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コワーキングは事業協同組合に似ている? ニュージーランド・Enspiralの事例が示す、コワーキングの新たな収益モデルの可能性(カフーツ・伊藤富雄)

(アイキャッチ出典:Enspiralウェブサイト)

テクノロジーの進化によって、人々の働き方はどんどん変化してきましたノマドワークのように物理的にひとつの場所に留まらずに働くことなどの考え方・価値観が登場し、それに伴って新しいトレンドが次々に登場しています。日本最初のコワーキングスペース「カフーツ」主宰者で、世界中のコワーキングスペーストレンドをウォッチしている伊藤富雄さんが気になるテーマをピックアップします。

コワーキングは、人と人をつないでビジネスや活動を行う拠点、スキームであり、そして協働できる仲間を見つけるハブ、そしてコラボを組んでコトを起こし進めるためのインフラだ。

そんなコワーキングに似た仕組みに「事業協同組合」がある。今回はコワーキングの相似性に着目し、ニュージーランドの協同組合的LLC「Enspiral」の事例から、コワーキングの新たな可能性を探っていく。

そもそも「事業協同組合」とは何か?

事業協同組合とは、小規模事業者が組合員となり、自らの事業のために組合を活用し、また、組合の事業に参加し、他の組合員との協業によって事業の成長を目指す共同体を指す。中小企業等協同組合法に則り、所管行政庁を通じて経済産業省の認可を受けてはじめて登記できる「認可法人」であり、いわば国のお墨付きをもらった法人組織だ。

1つ目のポイントは、「小規模事業者」である組合員が事業を行う共同体ということ。組合自体が大きな利益を上げることを目的としておらず、さらに必ずしも同一業種の事業者である必要はない。

ちなみに、筆者が代表を務め、今年で12期目を迎えたコワーキング協同組合は「事業協同組合」である。コワーキングというワークスタイルで働くワーカーと、そのワーカーをサポートする立場にあるコワーキングスペースの運営者で構成されている。その双方とも「事業者」であり、それぞれの事業の成長・発展のために組合を活用している形だ。

2つ目のポイントは、協同組合のメンバーが出資することで組合員となり、共同で組合を所有し、その運営にも関わること。一方、株式会社の場合、組織の所有者は株主であり社員ではない。

3つ目のポイントは、総会などでの議決権の行使。協同組合の場合、組合員は出資者だから当然議決権を持つものの、出資金額の多寡にかかわらず誰しもが等しく1票の議決権しか行使できない。株式会社の場合、出資額の多い株主が大きな株数を根拠に議決に影響を及ぼすことが可能だ。

つまり、協同組合はあくまで目指す方向を同じくする者たちが対等な立場で活動するための共同体として運営されるものなのである。

事業協同組合はコワーキングに似ている

事業協同組合の特徴がわかったところで、2006年頃にアメリカで提唱された「コワーキングが提供する5大価値」を、ぼくなりの解釈を加えて見直したい。

・Accessibility(つながり)必要な時に必要な人と必ずつながる
・Openness (シェア)お互いに持っているリソースを提供し合う
・Collaboration (コラボ)協働関係を結んで成果を生む
・Community (コミュニティ)ローカルにワーキングコミュニティを組成する
・Sustainability (継続性)ローカル経済の活性化により地域を持続可能にする

よく見ると、「協働」関係を結んで仕事をする、事業を行う、という意味で、「事業協同組合」とまったく同じである。つまり、「事業協同組合」はコワーキングの理念にもっとも近い組織形態とも言えるのではないだろうか。

だとすると、事業協同組合のメンバーが「自分たちのもの」として運営するコワーキングがあってもいいのではないか?

そもそも、ぼくが2010年に日本初のコワーキングスペース「カフーツ」を神戸ではじめたのも、自分たちの仕事や活動の拠点として必要だったからだ。場所を貸して利用料金を徴収するビジネスをしようと思ったわけではない。

さらに元をたどれば、2005年にサンフランシスコで「Coworking」という言葉を創案したBrad Neuberg氏も、ひとりで仕事をしていて煮詰まったときに友人に声をかけて一室に集まったのがはじまりだったという。

ワークスペースを自分たちの仕事や事業のために共同利用しているのであって、その家賃をまかなうために利用料(参加費と言ったほうが正しいかもしれないが)を受け取っても、他人に貸すことで収益をあげることが目的だったわけではない。

つまり、今、我々が運営しているコワーキング(スペース)の原型は、利用者自身が運営者であったということになる。ぼくは、この「自分たちが利用するコワーキングを自分たちで運営する」、いわば「自治運営」がコワーキングを社会に浸透させるための次のフェーズだと考えている。

組合を英語でCooperativeというが、まさに「Co=協働で」「Operate=運営する」を意味する。そういう意味で、協同組合という共同体がコワーキングを開設し運営するというストーリーは筋が通っているのではないか?

そう気づいて調べてみたのだが、残念ながら現時点では事業協同組合が直接運営するコワーキング事例は海外でも見当たらない。

コワーキング協同組合でも、組合としてはコワーキングスペースを運営していない。ちなみに、福島県には「福島県コワーキングスペース協同組合」が2022年11月に設立されスペース事業者が連携する共同体として活動しているが、こちらも同様である。

しかし、組合という法人格を持っていないものの、その思想と行動様式がまさにそれと合致する事例がある。ニュージーランドの協同組合的LLC「Enspiral」だ。

ニュージーランドの協同組合的LLCEnspiral」とは?

(画像出典:Enspiralウェブサイト)

Enspiralはオーストラリア人のソフトウェア・エンジニアであるJoshua Vial氏が、2010年にニュージーランドの首都ウェリントン近郊で立ち上げた組織だ。

2008年に独立したVial氏は、自分と同じように社会問題や環境問題に関心を持ちながら、安定した収入源を持たない人たちと出会い、彼らを支援するために「社会的企業支援ネットワークのようなもの」としてEnspiralを設立した。(なお、2013年以降、Vial氏は指導的立場から徐々に身を引き、再びコミュニティの一員となっている)

Enspiralの歩みと、コミュニティのパワーによってビジネスをどう展開してきたかを著した本が2018年に出版されている。2019年10月以降は、あまり目立った動きが伝わってこないのだが、2023年に入ってからポッドキャストが数回配信されていて、YouTubeに動画がアップされている(画像出典:Better Work Together ウェブサイト)

Enspiralにはさまざまな事業領域を持つ個人、法人がメンバーとして集まっている。ただし、インキュベーターでもアクセラレーターでもない。トレーニング・プログラムでもなければ、アドバイザリー・サービスでもない。

Enspiralは権力階層を排除し、対等な立場でコラボを生み出し協業するコミュニティであり、まさにコワーキング的な組織だ。

法的には、EnspiralはLLC(有限責任会社)であり、利益を生み出す組織だ。しかし、実際は協同組合的組織として活動しており、資金は組織とそのメンバーに再投資される。メンバーは、1人1株を所有している。つまり、全員がこの組織の所有者だが、売却できないし、また配当もない。この1株は「集団における市民権」だとVial氏は説明する。

また、Enspiralは給与制を採用せず、各人材がさまざまなプロジェクトに参加し、その貢献度によって収益の配分を決めている。

Enspiralの仕組みと独自ツール

ここまで説明してきた内容を実現するためには、しっかりと仕組みを作り、テクノロジーを活用していく必要がある。Enspiralの3つのポイントを紹介する。

ハブとして機能する財団「Enspiral Foundation」

(画像出典:Enspiralウェブサイト)

Enspiralの仕組みを実現するハブとなっているのが、メンバーからの自発的な寄付により運営されているEnspiral Foundation(財団)だ。

2013年当初、Enspiralはメンバーが生み出す収益の最大20%を徴収し、その4分の1を財団に寄付し、残りの15%を組織の運営費や新たに開発するサービス・プロジェクトの資金に充てていた。ただし、その割合は請け負った案件ごとに自由に変更できる。

組織内の資金再分配システム「Cobudget」

Enspiral Foundationの資金配分に利用されているのが、メンバーの銀行口座を仮想化し売上を組織内で再分配するシステム「Cobudget」だ。Enspiralのメンバー企業が独自に開発したツールである。

(画像出典:Enspiralウェブサイト)

たとえば、Aさんが500ドルの売上を上げたとして、仮にその20%をEnspiralの「集団基金(collective funds)」に回すとすると、残りの400ドルはAさんのmy.enspiralというシステム内の口座に入る。my.enspiralに入金されたお金は、いつでもログインして確認できるし、もちろんAさんは自由に使える。

便利なのは、システム内で他のメンバーに送金できることだ。つまり、Enspiralで仕事を手伝ってくれるメンバーとコラボし、そのメンバーのmy.enspiral(Enspiralアカウント)に即座に入金できる。

(画像出典:Edmund Hillary Fellowship ウェブサイト)

さらに、このシステムが秀逸なのは、Enspiralの「集団基金」に拠出した20%の使い道も自分で決められる点だ。ここで「共同出資」というプロセスを経る。この基金にプールされた資金を、Enspiralのメンバーが起案するプロジェクトにメンバーそれぞれが再投資する仕組みだ。

「集団基金」の使い道についてアイデアがあれば、バケツと呼ばれる入力欄に書き込んでCobudgetに登録する。メンバーは仮想のお金を渡され、支援したいバケツにお金を入れて回る。その結果はオンラインで全員に共有され、予算となる。この仕組みによって、メンバーは「集団基金」への20%の拠出が税金ではなく、投資のように感じられるようになった。

メンバーが意思表明をするツール「Loomio」

そして、組織の課題に対してEnspiralのメンバーがそれぞれの意思表明をするツールがLoomioだ。誰かが起案した議題に対して、メンバーはオンラインで「賛成」「反対」「棄権」「わからない」と投票できる。こちらもEnspiralのメンバー企業が独自に開発し、現在は世界中の企業、団体で利用されているツールだ。

(画像出典:Enspiralウェブサイト)

Loomioによってメンバー会員は議論に参加でき、意思決定プロセスは合理化される。結果、透明性と説明責任の向上につながるだけでなく、より迅速で俊敏な意思決定ができる。

(画像出典:Loomioウェブサイト)

コワーキングの新たな収益モデルになる可能性

ここまでニュージーランドのEnspiralの事例を見てきた。ちなみに、現在、コワーキング協同組合では、全国のコワーキングのイベント情報を共有し、その参加費から収受する手数料の一部を、コワーカーのプロジェクトに再分配するアプリの開発をしている。

冒頭で述べたように、コワーキングは人と人をつないでビジネスや活動を行う拠点でありスキームであり、協働できる仲間を見つけるハブであり、コラボを組んでコトを起こし進めるためのインフラである。

今回、Enspiralの事例を取り上げたのは、多種多様な職種の人たちが集まり、コラボを組むことでビジネスを回し、そこから上がる収益を組織に再投資するという仕組みを、メンバーの明確な参加意識をもって実行しているからだ。そして、それこそがコワーキングというワークスタイルの理想だと考えている。

そして、そうした協同組合的な運営によって、コワーキングスペースは利用料以外の、別の収益モデルを持つ可能性があることも、あらためて強調しておきたい。

大都市圏ならいざ知らず、利用料金だけでコワーキングを運営するのは、ローカルではなかなか難しいのが現実だ。そこを、自ら稼ぐ仕組みを持って解決する。そのために事業協同組合という選択肢を検討してみてはどうだろうか?

企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト