エフェクチュエーションとは? より楽しく、よりよく働くためのヒントを聞く「エフェクチュエーション考」レポートvol.1(吉田満梨さん×仲山進也さん×沼本和輝さん)
『エフェクチュエーション』という言葉を聞いたことがありますか? 「数年先のことはわからない」と未来が不確定な現代において、注目を集めている理論なのだとか。
でも……、エフェクチュエーションって一体なに?
今回は、神戸大学大学院経営学研究科准教授の吉田満梨さんと仲山考材代表・楽天大学学長である仲山進也さんをゲストにお招きし、「エフェクチュエーション」のインプットセッションを行いました。
モデレーターは経済産業省 近畿経済産業局 中小企業政策調査課 調査分析係長 沼本和輝さんです。この日、共創空間Seaは満員御礼! 果たしてどんなお話が聞けるのでしょうか?
エフェクチュエーションとは?
まずは基本的なことから。神戸大学の吉田満梨さんに、エフェクチュエーションのことを知らない人にわかるようじっくりと解説いただきました。
吉田
これまで経営学では、目的に対して最適な手段(原因)を追求する「因果論(コーゼーション)」を重視してきました。
市場調査をして計画を立てて、その通りに新しい事業を進めていくイメージですね。
想定通りになれば良いですが、イノベーションを起こすことは不連続な変化ばかり。なかなか思い通りにならない経験をされた方も多いのではないでしょうか?
吉田
「エフェクチュエーション」は、2001年にインド人経営学者サラス・サラスバシー氏が提唱した起業家の意思決定実験から発見された思考様式のことです。
エフェクチュエーションは、所与の手段の中から結果を生み出す「実効性」を重視した考え方。
つまり、エフェクチュエーションはできるところから進めていき、予期せぬトラブルもテコとして使いコントロールによって未来を創っていく方法と言い換えてもいいでしょう。
吉田
エフェクチュエーションのイメージとしては、
・行動
・フィードバック
・拡張
の3つを繰り返しながらアップデートし、価値を生み出していく感覚。
起業家だけでなく、組織や個人にも使えるものです。
吉田
では、どうやってエフェクチュエーションを進めていくのか? これは、次の5つの原則がカギになります。
吉田
1つめが目的主導ではなく手段主導で進めていく「手中の鳥の原則」。
自分には何ができて、何を知っていて、誰を知っているか、またすでに活用できるものはないか? それらを考えていくものです。
吉田
2つめが「許容可能な損失の原則」です。
これは、時間や資金、信頼などどこまでであれば失敗してもいいか、失ってもいい範囲を把握しておくことを意味します。
吉田
いきなり大きな予算を取って取り組むのではなく、スモールスタートでいい。
危険な中でやるのではなく、自分の中、組織の中で「これくらいならいいか」と思える範囲で行動することを意味します。
吉田
3つめは、予期せぬ事態をテコとして活用する「レモネードの原則」です。
なぜレモネードなのかというと、本当は甘い果物が欲しかったのにレモンがやってきた。そんなときに捨ててしまうのではなく、レモネードに作り替えて、おいしくいただく。
そんなポジティブにフレーミングすることを伝えています。
吉田
4つめが「クレイジーキルトの原則」。これは、自発的な参加者とパートナーシップを構築するという意味になります。
最初は、顧客だった人が一緒に同じ事業をし、経営にも参画する可能性があるんですよね。
パートナーによって価値が変換されていく「わらしべ長者」のような発想と言えます。
吉田
最後が、エフェクチュエーション全体を支えている世界観のような考え方である「飛行機パイロットの原則」です。
吉田
不確実な未来をなんとか努力して予測するのではなく、自分たちがコントロールできる範囲の中で確実な未来を創っていく。そんな考え方と言えるでしょう。
吉田
こういうお話をすると「コーゼーション」がダメという意見も出やすいのですが、そうではありません。
どちらか一方だけを進めるのではなく、「コーゼーション」と「エフェクチュエーション」は、補完的に機能するもの。どちらも使っていけるのが大事だと思います。
吉田
とはいえ、大企業になるほどコーゼーション化するのも事実。意識的にバランスをとり、お互いを補っていく組織にしていければと考えています。
コーゼーションなイヌとエフェクチュエーションなネコ
吉田さんの著書『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』を読んで、「こういう言語化の仕方があるのか!」と感動したという仲山進也さん。組織のイヌと組織のネコについてお話しいただきました。
仲山
ふだんは自律型のチームビルディングや組織文化醸成をテーマに活動しています。
僕が所属している楽天という会社は、副業禁止なのですが、なぜか2007年から兼業自由&勤怠自由の正社員になりました。
そんな経験を踏まえつつ、今回は組織のイヌとネコをキーワードにお話ししていきます。
仲山
組織のイヌは、自分の意志よりも社命を優先して行動する人のこと。
組織のネコは、自分の意志があり会社の指示を何でもそのまま聞くとは限らない人のことを言います。
仲山
違いを一覧にまとめてみました。
先ほどのお話に絡めると、イヌの行動スタイルは「コーゼーション」、ネコの行動スタイルは「エフェクチュエーション」にぴったり当てはまるんですよね。
仲山
こういう比較をすると「イヌがダメで、ネコがいいってことですか……?」と、イヌの方から悲しそうにご質問いただくのですが、そうではありません。
「健やかなイヌ・ネコが良くて、こじらせたイヌ・ネコがダメです」とお伝えしています。
たとえば、上司から言われたことに対して疑問も持たず思考停止して言われたことをやるだけなのがこじらせたイヌ。
正当な理由なく、「そういう仕事はやりたくありません」とわがままを言って働かないのがこじらせたネコです。
仲山
イヌとネコの生息数を考えてみると、今の日本では「組織のイヌ」が多数派です。なぜそうなってしまったのかを時代の流れをもとに考えてみましょう。
昭和の高度経済成長期は、製造業が中心だったので、大きい工場を作ってみんなで役割分担してミスなく動かすと会社が伸びる時代でした。したがって、言われたことを真面目で忠実にこなすこと、つまり「イヌとして働く」ことが良しとされていました。
仲山
ただ、自然な状態はおそらくイヌとネコが半々だとすると、イヌの皮をかぶったネコ、別名「隠れネコ」が結構いるのではないかと考えられます。
高度経済成長期は、ネコもイヌとしてふるまったほうが生産性が高かったけれど、事業が成熟期から衰退期にさしかかると「言われたことをちゃんとやっているのに以前のような結果が出ない」という現象が起こります。
そうなると、隠れネコたちが「働いてる意味がわからないんですけど」とこじらせ始めるわけです。
イヌの上位互換がライオン、ネコの上位互換がトラになのですが、トラ・ネコチームとイヌ・ライオンチームで得意な仕事が異なります。
仲山
トラ・ネコチームは、わちゃわちゃと試行錯誤しながら新しい価値を創出するようなことが得意で、イヌ・ライオンチームは立ち上がった事業を安定的に運用することが得意。
つまり、トラ・ネコがエフェクチュエーション派で、イヌ・ライオンがコーゼーション派です。トラ・ネコからイヌ・ライオンへのバトンリレーをうまく繋げていくことができると、事業の成長がスムーズにいきます。
そのためには、お互いがリスペクトし合える組織文化を醸成できるかどうかが大事になります。
仲山
最後に「働き方には加減乗除の4つのステージがある」ということをお伝えして終わろうと思います。
次の図にあるように、足し算 → 引き算 → 掛け算 → 割り算と進んでいくわけですが、それぞれイヌ・ネコ・ライオン・トラに当てはめることができます。
「加ステージ」は言われたことをこなすことが大事なので、イヌっぽい働き方になります。「減ステージ」は自分の強みに集中するため、関係ない作業を手放していくことが大事なので、ネコっぽい働き方と言えます。
仲山
スムーズにステージアップするためには、ネコの人はまずイヌとしてのトレーニング(イヌトレ)が必要。イヌの人は、自分の強みが見えてきた時点で、仕事を自分基準で選んでいくためのネコトレをすることが大事になります。
その結果、他人から「あの人はこれが得意だよね」と思われる「強みの旗が立った状態」になると、プロジェクトに誘われるようになる「乗ステージ」に上がります。ライオン・トラのステージです。
仲山
では本当の意味での自由な仕事ができるようになる「割り算」のステージにいくとどうなるか?
映画『男はつらいよ』の寅さんになります。寅さんはどこで何をしていても「まわりの人たちをほっこりさせる」という価値を提供し続けています。個人のブランドが立っているとも言えますね。そこが究極のステージなのです。
組織の中で「あいつは泳がせておいた方がいい仕事をする」と思わせる!
ここからはモデレーター沼本さんによる「クロストークセッション」パートへ。
ここからは会場にいるみなさんからのリクエストを聞きながら、トークテーマを決めていこうと思っています。
エフェクチュエーションにおける「組織のはなし」「伝え方のはなし」「育つ“型”のはなし」と3つのテーマを上げさせてもらったのですが、みなさんどの話が聞きたいですか?
沼本
では「伝え方のはなし」にしましょう。僕が働く役所もいわゆるコーゼーションな組織です。
そんな中で、どのようにエフェクチュエーションな考え方を伝えて広めていけば良いのでしょうか?
沼本
吉田
1つは、コーゼーションな人にはコーゼーション的アプローチで伝えることですね。
2つめが相手にとって「許容可能な損失の範囲」の中で、上位の目的を握って行動する。
3つめは、エフェクチュエーションをする仲間を巻き込んで行動する。この際は、上司に対しての「問いかけ(asking)」もポイントです。
「上司の許可をどうやって得るの?」という疑問もありますよね。エフェクチュエーション思考を持っている上司だといいですが……。
沼本
仲山
まずは、上司の許可を得ないでできる範囲でエフェクチュエーションの成功体験ができることが大事だと思います。
「職場では難しい」という人は、ボランティアのような仕事とは別の場で成功体験ができるといいですよね。
仲山
上司にとっての「許容可能な損失の範囲」を把握しておくことも大事。
その範囲で「どうやったらお客さんはもっと喜んでもらえるか」という試行錯誤をすることで「お客さんが喜んでくれている」という成果が生まれれば、上司としても「もっとやってもいいよ!」と許容可能な範囲が広がっていくわけです。
これを突き詰めていくと「あいつは泳がせておいた方がいい仕事をする」という認識に変化していく。あ、なぜか会場から拍手が起こりましたね(笑)。
吉田
今日のお話で、本質的に自分が「イヌ」か「ネコ」かを知ることもいいな、と思いました。
時代に合わせて「イヌ」だったけれど、エフェクチュエーションを学んでいくことで自分の中の「ネコ」が開いていくかもしれませんよね。
仲山
何かがうまくいった人って、たぶんエフェクチュエーション的に物事を進めたからうまくいったはずなのに、成功者インタビューなどでは「計画していました!」「夢に向かって邁進するのみです!」ってコーゼーション的に答えがちな気がします。
それが一番よくない影響を及ぼしていると思っています(笑)。
これからはありのままで伝えましょう(笑)。
では、最後に一言ずついただけますでしょうか?
沼本
吉田
組織の中での「エフェクチュエーション考」はこれまで大きく取り上げられてこなかった分野ではあるんです。
誰かのためにできることは、社会にもいいインパクトを与えられるはず。探究する場として、今後も関わっていきたいです。
仲山
このイベント、時間が足りなくないですか?(笑)
今日の参加者の中には、登壇できる人たちがゴロゴロいます。次回からは、会場内が混ざり合うとよりエフェクチュエーション的になっていくと思いました。今日はありがとうございました!
2024年8月取材
取材・執筆=つるたちかこ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト