人々がより良く生きる豊かな未来のために -「理論」と「実践」のマラソンランナー・井上博成
「エネルギーを通じた地域自治・地域経営」への旅
WORK MILL:学生時代に井上さんの価値観形成に影響を与えたエピソードを教えてください。
井上: 第一に、ヨーロッパ各国を訪問させてもらったことです。今振り返っても、この経験が、さらに「地域」というものに対する想いを深めるきっかけになったことは間違いありません。
ドイツにオーストリアにスイスに…あとは忘れちゃったんですけども、これらの国々を訪問したことで、「地域」という概念の輪郭がはっきりしました。あの地域の方々って、自分の意志で動いているんですよ。「自分達の暮らす地域は、こうじゃなきゃだめだ」って。
これはエネルギー転換の話になるんですけども、ドイツ(及び欧州各国)では、当たり前のように地域が主体となって、エネルギーを通じた地域経営・地域自治が成り立っている。地域が自立して所得を上げるモデルがあったんです。
これにピンときたんです。「あぁ、地域課題は、世界共通なんだ」って。
この訪問により、僕が取り組んでいた各国のエネルギー研究の内容が、より深みを帯びました。世の中で、原発の問題が声高に議論され、僕自身が、地域とエネルギーの関係に非常に関心を寄せるようになっていったんです。大学内でも、地域自治や地域経営に関する研究会が増えていきました。ここでも多くの理論を勉強させてもらいました。そういった部会に参加していく過程で、地域発でビジネスを回したりすることの重要性を理解するようになりました。
第二に、これも植田先生に参画させてもらった、平成25年度の文部科学省産学官連携支援事業委託事業。この事業では、すごく様々な領域を横断的に見せてもらいました。
今でいう「共創」をテーマに、ありとあらゆる分野で起こっているイノベーションの事象を、横断的に、グローバルな視点で調査する研究です。そこで僕は、エネルギーの分野を担当したんですが、それ以外にも、大学と地域とのかかわりや、医療・芸術など、あらゆる領域の研究があり、様々なことをインプットするきっかけをもらいました。多くの研究者が参画していたことも、刺激的でした。
やはり、様々な人と交じり合って、学び合うことって、とても大事なことだと思いました。
第三に高山市との共同研究です。学生の身分を生かして、高山市長を、無邪気に早朝突撃訪問し、自分が目指す地域の在り方や、高山市の自然環境を生かした大学誘致についての提言を行いました。
当時、京都大学の天文台がすでにこのまちにあったので、その流れで、京都大学を高山市に誘致できたらいいな、くらいの軽いノリで、提言を行いました。今振り返ると、浅はかだったな、とは思いますが(笑)。この訪問の結果、高山市というフィールドで、様々な研究を開始できるようになりました。
また、同時期にトヨタ財団から、2014年度国際助成プログラムで、「再生可能エネルギーによる地域再生に向けた地域の価値創出、ビジネスモデル、その東南アジアへの移転可能性」という研究をしました。この研究は、「社会実装」を念頭に置いたものであったので、高山市への想いに、見事にはまりました。
時は満ちた-ついに、「理論」を「実践」へ!
WORK MILL:そして、ついに、恩師の予言(?)どおり、これまでの「理論(研究)」を「実践」する時がきたんですね。
井上:そうですね。「地域で自分で事業をやって問題意識を深め、関係者に支えてもらいながらお金をためて大学をつくる」時がやってきました。
では、実践として、まずは何をやろうか…。
当時大学院生であった僕は、「井上家の事業継承的な観点」と「自らの研究の延長」、この2つの考え方を軸に、地元の自然資本を生かした複数の事業を展開することにしたんです。
まず、実家の井上工務店内に林業部を立ち上げました。次に、2015年に、自然資本から地域を変えるという理念に基づき「飛騨五木」を設立しました。同じ年、地元の金融機関から多大な支援を得て、「飛騨高山小水力発電」を設立しました。この事業は、「山があれば水が流れる、その水を使い、山の価値を上げる」ための水力発電事業がきっかけでした。
そして、2016年には、東海圏では唯一の信託会社として「すみれ地域信託」を設立しました。この「すみれ地域信託」は、ドイツの森林権(バルトレヒト)の事例にヒントを得て、信託による森林管理の手法である「森林信託」の実現を目指している組織です。ただそれ以外にも、多くの「地域」の資本を信託化しています。
これらの事業を立ち上げたきっかけは、森林面積日本一といわれるこの飛騨高山において、地元には、地域の森林資源を生かした事業があまり展開されていないという実態にありました。有名な「飛騨の家具」の多くに外国産の木材が使用されているなど、そういう所に激しい違和感を感じていたんです。これらは地域の中に入ってみて気がつきました。
同時に、地域の価値を上げていくためには、どうしたらいいかを考えていく中で、川上から川下までを全部回すのが大事だ、と。すべてのサプライチェーンを繋げ、価値を川のように流していくことができれば、川上から川下までたどり着いたときに、僕の中には、飛騨の山だけで、9兆円の価値があるという試算が生まれました。工夫によってはもう一桁あげられる可能性もありました。これが日本全国の山でできれば、本当に地域の価値があがるなと実感しました。
そして、自ら実践を行った先に、3つの気づきを得ました。
第一に、地域にはまだ価値化されていない・見つけられていない地域資本があり、それらを通じて全国が繋がりあい、意見交換していくことが重要であるということ。
第二に、理論は実践における一つの道しるべになりうる。またそれらを補完するのが対話や議論であるということ。
第三に、国内のみにとどまらず、それぞれの地域課題に対する世界レベルの交流が必要であること。
理論と実践を往復した結果、これらの3つの気づきを得て、僕は、本格的に大学設立に向けて動き始めました。 既存の大学に入り、立て直す方法も選択肢としてはあったけれど、いろいろな比較をした上で、無謀かもしれませんが、「新しく創るほうがいいのでは?」と感じました。だから、新しい大学を創ることを目指し始めました。
前編はここまで。後編では、井上さんの夢がついに実現!大学設立についてうかがいます。
2022年5月取材
執筆:豊田麻衣子
撮影:重松 伸