女性専用コワーキングが提供する真の価値とは 自己実現をサポートするためにコワーキングは存在する(伊藤富雄)
テクノロジーの進化によって、人々の働き方はどんどん変化してきました。ノマドワークのように物理的にひとつの場所に留まらずに働くことなどの考え方・価値観が登場し、それに伴って新しいトレンドが次々に登場しています。日本最初のコワーキングスペース「カフーツ」主宰者で、世界中のコワーキングスペーストレンドをウォッチしている伊藤富雄さんが気になるテーマをピックアップします。
約10年の間に変化したコワーキング業界の男女比
2022年8月に京都、10月に神戸、そして12月に大阪の3都市で「コワーキングフォーラム関西」が開催された。大阪の回には、400名以上が参加する大盛況ぶり。有り難いことに、筆者は3都市すべてで登壇もしくはファシリテートの役目を仰せつかった。
今回、このイベントを通して強く感じたのは「女性が元気」、そのことだった。あくまで体感値だが、フォーラム参加者は、男性60%:女性40%というところだろうか。フォーラムの実行委員会はもとより、ブースを出展された各地のコワーキングスペース運営者、そしてコワーカーとして参加された方々の多くが女性であり、熱量も半端ではなかった。
思い起こせば、日本初のコワーキングフォーラムを神戸で開催したのが2011年12月。実に10年以上の歳月を経てもこうしてコワーキング・カルチャーを共有できることに感慨深いものがある。
しかし2011年当時、参加者数はのべ140名だったのに対して、女性は20名ほど。この頃のコワーキングには、時に男性目線とも言える、ビジネス感覚ゴリゴリの雰囲気もつきまとっていた。
だが、ここ数年、各地のコワーキングにおじゃまするたびに、コワーキング利用者における女性の割合が高まっているのを感じている。
そんなことを考えていた矢先、2022年2月に書かれた「なぜ(今でも)女性中心のコワーキングが必要なのか」という海外記事を目にした。アメリカでは、ここ数年の間に数多くの女性専用、もしくは女性にフォーカスしたコワーキングが開設されている。
今回は、それらの事例や日本のコワーキングスペース運営者へのインタビューを元に「なぜ、今でも女性中心のコワーキングが必要なのか」を考えていきたい。
HERA HUB(アメリカ)
「女性に焦点を当てた世界初のコワーキングスペース&ビジネスアクセラレーター」といえば、2011年にアメリカのカリフォルニア州サンディエゴで創業された「HERA HUB」だろう。
「女性起業家がプロフェッショナルで生産的で、かつ、スパのような環境で、創造とコラボレーションを行うことができるコワーキングスペース」というコンセプトを掲げ、ワシントンDCやシカゴなどを含め、全米7カ所で運営されている。
創設者であるFelena Hanson氏は、なぜ女性のためのコワーキングが次々と立ち上がるのかについて、こう語っている。
「女性は長い間、自分たちが作り出したわけでもないビジネスの世界で活動してきました。そのせいで、多くの女性がさまざまな業界で部外者のように感じています。ですから、私たちのニーズを最優先する場を作ることはとても重要なことなのです」
Why We (Still) Need Female-Centric Coworking: A Q&A With The Coven’s Erinn Farrell – Allwork.Space
ちなみに、HERA HUBは2019年にBenefit Corporation(公益法人)の法人格を取得。地域社会にポジティブな影響を与えることに重点を置きつつ、透明性、説明責任、持続可能な社会と環境への影響の確保に取り組むことを宣言。以下のようなプログラムを提供している。
●「教育」
無料のビジネス教育およびメンタリングプログラム。
●「女性のエンパワーメント」
女性の社会復帰を支援する専用プログラム、女性起業家のための利用しやすいツールやリソース、女性がビジネスを開発・構築するためのインキュベーションやコミュニティ・ワークスペース。
●「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と経済成長」
雇用機会と経済開発を生み出すビジネスを構築する起業家を支援する。
こうした社会性を重視した理念に基づくスペースの運営が、いままで部外者と感じさせられていた女性の起業・創業を全面的にバックアップするのは想像に難くない。
The Coven(アメリカ)
「The Coven」は、4人の女性が何百人ものワーカーにインタビューした後、クラウドファンディングで31万5,000ドルを集め、設立されたコワーキングスペースである。「家のように感じられる包括的な空間」というコンセプトで、現在はミネアポリスとセントポールに拠点がある。
利用方法としては、
・月2回利用で月額95ドル(年額1,000ドル)のプラン
・無制限で月額225ドル(年額2,200ドル)のプラン
・ハイブリッドワークを実践する企業に対してワークスペースを提供するプラン
・地元の起業家限定の無料のデジタルメンバーシップ(Hennepin County Elevate Businessプログラムとの提携によるもの)
などが用意されている。
注目すべきは、ビジネスリーダーとしての学習を支援する24時間利用可能なオンデマンドコースが提供されていること。このシステムの使用料は、スペースの利用料金に含まれている。
さらにセント・ポールのスペースでは出張保育サービスを導入している。ミーティングや仕事、リラクゼーションのためにコワーキングスペースにいながら、安全な環境で子どもの面倒を見てもらえるプログラムだ。
共同設立者であるErinn Farrell氏は、「なぜ女性中心のコワーキングスペースは価値があるのか?」という問いに対して、次のように答えている。
女性専用コワーキングスペースは、母親の必需品を提供している。女性が男性に比べてキャリアで遅れをとる最も一般的な理由である、妊娠中や妊娠後のリソースやサポートの欠如を無視することはない。
Take a look inside these women-only co-working spaces, where inclusivity is the goal│The Lily
女性だけの空間では、セクハラを受ける可能性が圧倒的に少ない」ことも指摘している。セクシャルハラスメントや性的暴行、人種差別、あるいは同性愛を許さない環境の中で、月々200ドル以上を支払って働く個人がいるという現実に対応しつつ、これらのコワーキングスペースは女性に公平に成功のチャンスを与える環境を作り出している。
女性専用のコワーキングスペースは、女性起業家たちが自分の意思でビジネスの世界に参入し、独自のニーズを満たしながらビジネスの目標に集中できるよう力を与えている。
Take a look inside these women-only co-working spaces, where inclusivity is the goal│The Lily
The Riveter(アメリカ)
女性専用と言えば、「The Riveter」の名前もよく挙げられる。2017年にシアトルで創業、2018年12月にシリーズA投資ラウンドで1,500万ドルを調達した後、2022年までに100拠点達成という野心的な目標を掲げ、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
しかし、2021年5月、全米をコロナ禍が襲う中、従業員とメンバーの安全と健康が最優先として、当時9カ所あったコワーキングスペースをすべてクローズ。しかしその後、わずか1年足らずで見事に再開を果たしている。
その理由はいくつかある。1つ目は、コロナでダメージを受けた高級ホテル内に「Riveter Spaces」のネットワークを構築し、利用率の低いロビーや会議室などの設備を使えるプランを打ち出したことだ。現在、ロサンゼルスとシアトルの高級ホテルを月額25ドルで利用できる。
2つ目の理由は、オンラインコミュニティ運営を怠っていなかったこと。The Riveterは2021年の2月に会員向けオンラインコミュニティをスタート。物理的なスペースをクローズした5月の段階で1万人近くになっていて、「今後はオンラインでのコミュニティ運営に集中する」と発表していた。
それがなんと、スペース再開の時点で10万人に届こうかという規模に成長していた。いちコワーキングブランドが保有するには結構なボリュームだ。「コワーキングスペース」という物理的な「場所」を失ったあとも、コミュニティを維持する。それをオンラインで実行した結果が10万人である。
言い換えると、データベースだ。つまり、利用者リストというデータベースと高級ホテルの余剰スペースをマッチングする新たな事業モデルを立ち上げた。それが、この復活劇の真相だ。
The Riveterのメンバーシップを取得する際には、誓約書の提出が要求される。The Riveterは「個人的なものであれ、仕事上のものであれ、あるいは社会的なものであれ、変化を引き起こすためのスペースとして作られた」とした上で、以下のように続く。
インクルージョンは、私たちが最も神聖視している価値観です。私たちは、みんなのために女性によって起ち上げられた会社です。The Riveterは単なるコンプライアンスを超えて、誰もが属することのできるコミュニティを創造します。私たちのインクルージョンと公平性へのコミットメントから逸脱する行動は許されません。すべての女性とその仲間が差別、劣化、ハラスメントなしに働き、活動できる安全な空間を作るという私たちのコミットメントから逸脱する行動は許されません。
The Riveter Member Pledge | The Riveter
こうした宣言で、女性起業家の「覚悟」を促すムードづくりは、他の女性専用コワーキングのモデルになっているかもしれない。
こと「起業」に関しては目的意識が実に明快だ。The Riveterには「2%クラブ」と称するメンバーシップがある。売上高が100万ドルを突破した女性起業家は2%以下に過ぎない。この数字を変えたいと思っている女性起業家のために、「より多くのお金を稼ぐためのスキルを学び、他の女性も力づけ、次に来る人たちのためにより良い橋渡しをすることを約束する人のためのもの」だという。
一方で、フリーランスのためのサービスも手厚い。例えば、バーチャルアシスタントやマーケティング、簿記、グラフィックデザイン、コピーライティング、ポッドキャスト、ウェブサイト制作、アプリ開発、プロジェクトマネジメント、ソーシャルメディアなどのフリーランサーとのマッチングサービスも提供している。
2023年11月、100人の注目すべき女性たちを表彰する「Riveter 100」リストを初めて発表する予定だ。こうした女性ワーカーを支援する動きは、今後ますます勢いを増すだろう。
The Wing(アメリカ)
盛り上がりを見せる一方で、莫大な投資を受けたもののガバナンスが破綻してクローズした事例もある。
過去、最も有名な女性向けのスペースだったのは、おそらく「The Wing」だ。Business Insiderによると、マンハッタンのフラットアイアン地区に最初のスペースをオープンしてから2年足らずの間に、ニューヨークの3つの拠点で1500人以上の会員を誇るようになった。
2017年11月、The Wingは3200万ドルのシリーズBラウンドの資金調達を行い、当時450のコワーキングスペースをもつWeWorkがリードインベスターになった。
しかし、その華々しいデビューにもかかわらず、わずか数年でThe Wingが幕を閉じたのはなぜか? その理由は、パンデミックだけではなかったと一部のメディアは伝えている。
The Wingは可処分所得の高いビジネスウーマンを対象としていた。当初は、会議のために男性が出入りすることすら許されなかったという。同社は2018年に男女差別で訴えられ、男性を認める方針に修正したが、黒人やヒスパニック系の女性を寄せ付けないという人種差別問題にも直面していたという。
これらの事案を抱えて、The Wingは2022年9月、最後に残った6スペースを閉鎖した。このことが示唆する教訓は明らかだ。女性が集うことは、彼女たちの目的を果たすためのひとつの方法であって、それ自体が目的では決してないのである。
あすてっぷコワーキング(神戸)
それでは、日本はどうなのか? 多少の時間差はあるものの、日本でも働く女性を支援するコワーキングスペースが各地に開設されている。
神戸市男女共同参画センターが運営する「あすてっぷコワーキング」も女性向けのコワーキングのひとつ。キッズスペースやスキルアップセミナー、キャリア相談などのサービスを提供しており、無料で利用できる。
ここは、女性就業率が低いことを課題とする神戸市が市民の声をもとに開設したスペースだ。そのこともあって、就業率アップを施設のKPIに掲げ、女性の育休から再就職へのプロセス支援に重きが置かれている。
つい先日も、岸田首相が「育休中にリスキリングできるように支援する」と発言し、「育休は休みではない」と厳しい声があがって物議を醸した。しかし、「主体的に学び直しへの意欲を持つ人々を、立場や状況にかかわらずしっかりと後押ししていく」という趣旨には反対する理由はないだろう。
あすてっぷコワーキングでも、キャリアブランクからの再就職や非正規から正規への転職、職場でのキャリアアップ、スキルアップなど女性の就労を支援するさまざまなセミナー・イベントを実施している。ただ、起業意欲のある女性の支援も意識しているものの、まだ十分に対応できていない現状もあるという。
また、もう一つ注目すべきは、子ども連れの男性も無料で利用できる点である。あすてっぷコワーキングの運営に携わる鴨谷香氏は、「男女双方の力を合わせていこうという意識が、去年からより強くなってきている」とは語る。聞けば、働く女性を応援する男性同士のネットワーキングも徐々に盛り上がりを見せているそうだ。
スパイシーズラボ(熊本)
創業支援に20年以上携わる西田ミワ氏が運営する女性専用のコワーキングが、2022年にオープンした熊本の「スパイシーズラボ」だ。
自宅で自分の裁量で働けることを理由に、2001年にウェブデザイナーとして起業。それ以来、「地方・女性・IT」という領域でキャリアを積んできた西田氏。現在も「熊本よろず支援拠点」にコーディネーターとして所属し、女性の購買心理をくんだネット活用や企画づくりで相談者を支援している。
毎月寄せられる相談は20件ほど。エステやアロマなど美容系から、ライター、行政書士、社労士、あるいはピアノ講師、キッチンカーによる飲食業、はたまた女性に優しいルームウェアの製造業など、多岐にわたっている。
「男性はスケールの大きな事業を考える一方、女性は身近な人を助けたい、困っている人を助けたい、というところから発想する人が多いという傾向を感じています。では、具体的にどうするのか、どう霧を払うのか、どう石ころをのけるのか。それを自分で考えて気づいてもらうために、進捗を確認しながら、いわば『壁打ち』の相手として話し合います」と西田氏。
彼女たちの多くに共通するのは、「私らしく生きたい」ということ。とはいえ「私=会社」ではない、もちろん家族も大事にしたい。西田氏自身が俯瞰しつつ「なぜ起業するのか」をしぶとく話し合うと言う。起業だけではなく、就業の支援も行う。
Facebook上では「よろず女子会」というグループを開き、約130人がつながっているとのこと。また、毎月一日、「つきもち会」というミニ交流会を開いて、近況報告や悩み事相談、広報宣伝など、自由におしゃべりを楽しむイベントも開催している。
COCOスペース西岡(札幌)
女性専用ではないが、利用者の93%を女性が占めるのが、札幌の「COCOスペース西岡」だ。
運営者の今野純子氏は、もともと女性起業家育成コワーキングスペースの運営メンバーだった。その際、別の施設で半年だけコワーキングマネージャーをすることになる。当初は7〜8人だったのが、5カ月後には入場制限もするほどの人気を博した。
以前は、場所が掲げているルールをベースに運営するのが当たり前だと思っていた、という今野氏。しかし、「利用者の目的や要望や理想は人それぞれ違う。だからこそ、やりたいことがある人の話を真剣に聞いて、どうやったらいいスタートが切れるか一緒に考えることが必要」だと気がついたという。そして、その人の本当の一歩を、一度、現実にやってみる。まさに、コワーキングはハコよりヒト。
しかし、オープンに至るまでに4年半かかった。専業主婦でも利用可能な料金設定から逆算して、家賃その他の運営コストを計算したら、理想とする物件になかなか巡り合わなかった。あくまで女性利用者をとりまく環境を現実的な目線で考えたからだ。
コロナ真っ最中、ようやく理想の物件が見つかり、2020年10月にオープン。クチコミで利用者は増え、多い時で月60本ものイベントが開催される。
ただし、今野氏がこだわっているのはCOCOスペース西岡を「自己実現の場」にすることだ。
いかに育児や家事に追われて家にいても、もちろん社会の一員である。しかし、社会とより深くつながる機会を得ることで自分の存在価値が見える化される。要は「自己実現」の仕組みとしてコワーキングを機能せしめること。ビジネスは、言ってみればそのひとつの手段に過ぎない。その活動の手順をアドバイスする場として、今野氏はコワーキングを運営している。
「ここにいたら形になる、あそこなら何かできる、まず第一歩を踏み出せる。そして5年後ぐらいには、札幌って女性起業家の多い町ですねと評価されるよう、彼女たちを応援したい」と今野氏は熱く抱負を語る。
「何かやりたいという人の中で、本当にやりたいと思っている人は案外少ない。でも、できるかできないか、ではなくて、やるかやらないか、本当にやりたいのかを問いかける」。この言葉は、先の西田氏と相通ずるものがある。いわば、女性ワーカーの良き伴走者たる者の矜持だ。
日本は、女性が社会参画しやすい文化がまだまだ育っていない。だからこそ、起業・創業の前に、まず「自己実現」ができる場が必要なのだ。コワーキングは、女性にとってそのためのインフラであり装置であるということ。このことはゆめゆめ忘れないよう、肝に銘じておきたい。
企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト