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学校の役割は”エンパワーメント”。生徒の自律性を育み、創造性を引き出す教育のデザイン ー 世界を一歩前進させるデザイン #4

2022年1月26日(水)、産総研デザインスクール主催で「Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン」を開催しました。全5回シリーズの4回目は「教育のデザイン」がテーマ。「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン」にて代表理事を務める小林りん氏、デンマークのビジネスデザインスクール「KAOSPILOT(カオスパイロット)」より校長のクリスター氏が、変革を生み出すリーダーを育てる心得と機会のつくり方について共有しました。

ー 小林りん(こばやし・りん)ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事
高校時代にメキシコの貧困地域を訪れ、その経験から東京大学で開発経済を学ぶ。卒業後、外資系金融機関等を経て、ユニセフ職員としてフィリピンの貧困層の教育支援に携わる。2014年、日本初の全寮制国際高校を設立し、生徒の7割に奨学金を提供。2017年には世界的国際教育機関のUWCに加盟、2020年から国際理事も務める。現在、約80カ国から生徒が集まり、未来社会の変革者を志す。日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーなど受賞多数。

ー Christer Windeløv-Lidzélius(クリスター・ヴィンダルリッツシリウス)
ウプサラ大学(スウェーデン)で政治学・経済学を専攻したのち、ヘリオット・ワット大学(英国)にてMBA、ティルブルフ大学(オランダ)にて「複雑系組織におけるイノベーション」で博士号取得。ストックホルム芸術大学(スウェーデン)客員教授、オールボー大学(デンマーク)ビジネススクールアドバイザー、The Taos Institute(米国)アソシエイト等を歴任。現在リーダーシップとアントレプレナーシップに関する革新的な教育デザインで注目されるデンマークのビジネスデザインスクール「KAOSPILOT(カオスパイロット)」の校長であるほか、起業家、コンサルタント、マネージャーとしての20年以上の経験をもとに世界各国で講演・講義を行う。25ヶ国以上の企業、NGO、公共機関と協業。国際的学術誌、デンマーク国内でのメディア掲載多数。

「世界の機会の不均等をなくしたい」学校創りの原動力

一人目のゲストスピーカーは、長野県軽井沢町にある「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン(以下、ISAK)」で代表理事を勤める小林りん氏です。ISAKは2014年に日本初の全寮制国際高校として開校した学校で、80以上の国や地域から200人ほど多様な生徒が在籍し、約7割の生徒に奨学金を給付しています。このユニークな学校は、いかにして誕生したのでしょうか。ISAK創立までの転機は二つ、小林氏が学生時代に訪れたメキシコと前職のユニセフでの経験にあるといいます。

小林りん(以下、小林):  高校二年生で日本の公立高校を中退し、カナダにある全寮制の高校に渡りました。そこで仲良くなったメキシコ人の友人が、夏休みにメキシコの実家へ招待してくれたのです。訪れた先で見た光景は、とても衝撃的でした。メキシコシティのハイウェイにある彼女の家は、ブロック塀でできた簡素な家。スラム街では学校に行けない子どもたちが辺りを走り回り、大人も仕事ができずに佇んでいました。

貧困を目の当たりにした時、自分がどれほど恵まれた環境にいるかを思い知らされました。また同時に、機会の不均等、不正義を変えたいと強く思ったのです。

二つ目の転機は、前職ユニセフでの経験です。フィリピン・マニラでストリートチルドレンの基礎教育に関わったことが、学校づくりへと舵を切るきっかけとなりました。その後紆余曲折を経て、2008年8月に日本へ帰国。学校創立のために20億円の資金で始める予定だったのが、リーマンショックの影響で200万円に……。衝撃的な出来ごとから学校づくりが始まりました。

学校の土地探し、国際バカロレアを採用しながら日本の学校として許認可を得るなど、学校を創る中で小林氏は幾多の困難と立ち向かうことになります。その困難を乗り越えた経験から、「共感力」「感謝力」「楽観力」の重要性を小林氏は説きます。

小林: 一つ目の共感力は、英語でエンパシー、日本語では原体験に近いかもしれませんね。事業が岐路に立ったとき、「心底このプロジェクトを必要としている」想いが自分たちの支えとなります。

二つ目は、感謝力。私たちは学校の許認可が降りるまでは、数百人のボランティアチームで学校創りに取り組んでいました。自分一人でできることは限られています。どんな形であれ、プロジェクトに対する一人ひとりの貢献に感謝をすることが大切です。

そして三つ目は楽観力です。プロジェクトは新しいほど、社会的インパクトがあるほど多くの困難と出会います。でもプロジェクトを率いる皆が不安であると、周りにも不安が伝播してしまいますよね。だからこそ、一人ひとりが楽観力で切り開いていくんだ、という意志が必要です。

チェンジメーカーとして培う3つの力

さまざまな困難を経て、ISAKは2014年に開校。「私たちは、自ら成長し続け、新たなフロンティアに挑み、共に時代を創っていくチェンジメーカーを育みます」というミッションに基づき、生徒たちがチェンジメーカーとして身につける三つの力を育てています。

小林: 私たちは「グローバルリーダーを育てる学校」と言われることも多いですが、あえて「チェンジメーカー」という言葉を使っています。私たちはどんな立場でも、あるいは組織に属していなくても誰でも変化を起こすことができると信じているからです。

チェンジメーカーの育成にあたって、3つの力を大事にしています。多様性を生かす力、問いを立てる力、困難に挑む力です。多様性というと国籍と捉えられやすいですが、それだけではありません。価値観の違いによって社会課題が生まれているからこそ、複雑な多様性をすべてキャンパスに持ち込みたいという想いを持っています。

イベント中は「できるだけ参加者の皆さんとインタラクティブに関わりたい」という小林氏の声かけもあり、参加者より多くの質問が寄せられました。ISAKでは「3つの力」をどのように育てるのか、参加者の問いに答える形で進んでいきました。

小林:  困難に挑む力は、9割実践、1割座学だと考えています。ISAKの授業でいえば、「プロジェクトウィーク」が代表的な例のひとつです。プロジェクトウィークとは、二週間生徒が自分の情熱を追求し、プロジェクトを生み出す期間。プロジェクトウィーク以外の期間も一年を通じて、毎週金曜の午後をプロジェクト準備と実践の時間に当て、そのサポートとしてリーダーシップを学ぶ講義を用意しています。この活動を通して、チームの仲間割れや行政の許認可の壁など、実社会でも出会う困難への乗り越え方を習得していくのです。

困難に挑む力を養うチャンスは授業外にもあります。ISAKでは寮の運営をほとんど生徒自身に任せていますが、そこでも多くの衝突が起きるんですよ。例えば掃除のルールを決めるときに、寮をきれいに保ちたいといっても、「きれい」の感覚はそれぞれ異なります。大人がルールを決めることは簡単ですが、あえて介入しません。生徒たちが自分自身で、お互いに共通項と解決策を見出していくのか、現場の教職員も忍耐強くファシリテートする力が求められます。

小林:  問いを立てる力は、生徒たち自身が自分の人生をデザインするうえで不可欠な力です。問いには、内向きの問いと外向きの問いがあります。ISAKではまず、「自分は何にワクワクするのか」「何に対して眠れないほどの憤りを感じるのか」といった内向きの問いを立てることを大事にしています。

今は社会の変化が早く、大人を含めて誰も答えを持っていない時代です。だからこそ、自分が目指す指針、極星を持つことが必要になります。内向きの問いと、社会から求められる外向きの問いへの答えが重なる接点で、人は大きなものを動かすことになると考えているからです。

選択肢の豊富さが、未来の教育のカギ

「日本の教育の変革のために何ができるか」という参加者からの質問に対し、小林氏は日本の教育に必要なことは「選択肢」だと答えます。教育アントレプレナー新規事業の支援も行っている小林氏から、日本の教育への願いが伝えられました。

小林: 日本の教育に望むのは、教育の選択肢が増えることです。国際的な教育に限らず、例えば発達障害のお子さんに向けた学校、高専やテック系の学校など、子どもたちの多様性にあわせて、教育界が多様になってほしいと思います。私自身も実感していますが、たとえ小さくても一つ、二つの風穴があくことで新風が通ります。教育界にこれからもたくさんの風穴を開けていければいいなと思います。