ファブラボ北加賀屋で育まれる場づくりとは? 自主性が活きる「番頭制度」は、長〜いお付き合いの仕組みだった
こんなものが欲しい、つくりたいと思った時に、自分で形にできる場所を。そんな思いから生まれた大阪の「ファブラボ北加賀屋」は、誰でもものづくりができる世界を目指す市民工房です。
特にユニークなのが、利用者自身が管理者となって運営を担う「番頭制度」を導入していること。
番頭になるのは、仕事としてものづくりに携わる人だけでなく、主婦や学生、SE、デザイナーなど、世代も属性もさまざまです。
かつて造船の街で栄え、当時の味わいを残しながらアートやものづくりの風土が根強い大阪・北加賀屋で、「ものを作る」ことでコミュニティが醸成され、どう場が維持されているのでしょうか? 発起人の津田和俊さんと、現在の運営代表である森本康平さんに伺います。
津田和俊(つだ・かずとし)
2010年からファブラボのネットワークに参加、2013年に大阪のファブラボ北加賀屋を共同設立。現在、京都工芸繊維大学未来デザイン・工学機構講師、山口情報芸術センター[YCAM] 専門委員。共著に『FABに何が可能か 「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』(フィルムアート社)、『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『サーキュラーデザイン 持続可能な社会をつくる製品・サービス・ビジネス』(学芸出版社)など。
森本康平(もりもと・こうへい)
2013年よりファブラボ北加賀屋の運営に参画。2017年一般社団法人ファブソサエティエクスペリメンツを設立すると同時に、ファブラボ北加賀屋の代表に就任。長岡造形大学造形研究科イノベーションデザイン領域 准教授。
アートとものづくりの町・北加賀屋との出会いとは?
歩きながら、ファブラボ北加賀屋に来るまでに、町のあちこちにストリートアートを見つけました。
津田
そうなんです。北加賀屋エリア内に広い土地を所有している千島土地株式会社が、芸術に対して支援をしており、この地域にはもともとアートやものづくりの活動が根付いています。
例えば、築60年の文化住宅を改修した複合施設「千鳥文化」や、倉庫をそのままアーティストのシェアアトリエにした「Super Studio Kitakagaya」などもあります。
下町らしさもありながら、アートが混在していている町ですよね。
森本
この町は大正時代から高度経済成長期まで造船業で栄えた地域で、当時使われていた大型の倉庫も残っています。今でも部品工場などは多く、町を歩くと歴史の名残が感じられますよ。
ファブラボ北加賀屋は、協働スタジオ「コーポ北加賀屋」の中に入っているのですが、施設も元家具工場の跡地を活用しています。300㎡の共有スペースがあるんですよ!
かなり広いんですね!!
津田
1階には建築用の資材置き場や共同キッチンがあったり、2階には企業の事務所やギャラリーにも使われたりするオープンスペースもあります。先日も芸術大学の展示に使われていましたよ。
コーポ北加賀屋には、わたしたちファブラボも含め、アートやオルタナティブ・メディア、アーカイブ、建築など、分野にとらわれない人々や組織が集まっているんです。
森本
現在は6団体が入居しています。オープンな交流が行われていて、多ジャンルの人々が集い、さまざまな目的や用途で使われる場になっています。
魅力的です。そんなファブラボ北加賀屋がオープンしたきっかけを教えてください。
津田
ファブラボは市民工房のネットワーク。デジタルからアナログまでの多様な工作機械を備えて、自由にものづくりができる場所として広がってきました。北加賀屋でオープンしたのは、2013年4月のことです。
当初は各地を転々と移動しながらワークショップなどをやっていく案もありましたが、やはりショールームになる拠点を設けた方がいいかなと。
特定の場所があった方が、その目的は適えやすいですね。
津田
ちょうどその頃、北加賀屋の海沿いにある名村造船所跡地で、デザインをテーマにした大型イベント「DESIGNEAST」が開催されていました。デザイナーやものづくりに関わる人が集まりやすい風土が北加賀屋に生まれつつあったんです。
その場で出会った建築家ユニット(ドットアーキテクツ)からの声がけもあり、協働スタジオ・コーポ北加賀屋に「ファブラボ北加賀屋」として拠点を構える流れになったんです。
森本
北加賀屋という場所の風土も含め、立ち上げ当初のファブラボにはとてもマッチしていたと思います。
個人が小ロットでものづくりできる実験的な市民工房
ファブラボ北加賀屋では、具体的にどのような活動が行われているのでしょうか?
津田
ファブラボは、企業でしか使えないと思われてきたような工作機械を一般の人にも開放して、多くの人がものづくりに関わることができる環境を提供する実験的な市民工房です。
アナログからデジタルまでのさまざまな機材、 特に3Dプリンターやカッティングマシン(※1)といった先端工作機械が置かれています。
※1:紙などの素材を、自分でデザインした模様に沿ってカットできる機械
森本
インターネットの普及によって誰もが自由に情報を発信できるようになったように、ファブラボを通じて各々が必要なときに必要な場所でものづくりができる世界を目指しています。
たとえると、次世代のものづくりのインフラです。
3Dプリンターは私も知っています! PCで3Dデータを作れば、そのまま立体物として出力できるプリンターですよね。
津田
そうです。ちょうどオープンする少し前の2012年頃、『Fab』『MAKERS』という書籍が国内で出版され、パーソナル・コンピューターからパーソナル・ファブリケーション(※2)へという機運が高まっていました。
※2:個人で工作機械などを所有し、ものづくりを行うこと。
他にはデスクトップPCがモバイルノートPCになったみたいに……?
森本
はい。固定電話からスマホに、という例も近いですね。
それらの書籍には、PCで書類を作ってプリントアウトするプリンターのように、今後は形が作れる機器やデスクの上に置けるサイズの周辺機器も主流になるのではないか……と書かれていました。
津田
さらに当時、「企業が大量に作るのではなく、個人誰でもものを形にできる時代にしよう」という概念も生まれてきていました。
だからこそ、ファブラボを一般人がもっと参画しやすい環境にすれば、企業では作れない個人の需要に特化したものづくりができるのではないか。そんな機運もあったんです。
ここは関西初のファブラボであり、それから全国に場所が増え、現在は20近い数のファブラボがあるとお聞きしました。
津田
思いを同じくするメンバーが各地にファブラボの拠点を作っています。全国どこにいても、ものづくりができる環境を目指しています。
実際にどんな制作物が生まれているのですか?
津田
一般的には木工作品や椅子などの家具が多いですね。テーブルなど、大きなものを作る方もいらっしゃいます。
プロダクトデザイナーの方は新商品の試作品を、アーティストの方は作品制作に使われることも。
ほかにも、大学生とアイデアを形にする共同研究や子どもたちに向けて、物を作る過程を楽しんでもらうためのワークショップなども、ファブラボで行われています。
プロボノで成り立つ「番頭制度」という仕組み
そんなファブラボ北加賀屋に、「番頭制度」というユニークな仕組みがあるとお聞きしました。
津田
番頭制度は、利用者自身が主となって場を維持管理する仕組みです。手を挙げれば誰でも番頭になれます。「自分たちが欲しい場は自分たちで作ろう」という理念の元、成り立っています。
元々、僕がサービスグラントやプロボノ(※3)の取り組みに関わっていたこともあり、お金ではなくて、自分のスキルや時間をプロジェクトに持ち込む志向がファブラボにも踏襲されています。
※3:職業上のスキルや経験を生かして取り組む社会貢献活動のこと
森本
ファブラボはラボラトリー、いわゆる実験の場。「場所の活用だけでなく、運営形態そのものも実験になるのではないか?」という思いもありました。
立ち上げ当初の番頭さんは、自営業や公務員、大学教員、学生など幅広い年代の方20名ほど。
2023年11月現在の番頭は6名で、そのうちの4名は初期メンバーです。近年では、趣味で鉄道関係のものづくりをしている方や福祉施設で働いている方もおられます。長年続けている人だけでなく、新しい人が抜けたり入ったりするサイクルも続いていますね。
津田
番頭制度を取り入れる前は人手が少なかったので、「お願い、みんな助けて!」という気持ちもあったかもしれません(笑)。
珍しい取り組みですね。番頭さんにはどのような役割があるのでしょうか?
津田
鍵の開け閉めや掃除などのスペースの管理から、見学者や機材利用の対応、機材のメンテナンスなど。そのほかには会計、WebサイトやSNSの管理、イベントサポートなどです。
有料講習の講師やイベントなどの企画も実施できます。それぞれの職能に見合う役割を、各自が見つけて行っています。
森本
運営は月ごとのシフト制で、月1度は全体番頭会議を開催。Slackアプリを使って、オンラインでの情報共有やディスカッションが随時できる環境を作っています。
課題に関しては、その都度議論して解決策を考えて誰がやるか決めます。必要なものを作り、やれることには自主的に手を挙げるというスタンスです。
利用ルール内容などは、実際に運用しながらだいぶローカライズされていった気がしますね。
なるほど。この制度を導入することで、スペース運営にどんな良い影響があると感じていますか?
津田
やらされている業務とは違い、本人の自主性がベースになっているため、積極的な意見交換が発生するところでしょうか。
また関わり方のスタンスにも多様性がありますね。主体的な方もいればそうでない方もいますし、属していること自体が楽しいという人もいます。
メンバー内にグラデーションがあるのも、番頭制度がうまく続いているコツかなと思います。旗を振る人もいれば、それに沿って具体的に実践する人もいる、という感じでしょうか。それを自分で選べる環境です。
確かに。やりたくないことや自分に不向きだと思うこと、はたまた義務になりすぎてしまうと少し逃げたくなってしまう気持ちはわかります(笑)。
津田
はい。プロボノだからこそ、居心地がいい場所だということもあると思います。ビジネスの場であれば報酬のやりとりは必要ですが、ボランティアや貢献活動だと、金銭の授受がない方が長く続く場合もあります。
番頭になるためのルールもないので、いつでも入れるし、逆にいつでも抜けられる。そういう気軽さも、制度が長続きする秘訣かなとも思います。
例えば、組織に入っちゃうと、なかなか抜けられなかったりしませんか?
会社とか、〇〇協議会とか……? わかります。
津田
抜けても、後ろめたくならない。入りやすくて抜けやすい。そんな場所って、実は結構あるようでないんです。
いつでも抜けられるというような自由さを残しておくことで、自主性を維持できる環境になっていると思いますね。
森本
義務と自由、モチベーションの維持のバランスが重要です。
場所を維持するために、管理者として心がけていることはありますか?
森本
毎年、アクティビティログというのをつけていて。この場で生まれた制作物や企画、プロジェクトの履歴を残し、年末の忘年会兼番頭会議で共有しています。
自分たちがどんな存在なのか、何ができて何ができていないのか。客観的に考えられる機会にしたいと思っています。
アーカイブを残しているんですね。
森本
あと、強いコンセプトがある場所は、コンセプトやワードが先行してしまい、内々の狭いコミュニティになりがちです。
そうならないように、具体的に何をしているのか?という部分を外部に向けてわかりやすく説明するように心がけています。
場所からコミュニティへ。今に適した場の活用方法
コロナ禍を経て、さまざまな「場」の必要性が問われることが増えました。運営形態も徐々に変化してきたのではないでしょうか。
森本
番頭制度も10年目に入り、実情に応じてルールを変えてきました。
オンラインが主流の時代になり、「金・土日に機材予約をして使いたい」という需要が減ってきたのも事実です。
番頭さんにとっての場所の活用だけでなく、ファブラボという場としての魅力はなにか考えました。 それで、2022年7月からはこれまでのシェア工房の運営を軸とした活動から、プロジェクトベースのコミュニティへと移行しました。
プロジェクトベースのコミュニティとは、どのような内容でしょうか?
森本
ファブラボという場所が醸成したコミュニティを活用して、番頭さんが主体的に企画して、動ける活動を促進したいと思っています。
デジタルファブリケーションを軸とする実践的な取り組みや研究会、単発的なイベントなども含まれます。
この10年でファブラボの拠点が全国に増え、連携してできることも増えてきましたから。
津田
ファブラボには国内外にネットワークがあります。例えば、そのネットワークを活かして世界の人と交流したり、商品やアイデアを発表したりすることも可能です。
場所は人ありき。時代や関わる人たちに合わせて、仕組みを決めていくという柔軟性が長く続くコツなのですね。
森本
自身も番頭の一人として活動しながら、番頭さんが動きやすくなる環境を整えるのが私たち管理者の役割。場所を盛大に活用するのが番頭さんの役割。
津田
これはファブラボという場所が続いているからこそ醸成されてきたコミュニティと信頼関係でもあるかなと。
森本
どうすれば番頭さんにとって場所を共創しやすい環境になるのか、そのためにどう仕組みを整えるか、次にどうやってそのマインドを育てるのか。それは引き続き取り組みたいことです。
受け身ではなく、積極的に場を利用することが吉
ただの利用者ではなく、積極的に場へ参加する。これからの場づくりに大切なポイントだと思います。
森本
ファブラボは、昔も今も番頭さんがいるからこそ維持できていることには間違いありません。これまで番頭が途切れてこなかったのは大きなポイントだと思っていて、なぜ皆さんが関わってくださっているのか考えました。
その一つは主体的に関われる部分が大きいこと、もう一つは、ファブラボの存在によって本人自身が活動の幅を広げられること。
津田
一人ではうまく進まないことがあったとしても、その場所の持つメリットを活用することで、自分の活動を広げられる可能性もあります。
もし自分の働き方を探していたり、なにか表現したいものがあったりする方は、一度そういう場に足を向けてみるのもいいかもしれません。
いいですね。とりあえず一度、作ってみる。とりあえず一度、発表してみる。とりあえず一度、参加してみる、でも良さそうですね。
津田
ファブラボは、基本的にユーザーは消費者でないというスタンス。お金を払ってサービスを享受する場ではなく、皆で使い倒していく場でありたいですね。
森本
主体的に関わって、その場の持つメリットを活かそうというマインドがあれば、どんな場でもコミュニティでも自分のために活かせると思います。
ひいてはそれが、長く場づくりを続けることにも繋がっていくのだと思います。
2023年11月取材
取材・執筆:小倉ちあき
写真:木村華子
編集:桒田萌(ノオト)