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世界一楽しい廃棄物発電所「コペンヒル」の事例から学ぶ、共創型プロジェクトの進め方 ー 世界を一歩前進させるデザイン #3

2021年11月17日(水)、産総研デザインスクール主催で「Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン」を開催しました。全5回シリーズの3回目は「公共空間のデザイン」をテーマに、デンマークの廃棄物発電所兼スキー場「Copenhill(コペンヒル)」設立の立役者の一人であるパトリック氏が登壇し、プロジェクトの裏側にある物語と共創型プロジェクトの進め方についてお話しいただきました。

ー Patrik Gustavsson(パトリック・グスタフソン)
デンマーク・コペンハーゲンのAVTビジネススクールでMBAを取得。Amager Bakke財団のCEOとして、デンマークの廃棄物発電所・Copenhill(コペンヒル)のレクリエーション施設の開発と実現を推進する責任者を担当。新興企業、商業組織、政府機関などで20年以上の経験を持ち、イノベーションとプロジェクト開発を専門とする。信頼できるアドバイザーとして、またプロの実務家として、企業や組織の大胆な野心を現実に変えるための支援を行っている。

「ゴミ」は大切なエネルギー資源

2019年、デンマークの首都コペンハーゲンに『Copenhill(コペンヒル)』という廃棄物発電所が誕生しました。コペンヒルは廃棄物発電所に屋上スキー場を組み合わせた世界初の施設で、多くの市民がスキーやハイキング、クライミングを楽しみに訪れています。デンマークの世界的建築事務所・BIG(ビャルケ・インゲルス・グループ)が建物の設計を手がけ、そのデザイン性の高さでも注目されています。

一般的な廃棄物発電所とはまったく異なるデザインと機能を持つコペンヒルは、一体どのようなプロセスを経て出来上がったのでしょうか。まずはプロジェクトの背景として、デンマークにおけるエネルギーシステムについてお話しいただきました。

Patrik Gustavsson(以下、パトリック):   ご存知の通り、私たちは気候変動という非常に困難な問題を抱えています。デンマークの首都・コペンハーゲンの前市長は2025年までにコペンハーゲンをカーボンニュートラルに、そして2030年までにはデンマーク全体のCO2排出量を70%削減すると宣言しました。

デンマークにおけるエネルギー資源の割合を見てみると、風力や水力、廃棄物を用いた再生可能エネルギーが多くを占めています。北欧諸国の特徴の一つにセントラルヒーティングがありますが、デンマークでは廃棄物の焼却時にうまれる熱で温水をつくり、各家庭やビルの暖房に必要なエネルギーをまかなっています。デンマークのエネルギーにおいて、廃棄物は重要な役割を果たしているのです。

現在の暮らしにおいて、完全にゴミをなくすことは難しい。だから一つの方法として、ゴミを別の形で資源として”活用する”こともできるとパトリック氏は語ります。そして2010年、コペンハーゲンでは新たな廃棄物発電所の設立計画が始動しました。

パトリック:  新しい廃棄物発電所は、デンマークの有名なマーメイド像から1.8 km、宮殿からも1.5 kmというかなり都心に近い場所につくられることが決まりました。都心の廃棄物発電所をどのようにデザインするか。大抵、このような施設は機能性を重視され、四角い殺風景な建物であることが多いのですが、ここのオーナーは建築のコンペを行うことを決めたのです。

そしてコンペを勝ち取った建築事務所・BIGは、ゴミの山を”本当の山”にしようとしました。なぜなら、デンマークには山がないんです。そこでプロジェクトチームはオーストラリアや日本の山々を訪ね、発電施設の屋上に山をつくることに挑戦しました。その時、彼らは「快楽主義的持続可能性」という言葉を使いました。持続可能な社会を実現するために、必ずしも深刻に退屈なことをする必要はなく、楽しくやってもいいじゃないかという考え方です。

2010年に計画が始まってから、発電所とレクリエーション施設の大きく二つに分かれてプロジェクトが進んでいきます。2019年にはコペンヒルには廃棄物発電所に併せて、屋上スキー場とクライミングウォールなどのレクリエーション施設がオープンしました。

未知のプロジェクトを進めるために

パトリック氏は規模の大きいコペンヒルプロジェクトのなかで、レクリエーション施設の責任者を務めました。数々の未知と困難が予想されるプロジェクトを進めるにあたって、パトリック氏は自身の任務と仕事を組織立てることから始めたといいます。

パトリック: 私はこのプロジェクトのオーナーから2011年に指名を受けて、レクリエーション施設の実現を依頼されました。もし皆さんがこのプロジェクトのデザイナー、またはエンジニアだったとしたら、どこから始めますか? ちなみに、誰もやったことがないプロジェクトであることに加えて、お金もありません。想像通り大変なチャレンジです。

このプロジェクトを目的に沿った形で、全体像を把握するためにどうすればいいか。私は4つの項目で整理することから始めました。

1つ目は、ユーザー体験です。ユーザーのニーズは何か、夢は何か、それに対するビジョンは何かを考えます。実現のためには当然お金がかかりますから、2つ目は資金面ですね。そして3つ目には誰が建築するのか、誰が運用を行うのかといった組織的な側面です。最後にコペンヒルは発電をおこなう施設なので技術面や安全面への配慮も重要です。この4つの項目は繋がっているので、ジャグリングをするように進めていく必要があります。いろんな課題を扱いながら、新しいものが飛び込んでくる余白をつくって前進していくのです。

パトリック:ユーザーの面でいえば、コペンハーゲンにドライスキーの市場がどれほどあるのか、これは重要な問いでした。周辺の同規模のスキー場に出向き、外部の市場調査コンサルタントと調査した結果、デンマークにも年間57,000人ものスキーヤーがいることがわかりました。

もちろんスキーは冬のスポーツなので、夏はそこまで使われないだろうと予想しました。私たちはスキーだけでなく山登りもできるスペース、高さ85mのクライミングウォールをつくることで年間を通して人々に楽しんでもらえるように工夫をしています。

具体的にどのように財源を確保したかというと、4つの大きな民間財団からの寄付と公的機関からの融資です。私たちのなかで重要だったのは、公的資金や援助に依存せず自立した経済モデルをつくることでした。

そこで多様な分野の専門家と協会から価値のある情報を提供してもらい、彼らの知恵を統合して独自の信託基金をつくることになりました。コペンヒルという民間事業団を設立して、日々の業務はここで行うことになります。ここまでの過程で30以上の団体や協会が共に問題解決のために協力してくれました。

「泥道をもがきながら進む」マネジメント

パトリック氏によるプレゼンテーションの最後には、未知のプロジェクトの実行責任者として得たマネジメントに関する学びを共有していただきました。

パトリック: プロジェクトをマネジメントする際にありがちなのは、一つひとつのタスクを並べて消化していくやり方です。単純なプロジェクトであれば効果的ですが、複雑なプロジェクトや新しい試みを行うときにはこのやり方はあまり通用しないということです。

目指すところは明確だけれど、そこに至るまでの道はわからない。そのような状況では、アメリカの政治経済学者のチャールズ・リンドブロムが提唱した「Muddling Through(マドリングスルー)」という考え方が参考になりました。先が見えない、泥がぬかるむような中をほふく前進しながら進んでいく。そうやって一歩一歩、近道を見つけながら進んで行くと途中で状況が変わる時がくるのですね。必要な関係者が揃った、資金を確保できた、このような段階になったら通常のリニアなプロジェクトマネジメントで対応できます。

最後にお伝えしたいのは、最高のパートナーと仕事をすることはより楽しく、リスクの軽減にも繋がるということです。本当にスキルがある人たち、市場の最高の製品、いいアドバイザーを選ぶことが、プロジェクトのリスクマネジメントにもつながります。

人々を動かすストーリーテリング

シンポジウムの後半では、さらなるゲストを招いてパネルディスカッションを展開。産総研デザインスクールの卒業生の清水充則氏と在校生の江上隆夫氏から、プロジェクトにおける共創プロセスを中心にパトリック氏に問いを投げかけました。

清水 : 私は産総研デザインスクール3期生として、昨年修了しました。現在は神戸市役所で食品ロスの部署を担当しています。コペンヒルは建築家や政治家、一般市民など多くのステークホルダーがいると思いますが、お互いの関係性はどのようなものだったのでしょうか。

パトリック: コペンヒルの大きな特徴は、建築家の野心から始まったということです。私の役割は、このアイデアに対して多くの人々を説得することでした。つまり、関係者に「自分がこのプロジェクトをやっていくんだ!」とオーナーシップを持ってもらう必要がありました。そのためには自分自身がプロジェクトに対して熱量を持って臨むことが重要です。

市民の方も全体的には好感を抱いてくれています。デンマークは小さな国で、日本のような技術大国でもありません。そんな小さな国がこんなこともできると世界に示していくことは、世界の限界を広げていく契機になると思っています。

江上 :  産総研デザインスクール4期生で、株式会社ディープビジョン研究所の代表を務めている江上と申します。企業におけるブランド戦略のコンサルティングを専門としています。パトリックさんは自分自身がオーナーシップを持って進めることが大事と話していましたが、地域の30の団体や海外の企業に協力してもらう際にはどのようなビジョンやストーリーで巻き込んでいったのかお聞かせいただきたいです。

パトリック: プロジェクトに参加してほしい人や組織について理解することから始まります。彼らの視点で彼らの世界、今直面している課題を見つめる。そのうえで、時にユーモアや競争心を使いながら伝えることが効果的です。

例えばプロジェクトに自治体のサポートが必要で、担当者を集めたとします。コペンハーゲンの担当者には、スウェーデンの都市であるストックホルムは何に取り組んでいるかを話します。コペンハーゲンとストックホルムはお互い意識しあっているので「ストックホルムでできるなら、コペンハーゲンでもできますよね?」と聞くと、相手に火がつくこともあるんです。

またプロジェクトの概要を書いて渡すときは、彼らのビジョンに合うように意識しました。私たちが成功した要因の一つとして言えるのは、それぞれの関係者が「自分たちの活躍の場がある」と思えるストーリーを作ることができたからだと思っています。

複雑なプロジェクトにおけるマネージャーの役割

パネルディスカッションの後半は、産総研デザインスクール事務局の大本綾氏の進行のもと、参加者の質問に答えていきました。複雑なプロジェクトのマネージャーに求められる姿勢や行動が浮かび上がる瞬間となりました。

大本: プロジェクトを進めるなかでマドリングスルーの段階があると話していました。その段階におけるプロジェクト管理や日程管理はどうしていたのでしょうか。複数のステークホルダーがいる中で、日程管理も含めて非常に複雑だったと想像できますが。

パトリック:  私だけかもしれませんが、自分の仕事をイメージで掴むタイプの人間なんです。このプロジェクトのスケジュールを渡された時、さまざまな方向に課題や取り組むべきことがあるので、普通のガントチャートで管理できるものではないと思いました。

私はこのプロジェクトに関してはガントチャートを作らないと決めて、とにかくプロジェクトを前進させることに注力しました。川の流れに例えてお話しましょう。プロジェクトという大きな川の流れに、課題や障壁という材木が流れてくる。私はその材木が引っかかったり川の流れを止めたりしないように、丸太の上を飛び回ってどんどん流していく役割だと捉えたんですね。

この時期の重要な問いは、どうすればプロジェクトの勢いを殺さず前に進み続けられるか。この規模のプロジェクトは勢いをつけていかないと、問題が山積してすぐカオスに陥ってしまいます。ゴールに近づくためにとるべき行動や決定に集中しながら、都度流れてくる課題に対処する。この両方を同時に見ていくことが重要です。

約9年間で巨大なプロジェクトを見事完遂したパトリック氏。最後に力強いメッセージと共にシンポジウムは幕を閉じました。

パトリック:  世界を見渡すと人類全体でさまざまな困難なチャレンジを抱えています。世界はいま、皆さんを必要としているのです。皆さん一人ひとりに重要な役割があるので、ぜひ一緒に創造的な解決策を見つけていけたら嬉しいです。

Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン とは

産業技術総合研究所が企画運営する産総研デザインスクールの主宰で、「Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン」と題する全5回のオンラインシンポジウムを開催します。今日よりも明日、今年よりも来年、その先の未来を少しでもよりよい世界にするためのデザインを探求していきます。ここで用いる「デザイン」は見た目の美しさを表す意味にとどまらず、システムの設計、社会の構想にいたる広義のデザインを意味しています。

本シンポジウムでは、毎回異なる領域「X(エックス)」で活躍するゲストをお招きし世界を一歩前に進めるための実践知を共有いただきながら、ゲストや参加者の皆さまと共にこれからの時代のあり方を探っていきます。

全5回の Designing “X”

『Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン』4回目は、2022年1月26日(水)にオンライン開催予定です。「インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)」にて代表理事を務める小林りん氏、デンマークで多くのリーダーや起業家を輩出するビジネスデザインスクール「KAOSPILOT(カオスパイロット)」校長のクリスター氏をお招きし、変革者を育てる教育のデザインを探求します。次回の開催もお楽しみに。


2021年11月取材
2021年12月21日更新

テキスト:花田奈々
グラフィックレコーディング:仲沢実桜