積極的に巻き込まれて、魂を込める。民間企業がフリースクールを作ってみた(サイボウズの楽校・前田小百合さん)

サイボウズ株式会社のソーシャルデザインラボに所属し、「サイボウズの楽校(がっこう)」の楽長や杉並区教育委員を務める前田小百合さん。
前職はエンジニア、未経験の営業として入社し、現在では「楽長」と、異色のキャリアを持ちます。教育に興味をもったきっかけは2020年に娘が突然「学校に行きたくない」と話しだしたこと。最初は戸惑ったと言いますが、ふとしたきっかけから話は想像もしなかった方向へ……。
企業に勤めながら、個人の関心事を事業にしていくには? どのように社内外で共感を得て、事業にしていけばいいのか? 会社と自分の問題意識や関心をつなぎ、かたちにしていくヒントを伺います。

前田小百合(まえだ・さゆり)
日本IBMに勤務後、2018年にサイボウズ株式会社に営業職として入社。営業職との兼務で学校の働き方改革(学校BPR)のプロジェクトに関わる。2023年12月にサイボウズの楽校を立ち上げ、代表として運営している。
「会社に合わせて自分の人生を決めないでください」
今のお仕事やご活動を教えてください!


前田
「サイボウズの楽校」を立ち上げ、「楽長」を務めています。東京都吉祥寺を拠点とするオルタナティブスクール(フリースクール)で、サイボウズが運営しています。
プライベートでは3人の子どもを育てていて、杉並区の教育委員をしていたり、PTAの会長をしたり……。いろんな活動をしていますね。
「サイボウズの楽校」、名前からして楽しそうですね。


前田
主に不登校の小学生を対象として、楽しい学校、楽しい勉強を目指す学び場を私たちがつくってみたいという想いで、「サイボウズの楽校」をつくりました。
サイボウズは、チームの生産性と個人の幸福の両方を大事にして運営していくことにチャレンジしている会社です。私が転職してきてすぐに研修で言われたことが印象に残っていて。

何でしょう?


前田
「会社に合わせて自分の人生を決めないでください」と言われたんです。
「あなたの人生をどう生きていくかは、あなたが軸になって考えてほしいし、会社の中でそれが実現できるかどうかをコミュニケーションしながら考えてください」と。
そこから、自分の「楽しさ」の軸は大事にしたいと思って働いてきました。周りにも仕事を楽しんでいる人が多くて。楽しさを軸にした会社が運営できるなら、楽しさを軸にした学校も運営できるんじゃないかと。
それで「楽校」を。


前田
サイボウズは、チームワークについて考え続けてきている会社です。
だからこそ、子どもはもちろんのこと、先生も保護者も地域も、みんなの楽しさや幸福を求められる学び場を、みんなで作りたいと考えたんです。
教室で見た光景から受けた衝撃
ということは、スクールを作るためにサイボウズに入社したんですか?


前田
いえいえ(笑)。全く別の仕事をしてきましたね。
最初は日本IBMで、システムエンジニアをしていました。ただ、私はもっとお客様の近くで、お客様の課題に向き合う仕事がしたいと思っていて。
それで、2018年に営業職としてサイボウズに転職しました。営業は未経験でしたが、希望していた通りお客様の課題をヒアリングし、その解決に向けて自社製品の活用を提案するソリューション営業の仕事を経験しています。
バリバリのIT系キャリアですね。
どのような経緯で、スクール立ち上げに至ったのでしょう。


前田
私が保護者として、娘の学校に通ったのが最初のきっかけでした。
2020年にコロナ禍が始まり、子どもたちが家にいた時期がありましたよね。その後、登校が再開した頃、当時小学2年生の娘が「学校に行きたくない」と言いはじめたんです。
それは戸惑いますね。


前田
はい。私も戸惑いましたが、話をよく聞いていくと「ママと一緒なら行ける」と。当時の私は営業で、アポの時間を自分で調整できたので、午前中の2時間をちょっと空けて一緒に学校に行って、授業を見学したりしてみました。
前田 2週間ぐらい通い続けていて、学校の子どもたちからは「よく教室の後ろにいる人だな」と思われながら……(笑)。


前田
でも、そこで見た学校の景色が、衝撃だったんですよ。たとえば、国語の授業。板書を子どもたちが写していくときに、やる気のある子はすぐ書き終わっちゃうんですね。
「先生、次いっていいですか」と言うんですけど、先生からは「ちょっと待ってね」と言われて、退屈そうにしている。
懐かしい。その光景が思い浮かびます。


前田
先生がその子を待たせながら教室を回っていくと、全く教科書も開けずにだらっとしている子もいたり、ふらふらと歩き回りたくてしょうがない状態の子もいたり……。
一人ひとりに声をかけなければならない先生は大変です。授業の合間でもトイレに行く暇もないぐらい忙しくて。
先生は本当に大忙しですよね。


前田
チャイムが鳴ったら、その子たちがぶわーっと外に出て行って、押し込められていたエネルギーが解放されていきます。
でも、また戻って図工の時間になると、やっとみんなが集中しはじめたかなと思った頃にチャイムが鳴って、強制終了しなければならなくて。
「これは本当にすごい光景だ」と思いました。いろんな子どもたちのエネルギーが、教室という箱にぎゅっと入れられちゃっているわけです。
学校の当たり前かもしれませんが、大人になった今見ると不思議な光景ですよね。

「作ってみようか」の一言で
それからどういうアクションを?


前田
サイボウズには「大人の体験入部」という制度があり、ほかの部署の仕事を体験できるんです。その制度を利用して、2022年にソーシャルデザインラボ(当時は社長室)に参加しました。
私の子どものことや学校で受けた衝撃について話すと、教育に関心があった私の上司が「じゃあ一緒にやってみませんか?」と。
それで、「サイボウズらしいワクワクする子どもの学び場を創ろう」プロジェクトを立ち上げ、視察などを繰り返していました。
新しい分野の挑戦ですもんね。


前田
最初は自社製品を活用して学校現場を支援できないかと考えていたのですが、なかなかうまくいかず……。
そんなとき、上司の中村龍太さんから急に「(学び場を)作ってみようか」と言われたんです。自分たちで作る発想はなかったので、最初は「どういうこと?」と思いました。
確かに驚きますよね。


前田
でも、だんだんと実感が湧いてきて。
それで、「学校に何が必要なのかを知らないから、知っている人に教えてもらおう」と思ったんです。その時に、引き合わせてもらったのが、今でも「サイボウズの楽校」で協業している株式会社3rdschoolの方々です。
もともと小中高生向けのロボット教室・プログラミング教室を運営していた彼らの協力を得ながら、2023年12月のプレ開校、2024年4月に本格開校にたどり着くことができました。

実際に運営されてみて、いかがですか?


前田
毎日、いろんなことがあります。たとえば、入ってきた当初は全く喋らない子どもがいました。最初は、いろんな新しいものにチャレンジするとパニックになっていたのですが、見通しがついて楽しめるようになってきたのか、どんどんチャレンジできるようになって。
今では、体験授業の親子が来られると、その子が一番喋っていて、はじめて来た方には驚かれます(笑)。
すごい。



前田
多分、その子が本来持っているものは変わっていないんですよ。でも、環境やタイミングによって、自分を表現して楽しめるようになる。
「サイボウズの楽校」が誰にとっても100点の環境だとは思っていません。ただ、その子にとって心地よい場所になっているとしたらすごく嬉しいし、どんな子どもも合う場所の選択肢が増えるといいなと思います。

いろんなものに魂を込める
個人のやりたいことについて、周りを巻きこんでかたちにしていくためのポイントは、どんなところだと思いますか?


前田
やりたいことですか……。
私は教育に対してアプローチしたい気持ちはありましたが、「スクールを作る」というアイデアは、私だけでは出なかったと思うんですよね。
子どもたちを見ていてもよく思うのですが、なんとなく「ここまでならできそうかな」と自分で自分に殻を作ってしまうことがあると思います。
そうですね。


前田
でも、少し離れたところから、私がどういう人であるかをわかりつつ、ちょっと外に出してくれる存在、引き出してくれる存在がいるとありがたいです。
きっと私自身に見えていない私の何かが見えているから、「やってみようか」と言ってくれているはず。そう捉えると、「じゃあ、やってみようかな」と思えるんです。
私にそう言ってくれた上司である中村龍太さんは、「エフェクチュエーション」の概念を日本で広げた方でもあります。


前田
まさに、“「目的」ではなく、手持ちの「手段」から生み出せる効果を重視する”ことで、機会を作るのはエフェクチュエーションの考え方なんです。
巻き込まれ力、と言えるかもしれませんね。


前田
確かに!
私は仕事以外でも、杉並区の教育委員の活動もしています。それも「前田さん、やってみませんか」と声をかけてもらったところから始まりました。
「じゃあ、やってみよう」と思って入ってみると、行政の人にもそれぞれ大きく異なる個性があるんですよね。


前田
サイボウズにも、学校にも、行政にも、本当にいろんな人がいて、みんなそれぞれの立場で一生懸命にやっている。
そういう人と想いを1つにして、何か良いものが作れたらなと、どの人とも思いますね。
巻き込まれたからには、チームで何かを得たいですよね。


前田
そうですね。PTAでは、みんな「役員はやりたくない」と言っていました。ボランティアなのに、何かをやらされるんだから、当然やりたくないですよね。
でも、私は「ボランティアなんだから、自分のやりたいことやればいいじゃん」と思っていて。やりたいことをやるPTAにできたらいいなと言っていたら、校長先生から「会長どうですか」と言われて、やりました(笑)。
すごい!


前田
本当に自分が「やりたい」というより、「どうですか?」と誘ってもらうことが多くて。
キャリアや「やりたいこと」をどう考えているか聞かれても困っちゃうんですよね。
なるほど。「サイボウズの楽校」を作るにあたり、社内の調整でのポイントはどんな点でしたか?


前田
「サイボウズの楽校」はもちろん私の個人活動ではないので、サイボウズの事業につなげていく必要があります。
サイボウズの事業と「サイボウズの楽校」が重なるのは、「チームワーク」というキーワードと、プロダクト「kintone」です。
学校の中でkintoneを活用してチームワークあふれる学校運営ができれば、ひとつのモデルとなって、kintoneの使い方が広がっていきます。
会社の中で新しいことを始めるときに、重要な観点ですね。


前田
いわゆるフリースクールでkintoneを使うのは画期的なことでした。今までの事業とはちょっと遠いところですが、ここを起点にして全国のフリースクールや教育現場に広がったらいいなと考えています。
また、ソーシャルデザインラボには政策提言チームもあるので、私たちの活動を政治や行政にも伝えていっています。その上でも、「サイボウズの楽校」はとても重要な存在なんです。
これから、どんなことを大切にして活動していきたいですか?


前田
いろんなものに魂があるといいなと思っていて。子どもたちも、会社や学校・行政の大人たちも同じです。
やらされるからやるのはつまんない。逆に、自分のやりたいことだけを言っていても物事が動かない。
声をかけてもらったらやってみて、その環境の中でチームワークを発揮しながら、一人ひとりの魂を込めていけるといいですね。

2025年5月取材
取材・執筆=遠藤光太
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト