イベントを支える綿密なプランナーであり、入会希望者にワークスペースの夢を売り込むダイナミックなマーケターでもある。
・コミュニティマネージャーは、その職務の多様性と要求度の高さから、多くの人が次のキャリアを考えても不思議ではない。
・コワーキングはアメリカだけでなく世界中で活況を呈しているが、その成長は都市部だけに限っているわけではない。
Aiming Higher: Strategies to Advance Your Community Manager Career in Coworking Spaces – Allwork.Space
一般的にビジネスマインドを持つ人々を含むコミュニティと連携するためには、「起業家マインド」を持つマネージャーを必要としている。
すべての起業家は、次の5つのスキルを持つべきだとされている。
・コミュニケーション
・営業力
・集中力
・学習能力
・ビジネス戦略
ぼくが「コミュニティマネージャー」と言わず、「コワーキングマネージャー」と呼んでいるのは、それだけ高度なスキルとセンスとホスピタリティを持ち合わせる、これまでにない職種だからだ。
コワーキングにおけるコミュニティマネージャーは、メンバーの獲得や維持、彼らのビジネス活動のサポートなどの日々の仕事の中で、これらのスキルの多くを習得していく。そして、こうも伝えている。
「コミュニティマネジャーは一般的に過小評価され、低賃金である。ちなみに、ロンドンに拠点を置くコミュニティマネジャーの年間平均給与は3万ポンド強(約553万円)。デキるコミュニティマネージャーには満足できない金額かもしれない」
これは、コミュニティマネージャーの話だが、コワーキングマネージャーはもっと過小評価されている。コワーキングマネージャーは、ただWi-Fiのパスワードを教えるだけの受付係では決してない。コミュニティとしてのコワーキングを維持継続させるために、まさに八面六臂で活躍する超人的な人材、それがコワーキングマネージャーだ。
コワーキングマネージャーは超多忙
ちなみに、「コワーキングマネージャー」のマネージャーは「管理する人」を指しているのではない。誰かを「お世話する人」のことだ。野球部や芸能プロダクションのマネージャーが分かりやすい例だろう。選手やタレントが気持ちよく仕事できるためにありとあらゆるサポートをする。
コワーキングマネージャーはコワーカーをお世話するために存在する。そんなコワーキングマネージャーには、3つのホスピタリティが求められる。
1:情報の提供
コワーカー(利用者)のビジネスに役立つ情報を漏らさず提供する。そのために、日頃から多様なニュースソースを持ち、日々、チェックを怠らない。
2:人の紹介
忙しくて手が回らないコワーカーや、得意分野ではないスキルが要求される案件をもつコワーカーに協業できるパートナーを紹介する。
3:仕事の斡旋
逆に時間を持て余しているコワーカーに仕事を紹介して応援する。と同時に、その案件にコミットしてコワーキングスペースの収益向上に貢献する。
そしてこれらを前提として、少なくとも以下の業務を日々行う。
・プロファイル
コワーキングを利用するコワーカーの目的やニーズを把握する。
・コンシェルジュ
それらが十分に叶えられるよう、いつでもサポートできる体制を維持する。
・マーケティング
そのコワーキングの存在を世に知らしめ、コワーカーの来訪を促す。
・広報
そのコワーキングで何が起こっているか、情報発信する。
・イベント企画・催行
テーマを設定し、告知・集客し、学びとつながりを促し、かつ収益向上のためのイベントを催行する。
・コミュニティ運営
コワーカーをつなげてコラボを誘発し、彼らの活動のためのインフラとし、継続的な関係を作る。
・コンサルティング
時には個々のコワーカーのビジネスの相談にも乗る。
・経営
さらにはスペースを維持するための収益モデルを考案、試行し、維持継続を図る。
・スタッフマネージメント
運営スタッフの採用、教育、シフト(ローテーション)の管理を行う。
少なくともこれだけのことを実行するスキルとセンスとホスピタリティ(と体力)を持ち合わせる人材、それがコワーキングマネージャーだ。毎日、目が回る忙しさなのがイメージできるだろうか。
そして、こうした仕事を通じてコワーキングの理念を具現化するのもマネージャーの仕事のひとつ。よくコミュニティマネージャーと混同されているが、コミュニティマネージャーの仕事は、言ってみればコワーキングマネージャーの仕事のごく一部に過ぎない。
むろん、チームで分担してもOKだが、それも全体をコントロールできる者がいて初めて機能する。パンデミックを境に、欧米で有能なコワーキングマネージャーが非常に高額な報酬でスカウトされていると聞く。
特にプロファイルは必須事項だ。コワーカーの職種や得意分野、よく参加するセミナーやワークショップのテーマ、趣味・嗜好、つながりのあるコワーカー、仲のいいコワーカー、逆に肌が合わないコワーカーなど、その人のプロファイルを随時アップデートする。
その糸口を掴むのに有効なのがイベントの催行だ。参加者であるコワーカーの関心領域をまず把握するのにセミナーやワークショップ、あるいはパーティーが情報収集に役立つ。
個々のコワーカーにきめ細かく距離感の近い対応ができるのは、むしろ小さなコワーキングのほうで、ここが大手に対抗できるところではないかと考えている。それはコワーキング運営のITツールやプログラムを駆使するということではなく、もっとリアルで手触りのする営みによって実現する。いわば、資本力ではなく人間力で価値を出すといったところだ。
コワーキングマネージャーという職種が社会に認知されるまで
ところで、日本にもコワーキングの運営について、スペース運営者が集まって学び合う団体、グループがいくつかあり、ぼくも「コワーキングマネージャー養成講座」を開講しているが、一般社団法人コワーキングスペース協会もそのひとつ。
先日、その記念すべき100回目はぼくが運営するコワーキング「カフーツ」で開催され、リアルとオンラインで総勢40名ほどが集まり、ぼくがお話をする機会を得た。
そこでも述べたことだが、今後、リモートワークやハイブリッドワーク、はたまたデジタルノマドが広く社会に浸透するに連れ、コワーキングのニーズはますます高まる。その一方で、コワーカーの要求もまた多様で複雑になり、それに対応できる、つまり頼りになるコワーキングマネージャーの存在がそのスペースの価値を決めるようになる。
そして、そういうコワーキングマネージャーがいるところに、ヒトは集まる。要するに、「ハコ」ではなく「ヒト」ということだ。
ちなみに、その会では「これまでのコワーキングはある種、不動産業界のブームであったが、それもそろそろ終わるのではないか」という意見も出た。ぼくはそれでいいと思っている。それを経て、本当にローカルに必要で、ローカルに根ざすコワーキングが各地に生まれていく、そういうフェーズに入る。今はその途上にあると考えている。
実は、各地でコワーキングをテーマにしたフォーラムやカンファレンス開催の企画も進みつつある。そこでも、コワーキングマネージャーの日常が披露され、情報や知見、ノウハウのみならず、課題やその解決策などが共有されることと思う。
教え、教え合う、まさにコワーキングならではのプロセスを経て、都市圏、ローカル問わず各地にコワーキングが開設され、相互に連携し、補完し合うネットワークが構築されることを期待している。
そして、そのネットワークを十二分に機能させる張本人こそ、コワーキングマネージャーだ。彼らなくしては、日本の、いや世界のコワーキングはそれこそただの「ハコ」になってしまう。
コワーキングが単なる「ハコ」ではなく、「人と人をつないで価値を生み出す仕組み」であることを周知し、同時にそれを実現するコワーキングマネージャーという職種が広く社会に認知されることを目指して、ぼくもカツドウを続けていく所存だ。
今回でこの連載は一応終了となります。1年間、おつきあいいただきありがとうございました。また、どこかでお目にかかりましょう。
参考リンク:
Research: Large Operators’ Growth Threatens Grassroots Coworking Spaces | Mirage News
Aiming Higher: Strategies to Advance Your Community Manager Career in Coworking Spaces – Allwork.Space
企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト