世界のワーケーションは次のフェーズに入っている 来てほしいのはデジタルノマド(カフーツ・伊藤富雄)
デジタルノマドを呼び寄せて「知の再結合」を促す
各国が観光客ではなくてデジタルノマドを誘致するのは、ひとえに彼らがその地に長く滞在する間に、地元に経済効果をもたらしてくれることを期待しているからだ。ただしそれは、消費活動だけにとどまらない。
多くのデジタルノマドは、高度な技術や能力を備えたれっきとしたビジネスパーソンであり、何らかのビジネスアイデアとチャンスをもたらす可能性の高い人材だ。そしてなによりデジタルノマドは起業家精神を育み、世界各地にテクノロジークラスターを形成する上で重要な役割を果たす存在とも言える。
彼らに住居とコワーキングスペースを提供し、ローカルワーカーと人間関係を結ぶ機会を設けることで、デジタルノマドは現地のナレッジワーカーと協働もしくは協業関係になり得る。結果、地域間の知識や資源の流れを促進し、デジタルノマド自身にも、そして受け入れ国にも利益をもたらす可能性がある。
つまり、彼らとのコラボレーションを促進し、自国にイノベーションを引き起こす原動力とすることで、ビザ発行元の国は多くの恩恵に浴することができるわけだ。
この時、現地のビジネスパーソンたちは、デジタルノマドが持ち込んだ知識に自分たちの既存の知識を組み合わせる、いわば「知の再結合」を行える。こうした目に見えない、いわゆる無形資産の獲得が、地域をサステナブルにするということを、どの国も重々理解しているからこそビザの発行に積極的になっている。
こうした各国の動きの中でも特に目を引くのは、インドネシアの取り組みだ。
パンデミック以前からインドネシアのバリ島はデジタルノマドにとってメッカであり、いわゆるワーケーションを楽しむノマドが世界中から集まっていた。一説によると、2019年におけるバリ島のデジタルノマドの数は5000人で、東南アジアで最多であったとする情報もある。
コロナ禍の2年間で大きな変化を経験したインドネシアのバリ島では、これまでのマスツーリズムから脱却して、より長い滞在を促す「質の高い観光」へと移行しはじめた。そのターゲットとなるのがまさしくデジタルノマドだ。
現在、インドネシア政府は、バリ島を対象に5年のデジタルノマドビザを発行することを計画しており、さらに滞在中は通常課税される海外からの収入に対する納税義務を免除するとしている。つまり、無税で5年間のデジタルノマド生活ができるというわけだ。
さらにバリをグローバルなリモートワーカーのための島にするために、サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、アート、数学(STEAM)の分野のミレニアル世代にターゲットを絞ることも検討している。
「知の再結合」を実行し、コラボレーションを促進し、自国にイノベーションを引き起こすことを意図しているのは明らかだ。
それは沖縄でも始まっている
一方、日本はどうなのか?残念ながら、いまのところデジタルノマドビザ発行の話は聞こえてこない。まさか、世界のこういう動向をまったく認識していないわけではないだろうが、まだ慎重に事態を見守っている段階なのかもしれない。
そんな中、前述の海外事例と同じ発想でデジタルノマドを誘致しようとするプロジェクトが沖縄市で始まっている。「コザスタートアップ商店街(KSA)」だ。
「コザスタートアップ商店街(KSA)」は、沖縄市コザの商店街を中心に、コワーキングスペースやシェアオフィス、県外企業のサテライトオフィスに加え、エンジニア向けのシェアハウスやワーケーション向けのホテル、さらにはコーヒー専門店やソーシャルバーなどの交流の場で構成されたプロジェクトである。
この場所に内外から人材を集め、一時はシャッター商店街化していたエリアを「世界にイノベーションを起こす挑戦者を生み出す商店街」にすることを目指している。
そして、そのファーストステップとして注力しているのが、フリーランスのエンジニアの誘致だ。エンジニアコミュニティに参加し、シェアオフィスやその他の関連施設にもアクセスできるプランが、企業に比べて安価で用意されている。
また、同プロジェクトはクラウドファンディングにも挑戦し、234人から506万円あまりの支援を得たが、とりわけ力を注いだのはエンジニアを対象にしたお試し移住だった。
「コザスタートアップ商店街(KSA)」の中核を担うのは、かねてから起業家育成に尽力してきたコワーキング「StartupLab Lagoon」で、これまでに241社の起業家を輩出している。現在、コザの商店街エリアにはスタートアップ36社が入居しているが、これを100社にするのが当面の目標だ。
プロジェクト事務局長の豊里健一郎氏は「デジタルノマドはボーダレスなので、沖縄を自分が成長できる場所として認知してもらえれば我々も関わっていきたい。国内はもちろん、海外からも挑戦したいという意欲のある人が集まれば、町にも活気が出る」と意欲的だ。スタイルは違えど、世界の潮流にマッチした沖縄の取り組みに期待が膨らむ。
ちなみに、2022年にポルトガルのマデイラ島にある人口8200人の村でデジタルノマドビザを発行したところ、定員100名に対し3000人が応募して話題になった。
いずれ沖縄がデジタルノマドビザを独自に発行し、世界中からデジタルノマドを呼び寄せて「知の再結合」が行われる日も、案外近いのかもしれない。
企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト